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サヤカ:サヤカの罪

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 第十九話 サヤカ:サヤカの罪

「この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。」

 そう仮面の女が言って始まった『断罪ゲーム』も四日目を迎えていた。
 ゲーム開始三日目、初めて投票により処刑が実行された。
 サヤカは蒼い炎を見つめながら確実に『死』が自分達に忍び寄っている事を実感した。
 背筋が冷たくなる。 
 殺される日が近づいている。
 あと四日以内に『殺人犯』を見つけなければいけなかった。
 私は断罪の間の残ったのメンバーを改めて見た。

 ヨレヨレの服を着た禿げづらの『緑の教師』。
 名和大学で私の親友だと言うツインテールの中学生『モモカ』。
 『断罪の間』へ飛ばされて来た時に初めて声をかけてくれた『アオト』。 

 この中に私達を殺す殺人犯が居る事になる。
 私は自分のせいで黒の刑事を処刑する事になってしまった事を後悔していた。
 それは『記憶の解放』の為に、それぞれが自分へ投票しようと決めた三日目に起こった。
 モモカのミスにより誰かを処刑しなければいけなくなった。
 私は最初から何となく『黒の刑事』か『緑の教師』が怪しいと思っていた。
 でも明確に『黒の刑事』が『殺人犯』だとはまだ決めかねていた。
 でも黒の刑事に突然肩を掴まれたあの時、恐怖のあまり思わず口走ってしまった。

「止めて、離して。
 絶対って事はない。
 だってあなた隠れて私の学校の事調べてたでしょう。
 娘さんの事でやましい事があるんじゃないの。」

 その言葉で周りが動揺し、結果『黒の刑事』が処刑された。

(私のせいじゃないっ)

 そう思いながらも処刑のきっかけを作ってしまったコトに何か後ろめたいものを感じていた。

 そして四日目。
 今回は誰もミスをする事なく自分に投票した。
 皆が安心した顔をしたが直ぐにそれぞれが不安げな表情に戻っていった。
 処刑が先送りされただけで数日後には自分が殺されるかもしれないからだ。
 何だかとてつもなく息が苦しかった。
 薄暗い部屋の中、まるで水中にいるような重苦しい雰囲気が部屋を支配している。
 
 やがてそれぞれが記憶の解放を始めた。
 
 私はどの記憶を解放しようか迷っていた。
 今、一番『殺人犯』だと思われる『緑の教師』にしようかと思った。
 でも記憶の解放後に急に馴れ馴れしくなった『モモカ』の事も気になっていた。
 記憶を解放する前は内気で頼りなく下を向いて小さな声で話していたモモカ。
 今は馴れ馴れしくタメ口をきいてくる。
 表情も明るく自信ありげで以前とは別人だった。
 訊けばモモカは自分の記憶を解放し、私とモモカは名和大学の同級生で親友だという。
 私はモモカの事を全く覚えていない。
 そもそも学校生活の記憶が全く無かった。

(私も自分の記憶を解放すればモモカの事を思い出すのだろうか。)

 気になった私は少し迷った後、自分の記憶を解放した。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 私は教室の席で周りが話しているのをぼんやりと眺めていた。
 モモカが転校して来てから私の見る風景が少し変化していた。
 以前は自然と私の周りに人が集まってワイワイと賑やかにしていた。
 でも今は私の横でモモカを中心に会話が進んで、私はそれを観ている事の方が多かった。
 名和学園は高大一貫の為、そのまま高三のクラスメンバーが大学のクラスとなる。
 三年間寮と学校の往復で隔離生活を送って来た私達にとって唯一外から編入して来た
 モモカはかなり新鮮だった。

 名和生の結束は固い。

 その為、高校時代にも編入生は稀にいたが、影で『雑種』と呼ばれ無関心や仲間外れにあって
 直ぐに学校を辞めてしまう事が多かった。

 だがモモカは違った。

 高三最後の少ない期間であっという間に周りに溶け込み、大学に上がると『支配』を始めた。
 今ではモモカの不良っぽい所が他者を圧倒している。
 時折モモカが私へ話しを振って私はそれを微笑んで頷く。
 別に自分がクラスの中心になりたい訳でもないけれど、どこか寂しさを私は感じていた。
 ひとしきり会話が終わると他の生徒は去って行きモモカと二人になった。
 二人になるとモモカは椅子を引いて周りを見回した後にサヤカへそっと話しかける。

「ねえ、サヤカ。
 今日は『バイト』一緒に行くでしょ。」

 最近ずっとモモカは私へ『バイト』へ一緒に行く事を勧めてくる。
 どうやら大人と食事をして、お小遣いを貰っているらしい。
 名和学園は入学当初から『男女交際一切禁止。』だった。
 こんな時代錯誤の校則を持ち出して、いい子ちゃんぶるつもりはなかった。
 別に周りがそうゆう小遣い稼ぎをしても構わないが、自分は何となく気が進まなかった。

「ごめん。
 私はちょっと、そうゆうのはいいや。」

 私は言いにくそうに断った。
 するとモモカは周りを見回してから私へ顔を近づけて囁いた。

「みんな、やってるって。
 サヤカだけ、やらない訳にはいかないよ。
 ねっ、一度だけ。
 私の横で何もしないで笑ってるだけでいいから……。
 じゃないと、これ以上モモカもサヤカを庇いきれないよ。」

(クラスの輪から外される。)

 私の脳裏にそんな言葉が響いた。

「じゃあ、一度だけ。
 顔を出したら、私すぐに帰るから。」

 私が引きつった笑顔で答える。

「ありがとう、サヤカっ、 
 これでサヤカを守れるよ。
 今日の放課後パーティーあるから一緒に行こう。」

 モモカが嬉しそうにサヤカの手を取り言った。
 放課後、私とモモカは学園敷地内の一室に来ていた。
 暖色にライトアップされた施設の最上階、かなり広い一室だった。
 早く来過ぎたのか、まだ誰も居なかった。
 その方が喜ぶからとモモカが言って、サヤカ達は高校時代の制服姿で部屋へ来ていた。
 紺のミニスカートに碧いリボン。
 女子高生を卒業して暫く経っていたが、その姿はまだまだ現役でイケそうだった。
 モモカは私を奥のベット隅へ座らせると鞄から縄を出して後ろ手に縛った。

「ちょっと、モモカ。」

 驚く私へモモカが言う。

「ただのサプライズオブジェだよ。
 おじさんが部屋に入って来た時に喜ぶから。」

 そう言うとモモカは縛られて動けない私へアイマスクを着けて目隠しをした。
 モモカは不安そうに座っているサヤカを見ると満足そうに微笑んだ。

「サヤカ。
 今夜は楽しんで。」

 そう耳元で囁くとモモカは耳たぶを噛み私へ耳栓をした。

(えっ、これは何?)

 制服姿でベットの上で縛られて目隠しをされている。
 この状況は明らかにただ男性と食事をするだけとは思えなかった。
 後ろ手に縛られて身動きがとれない。
 身をよじればよじる程、ミニスカートが捲れ上がり下着が露出していった。
 目隠しと耳栓で私の五感が研ぎ澄まされる。 
 不安で何度もモモカの名前を呼んだがモモカは黙ったままだった。
 良からぬ妄想で私は不安と恥ずかしさでいっぱいになった。

 暫くすると入口でドアが開く音がした。
 モモカが振り返ると、そこには名和学園の教師『緑川』が立っている。

「先生、来たのね。
 お金持って来た?」
 
 モモカが悪戯っぽく笑う。
 緑川は、ベットの上で目隠しで縛られているサヤカを見て驚く。

「おいっ、
 モモカっ、何をしているんだっ。」

 モモカはサヤカの表情を楽しむように髪を撫でながら怯える姿を緑川へ見せつける。

「先生。
 サヤカの事、好きなんでしょう?
 サヤカの事『めちゃくちゃ』にしていいよ……。」

 そう言うと突然、サヤカの髪を乱暴に掻き乱して部屋から出て行った。

「馬鹿な事を言うんじゃないっ。
 サヤカ大丈夫か。
 今、助けてやるからな。」

 そう言って緑川はサヤカの後ろへ手を回して縄をほどいた。

「嫌っ、離して……」
 突然、誰かに抱きつかれて私は恐怖でいっぱいになった。

「もう大丈夫だ。
 さあ、こんな所早く出よう。」

 緑川が愛おしい瞳で見つめながら優しくサヤカのアイマスクを外す。
 
 いやらしい顔で私を見つめるオヤジを見て私は震えながら呟いた。

「誰?」

(誰?)

 その信じられない言葉に緑川の中の何かが回り始めた。

(誰?)

 学校の廊下ですれ違う度に挨拶を交わしているじゃないか。

(誰?)

 校内巡回の度に校舎越しにサヤカを見守っているじゃないか。

「サヤカっ、サヤカ……」

 緑川は我を忘れてベットへ上がりサヤカへ襲いかかった。

(犯されるっ)

 私はパニック状態で必死にベットの上で抵抗した。

「いっ、嫌っ」 

 押し倒そうとする緑川の胸にサヤカの蹴りが入り、緑川はバランスを崩しひっくり返った。

「うっ」

 ベットから後ろ向きで落ちた緑川は鈍い音と共に動かなくなった。
 見るとテーブルへ頭をぶつけ頭から血を流して倒れている。
 私は夢中でそのまま部屋を飛び出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇

 サヤカは記憶の解放から戻ると自分の手が震えているのを感じた。

(殺した? 私が殺した。
 私が殺人犯なんだ。)

 自然と涙がこぼれた。

――正午――

「正午になりました。代表者を決めます。
 投票を開始して下さい。」

 天井からアナウンスが流れる。

「サヤカ?」

 サヤカの様子が変な事に気づきアオトが心配そうに声をかけた。

(私が殺人犯だってバレたらみんなに殺される)

 私は涙を手で払い、慌てて笑顔を振りまき取り繕った。

「投票が終了しました。
 投票結果を発表します。」

 天井からアナウンスが流れると円卓の上に投票結果が浮かび上がった。

 ――投票結果――

 緑の教師⇒緑の教師
 青のアオト⇒青のアオト
 白のサヤカ⇒白のサヤカ
 ピンクのモモカ⇒白のサヤカ

 結果
 緑の教師が、一票
 青のアオトが、一票
 白のサヤカが、二票
 ピンクのモモカが、零票

 ――午後――
「白様は断罪者の指名を行って下さい。」

 天井からアナウンスが流れる。

「処刑は緑さんで……。」

 私は下を向いて小さな声で宣言をした。
 驚くアオト。
 モモカは可笑しそうに、こちらを見て笑っている。 
 緑川は信じられないという表情を浮かべてサヤカへ近づく。

「待ってくれ、サヤカ。
 違うんだ。
 お前は記憶を失っているかもしれないが俺達は分かり合えている。
 学校の廊下ですれ違う度に挨拶を交わしていたし、
 校内巡回の度に私はお前を見守って来た。
 だから私が殺人犯な訳がないじゃないか。
 よく思い出してみてくれ。
 なあ、そうだろう。」

「……ごめんなさい。」

 私は震える声で囁いた。

「処刑者を決定いたします。
 投票を開始して下さい。」

 天井からアナウンスが流れた。

「みんな待ってくれ。
 これは何かの行き違いなんだ。
 そうだっ、次にみんなで私の記憶を解放してくれ。
 そうすれば私がサヤカを殺す筈がない事が分かってもらえる。
 なあ、サヤカ。
 これは誤解だ。
 早まるなっ、チャンスを……。
 もう一度だけ、チャンスをくれっ。
 頼む、殺さないでくれ。」 

 そう言って緑川が床へ膝をつき必死に訴えかける。

「投票時間となりました。
 今後一切の弁明を禁じます。
 投票を開始して下さい。」

 天井からアナウンスが無表情に流れた。

 ――投票結果――

 緑の緑川⇒青のアオト
 青のアオト⇒緑の緑川
 白のサヤカ⇒緑の緑川
 ピンクのモモカ⇒緑の緑川

 結果
 緑の緑川が、三票
 青のアオトが、一票
 
「投票の結果。
 緑様の処刑が決定いたしました。
 即時、処刑が実行されます。」

 天井からアナウンスが流れた瞬間。
 緑川の体が蒼い炎に包まれた。
 緑川は炎に包まれながらサヤカを見つめ『違うんだ』と首を振っていた。
 
 断罪ゲーム開始五日目、二人目の処刑が実行された。
 私は蒼い炎を見つめながら自分が生き延びる事だけを考えていた。
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