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60話 ガーディ、襲撃者に敗北し アン、報復を誓う
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砦ではガーディの悪い予感は現実のものとなっていた。
「ハァ、ハァ。 な、なんだこいつは......」
ガーディは片ヒザをつき疲労困憊の状態で、同じようにボロボロなりながらも武器を構えて立っているアンを見る。 アンもすでに限界に近い。
(こちらは二人共限界だってのに向こうは息も乱さず見下ろしてやがる。 化け物め)
最初はこちらが勢いで優勢だと感じたガーディが襲撃者を押し込むべく猛攻を加えた。 が、決定打を与えるどころか、手応えを感じないまま逆に攻撃を叩き込まれ、援護に動いたアンまでも軽くあしらわれる始末。 その時点でアンを逃亡させる計画を描いたものの、まるでこちらの動きの先を分かっているかのような対応を襲撃者にとられ、後は二人揃ってダメージだけ蓄積させられるという屈辱を味わっていた。
「た、隊長......」
「こちらのやりたい事を全部潰してきやがるばかりかアンの離脱の邪魔まで。 正直かなりやっかいな相手だ」
ガーディは自分達が不利な状況なのを確認し、打破できる手がないか考える。 襲撃者がこの者一人だけかどうかは分からないが、このままでは世界に戦いらしい戦いがなくなって以降に砦が陥落させられたという、歴史的汚点になるかもしれない衝撃的なニュースが世界中を駆け巡ってしまう。
「いや。 ......これから戦いを起こす。 のか?」
ふとガーディの頭にそんな発想が浮かんだ。 戦いを起こそうと計画している勢力がいて、ここを開戦の狼煙がわりに陥落させる気でいるのではないか、と。 だが、誰が? 何のために?
「朋広さんとその娘さんなら可能かもしれないが、それなら最初から俺達を助ける必要はなかった」
「隊長?」
「アン。 これは何者かの陰謀かもしれない。 俺が時間を稼ぐから、お前は何としても脱出してこの出来事を陛下に伝えるんだ」
「え? し、しかし!」
「朋広さん達がまだ居てくれたらこの襲撃者を撃退できたかもしれないが...... この難を逃れられたのが先日ここを離れたショウカだけだとは何とも皮肉な話だな」
ガーディは無駄かもしれないと思いつつも立ち上がって襲撃者に向き直り、
「俺はこれでも昔王都で行われた武術大会の本選に出た事もあったんだ。 修練は欠かしていないつもりだったから腕は鈍っていないと思っていたんだがね」
唐突に世間話を始めた。 アンはこれを自分を脱出させる為の時間稼ぎと相手の隙を誘う為の行動と察知し、襲撃者に悟られないように身構える。 だが、脱出が実現すればガーディは生きていないだろう。 アンは脱出すると見せかけて襲撃者と刺し違える覚悟を決めていた。 襲撃者からの反応はないが、ガーディの話は続く。
「あんたが強いのはよく分かった。 だが、俺達はそんなあんたに恨みを買うような覚えがない。 もし俺達が何かしたのならよければ教えてくれないか?」
(恨みならいい。 だがもしこれが恨みじゃないなら嫌な予感の方が当たっちまう。 頼む! 怨恨の線であってくれ!)
おそらく襲撃者に無視されると考えていたガーディだったが、予想に反して襲撃者はその質問に反応した。
「......お前達に恨みなどない」
「恨みじゃない?」
(やはりまずい方に転がるのか)
この襲撃者の言葉でガーディはアンを逃がす為命を捨てる覚悟を決め直す。
(もし俺もアンも失敗したらショウカ。 せめてお前が異変の事に気がついてくれよ? こいつはきっと戦争が目的だ。 そうなれば世界に混乱が広がってしまう)
ガーディは武器を構え直し大きく息を吐く。
「ふーっ。 せっかく拾ってもらった命だが、ここで捨てる事になるかもな! 行くぞ!」
ガーディが凄まじい気合と共に襲撃者との間合いを一気に詰める! その気迫に襲撃者も一瞬たじろいだ。
「意気やよし。 だが......」
「いやぁっ!!」
「ぬぅ!?」
その時、逃げに走るだろうと予測していたアンが襲撃者の不意を突いて攻撃を重ねてきた。 ガーディもアンの行動に驚いたが、攻撃を止める訳にいかない。 襲撃者もアンの動きで対応がわずかに遅れている。
「これで! 終わりだあぁぁ!」
ガーディが剣を降り下ろす! アンが剣で突きを放つ! そのわずかな一瞬、まるで周囲の時間の流れが遅くなった様に感じた。 やがて。
「......見事」
襲撃者が一言発し、どさりという音と共に...... ガーディとアンが床に崩れおちた。
「だが私には届かん」
襲撃者は倒れたガーディとアンを見下ろしている。
「ぐ。 あ、あれ? 俺は?」
「ほう、気絶しなかったか」
ガーディは倒れたまま襲撃者を見上げ、自分が敗れた事を悟った。
「くっ、殺せ」
側で床に倒れ伏せ微動だにしないアンを見て襲撃者に投げやりに言う。 だが襲撃者からはガーディが予想していない言葉が発せられた。
「なぜだ?」
「! ここで俺を殺さなければ、何度でも貴様の前に立ち塞がるぞ。 そうなれば貴様の計画も」
「? 私の目的はもう果たされた。 お前達には災難だっただろうがな」
「砦の陥落か。 ここを足掛かりに戦争を引き起こすつもりだろうが、俺を生かせばいつか必ず後悔させてやる!」
ガーディは自らの剣を支えにして立ち上がろうとする。
「生きている限りアンと仲間達の仇は必ず取る。 それが嫌なら今のうちに殺しておくんだな。 王国への脅威は俺がくい止める」
「......任務に忠実な事だな」
「それがどうした!」
襲撃者はガーディから少し距離を取った。 ガーディは満身創痍で身構えようとする。
「そう。 お前達は自分達の仕事をしていただけ。本来罪などあるはずもない」
「な、なに?」
「これは私の...... ただの八つ当たりに過ぎないのだからな」
「は、はぁあ?」
ガーディは話が変な方向に流れて困惑した。
「よ、よく分からないが、八つ当たりで兵士が山程いる軍の砦を襲撃したってのか? 普通じゃないだろ! それになんでここなんだ!」
「なんでここか。 だと?」
「うっ」
襲撃者の発する威圧感に思わず気圧されるガーディ。
「私の不甲斐なさで主人の足を引っ張ってしまった悔しさがお前にわかるのか?」
「すまん。 話自体が何の事かよく分からないが、貴様が八つ当たりで俺の部下達の命を奪ったってのは確かだろうが! その悔しさの方が遥かに大きいのは分かるぞ!」
「? 何を言っている? 私は誰の命も奪った覚えはない。 気は失ってもらっているがな」
「は、はぁあ?」
「言わなかったか? 部下にはすぐ会わせてやると。 そこらへんの部屋に猿轡を噛ませて縛って放り込んである。 後で解放してやるのだな」
「え? うぇぇ? あれはそういう意味?」
ガーディから変な声が出た。 見れば足下のアンも動き始めている。
「う、うーん。 ハッ! くっ、殺せ」
「いや、アン。 それはもういい」
「え? 隊長?」
ガーディは立ち上がろうとするアンに手を貸す。
「私...... 死んでいない? え? 貴様は!」
刺し違える覚悟で飛び込んだのに自分が生きており、護ろうとしたガーディも生きていたが襲撃者も平然と立っている状況をアンは理解できていない。 襲撃者とガーディを交互に見て何が起きたのか理解しようとしていた。
「こいつは八つ当たりでここを襲撃してきたらしい」
「は?」
「さらに部下達の命も奪ってはいないと言っている。 まだ直接確認はしていないがな」
「え? 意味がよく」
「正直俺もだ。 一体あんたはなんなんだ?」
襲撃者の話を全部は信用していないものの、毒気を抜かれたガーディが襲撃者に問いただす。
「私はある人物に多大な恩を受け、その方に仕える事にした。 だがその主はある困難に見舞われそれを解決しようとし、私も喜んで協力した」
襲撃者が語りだした。
「主に必要なものは時間だったというのに、結果として私のせいでその時間を無駄にさせてしまったのだ。 きけば私を庇ったばかりに」
「それと貴様の八つ当たりにこの砦は関係ないではないか!」
アンが強気で言う。 襲撃者はほう? と言って話を続ける。
「私の馬が世話になった。 おかげで主が私を庇い時間を無駄にしたと言っても関係ないと言い張るか?」
「え? なんでここで馬の話が出てくるの? ......馬?」
「二等級だったのだろう? その通りだよ。 主に貸し出したのだが、まさかそれが仇になるとは考えていなかった」
「貴方の二等級の馬? なんの話? そんなクラスの馬を簡単にほいほい見かけてたまるものですか。 もし見たら私が忘れる訳が......」
「「あ」」
アンとガーディが何かに気付いた声が重なった。
「あんた、一体何者だ? その話が真実だとして価値の高い馬を所持していてその由縁が説明できないってのは余程の事だと思うんだがな」
まさかと思いながらもガーディが確認を取る。
「そうだろうな。 主...... 朋広様は私の名を最後まで出されなかった。 この元近衛騎士団武芸指南役、オーシンの名をな」
オーシンはフードを脱ぎ仮面を外し鋭い目線でガーディとアンを射抜いた。
「オ、オーシン!? 武術大会本選どころじゃない、連覇した事もある男じゃないか。 どうりで」
「じ、じゃああの馬は?」
「以前陛下から褒美にと賜ったものだ」
「そりゃ価値が高い訳よね!」
ガーディもアンも衝撃的な事実に青くなって戸惑いを隠せない。
「私が王国から逃亡した事くらいは知っているのだろう?」
「は、はい。 都から通達はありました」
オーシンが王国在籍ならばガーディやアンより遥かに上の立場になる。 それに加えてよい意味での知名度も高かった為、ガーディもアンもオーシンに対して自然と敬語になっていた。 オーシンは二人に国を出る事になった経緯を説明する。 上司に睨まれてこの砦に来た二人にとってオーシンの境遇には共感できるものがあった。
「私もこの砦であった出来事はショウカから聞いた。 朋広様は私に恨み言のひとつも仰られなかった。 それどころか私がこの事を知っているとすら考えないであろう。 私の今回の行動は完全な独断による八つ当たりだ。 私の事を陛下に。 そしてキドウに報告するかね?」
ガーディとアンは視線を交わす。
~砦の執務室~
オーシンは既に立ち去っている。 ガーディとアンがオーシンの事を報告しない事にして開拓村に帰したからだ。 現在は二人で今回の事を問題なくするように辻褄を合わせる内容を考えていた。
「じゃあ今回の件はこちらの依頼で朋広さんの所に居る人物に『砦の襲撃という形に見せかけた、兵士への抜き打ち状況訓練』みたいな話だったって事でいいな?」
「そのあたりが無難だと思います。 ただ皆何も出来ずに気絶していますから、訓練の体にしたのなら叱責はしなければいけなくなるでしょうが」
「襲撃者がオーシン殿って部分だけですでに無理難題って感じなんだが、形だけとは言えそれでも怒られる部下達は災難だな」
叱責役のガーディがすまなさそうに言う。 結果的には自分達も敗北しているのでなおさらだ。
「これを機に励んでくれれば良いですが、自信をなくす部下も出るかも知れませんね」
「それも困るな。 なんとかできないか?」
「あ」
「どうした?」
ガーディに対してアンが悪戯っぽく微笑む。
「いい方法を思いつきました。 やられっぱなしというのも面白くありませんし、意趣返しといきませんか?」
「ほう?」
「抜き打ちの状況訓練を頼んだという体にするのならば、今回の結果を踏まえて、定期的にあの方に部下達を調練していただく流れをつくるのです」
「なるほど。 ......ふむ」
「朋広さんはここで商売をしたがっていました。 という事は金銭が必要な状態だとも読み取れます。 あの方に金銭で報酬を出せばそれが間接的に朋広さん達にも役立つかもしれませんし、彼からすれば自分の顔も立てられるでしょう。 断られはしないかと」
「実現すれば確かに頭角を現す部下も出てくるかもしれないな。 だが都にばれると色々まずくないか?」
「知っているのは私と隊長のみですし、砦の者は朋広さん親子、特に娘さんの強さを目の当たりにしていますから他にも強い人が居たと言っても説得力は持たせられます。 また中央もここまで逃亡者捜索の動きがなかった事から、そちらもおそらく問題ないかと」
「いいな。 面白い」
ガーディとアンはお互い顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「しかしなんだな。 王国一の知恵者と期待されたショウカが朋広さんの所に行ったのにも驚いたのに、すでに武術では王国一との呼び声が高いオーシン殿までもが仕えていたとか。 一体彼等はなんなんだろうな」
「そうですね。 なんなんでしょうね」
「王国一の知と武が同じ一家に流出した訳だが、そう考えると確かに国は衰退しているのかもしれないな」
ガーディとアンはその中心にいる朋広達の存在に首をひねった。
「ハァ、ハァ。 な、なんだこいつは......」
ガーディは片ヒザをつき疲労困憊の状態で、同じようにボロボロなりながらも武器を構えて立っているアンを見る。 アンもすでに限界に近い。
(こちらは二人共限界だってのに向こうは息も乱さず見下ろしてやがる。 化け物め)
最初はこちらが勢いで優勢だと感じたガーディが襲撃者を押し込むべく猛攻を加えた。 が、決定打を与えるどころか、手応えを感じないまま逆に攻撃を叩き込まれ、援護に動いたアンまでも軽くあしらわれる始末。 その時点でアンを逃亡させる計画を描いたものの、まるでこちらの動きの先を分かっているかのような対応を襲撃者にとられ、後は二人揃ってダメージだけ蓄積させられるという屈辱を味わっていた。
「た、隊長......」
「こちらのやりたい事を全部潰してきやがるばかりかアンの離脱の邪魔まで。 正直かなりやっかいな相手だ」
ガーディは自分達が不利な状況なのを確認し、打破できる手がないか考える。 襲撃者がこの者一人だけかどうかは分からないが、このままでは世界に戦いらしい戦いがなくなって以降に砦が陥落させられたという、歴史的汚点になるかもしれない衝撃的なニュースが世界中を駆け巡ってしまう。
「いや。 ......これから戦いを起こす。 のか?」
ふとガーディの頭にそんな発想が浮かんだ。 戦いを起こそうと計画している勢力がいて、ここを開戦の狼煙がわりに陥落させる気でいるのではないか、と。 だが、誰が? 何のために?
「朋広さんとその娘さんなら可能かもしれないが、それなら最初から俺達を助ける必要はなかった」
「隊長?」
「アン。 これは何者かの陰謀かもしれない。 俺が時間を稼ぐから、お前は何としても脱出してこの出来事を陛下に伝えるんだ」
「え? し、しかし!」
「朋広さん達がまだ居てくれたらこの襲撃者を撃退できたかもしれないが...... この難を逃れられたのが先日ここを離れたショウカだけだとは何とも皮肉な話だな」
ガーディは無駄かもしれないと思いつつも立ち上がって襲撃者に向き直り、
「俺はこれでも昔王都で行われた武術大会の本選に出た事もあったんだ。 修練は欠かしていないつもりだったから腕は鈍っていないと思っていたんだがね」
唐突に世間話を始めた。 アンはこれを自分を脱出させる為の時間稼ぎと相手の隙を誘う為の行動と察知し、襲撃者に悟られないように身構える。 だが、脱出が実現すればガーディは生きていないだろう。 アンは脱出すると見せかけて襲撃者と刺し違える覚悟を決めていた。 襲撃者からの反応はないが、ガーディの話は続く。
「あんたが強いのはよく分かった。 だが、俺達はそんなあんたに恨みを買うような覚えがない。 もし俺達が何かしたのならよければ教えてくれないか?」
(恨みならいい。 だがもしこれが恨みじゃないなら嫌な予感の方が当たっちまう。 頼む! 怨恨の線であってくれ!)
おそらく襲撃者に無視されると考えていたガーディだったが、予想に反して襲撃者はその質問に反応した。
「......お前達に恨みなどない」
「恨みじゃない?」
(やはりまずい方に転がるのか)
この襲撃者の言葉でガーディはアンを逃がす為命を捨てる覚悟を決め直す。
(もし俺もアンも失敗したらショウカ。 せめてお前が異変の事に気がついてくれよ? こいつはきっと戦争が目的だ。 そうなれば世界に混乱が広がってしまう)
ガーディは武器を構え直し大きく息を吐く。
「ふーっ。 せっかく拾ってもらった命だが、ここで捨てる事になるかもな! 行くぞ!」
ガーディが凄まじい気合と共に襲撃者との間合いを一気に詰める! その気迫に襲撃者も一瞬たじろいだ。
「意気やよし。 だが......」
「いやぁっ!!」
「ぬぅ!?」
その時、逃げに走るだろうと予測していたアンが襲撃者の不意を突いて攻撃を重ねてきた。 ガーディもアンの行動に驚いたが、攻撃を止める訳にいかない。 襲撃者もアンの動きで対応がわずかに遅れている。
「これで! 終わりだあぁぁ!」
ガーディが剣を降り下ろす! アンが剣で突きを放つ! そのわずかな一瞬、まるで周囲の時間の流れが遅くなった様に感じた。 やがて。
「......見事」
襲撃者が一言発し、どさりという音と共に...... ガーディとアンが床に崩れおちた。
「だが私には届かん」
襲撃者は倒れたガーディとアンを見下ろしている。
「ぐ。 あ、あれ? 俺は?」
「ほう、気絶しなかったか」
ガーディは倒れたまま襲撃者を見上げ、自分が敗れた事を悟った。
「くっ、殺せ」
側で床に倒れ伏せ微動だにしないアンを見て襲撃者に投げやりに言う。 だが襲撃者からはガーディが予想していない言葉が発せられた。
「なぜだ?」
「! ここで俺を殺さなければ、何度でも貴様の前に立ち塞がるぞ。 そうなれば貴様の計画も」
「? 私の目的はもう果たされた。 お前達には災難だっただろうがな」
「砦の陥落か。 ここを足掛かりに戦争を引き起こすつもりだろうが、俺を生かせばいつか必ず後悔させてやる!」
ガーディは自らの剣を支えにして立ち上がろうとする。
「生きている限りアンと仲間達の仇は必ず取る。 それが嫌なら今のうちに殺しておくんだな。 王国への脅威は俺がくい止める」
「......任務に忠実な事だな」
「それがどうした!」
襲撃者はガーディから少し距離を取った。 ガーディは満身創痍で身構えようとする。
「そう。 お前達は自分達の仕事をしていただけ。本来罪などあるはずもない」
「な、なに?」
「これは私の...... ただの八つ当たりに過ぎないのだからな」
「は、はぁあ?」
ガーディは話が変な方向に流れて困惑した。
「よ、よく分からないが、八つ当たりで兵士が山程いる軍の砦を襲撃したってのか? 普通じゃないだろ! それになんでここなんだ!」
「なんでここか。 だと?」
「うっ」
襲撃者の発する威圧感に思わず気圧されるガーディ。
「私の不甲斐なさで主人の足を引っ張ってしまった悔しさがお前にわかるのか?」
「すまん。 話自体が何の事かよく分からないが、貴様が八つ当たりで俺の部下達の命を奪ったってのは確かだろうが! その悔しさの方が遥かに大きいのは分かるぞ!」
「? 何を言っている? 私は誰の命も奪った覚えはない。 気は失ってもらっているがな」
「は、はぁあ?」
「言わなかったか? 部下にはすぐ会わせてやると。 そこらへんの部屋に猿轡を噛ませて縛って放り込んである。 後で解放してやるのだな」
「え? うぇぇ? あれはそういう意味?」
ガーディから変な声が出た。 見れば足下のアンも動き始めている。
「う、うーん。 ハッ! くっ、殺せ」
「いや、アン。 それはもういい」
「え? 隊長?」
ガーディは立ち上がろうとするアンに手を貸す。
「私...... 死んでいない? え? 貴様は!」
刺し違える覚悟で飛び込んだのに自分が生きており、護ろうとしたガーディも生きていたが襲撃者も平然と立っている状況をアンは理解できていない。 襲撃者とガーディを交互に見て何が起きたのか理解しようとしていた。
「こいつは八つ当たりでここを襲撃してきたらしい」
「は?」
「さらに部下達の命も奪ってはいないと言っている。 まだ直接確認はしていないがな」
「え? 意味がよく」
「正直俺もだ。 一体あんたはなんなんだ?」
襲撃者の話を全部は信用していないものの、毒気を抜かれたガーディが襲撃者に問いただす。
「私はある人物に多大な恩を受け、その方に仕える事にした。 だがその主はある困難に見舞われそれを解決しようとし、私も喜んで協力した」
襲撃者が語りだした。
「主に必要なものは時間だったというのに、結果として私のせいでその時間を無駄にさせてしまったのだ。 きけば私を庇ったばかりに」
「それと貴様の八つ当たりにこの砦は関係ないではないか!」
アンが強気で言う。 襲撃者はほう? と言って話を続ける。
「私の馬が世話になった。 おかげで主が私を庇い時間を無駄にしたと言っても関係ないと言い張るか?」
「え? なんでここで馬の話が出てくるの? ......馬?」
「二等級だったのだろう? その通りだよ。 主に貸し出したのだが、まさかそれが仇になるとは考えていなかった」
「貴方の二等級の馬? なんの話? そんなクラスの馬を簡単にほいほい見かけてたまるものですか。 もし見たら私が忘れる訳が......」
「「あ」」
アンとガーディが何かに気付いた声が重なった。
「あんた、一体何者だ? その話が真実だとして価値の高い馬を所持していてその由縁が説明できないってのは余程の事だと思うんだがな」
まさかと思いながらもガーディが確認を取る。
「そうだろうな。 主...... 朋広様は私の名を最後まで出されなかった。 この元近衛騎士団武芸指南役、オーシンの名をな」
オーシンはフードを脱ぎ仮面を外し鋭い目線でガーディとアンを射抜いた。
「オ、オーシン!? 武術大会本選どころじゃない、連覇した事もある男じゃないか。 どうりで」
「じ、じゃああの馬は?」
「以前陛下から褒美にと賜ったものだ」
「そりゃ価値が高い訳よね!」
ガーディもアンも衝撃的な事実に青くなって戸惑いを隠せない。
「私が王国から逃亡した事くらいは知っているのだろう?」
「は、はい。 都から通達はありました」
オーシンが王国在籍ならばガーディやアンより遥かに上の立場になる。 それに加えてよい意味での知名度も高かった為、ガーディもアンもオーシンに対して自然と敬語になっていた。 オーシンは二人に国を出る事になった経緯を説明する。 上司に睨まれてこの砦に来た二人にとってオーシンの境遇には共感できるものがあった。
「私もこの砦であった出来事はショウカから聞いた。 朋広様は私に恨み言のひとつも仰られなかった。 それどころか私がこの事を知っているとすら考えないであろう。 私の今回の行動は完全な独断による八つ当たりだ。 私の事を陛下に。 そしてキドウに報告するかね?」
ガーディとアンは視線を交わす。
~砦の執務室~
オーシンは既に立ち去っている。 ガーディとアンがオーシンの事を報告しない事にして開拓村に帰したからだ。 現在は二人で今回の事を問題なくするように辻褄を合わせる内容を考えていた。
「じゃあ今回の件はこちらの依頼で朋広さんの所に居る人物に『砦の襲撃という形に見せかけた、兵士への抜き打ち状況訓練』みたいな話だったって事でいいな?」
「そのあたりが無難だと思います。 ただ皆何も出来ずに気絶していますから、訓練の体にしたのなら叱責はしなければいけなくなるでしょうが」
「襲撃者がオーシン殿って部分だけですでに無理難題って感じなんだが、形だけとは言えそれでも怒られる部下達は災難だな」
叱責役のガーディがすまなさそうに言う。 結果的には自分達も敗北しているのでなおさらだ。
「これを機に励んでくれれば良いですが、自信をなくす部下も出るかも知れませんね」
「それも困るな。 なんとかできないか?」
「あ」
「どうした?」
ガーディに対してアンが悪戯っぽく微笑む。
「いい方法を思いつきました。 やられっぱなしというのも面白くありませんし、意趣返しといきませんか?」
「ほう?」
「抜き打ちの状況訓練を頼んだという体にするのならば、今回の結果を踏まえて、定期的にあの方に部下達を調練していただく流れをつくるのです」
「なるほど。 ......ふむ」
「朋広さんはここで商売をしたがっていました。 という事は金銭が必要な状態だとも読み取れます。 あの方に金銭で報酬を出せばそれが間接的に朋広さん達にも役立つかもしれませんし、彼からすれば自分の顔も立てられるでしょう。 断られはしないかと」
「実現すれば確かに頭角を現す部下も出てくるかもしれないな。 だが都にばれると色々まずくないか?」
「知っているのは私と隊長のみですし、砦の者は朋広さん親子、特に娘さんの強さを目の当たりにしていますから他にも強い人が居たと言っても説得力は持たせられます。 また中央もここまで逃亡者捜索の動きがなかった事から、そちらもおそらく問題ないかと」
「いいな。 面白い」
ガーディとアンはお互い顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「しかしなんだな。 王国一の知恵者と期待されたショウカが朋広さんの所に行ったのにも驚いたのに、すでに武術では王国一との呼び声が高いオーシン殿までもが仕えていたとか。 一体彼等はなんなんだろうな」
「そうですね。 なんなんでしょうね」
「王国一の知と武が同じ一家に流出した訳だが、そう考えると確かに国は衰退しているのかもしれないな」
ガーディとアンはその中心にいる朋広達の存在に首をひねった。
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白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
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https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/450916603
「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」
幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。
東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。
本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。
容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。
悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。
さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。
自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。
やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。
アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。
そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…?
◇過去最高ランキング
・アルファポリス
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