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優介:青い海の天使

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 第二十一話 優介:青い海の天使

 スヤスヤと安心した顔でゼロがカオスへ抱きつき寝息をたてている。
 俺はそっと抱きついているゼロの手を外すと、こっそりとベットを出た。
 寝室のドアを開ける前にゼロの寝息をもう一度、確認する。
 赤転王との戦い以来、ゼロは俺にベッタリだった。
 久しぶりの婚約者水入らずだからと護衛も遠ざけている。
 俺とそうゆう雰囲気になった時に夜の営みの声が護衛に聞こえないようにとの事らしい。
 そういった配慮は婆さんの策略が見え隠れする気がした。
 わざと意識をさせてあわよくばそう言った雰囲気へ誘導しようとしているのだろう。

 俺は誰もいない夜の王宮庭園へと足を運ぶ。
 ここなら誰も来ず王宮の中なので治安も万全。
 しばらく意識を失っていても大丈夫だろう。
 王宮庭園の木陰で寝転び空を眺める。
 涼し気な夜風が心地よい。
 空には蒼い惑星が浮かんでいた。
 俺は地面の芝生の感触を感じながらメニュー画面を開いた。

――所持アイテム――

 ・『白紙のデッキカード』
 ・『失われた記憶』

 そこには赤転王から譲り受けた『失われた記憶』が保存されていた。
 俺は以前『記憶を解放』した時の事を思い出す。
 この世界に転生する前、俺はカオスではなく『優介』という名前だった。
 毎週通っていた図書館で何気なく広げた本に挟まっていたメモがきっかけで、
 謎の女子大生『サヤカ』と出会った。
 その後、何回か会う内にメッセージアプリのID番号を交換し一緒に映画を観た。 
 映画の後のカフェで二人は取り留めも無い話をした。
 屋上から眺める空の話や夕立の後の匂いの話……
 夕立の匂いを嗅ぐと昔包まれたような記憶がするらしい。
 でも前回の記憶再生では肝心な訊きたかった疑問は結局聞く事が出来なかった。
 『失われた記憶』の解放でこの記憶が解放されるという事は、
 俺がこの世界へ転生して来た理由がきっとこの出会いにあるのだろう。 

「サヤカ……」

 何となく彼女の名前を口に出してみた。
 別に転生前の話だし、やましい事は一つもなかった。
 だが何となくゼロの前で記憶を解放するのは気が引けた。
 俺はどうしてもサヤカとの出会いが気になり
 メニューを選択し『失われた記憶』を解放した。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 優介は、ぼ~っとスマホの画面を眺めていた。
 
 サヤカと映画を観てからサヤカの事が頭から離れない。
 腕を組みながら歩いている時に聞いた『記憶のある匂い』という言葉が思い出される。
 いつか雨に打たれながらサヤカの言う桜並木を歩いてみたかった。
 雨と一緒に桜の子供も一緒に降りて黒いアスファルトを隠していくのだと言う。
 優介は無邪気にじゃれるサヤカの顔を見て説明のつかない感情が沸くのを感じていた。
 サヤカの事をもっと知りたかったが自分からサヤカへ連絡を取るのは止めようと決めていた。
 それが年の離れた社会人としてのケジメだと思っていた。

 ……それは単なる言い訳だった。

 本当は……自分の感情に名前を探しているとスマホが震えた。
 
――メッセージ一件―― 
 見るとメッセージが来ていた。
 
 アプリを開く。
 サヤカからだった。

サヤカ:もう寝ました?

優介:いや、大丈夫。

サヤカ:この前は映画 (デート)ありがとうございました。
    楽しかったです。

優介:うん。楽しかった。
   んっ、デート?

サヤカ:私はそう思っていますよ。

優介:デート……かな。

サヤカ:そう言えば、この前、優介さんと腕を組んで歩いている所を友達に見られたみたいで
    お金貰って食事とかしてるのって聞かれました。

優介:それで?

サヤカ:うん。そうだよって言っておきました。

優介:おいおい、お金払ってないし……

サヤカ:ごめんなさい。
    何か恥ずかしくて。

優介:どうせサヤカから見たら、僕はおっさんですから。

サヤカ:でも私は好きですよ。
    優介さんの事。

優介:誰と比べて?

サヤカ:いじわる。

優介:ごめん。
   照れ隠し。

サヤカ:そう言う優介さんは彼女さんは居るんですか?

優介:どう答えたらガッカリしてくれるのかな?
   ……ごめん、居ないよ。
   俺の事好きってライク?
   それともラブ?

サヤカ:私にとって優介さんは、お月様のような存在です。
    大丈夫なようにしていても私の傷はやっぱり癒えないけれど
    月に照らされると痛みが和らぎます。

優介:僕らは友達になれたのかな?

サヤカ:お互いを認めて認められれば、それはもう友達なのではないのでしょうか。
    サヤカにとって優介さんは大切な人だと思っていますよ。

優介:あれ、好きからお友達へ格下げかな?

サヤカ:バカ。

 そして僕達は何の目的もない約束をした。
 ただ会いたかった。
 会って下らない話をしたかった。
 もう映画を観るとか『会う為の理由』は必要なかった。
 腕を組んで歩いていると突然サヤカが立ち止り車通りが激しい道へ飛び込もうとした。
 慌ててサヤカの腕を掴んで止める。
 サヤカを見ると歩道橋の方を指さして見つめていた。
 歩道橋の下を見ると『赤い光』が現れていた。

 六時六分六秒に、六十秒間だけその『赤い穴』は現れる。

 サヤカの通っている名和学園は生活に必要な施設は全て敷地内に揃っていた。
 その為、基本的に敷地外の外出は禁止されていた。
 ただサヤカは財団が運営する特区最大の図書館での貴重な資料の閲覧という名目で
 外出許可証をとっていた。
 その理由は息苦しい学園生活からの脱出と息抜きだそうだ。
 だから度々サヤカはコッソリと学園を抜け出しては街へくり出していた。
 この道は学園と図書館を繋ぐ通り道で時々見る赤い光が気になっていたと言う。
 最初は気にも留めなかったが、あまりにも毎回見るので少し怖かったらしい。

(私は頭がおかしくなってしまったのだろうか?)

 転校したばかりで周りに馴染めず友達関係で悩んでいた時期でもあり落ち込んだ。
 話しても信じてもらえないと思いサヤカは誰にもこの『赤い光』の事を言わなかった。
 でも僕にもその『赤い光』が見えるのだからサヤカの思い込みではないのだろう。
 二人で見つめているとやがてその『赤い穴』は光を失い徐々に消えて行った。

 再び歩き出した二人の話題は自然と先程の『赤い光』になった。
 こっちに引っ越して来てから何度もこの道を通っているが最初の頃は見えなかったと言う。

 それがある日を境に突然見えるようになった。

 この道を通っても見る時と見ない時があったので、調べる内に
 毎日、六時六分六秒に、六十秒間だけその『赤い穴』は現れるという事が分かった。
  
「あの『赤い光』を見ていると呼んでいるようで吸い込まれるの。」

 そうサヤカは不安そうな声で言った。
 でも不思議な光が優介にも見えた事でサヤカは少し安心したようだった。
 サヤカの気持ちを落ち着かせる為にサヤカを噴水がある公園へ誘ってベンチへ腰かけた。
 少し薄暗くなってくると目の前の噴水がライトアップされた。
 暖色のライトに照らされた噴水が水の音と共に心を和ませる。

 夜風に乗って少し水の匂いがした。

 サヤカは下を向いたまま黙り込んでいた。
 見ると少し震えている。
 その姿は最初に出会った頃のサヤカのようだった。
 沈黙を埋める様に話題を探した僕は何となく子供の頃の『青い海』の話をした。
 子供の頃は心臓が弱く長い入院生活が続いていた。
 毎日ベットに寝転んで同じ風景を眺めていると病室の天井の模様は空に見えた。
 そしてベットの起伏は波に見える。
 そう妄想するとシーツの感触が砂浜の感触とリンクした。

 だから僕は誰もいない海で独り過ごす。

 海辺に寝転んで一日中波の音を聴いて過ごした。
 そんな誰もいない『妄想の青い海』で、
 どこかに居る『青い海の天使』に出会った時に、
 この病気は治ると信じていた。

 サヤカも病室で海を妄想した事があるらしく、
 何度も頷きながら共感してくれた。

「さやかの海は、さざ波です。
 周りに密やかにたてられて私のエゴで高さを増すけれど……
 いつか私も、『青い海の天使』に出会えるでしょうか。」

 そうサヤカは下を向いたまま呟いた。

「サヤカも僕の妄想の海へ遊びに来たらいい。
 一緒に天使を探そう。」

 僕はサヤカの手を握りそう言った。
 
 何か怖い記憶を思い出したのだろうか?
 サヤカは下を向いたまま震え出していた。

「サヤカ。こっちを見て。」

 僕は安心させようとサヤカの正面にしゃがんで呼びかけた。
 ゆっくりとサヤカが顔を上げて僕の顔を見た。

 バチッ

「……っ」

 サヤカと目が合った瞬間、突然大きな音がして青い火花が飛び散った。
 ベンチの周りには点々と地面が青い炎で燃えている。

(何故移動できない?
 お前はまさか。)

 そんな見知らぬ女性の声が僕の脳裏を駆け巡った。
◇◇◇◇◇◇◇◇

 光が消えて行き俺は自分の意識が戻るのを感じた。
 王宮庭園の涼しい夜風がべっとりと張り付いた汗を乾かしていく。 

 『失われた記憶の解放』

 全く記憶になかったが転生する前に俺はサヤカと付き合っていたらしい。

(最後のあの声……)

 どこかで聞いた声だった。
 それも転生してからこっちの世界で聞いた気がした。

(絶対にこっちの世界で会っている。)

 そう確信したが、どうしても思い出せなかった。
 内容を思い出せないが転生する前にサヤカと大事な約束をした気もしていた。
 もう一つ脳裏を駆け抜ける言葉があった。

 『ダムスの預言書』

 こっちは全く意味が思い出せなかった。
 その日から俺は戦いながら『最後のあの声の女性』を探し始めていた。
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