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第十回 王倫の開眼

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 翌日王倫は副頭目の三人を一室に集めた。彼は一人で一晩中泣きはらして瞼がはれている。

「お頭、その目はいったい……」

 宋万の問いには正直に答えられないので、

「今のまま寨の未来について考えたら嘆く他なかったからこうなったに決まっているだろう」

 と答えた。まぁあながち間違いとも言えない。

「それでどうなっている?」

 その問いには朱貴が答える。この朱貴は杜遷、宋万に比べると頭も要領も良いため、王倫は彼を副頭目の中では一番買っていた。

「はい、首領の言葉は伝えましたがやはり手下達の中には動揺している者がいるみたいでして」
「まぁ多少の動揺は予想していたが……念の為聞くがお前達はどう伝えたのだ?」

 王倫が口に茶を運ぶ。杜遷と宋万が息をあわせたように悪事をやめろと伝えたという。

「ぶふふーっ!?」
「わあっ!」

  茶を吹いてむせる王倫。

「それではいきなりお前達はいらないと宣告したみたいに受け取られるではないか。違う、そうではない」

 真に受けた者達がここを離れて好き勝手悪事を働かれても意味が無い。梁山泊を名乗られたりすれば恨みの矛先が自分に向くかも知れないからだ。故に理由をつけてでも離反者が出るのは避けたい思いがあった。

「いいか。我々は梁山泊という天険の地を根城にしているが、収入のほぼ全てを『略奪行為』で得ている訳だ。当然悪名は広がり近隣の村々などとの関係もよくない。このまま旅人や外部の人間が近寄らなくなれば七百余名の我々は文字通り食うのに困る事になる。長い目で見れば先細りしかないのだ」

 副頭目達は目を丸くしている。

(そう。なぜ私は今までこんな事にも気付かず首領の座に胡座をかいていたのか。冷静に分析すればすぐに分かった事なのに)

 王倫は軽くため息をつきその続きを話す。

「故に今しばらく『獲物』を増やす為に悪評に繋がる行為は避けるようにと伝えるのだ。そしてその間に梁山泊から金や食料を『直接』用意できる『下地』を整える」

 もちろん獲物を増やす云々については手下を期待させ離反させない為の方便だ。

「だが山賊行為をしないだけでは手下を遊ばせてしまうだけなのでそれでは時間が勿体ない。そこでお前達にやって欲しいのは手下達の選別と再編だ」

 朱貴はなるほどといった表情をしている。

「あの、お頭?」

 宋万だ。

「なんだ宋万」
「手下を減らしたくないんですよね?」
「? そうだ」
「なのに餞別を用意するのは話が変じゃないですか?」
「何? 用意……? ああ、違う。お前の言う餞別とは……」

 だがその続きは朱貴が言った。

「宋万。首領の言っているのは選んで分ける方の選別だ。その程度で話の腰を折るな」
「う……す、すみませんお頭」
 
 宋万が萎縮したように感じて王倫は気付く。

(……ああ、以前の私ならこれで機嫌を損ねて嫌味のひとつでも言ったに違いないのだな。それで宋万は身構えてしまったのだろう)

「くっくっく」

 王倫は可笑しくなり思わず笑う。

「!? 首領?」
「構わんぞ宋万。分からない事や疑問に感じた事は遠慮なく聞いてくれ。何度でも説明してやる」
「「「!?」」」

 副頭目達の目が見開かれる。あまりに予想できない王倫の反応に衝撃を受けているようだ。

「よいか。お前達には今まで以上に働いてもらわねばならないし、時には実力以上の事を求められる時もあるだろう。私も出来る事には力を惜しまない。だが実力以上の力を出すにはお前達の理解と協力は不可欠なのだ。頼むぞ?」

 三人と視線を合わせていく王倫。

「「「は、はい! お任せを!」」」

 朱貴、杜遷、宋万は王倫の意識が確実に変化している事を感じていた。
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