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優介:見えない敵と白翼の巫女

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 第二十五話 優介:見えない敵と白翼の巫女

 白の国。

 現在この世界で一番強いと言われているのが悪魔族が治める黒国の黒転王。
 『完全なる死』というユニークスキルを持ちその絶対の死からは誰も逃れられないと言う。

 次に強いのは天使族が治める白国の白転王。
 『完全蘇生術』というユニークスキルを持ち白翼の女神と呼ばれていた。
 元々白転王は転生する前は盲目の女性である。
 生まれながらに目が見えない彼女は少女の頃は非常に思慮深く慎ましい女性だった。
 転機が訪れたのは高校生になり世の中の不条理を知った頃だった。

 『どうして私だけが不当に不自由を虐げられるのか』

 その疑問は嫉妬に変わり、やがて世間への憎しみに変わって行った。
 その憎しみが最高潮に蓄積された頃にこの世界へ転生された。
 彼女が生まれて初めて見た風景は膝まづいた天使達だった。
 美しい顔立ちに純白の翼。
 その美貌に誰もが彼女を女神と崇め、もてはやした。
 生まれて初めての特別扱いに最初は戸惑った。
 だが次第にこれは今まで虐げられていた分の御褒美だと思い始めた。
 死んだ者を生き返らせる事ができる『完全蘇生術』というユニークスキル。

 どんなに偉い人間も死からは逃れられない。

 貴族も金持ちも紳士も淑女も私の前では涙を流して無様に延命を願い媚び諂う。
 そんな人の本性を見て彼女は自分こそが世界に選ばれた女神だと心底信じた。 

 『私は……どんなに理不尽な事をしても許される』
 
 そんな甘美な猛毒は彼女を次第に浸食して行った。
 そして数年が経った頃には美貌の女神は残忍な暴君となっていた。
 
 それはまるで世界を不条理で押し潰すかのように……

 その不死の女神へカオスと赤転王は戦いを挑もうとしていた。

 カオス軍は首都目前の岩場にて白転王軍と激突していた。
 崖の向こうには首都の街並みが広がっている。
 まるでローマ宮殿のような円柱の建物の中心に黄金のドーム状の屋根が見える。
 ここが天使族の聖地であり目の前に立ちふさがるのが白翼の女神『白転王』である。
 大量の十字架状の槍を携えた天使兵達がカオス達を取り囲む。
 天使兵は白い翼を持ち空を浮遊する為、慣れない戦いに赤転王の竜兵達も苦戦していた。
 流石のレジェンド級の召喚獣達も正面に押し寄せる大軍には有効だが、
 広い範囲で包囲する敵には苦戦していた。
 
 流石に白翼の女神こちらの弱点をよく知っている。
 
 そんな中、赤転王は初戦から『身体強化』を使い脳筋全開で天使兵達を蹴散らしていく。
 
「ここは任せて先へ行け。」

 痺れを切らした赤転王がカオスへ叫ぶ。
 俺は単身、天使兵の包囲網を飛び出して白転王へ向かった。

「ふっ、愚かな。
 あの敵を打ち滅ぼせ。
 フローラルっ」

 そう言うと白転王が何かを召喚したようだった。
 
(よしっ、天使兵の集団を抜けた。
 少し距離はあるが、後は白転王ただ独り。
 行けるっ。)

 そう手ごたえを感じた俺は走りながら短剣を引き抜いた。
 小さな岩場を飛び越して白転王の元へ向かう俺へ突然激痛が走った。

(……っ、
 攻撃された?)

 痛みに耐えながら思わず両手に短剣を広げて身構えた。
 辺りを見回すが遠くに白転王が居るだけで誰も居ない。
 背後からまた激痛が走る。

(明らかに攻撃をされているっ。)
 
「愚かな敵を打ち滅ぼせ。
 フローラル」

 先程そう白転王は言っていた。
 あれは何かの召喚獣を召喚したに違いがなかった。
 だが目を凝らすが敵はいない。
 俺は目を細め全身に神経を張り巡らせて、短剣を構えた。
 防具のコートへ何がが当たる。
 慌てて横へ転がり逃げる。
 すると風切り音と共に横を槍のような影がかすめて行った。
 
 目に見えない敵……
 槍がかすめた時に微かに花の香がした。
 
(フローラル……そうか)
 
 俺は匂いに全神経を集中させて香りがすると横へ転がり逃げた。
 先程まで俺がいた地面の砂が槍が突き刺さった様に跳ね上がる。
 俺は匂いを見失わないように注意しながら風下へと岩場を逃げ回った。

「一国の王がピョンピョンと跳ね回って……
 まるで醜いカエルのようですね。
 無様ですこと。
 でもいつまで逃げられるかしら。」

 白転王が嘲り笑う。
 ゴツゴツした岩場も風下へ下がる内に岩が多くなって来た。
 そうやって必死に逃げる内に一本道へ追い詰められた。
 気づくと後ろが壁になり俺は逃げ場を失った。

「随分とあがいたようだけど、
 いよいよ逃げ場がなくなったようね。
 フローラル、殺っておしまい。」

 白転王が命令する。
 槍が風を切る音と共に、花の香がする。

「逃げ場がないのは、どっちかな。」

 俺はそう言うと『ソウルイーター零式』を銃モードへ変更し、
 一本道を乱射した。

(手ごたえあり。)

 ドサッという何かが倒れる音と共に槍を持った天使が姿を現した。

「なるほど……
 逃げたのではなく、一本道へ誘っていたのね。
 雑種にしてはやりますね。」

 そう言う白転王の声は妙に落ち着いていた。
 カオスは『ソウルイーター零式』を短剣に戻して白転王へにじり寄る。

「これで後は、お前だけだ。
 お前は後衛の回復タイプ。
 戦闘力はない筈。
 降参したらどうだ。」

 そう言う俺へ白転王が笑い飛ばす。
 その笑みは奇妙に歪み、楽しくて仕方がないようだった。

「うふふ、そうね。
 確かに私は回復タイプ。
 だからこそ絶対に負ける事はないの。
 起きなさいっ、フローラル。
 ユニークスキル『完全蘇生術』」

 そう言うと白転王は右手を振りかざした。
 その言葉と共に天から白い光が注がれ、
 背後で倒れていた筈のフローラルの姿が忽然と消えた。

「カオス大丈夫か。」

 天使兵を全て倒し終えた赤転王達が近づきながら声をかける。

「来るなっ、
 姿が見えない敵がいる。」

 そう俺は赤転王へ叫んだ。
 そして全神経を嗅覚に集中させる。
 花の香がした瞬間に横へ逃げ飛ぶ。

「ふふふっ、
 また無様に転げ回るのね。
 でも、もう一本道へ誘い込まれる事はないわよ。」

 白転王が含み笑いをする。

(逃げてばかりでは倒せない。)

 焦った俺は匂いがする方向へ避けながらも懸命に短剣を振るった。

 だが短剣は空を切るばかりで当たらない。

 すると今度は花の香が左右からした。
 どうやら左右に頻繁に移動して香を分散させているようだった。
 匂いが特定できずに迷っていると俺の背中に激痛が走った。
 
 急所への槍の直撃。
 
 純魔ミスリルの防具でなければ心臓を貫かれて即死している。
 ゼロの防具にまた救われたようだ。
 だがこのまま攻撃を受け続ければ殺されるのも時間の問題だった。

(いちかばちかやるしかないか。)

 意を決した俺は心配そうに見つめる赤転王へ叫んだ。

「赤転王っ、俺に『ドラゴンファイア』を撃ち込め。」

「おいおいっ、
 勝てないからって共倒れするつもりかよ。
 後はまかせたとか……そう言うのは要らないぜ。」

 無謀な指示に赤転王が迷う。

「大丈夫だ。俺を信じろっ。
 いいから、早く撃て。」

「……分かったよ兄弟。
 レッドドラゴン。」

 そう言うとドラゴンの口に赤い光が集まって行く。
 そして収縮が最高潮に達した時、巨大な炎がカオスへ放たれた。

 『ドラゴンファイア』

 赤い光がカオスを包む。
 炎の直撃を受けてカオスが光と共に消える……と思われた。
 
 その瞬間俺は前方へ銃を乱射した。

 そして振り返り『黒い門』を出現させる。

 すると炎はその中へ吸い込まれて行った。
 前方を見るとフローラルが絶命して倒れている。

「ばかなっ、
 見えない筈。」

 事態が理解できずに白転王が絶句する。

「光だよ。
 『ドラゴンファイア』の強い光でフローラルに影が出来た。
 姿は迷彩で消せても影までは消せなかったようだな。
 さてどうする。
 ユニークスキル『完全蘇生術』はさっき使った。
 知ってるぜ、一度使うとしばらく使えないんだろ?」

「お前っ、わざと私に『完全蘇生術』を使わせたな。
 雑種の分際で生意気な。
 少しだけお前の力を侮っていたか。
 だが勝てずとも、倒されなければ負けはない。」

 そう言うと白転王は突然翼を広げると上空へ逃げ出した。

「そう言うと、思った。」
 
 パチンッ

 俺は空に向かって指を鳴らして見せた。
 すると空へと逃げた白転王の頭上へ『白い門』が現れた。
 ゲートがゆっくりと開き、中から赤い光と共にグツグツと収縮された炎が現れる。
 
 『ドラゴンファイア』

「ばかなっ、私は世界に選ばれた全能の女神だぞっ
 こんな下等生物に私が……」

 白転王はそう叫ぶと紅蓮の炎を受けて光と共に消えて行った。

――三つの『オーパーツ』を獲得しました。――
 ・ユニークスキル『完全蘇生術』
 ・『召喚獣 フローラル』
 ・『失われた記憶』

 目の前にメニューが現れた。
 俺は『フローラル』を『白紙のデッキカード』へ変換し『完全蘇生術』は修得とした。
 これで全ての魔法枠が埋まった。
 これ以上ユニークスキルは修得出来ない。

「ふぅ、やれやれだな。」

 そう呟いていると赤転王達が駆け寄って来て歓声を上げた。

「最後のあの技。
 俺を倒した時のブラックホールみたいな奴か?」

「ああっ、無限回廊だ。」

「そんな作戦があったなら先に言っとけよ。
 俺はてっきり奴と心中するつもりかと思ったぜ。」

「作戦なんてないさっ、
 行き当たりばったりの博打だよっ」

「えっ
 ……お前って几帳面な様で案外いい加減なんだな」

「脳筋のお前に言われたくないよ」

「誰が脳筋じゃいっ
 まぁとにかく、
 野郎どもっ、
 俺達の勝利じゃいっ」
 
 そう言って手を振り上げると嬉しそうに俺の肩を叩いて祝福した。

「うぉぉぉ」
「うぉぉぉ」
「うぉぉぉ」
 
 それを合図かのように兵達が一斉に勝ちどきを上げた。
 
 『俺達の勝利である。』 
 


 白転王を倒した俺は赤転王と共に崖の向こうに見える白国の首都へ乗り込んだ。
 しかしその時の首都神殿は混乱の極致にあった。
 女神と崇められていた白転王が倒されたからだ。
 特に信仰が厚い白国では白転王は神格化されており女神と信じられていた。
 その為、神が人間ごときに敗北する等、誰一人考えていなかった。
 『女神消滅』の知らせに国中に激震が走った。
 またあろうことか下等生物である雑種達からなる『合衆国 カオス』の管理下へ入るという。
 それはプライドの高い天使族にとって到底受け入れられる事ではなかった。
 
 白国は美しい国だった。
 とりわけ聖地と言われる首都は白い大理石で作られた神殿が並び、
 円と放射線状に貯められた水が張り巡らされた
 美観と機能を併せ持った都市だった。
 その中心には黄金のドームからなる王宮がそびえている。
 
 王宮に入ると両脇に天使達が列をなしてカオスを出迎えた。

 俺はその間を足早に通り過ぎると乱暴に王座へ腰かけ足を組んだ。

 赤転王から天使族はプライドが高い。
 白転王を倒したしても絶対に合衆国には従わないだろうと言われていたからだ。

(舐められないように座ってみたが、
 さてここからどうするかな。)

 俺はわざとつまらなそうに王座に腕を置き右手を顎にあてて踏ん反り返る。
 俺の横柄な態度に頭を下げている天使達から明らかに不快と嫌悪の感情が溢れ出した。
 しばらくして、それを抑える様に一人の少女が前に出た。
 眩しい程の白い衣装に身を包まれたその少女は一見、幼い人間のように思われた。

 『サヤカ』

 一瞬、そんな名前が俺の脳裏を駆け抜けた。
 だがよく見ると、彼女の背中には白い翼が生えていた。

「お初にお目にかかります。
 カオス様を天使一同、心より歓迎いたします。」

 白翼の天使が恭しくお辞儀をする。

「フンッ
 心にもない事を言うなよ。
 本当は、はらわたが煮えくり返っているんだろ。
 雑種風情に王座に座られて。」

 相手の本心を探ろうと挑発して見せる。

(古の理により、選別の儀を開始する。)

 その瞬間、俺の頭に白翼の少女の声がよぎった。

「そんな事はございません。
 転王を倒した王が私達の王……
 ……カオス様?
 どうかいたしましたか?」
 
 心ここにあらずのカオスを見て白翼の天使は話の途中で訊ねた。

(何故移動できない?
 お前はまさか。)

 そんな見知らぬ女性の声が俺の脳裏を駆け巡った。
 その瞬間、思わず王座から立ち上がる。

「そうかっ、お前だ。
 ずっと、あの声の女の正体を思い出せなかった。
 お前は俺がこの世界に転生した時に、
 赤い鳥居に囲まれた広間で『選別の儀』を行った。」 

「……それは私であって、
 私ではありません。」

 白翼の天使は恭しく答えた。

「嘘だっ、
 それにお前には転生する前にも会っている。
 お前はサヤカをどうするつもりだ。
 移動できないとは、どうゆう意味だっ。」

 興奮して思わず俺は声を荒げる。
 突然の出来事に周りの天使はもとより赤転王達も困惑顔でざわついた。
 それを感じた白翼の天使は少し声のトーンを落とすと囁いた。

「そうですか、あちらの世界でも私に会ったのですね。
 申し訳ございませんが、お人払いをお願いできますか。」

 その申し出を受けて俺は全員を外へ出した。

「私の名前……いや、私達の名前は『ノア』と申します。
 古よりこの世界に仕える巫女でございます。
 私達『ノア一族』の使命は『あのお方』の意志を実現させる事。
 私は天使族を導く事を、
 『選別の儀』を行ったノアは魂の選別をする事が使命となります。
 あなたが前の世界で会ったと言うノアもまた、
 『あのお方』の意志を持ってそこにいます。」 

 確かに赤い鳥居に囲まれた広間で会った『白翼の天使』と
 目の前の『白翼の天使』は姿や声は同じだが少し雰囲気が違う気がした。

「サヤカといるノアは何が目的なんだ。
 移動できないとはどうゆう事だ。
 あの『赤い光の穴』は何なんだ。」

 俺は今までの感情を白翼の天使へ全てぶちまけた。
 訊きたい事が沢山あった。
 白翼の天使は少し困ったような顔をしながらも話を続けた。
 それは慎重に言葉を選んでいるようにも見えた。

「『赤い穴』は時代によって、その名を変えます。
 ある時代では『バミューダトライアングル』
 ある時代では『神隠し』
 ある時代では『通りゃんせ』……
 申し訳ありません。
 私も全てを知っている訳ではありません。
 ノアもそれぞれ役割が異なり他のノアの使命までは分かっていないのです。」

「『あのお方』とは誰だ。
 サヤカは無事なのか?」

「『あのお方』については、申し上げる事は出来ません。
 ですが、あなたは転王。
 いずれ知る時が来るでしょう。 
 向こうの世界のノアの使命については直接お聞きになって下さい。」
 
「そんな事が可能なのか?」

 驚いて訊ねる俺へ白翼の天使は決意を持って頷く。

「手に入れた『失われた記憶』をこちらへ。」

 そう言われた俺は白転王から手に入れた『失われた記憶』を差し出した。

「この世界へ舞い降りた選ばれし転王よ。
 古の理により記憶の儀を開始する。」
 
 そう言うと白翼の少女は両手を広げ何かを唱え始めた。
 周りの空気が冷たく、重くなった事を感じた時、床に青白い魔法陣が現れた。
 その青白い魔法陣は次第に浮き上がり俺の体を包み込む。

 ほわん、ほわん。

 全身を包む青い光が白へと変わっていく度に段階的に意識が遠のいて行く。
 まるで青と白の光が自分という存在を蝕んでいくようだった。
 その割合が増える程、自分の存在が消えていくのを感じる。
 そしてとうとう世界との繋がりが途切れそうになる瞬間、頭の中で声が聞こえた。

「記憶の干渉。」

 その瞬間、光は砕け散り意識が闇の彼方へと消えて行った。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 気がつくと俺は噴水のある公園のベンチに腰掛けていた。
 辺りは薄暗く、目の前の噴水が暖色にライトアップされている。

(ここは?)

 ぼんやりとした頭が戻っていくと噴水の水の音と夜風の匂いを感じた。

(今、カオス様は御自身の記憶へ干渉しています。
 天命は変えられませんが運命は変えられる筈です。)

 儀式を行ったノアの声が頭の中から聞こえた。
 隣を見るとサヤカが下を向いたまま黙り込んでいた。
 見ると少し震えている。
 デジャヴにも似た不思議な感覚を覚えながら過去の記憶を手繰り寄せる。
  
 たしか俺は子供の頃の『青い海』の話をした。
 子供の頃は心臓が弱くて長い入院生活が続いた。
 毎日ベットに寝転んで同じ風景を眺めていると病室の天井の模様は空に見えた。
 そしてベットの起伏は山に見える……。
 
 俺は以前の記憶の再生で見たセリフを思い出しながら続けた。

 そう妄想するとシーツの感触が砂浜の感触とリンクした。
 だから俺は誰もいない海で独り過ごす。
 海辺に寝転んで一日中波の音を聴いて過ごした。
 そんな誰もいない『妄想の青い海』で、
 どこかに居る『青い海の天使』に出会った時に、
 この病気は治ると信じていた。

「さやかの海はさざ波です。
 周りに密やかにたてられて私のエゴで高さを増すけれど……
 いつか私も『青い海の天使』に出会えるでしょうか。」

 そうサヤカは下を向いたまま呟いた。

「サヤカも俺の妄想の海へ遊びに来たらいい。
 一緒に天使を探そう。」

 俺はサヤカの手を握りそう言った。
 何か怖い記憶を思い出したのだろうか?
 サヤカは下を向いたまま震え出していた。

「サヤカ。こっちを見るんだ。」

 俺はサヤカの正面にしゃがんで呼びかけた。
 ゆっくりとサヤカが顔を上げて俺の顔を見た。

 バチッ

 サヤカと目が合った瞬間、当然大きな音がして青い火花が飛び散った。
 ベンチの周りには点々と地面が青い炎で燃え始めた。

(何故移動できない?)
 そんな見知らぬ女性の声が俺の脳裏を駆け巡った。

「やっと会えたな『ノア』」

 俺は探る様にサヤカへ話しかけた。
 見るとサヤカの瞳が青く光っている。
 明らかに目の前にいるのはサヤカではなかった。
 驚いた表情でサヤカが答える。

「お前は何者だ。
 どうして私の名前を知っている。
 『ノアオペレーション』を邪魔しに来たのか?」

(ノアオペレーション?)

 聞きなれない言葉に俺は疑問に思いながらも鎌をかけてみた。

「そうだ。
 『あのお方』の命令だ。
 『ノアオペレーション』は中止。
 サヤカには何もするな。」

 そう言う俺へサヤカは声を荒げる。

「そんな筈はない。
 『あのお方』は伝言などしない。
 お前は嘘をついている。
 だが何故、お前は私と会話ができる?
 何故、人間ごときが私と会話を
 ……そうか、お前がダムスの預言の」

 そう言ったきりサヤカは気を失った。

(逃げられた?)

 俺はサヤカをゆっくりと膝に寝かせながらため息をついた。

(どうやら運命は変えられなかったようだ。
 ……でもそれならっ。)
 
 俺はサヤカの頭を撫でながらスマホを取り出すといじり始めた。
 送信ボタンを押すとスマホが震え出した。
 
――メッセージ一件―― 
 見るとメッセージが来ていた。
 
 アプリを開いて確認する。
 自分からだ。

優介:サヤカを救いたかったらサヤカの目の前で『赤い穴』へ飛び込め。
   大丈夫だ。それで必ず上手く行く。『青い海の天使』より。
◇◇◇◇◇◇◇◇

 突然、俺は自分の意識が引き戻されるのを感じた。
 目の前にはノアが心配そうにこちらを見ている。

 『記憶の干渉』

 本当は使用してはいけない巫女に伝わる禁術だった。

「運命を変えられましたか?」

 ノアが心配そうに訊ねた。

「いや、失敗だ。
 あの女に逃げられた。
 だが、あちらの世界の俺にメッセージを残して来た。
 妄想の海で出会う『青い海の天使』の事は、
 サヤカに話すまで誰にも話した事はない。
 だから俺なら絶対にあのメッセージを信じる筈。
 後の事はあちらの世界の俺に任せて、
 こちらの俺はやれる事をやるだけだ。」

 そう言って立ち上がると王の間のドアを勢いよく開けて、
 退席していた天使達に叫んだ。

「我は四転王を倒したカオス王である。
 必ず黒転王を倒しバベルタワーの門を開門してお前達の願いを叶えよう。
 お前達は下等生物の合衆国へ従うのではない。
 我に従うのだっ。
 叶えたい願いがある者はついて来い。」

 そう言って勢いよく拳を振り上げた。

「………………」
「………………」
「………………」

 静寂に包まれた雰囲気が俺の心に突き刺さる。

(あれっ、
 もしかして俺、すべった?)

 拳を振り上げたまま固まり冷や汗を流しているとノアが手を叩き始めた。
 そして嬉しそうに高揚した顔で跪く。
 続いて赤転王達も跪き、押されて白国の天使達も次々と跪いた。

 ノアは全員が膝まづいた事を確認すると声を張り上げた。

「我ら白国一同、
 偉大なるカオス様へついて参ります。
 我らの願いをどうぞ叶えていただきたく存じます。
 我らの王はただ独り。」

 ダンダン

「我らの王はただ独り。」
「我らの王はただ独り。」
「我らの王はただ独り。」

 一斉に兵士達が足を踏み鳴らして連呼を始めた。

 世界統一までアト一人。
 謎は多いがもう進むしかなかった。
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