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第一章 男装王子誕生

第一話 眠り姫

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 プロローグ

「……っゴクン」
 (いよいよだっ)

 ゲーム内では王子がグラスを手に取り重大な発表があると皆へ宣言していた。

 社会人二年目。
 永遠に続く残業地獄に取り込まれ私はぐうたらに堕ちた。
 家へ帰ればベットへ倒れ込みスマホをいじり動画とSNSを見て寝る。
 そんな時、偶然に乙女ゲームに出会った。
 最初は暇つぶし程度に始めた乙女ゲーム。
 だが学生時代の友達と疎遠になる度に私は乙女ゲームの世界へのめり込んで行った。
 そして乙女ゲームを始めて一年が経った頃。
 
 『私の中で何かが切れて会社を辞めた。』

 一日中観ていた動画にも飽きて、何気なく検索しているとある乙女ゲームを見つけた。
 翌日、心を弾ませながら朝一でゲームを始める。
 そのシナリオと目新しいシステムは一瞬にして私を虜にしてしまった。
 遂に神ゲーと言える作品に出会い。
 今まさに、私は推し王子との婚約エンディングを迎えようとしていた。
 チラリと画面右上のメニューに目をやる。
 そこには総プレイ時間8とR2という数字が表示されている。
 (うぅぅ、長かった。)
 幾多の王子様達の誘惑に負けそうになりながらも一途にやり続けて八時間。
 やっとここまで来た。

 ふと場面が暗転しモニターに自分のニヤけた顔が映る。
 (うっ……)
 ボサボサの髪に黒縁メガネ。
 こじらせた服装に心が折れそうになる。
 (頑張れ私っ、
  ここはまず素早くクイックセーブだ。)

――データがロードされました。――

「えっ、嘘っ、えぇぇぇぇ」

 私はテンションが上がるあまり間違えてクイックロードを押した事に気がついた。
(うゎゎわゎんっ、
 私の王子様がぁぁぁぁ)

 ガシャンッ

 グラスが割れる音が聞こえる。
『バットエンディング』
 貴女は何者かに毒を盛られて死亡しました。

――隠し分岐ルート ロード中――

「えっ?」

 あまりのショックに意識が遠のく中、ロードされた画面には見た事もないタイトル

 『ファンディスク VR眠り姫』

 という文字が見えていた。


 第一話 眠り姫

「うわぁぁぁ、
 何だこれ?」

 先程から私はベットに寝そべったまま困惑気味に考え込んでいた。
 気がつくと二人のイケメンに囲まれ手を握られている。
 ドキドキしながら薄っすらと目を開けてそっと周りを盗み見る。

 天井は中世ヨーロッパ風でベットにはレースの天蓋がついている。
 (私は確か自分の部屋で乙女ゲームしていた筈なんだけど……)
 ぼんやりとした頭で思い出す。
 乙女ゲームにハマって一年。
 遂に神ゲーとも言える作品に出会い。
 私は推し王子との婚約エンディングを迎える直前だった。
 その時に画面が暗転しモニターに自分のニヤけた顔が映った。
 動揺した私はクイックセーブを間違えてクイックロードっ。
 そして気がつけば、ここに居る。
 心配顔で私の手を握りしめている二人のイケメン。
 どう見ても彼らは乙女ゲーム『シンデレラ プリンセス』の登場人物だった。
 
 『シンデレラ プリンセス』
 
 それは私がさっきまでやっていた乙女ゲーム。
 訳あって王宮親衛隊の隊長をやっている兄の元で下宿する事になった主人公。
 ある日、兄の忘れ物を届けに王宮へ行くと偶然出会った男性に案内される。
 案内された先は兄が警護中のお城のパーティー。
 そこには様々な王子様達が居て……。

 そんなゲームで私は推しの第一王子 ブロード様と出会い恋に落ちた。
 そして攻略する事、八時間。
 ついに彼との婚約が決まり祝杯。
 ハッピーエンディングを迎えるはずだった。

 それがなぜかこんな事に……。
 (あ~っ、私のバカっ。
  何で大事な所で間違えてクイックロードしちゃうの?
  まだスチルもとってないのに。)

 涙目になりながらも両手の温もりを感じる。
 (暖かい~
  男の人の手ってこんなに暖かいんだ。)

 自慢じゃないが私は男性にモテた事がない。
 自分に自信がなく。
 人付き合いは苦手。
 自他共に認めるいわゆるこじらせ女子である。
 だから今まで彼氏が出来た事は一度もない。
 デートをした事もなければ、手を繋いだ事もない。
 ましては二人のイケメンに両手でニギニギなんてあるわけがなかった。
 (こんなチャンス二度とないかも……)
 こっそりと気づかれない様に両手をニギニギして感触を堪能しながら改めて盗み見る。

 左に居るのは兄のタフタ。
 タフタ兄様は王宮の親衛隊隊長をしている。
 隊長らしく剣術に優れガッチリとした体格は男らしい。
 妹想いの優しいお兄ちゃんだ。
 幼い頃は別々に暮らしていた為か、私が下宿を始めると私を溺愛しはじめた。
 心配症なのか同居した途端、頻繁に会いに来る。
 私の事はいつまでも子供扱いでいつもご機嫌取りに土産にお菓子を持って来る。

「街で人気のスイーツを貰ったから持って来た。」

 それがタフタ兄様の私に会いに来るいつもの言い訳だった。
 (そうそう鬼隊長がスイーツを貰う訳がない。)
 兄の嘘はバレバレだったが令嬢が溢れかえる中でスイーツを買う姿を思い浮かべる。
 想像すると何とも哀れで愛くるしい。
 だから私はいつも気がつかないフリをしてスイーツを嬉しそうに頬張った。
 貰えるものは貰うのである。
 それをタフタ兄様は嬉しそうにいつも眺めては私の頭を撫でる。
 スイーツを土産に時折り見せるデレ感は鬼の隊長とは程遠かった。

 左に居る銀髪の少年は幼馴染のニット。
 私の事を昔から知っていてずっと守って来てくれた。
 小顔で丸顔。
 そのコロコロ変わる愛くるしい表情はまるで可愛いリスの様だった。
 ニットは私にとって気心の知れた可愛い弟のような存在だった。
 明らかに絶対的な好意を感じるその愛くるしい瞳は私に安らぎを与えてくれた。

 う~ん、困った。
 意識はあるのに金縛りにあったように体が動かない。
 仕方がなく諦めて二人の会話に聞き耳を立てていると少しずつ状況が見えて来た。
 
 『眠り姫』

 どうやら私は第一王子ブロード様との婚約発表のパーティーで突然倒れたらしい。
 そしてそのまま危篤、昏睡状態に陥った。
 その眠りは何者かに毒を盛られた事によるもので既に二日眠り続けているらしい。
 タフタ兄様達の懸命の努力で何とか一命は取り止めた。
 だが盛られた毒には呪いがかけられていて解毒剤が必要らしい。
 そして第一王子の突然の失踪。
 王宮では暗殺されたとか、
 王子も呪いにかけられた等、様々な噂が飛び交っているらしい。
 
 (眠り姫?)
 その言葉には見覚えがあった。
 私が間違えてシンデレラプリンセスをクイックロードした時……。
 薄れる意識の中で確か画面には『ファンディスク 眠り姫』の文字があった。
 勿論、ファンディスクなんて購入した覚えはない。
 だがこれはバットエンディングの後日談なのだろうか?
 (う~ん、でも毒を盛られるような覚えはないんだけどな。)
 私は首を傾げた。
 でも考えてみれば推し王子一筋プレイで他の攻略対象にはえげつない程の塩対応。
 どこかで気がつかずに恨みを買ったのかもしれなかった。

「じゃあ、ニット。
 俺は仕事があるから行くぞ。」

 そう言ってタフタ兄様は名残惜しそうに私の髪を優しく撫でた。
 (うわ~、顔が近いっ)
 突然の接近に私は慌てて薄目を閉じる。
 微かに風が頬に当たるのを感じているとタフタは優しく私の額にキスをした。

 ドクンッ

 私は顔が赤くなるのを必死に抑えながらもドキドキが止まらない。
 かなりの数の乙女ゲームをやりこんだ私。
 でもこんな感触つきのリアルなんて免疫なかった。
 兄と言っても血は繋がっていない。
 赤毛の髪が頬をかすめるとざわっとした感覚が突き抜ける。
 (うわぁぁ、肌に触れるっ。温度感じるっ。気配がえげつないっ。)
 そのリアルに私の五感全てがキュンとした。

 バタン

 ドアが閉まりタフタ兄様が部屋を出ると幼馴染ニットが心配顔で覗き込む。

「一体誰なんだっ、
 僕の大切なリプにこんな呪いをかけた奴は。」

 ドンッ

 ニットが握りしめた拳を壁に叩きつける。
 普段は温和で大人しい彼がここまで怒りを露わにする事は珍しかった。
 それだけ私の事を大切にしてくれているのだろう。

 『ニコレ フォン リプル』

 それが私の名前だった。
 幼馴染のニットからはリプと昔から呼ばれている。
 彼は私が昏睡状態だと思っているのだろう。
 私は再びこっそりと薄目を開けた。
 ニットは周りを見回して誰も居ない事を確認すると呟いた。

「ボクは馬鹿だ。
 自分に自信がないばかりに臆病になって。
 こんな事ならもっと早く想いを伝えておけばよかった。
 このままリプが目覚めなかったらボクはっ。」

 そう言って私の手を両手で強く握りしめると言った。

「リプっ、
 ずっと君の事が好きだった。」

 彼はそう言うと悲しい顔をして部屋を出て行った。

 (うわぁぁぁ、
  幼馴染から告白いただきましたぁぁぁ。)
 私はドキドキしながらそれを受け止めていた。
 誰かに呪いをかけられて昏睡状態。
 意識はあるけど動けない。
 そして推し王子ブロード様の謎の失踪。
 私はグルグルとする頭の中で状況を整理しながら時間を過ごした。

 思いを巡らせていると、どこからかラベンダーの香りがした。
 すると私はその香りに導かれる様にウトウトと眠くなり深い眠りに落ちていた。


 ラベンダーの香りに誘われて私は夢を観ていた。
 そこは巨大な月が浮かぶ碧い海辺。
 碧く光る粒子が辺り一面に漂っている。
 
 ザッ、ザッ、

 砂を踏みしめながら先へ進む。
 潮の匂いとラベンダーの香り。
 夢の中では私は自由に体を動かす事が出来た。
 服装を見ると中世ヨーロッパ風の純白のドレス。
 どうやら現実世界へ帰った訳ではないらしい。
 粒子の霧をかき分けて暫く進むと流木に腰掛けた一人の男性がいた。
 
「……っ、君はっ」

 男性が私に気がついて立ち上がる。
 フロックコートだろうか?
 碧いコートのようなスーツを着ていた。
 背は高く細身で黒髪。
 小顔ながら吸い込まれそうなアイスブル―の瞳をしている。
 (カッコイイっ
  職業は王子様ですかっ)

 そう叫びたくなる程、洗練された雰囲気を醸し出していた。
 どこかミステリアスな青年だった。

「あっ、こんにちは。
 イケメンですね。」
 (あれ、私何言ってんだろう)

「……ニコレ フォン リプルっ、
 君なのか?」

 (えっ、私のコト知ってるの?)
 不意に自分の名前を呼ばれて動揺する。
 男性は私の事を知っているようだったが、その顔には見覚えがなかった。
 (こんなイケメン忘れるわけないんだけど……)
 私は首を傾げた。
 こう見えて私は人の顔を覚える事だけには自信があった。
 子供の頃から漢字や人の名前は全く覚えられないけれど顔だけは一度観たら覚えられた。
 それはまるで写真の様に映像として私の脳に焼きついて保存される。
 だから子供の頃から初めて行く場所は時間がかかるけど帰り道で迷った事はなかった。
 『シンデレラ プリンセス』の攻略対象はゲームを始める前に全て事前に確認済。
 でもこんな王子はいなかったはずだ。

 男性は不思議そうな表情を浮かべながら私を流木へ座らせる。
 そしてそっとコートを脱ぐと私を包んでくれた。
 (おぉぉ、そのさり気ない気遣いに私はキュンです♪)
 そういう扱いに慣れていない私は慌てて無言で頭を下げた。

「寒くないかい。」

 彼にそっと肩を抱かれ顔を覗かれる。
 (この余裕のあるエスコートに王子臭、攻略対象に間違いなかった。
  どこかで会った気もするけど……でもどこで会ったんだっけ?)
 彼は素敵な微笑みを浮かべながら私が落ち着くまで待ってくれている。

「あのっ、
 私達どこかでお会いしました?」

「分からない。」

「えっ、貴方のお名前は?」

「分からない……が多分『シフォン』だ。」

「多分?」

「ああ、ここにそう刻まれている。」

 そう言って彼は懐中時計を出して見せた。
 確かにそこには『親愛なる友 シフォンへ』と名が刻まれていた。
 訊けば彼には記憶がないのだと言う。
 気がつくと牢獄に独り閉じ込められていたらしい。

「では自分のコト……何も覚えていないのですね。」

 私が心配顔で訊ねると彼は寂しそうに頷いた。

「ああ、だが君のコトは知っている。
 どこで会ったかは分からないが間違いなく君を知っている。」

「えっ、どういう事ですか?」

「君を見ているとどうしようもないくらいの感情が湧いてくるんだっ。
 俺は君を愛している。
 記憶は無くても心がそう叫んでいる。
 君を失ってはいけない。
 そう繰り返し心が叫ぶ。」

 そう言うと突然、彼に抱きしめられた。
 
「えっ、ちょっと待って。」

 焦る私の耳元で彼が囁く。

「リプルっ、
 もう逃がさないから」

 (えっ、えっ、えぇぇぇ)
 突然の抱きしめにドキドキが止まらない。

「頼むっ、少しだけでいい。
 このまま抱きしめさせてくれ。」

 シフォンは少し震える声でそう言った。
 その声は不安気で少し泣いているようにも思えた。
 さっきまでの俺様王子の雰囲気とは違いどこか甘える少年のようだった。
 私はどうしていいか分からないまま、そっと彼の背中に手を添えた。

 それから私達は互いのコトを打ち明け合った。
 第一王子との婚約発表の直前で倒れた事。
 私は今、何者かに呪いをかけられて眠り姫になっている事。
 ここは夢の中だと言う事。
 訊けばシフォンも未だ記憶喪失のまま牢獄に閉じ込められているらしい。

「すまない。
 俺は気がつくと牢獄に監禁されていた。
 この世界からの脱出方法も分からない。
 だから一緒にリプルを助けに行く事が出来ない。
 だが一時的にだが眠りの呪いを解く事は出来ると思う。」

「えっ、本当ですか?」

 そう言うとシフォンは私を抱きよせて突然キスをした。

「えっ、シフォン?」

 動揺して顔を赤めると彼が優しく頭を撫でる。

「じっとして……大丈夫。
 力を抜いて全て俺に体を預けてくれ。」

 そう言うと情熱的なキスを始めた。
 とろけるようなキスで意識が遠のいて行く。

「リプル。
 これで君は十二時まで目覚める事が出来るはずだ。
 でも気をつけてっ、
 君が目覚めたと知られると今度こそ命を狙われる。
 そうだっ、彼を訊ねて助けを求めるといい。
 奴ならきっと力になってくれるだろう。
 今夜十二時。
 口づけの魔法が解けて君が眠りについた時、またここで落ち合おう。」

 そう言うシフォンの声が次第に遠のいていく。
 気がつくとラベンダーの香りと共に私はベットに戻っていた。
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