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優介:幻の転生者 剣聖

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 第十八話 優介:幻の転生者 剣聖

「出来たっ。」

 ゼロは歓声を上げた。
 茶国にて世界初の魔力を帯びたミスリル『純魔ミスリル』の精製に成功したゼロ姫。
 帰国後の数日間は青国の工房に閉じこもり防具の作製に没頭していた。
 まず純魔ミスリルで胸当て等を作っていった。
 ダン様は魔導士である。
 全身を覆う鎧では動きが妨げられてしまう。
 だがら心臓等の急所だけは胸当てで覆った。
 他の部分は純魔ミスリルの糸で編んだマント状のコートで体を覆う。
 純度百パーセントのミスリルの硬度は通常ミスリルの数倍硬い。
 通常武器では傷一つだってつける事は出来ないだろう。
 またミスリルの糸で編んだコートはしなやかで強い。
 その機能性は鎖帷子を優に超えていた。
 だが何より注目すべきはその魔力だった。
 魔力を帯びたミスリルはあらゆる魔法攻撃から身を守る。
 また蓄積されている魔力を使用する事で最大魔力量も増加していた。
 通常、魔法を使用した際に大気に発散される使用済み魔力も、
 そのまま魔ミスリルに吸収されていく。
 つまりはこの防具を装備すれば圧倒的な物理・魔法耐性を得て魔力は使いたい放題なのである。
 唯一の欠点は周りの猛反対にあい、
 ダン様の似顔絵とハートマークが外側ではなく防具の内側になってしまった事だった。
 ゼロは早速、防具をカオスの所へ持って行き試着をさせた。

「ダン様っ、
 ゼロの愛の防具が出来ました。」

 防具を大事そうに抱えたゼロが笑顔で駆け寄った。

「帰国して何をコソコソやっているかと思ったら俺の防具を作ってくれていたのか。
 おーっ、これはミスリルか。
 しかもとんでもない魔力を感じる。
 どこでこんなすごい物を……。」

 カオスは驚嘆する。
 それを嬉しそうにゼロが説明しながらカオスへ着付けをしていく。
 胸当てを手にした所でカオスの手が突然止まった。

「あのっ、ゼロさん。
 この内側に描かれているイラストとハートマークは……。」

 そこには幼稚園児のお絵かきの様なカオスの似顔絵とハートマークが描かれていた。
 ゼロが一際喜んで説明を始めた。

「これこそが、この防具最大の機能『愛注入』ですわ。
 これがダン様で横に居るのがゼロです。
 後ろに飛んでいるのがガクフルさんで……。」

 ゼロの機能説明は永遠と続いた。
 ゼロの話を多少引き気味に聞きながらカオスは思った。
 今回の思わぬプレゼントによって不安だった防御力の弱さが解消された。
 攻撃力においても『ソウルイーター零式』でかなり強化された筈である。
 しかし問題はカオスにその武器を使いこなす力量が足りない事だった。
 そこで俺は婆さんと師匠へ相談をしてみた。

「師匠、俺に剣術を教えてくれないか。」

 そう言う俺へガクフルが即座にツッコミを入れる。

「あほかっ
 ワイ、魔導士。
 武器は専門外や。」

「婆さんは……無理だよな。」

 俺が婆さんのプロポーションを眺めて嘆いた。

「失礼な目で見るんじゃないよ。
 勿論、私には無理だね。
 剣術の指導ねー。
 魔道具の使い方指南なんて出来るのは『剣聖』位じゃないかね。」

 そう言って婆さんはガクフルの同意を求めた。

「剣聖か。
 奴なら確かに使えるかもしれんな。
 ワイは暫く旅に出る。
 だから、これからはカオス一人で戦う事になる。
 良い機会や。
 ごっつい奴やから
 剣聖の元で修行をしてくるといい。」

 ガクフルもフワフワと浮かびながら頷いた。

「剣聖?」

 俺が訊ねると婆さんが頷いた。

「この世界は六芒星の形に六つの国で出来ていると前に教えたね。
 だが正確には六つではない。
 各国の周りに大小様々な島が点在しており、それぞれの国に属している。
 青国の離島に『剣聖』と呼ばれる剣の達人が住んでいる。
 『剣聖』は転王になりそこねた転生者で、
 あらゆる武器や武術のスキルを会得していると言う。
 『剣聖』がこの世界に転生して来た時、
 既に全ての国に転王がおり、強大な力を持っていながら転王になる事が出来なかった。
 だが先の青転王がその力を認めて無人島を直轄領として与えて青国へ招いたのだ。
 本人は欲がない少し変わり者だがカオスの役には立つだろう。
 他の転生との戦いの前に腕を磨いて来るとよい。」

(あらゆる剣術スキルを会得している『剣聖』)

 何だか興味をそそる響きである。
 俺は早速、剣聖の孤島へ旅立った。

 青国の海岸沿いから『フライ』で飛ぶ事三時間、やっとその島は見えて来た。
 『フライ』も大分使い方が慣れて来た。
 今では目に見える範囲ならゲートを開かなくても一見瞬間移動のように飛行する事ができる。
 これを俺は『フライ 瞬移』と呼んでいた。
 方法は簡単、要は『フライ』の際の移動イメージを線ではなく点に変えるだけである。
 島へ到着すると一人の男が岸でバーベキューをしていた。
 『剣聖』という響きから規律に厳しい人物を想像していた俺は、
 相手の顔色を窺いながら恐る恐る近づいた。 

「よう、肉食うか?」

 『剣聖』と見られる男がカオスへ話しかける。
 大柄な男は髪を後ろで束ね侍のような着物を着ていた。
 横にはゆるやかな曲線を描いた日本刀が地面に刺さっている。

「あんたが剣聖か?
 俺はカオス。
 あんたに剣術の教えを乞い来た。」

 そう俺が緊張な面持ちで自己紹介をした。

「知ってるさ、有名人だからな。
 緑転王を倒したそうじゃないか。
 それに腰につけているのは、茶転王の『ソウルイーター』か
 また防具も凄い物を身に着けているな。
 さてはお前はアイテムオタクと見た。
 気に入った。」

 剣聖は肉をかじりながら豪快に笑った。
 防具を褒められゼロの描いた似顔絵が頭に浮かぶ。
 剣聖とまで言われる剣の達人にそこまで褒められると、
 とてもこの防具の内側にゼロの書いた似顔絵とハートマークがあるとは言えない。
 いや、いっその事、幼稚園児のような俺の似顔絵を見せて、
 俺の評価のハードルを下げてやろうかとも一瞬、考えた。
 ゼロの似顔絵を頭から振り払い気を取り直して訊ねる。

「では、俺に剣術を教えてくれるのか?」

「それは無理だな。」

 剣聖が二つ目の肉に手を伸ばして呑気に答える。

(え~っ、今、俺達打ち解けた雰囲気だったよね?)

「でも先程、俺を気に入ったと……。」

「ああっ、悪い、悪い。
 説明が足りなかったな。
 世間では俺が厳しい修行によりあらゆる剣術の悟りを開いたと思われているが、
 実は違う。
 本当はスキル『レアハンター』でレアスキルをドロップするモンスターを召喚できるだけだ。
 無人島で暇つぶしに片っ端からドロップしてたら、いつの間にか剣聖と呼ばれていたんだな。
 要はお前と同じ収集オタクという訳。
 君なら分かるだろ?
 一度集め出すとコンプリートするまで止められないこの衝動。
 だからせっかく来て貰って悪いが剣術を指南する事は出来ないよ。」

 突然の剣聖の告白に俺は思わず脱力した。

(収集オタクって……
 そりゃあ俺もキャラのゼスチャーコンプリートしたけどさ)

 肩を落とす俺の肩を叩き剣聖が励ます。

「そんなにガッカリするなよ兄弟。
 同じ収集オタク仲間じゃないか。
 教える事は出来ないが、
 適当なレアスキルをドロップするモンスターを俺が召喚してやるよ。」

 そう言うと海岸沿いに無数の鎧の騎士が現れた。
 驚く俺へ剣聖はニヤリと笑い言った。

「その前に、お前の実力を見せて貰おうか」

(九十八……九十九……百。)

 俺はやっと百体の鎧の騎士を倒し終えた。
 剣聖の入門試験的な戦いで俺は全力で戦った。

 文字通り『全力』である。

 まず『デーモンソウル』を召喚。
 カードを引き抜くとカードが黒い霧に変わり、
 斧を持ったデーモンの上半身へと姿を変える。
 筋骨隆々の角が生えたレジェンド級の悪魔。
 それはまるで圧倒的な気配を放ちながら、ふわふわと不気味に空へ浮遊した。

 次に『ソウルイーター零式』を剣モードで両手に持つ。
 そして、デーモンソウルと共に鎧の騎士軍団へ飛び込んだ。
 デーモンソウルがその巨大な斧で鎧の騎士を蹴散らして行く。
 こぼれて向かって来る鎧の騎士を俺が『ソウルイーター零式』で切り裂いて行く。
 そして短剣の宝石にソウルが貯まるとデーモンを後ろに下げ銃モードにて一掃。
 
 今回『フライ 瞬移』も実戦で試してみた。
 
 実際に試してみるとフライで上空に移動して銃で撃つよりも、
 瞬移で瞬間的に相手の背後に回っての攻撃の方が圧倒的に効率が良かった。
 百体全てを倒し終わると剣聖が関心したように首を振り手を叩く。

「流石、緑転王を倒しただけはある。
 やるねー。
 だが力に頼った力押し。
 同等の力を持った相手には勝てないだろうね。」

 その言葉に俺は内心ドキリとした。
 流石は剣聖。
 俺の戦いを一目見ただけでその弱点を見抜いている。

「剣聖、俺は合格ですか?」

 恐る恐る訊ねてみる。

「ああ、いい瞳をしてるね。
 オタク仲間として、どっぷり修行に付き合おうじゃないか。」

 そう言って立ち上がるとブンブンと肩を回し手にした剣を一振りした。

「では、早速修行を」

 意気込み焦る俺を剣聖がたしなめる。

「まあ、そう焦るなよ。
 その前にメニューを確認して見ろ。
 ドロップ品が手に入っているだろう?」

 そう言われ確認して見ると『大脱走』をいうアイテムを入手していた。
 この世界に来て初めてのレアアイテムの獲得。
 なんだか胸が高鳴るのを感じて剣聖の勧めるままにレアスキルを使用する。

――レアスキル『大脱走』を習得しました。――
 スキル名:大脱走
 効果:相手のスネを蹴り、全力で逃げ出す。
    スネへの蹴りがヒットした場合は、逃走成功率百パーセント

(えっ、自分の目を疑い思わず何度も説明文を読み直す。
  ……ショボ過ぎる、いらねー)

 俺は剣聖を白い目で見た。
 だが剣聖は涼し気な鉄仮面で俺の視線をやすやすと跳ね返している。

(本当にこの人は強いのだろうか?)

 俺の中で剣聖の尊敬株が暴落して行くのを感じた。
 そんな白い視線を感じ取ったのか剣聖が気まずそうに咳払いをした。

「まあ見た所、その両手の短剣で使える剣術がいいだろうね。
 例えばこんな技とか。」

 そう言うと剣聖は半身になり鎌のような日本刀を上段に構えて左手を相手の方に伸ばした。

 『七連撃』

 電光石火のように剣聖の一振りが七回打撃を与えていた。
 俺の中で先程暴落したばかりの尊敬株の値が持ち直して行く。
 この凄い技が何の苦労もなく一瞬で習得できるのだ。
 する事はただモンスターを倒してドロップ品を手に入れるだけ。 
 俺の中のオタク魂が蘇り胸が高鳴るのを感じた。
 
 だが、ここからが本当の苦行の始まりだった。

 レアスキル『七連撃』ドロップモンスター『小次郎』。
 『二連撃』を使いこなす侍タイプの戦士で背丈程の剣を携えている。
 動きが素早い為、デーモンソウルの攻撃は当たらない。
 仕方がなく両手剣にて挑むが、受け流しが上手く切りつける事が出来なかった。
 最初の内は銃モードで倒していたが、その後、宝石の魔力がつき弾切れとなった。
 純魔ミスリルの魔力を使う事も出来たが何か負けたようで意地になって使用しなかった。
 剣聖がニヤニヤ笑いながら小次郎に押されているの俺を見ていたからだ。
 しばらく苦戦していると何となくコツが分かって来た。

 この世界のモンスターはどこか昔やりこんだファンタジーゲームに似ていた。

 相手の『二連撃』が発動した瞬間に『瞬移』で相手の背後に回って切りつける。
 『二連撃』発動時には相手が硬直し避けられないのだ。

(だが……しかし落ちない。)

 流石にレアスキルと言うべきか、倒しても倒してもスキルがドロップしなかった。
 何体倒したか分からない。
 日が暮れて夜になり、半ば意識が朦朧とした時にやっと

――ドロップ品を獲得しました。――

 メッセージが頭上に現れた。
 喜びの余り叫び出しそうになりながら、震える手でメニューを開く。

――レアアイテム『緑茶』を習得しました。――
 アイテム名:緑茶
 効果:湯呑に入った熱いお茶。
    正座して飲むと、HPとMPが全回復する。 

「何じゃこりゃ。
 なめとんのか?」

 俺は魂の雄叫びをあげた。

 ……その後の事は覚えていない。

 剣聖によると、その後の俺は鬼神のような面持ちで大量の小次郎を殺戮し続けたと言う。
 そのエピソードから後に俺は、影で『緑茶の鬼神』と呼ばれているとかいないとか……。
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