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優介:新婚生活?

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 第七話 優介:新婚生活?

 カオスはゼロと王宮内の廊下を歩いていた。
 先のゼロとの対戦で『ダブルターン』の奇策にはまり不覚にも降参をしてしまった。
 その為、何故か青の国の女王の要求により娘であるゼロと結婚をする事になっていた。
 
 今考えてみれば、あの婆さんの計略に最初から乗せられていたのかもしれない。
 聞けば婆さんは、とぼけた顔してかなりの切れ者だった。
 青の国、第十二代目 女王。
 この世界唯一の全国を統一した転生者『紫転王 カオス』の妻にしてゼロの母。
 青の国崩壊後は王宮中が逃げ出す中、唯一国に残りその敏腕で国を復興させた奇跡の女王。
 戦後、病院視察中に包帯が足りないと聞くとその場で来ていた服を脱ぎ切り裂いた。
 驚く重臣達を尻目に、

「これを包帯の足しにして下さい。」

 と笑顔で言ったという。
 
 別名:裸体の女神。
 
 それが心からの行動だったのか、贅沢を止めない重臣達への牽制だったのかは謎である。
 ただ結果、国内の女王の人気は高まり王宮内の散財派は駆逐された。
 『裸体の女神』、
 『亡国の狸』、
 『戦神の妻』、
 『歓喜の死神』等の様々な異名を持っている。

 何かと謎の多い人物である。

 婆さんが俺達の婚約披露パーティーをするからと一同は青の国の王宮へ招かれていた。
 先程まで居た旧首都のラブラドルの荒廃ぶりも凄かったが新首都の活気は凄かった。
 青の国は各国の中でも一番国力の低い農業国である。
 先の戦争により旧首都周辺の殆どが崩壊し、七十パーセントの国民を失った。
 戦争で国の主力たる若者や男性の多くが激減し人口比率が狂った時は生産が維持できず
 この国は一時、ゴーストカントリーと化した。
 にもかかわらず宮殿へ入るまでの街並みには人が溢れていた。
 そして出会う国民が次々と笑顔で婆さんへ手を振った。
 聞けば戦争で行き場を無くした人々をこの国は積極的に受け入れているのだと言う。
 どうして種族を問わず無条件で受け入れるのかと婆さんへ訊ねると

「私達人間は、そもそもが、よそ者。
 だから少数派は助け合わなければ生きていけない。」 
 
 と笑って言った。

 現在、六つの国の中で唯一転生者の国王が居ない青の国。
 元々が農業国であり、軍事力を殆ど持たない青の国。
 それはいつ他国に滅ぼされてもおかしくない状況だった。
 だから一刻も早く転生の王が現れた事を国内外へ知らせ、国を安定させる必要があるという。
 青国に強力な転生者が現れたと流布して他国から攻められない抑止力にしたいのだ。
 
 つまりは『政略結婚』である。

「ほんの形だけの婚約じゃよ。
 嫌なら無理に結婚をする必要はない。
 ただ国が安定するまでは、結婚をするフリをしていておくれ。
 それが今回の戦いの約束じゃ。
 まあ、ゼロが気に入ったら本当に貰ってくれて構わんが。」

 そう婆さんは笑いながら言っていた。

 今までは本当は無防備な軍事力にもかかわらず嘘をついていた。
 前の王が全国を統一したというイメージだけで、あたかも鉄壁の国力があるように見せていた。
 他国から移民を受け入れている事もハッタリとしては有効だった。
 そんな青の国が貧しく疲弊しているという状況はこの国へ住めばすぐに分かるだろう。
 それでも民が笑顔でいるのは自分達の居場所を見つけた事による安心感だからだろう。
 不安定な精神状態の移民にとって生活の基盤となる居場所がある事は大きかった。
 そんなこの国の光景を目の当たりにしてカオスは少なからずこの国への好意を感じていた。
 王宮へ着くとゼロはパーティーの準備が整うまでとカオスの手を引いて宮内の案内を始めた。
 その顔はどこか嬉しそうで今では胸を押しつけて腕を絡ませている。

「おっ、おぃ、ゼロ
 そんなにくっつくなよっ」

 余り女性経験のない俺は慌ててそう言った。
 思えば今まで彼女が居た事はなかった。
 体が弱く引きこもりの俺の事を好きになるような女性は居なかった。
 というより全く出会いがなかったのだ。
 なぜなら部屋には俺しか居ないのだから……
 大学を卒業して何とか就職してからも職場では上辺の付き合いばかり。
 恋人どころか親しい友達さえ出来なかった。

 大人になると親友なんて出来ないものである。

 それなのに今は一足飛びに女性が腕を絡ませている。

(国の安定の為の政略結婚か。)

 そんな事を思いながらゼロの顔を見る。
 するとそれに気がづいたゼロが不思議そうにこちらを見上げていた。

「国の為の政略結婚。
 ゼロは本当にこれでいいのか。」

 俺が訊くとゼロは少し顔を赤らめながら答えた。

「お母さまが移民を受け入れる時に言っていました。
 どんな困難があろうと人は、自分の居場所さえあれば幸せになれるって。
 私は転生者の父とこちらの世界の人間との間に生まれました。
 みんなは優しくしてくれますが、どこにも属さない異端児です。
 だから子供の頃からずっと孤独を感じていました。
 それが初めてみんなが私を必要としてくれています。
 こんなお荷物だった私でもこの国の役に立つことができるんです。
 だから、国の為の結婚と言われても、これでいいんです。
 ……これがいいんですっ。」

 そう言って絡ませた腕に、ぎゅっと力を込めて抱きついた。
 その力と体温には、どこか女性の強さと意志が感じられた。

 王宮内をしばらく進むと一面にステンドグラスが張り巡らされた広間に出た。
 見ると一人の少女が跪き、熱心に祈りを捧げている。
 手には十字架のペンダントが握られていた。

「セブン。」

 ゼロが憐れむような目をして呟いた。
 余りに熱心に祈りを捧げているので気がつかなかったが、
 俺をポンコツと罵って脛を蹴った子供だった。
 セブンは元々、他国の戦争孤児だったという。
 両親や兄弟達を目の前で殺され、家もなく、食べる物にも不自由に国中を彷徨った。
 生死の狭間で歩く内に悲しいという感情も欠落し、空腹という感情さえも消えて行った。
 気がつくと名も知らない移民団に組み込まれ、ただ食べて生きていた。
 移民団がセブンを助けた訳ではない。
 ただ荷物運びの人手が欲しかったのだ。
 一年後、移民と共にこの国へ流れ着き、奴隷市場に売り払われた。
 そしてセブンは偶然市場に買い物に来ていた王宮人に奴隷として拾われた。

 まるで調味料を買うように野菜と一緒に買われたのだ。

 台所の下働きとしてこき使われ続けた三か月目。
 偶然、王宮内を探索していた姫の目に留まり、
 ゼロのお側係りとして身の回りの世話をするようになった。
 ゼロには身近に同世代が居なかったのだ。
 だからセブンを妹のように可愛がり、共に剣術を学び、学友として常に傍らへ置いた。
 そんなゼロをセブンは姉以上に慕って生活の全てをゼロへ捧げた。
 ゼロが成人し、騎士として『ゼロ』の称号を得た際には、寝る間も惜しんで努力し続けて
 姫の役に立ちたいと共に騎士となり親衛隊となった。
 そんな全てを失ったセブンにも宝物があった。

 それは唯一の私物、『十字架のペンダント』

 子供の頃、戦争で家族を殺され焼け野原で泣いていると一人の神父に出会ったと言う。
 神父は泣いているセブンに優しく声をかけ、十字架のペンダントを渡して言った。

「これから毎日、この十字架へ向かって祈りなさい。
 そうすれば、あなたは神の御心によりきっと救われるでしょう。
 だから、もう泣くのは止めなさい。
 泣きたくなったら祈るのです。」

 そう神父は優しく言うと頷く少女の頭を撫でた。
 それからセブンは片時も十字架を離さず、時間があると祈りを捧げ続けている。
 青の国へ来れた事も、姫に出会えた事も、十字架へ祈りを捧げたからと信じている。

「なあ、この世界にも神様って存在するのか?」

 その話を聴いた俺がゼロへ訊ねた。
 ゼロは悲しそうにただ黙って首を横へ振った。

 この世界に神など存在しない。

 それでも神へ祈りを捧げる事でセブンが生きられるのならと、周りは何も言わなかった。
 俺達が近づくとセブンも気づき立ち上がった。

「姫っ、まだこんな所に居たのですか。
 そろそろドレスへ着替える時間です。
 さあ一緒に参りましょう。」

 そう言うと腕を組んでいるゼロをカオスから無理やり引きはがし手を引き歩き出した。
 何となくついて来た俺をセブンが姫に気がつかれないように睨む。
 (ポンコツ、カオスはついてくるなっ)と言わんばかりに、しっしっと黙って手を振った。
 ばつが悪くなり俺はゼロ達から離れて行った。
 
 ドレスルームへゼロを連れて行くセブン。
 腕を掴んでいたセブンの手は、いつしか手へ移動され指同士で手を繋いて歩いていた。
 いわゆる恋人繋ぎである。
 その姿は側から見ると本当に仲の良い姉妹の様だった。

「姫、結婚止めるなら今ですよ。」

 セブンがゼロと目を合わせずに言った。

「私、カオス様と結婚する。
 これは私が決めた事なの。」

 ゼロも目を合わせずに答えた。
 すると突然、セブンはゼロを引き寄せて唇を奪った。

 長い口づけの後……

「ずっと、姫の事が好きでした。
 だから結婚しないで下さい。」

 そう言って、もう一度キスをしようとした。
 そんなセブンをゼロは拒絶するように黙って押しのけると

「ごめん。」

 そう小さな声で言って走り去った。

 カオスは寝室のベットの上で一人座ってゼロを待っていた。
 先程まで続いていた婚約披露パーティーは盛大に行われた。
 突然の発表にも係わらず国内から多くの人々がお祝いに駆けつけた。
 ただ婚約をしたと言う発表だけでこんなにも国中が幸せなムードに包まれるとは驚きだった。
 この国の貧困や様々な問題は、何一つ変わらない。
 だがまるで全ての問題が解決されたかのような希望を皆が感じていた。
 婆さんも女王として何か一つやり遂げたような満足そうな表情を浮かべていた。
 最初は何となく言う事を聞く約束だからと流された感もある婚約。
 でも今では、まんざらでもない気がしていた。
 少なくとも一時でも多くの人々を笑顔にさせた事は間違いない。

 (引きこもりのゲームオタクでも他人を笑顔にさせることができる。)

 俺もまた少し幸せな気分になっていた。
 そんな事を考えていた為、いつの間にかゼロが隣に座っていた事に気がつかなかった。

「何か、楽しそうですね。
 旦那様。」

 そう言うと胸を押しつけて腕を組んできた。
 振り向いた俺はゼロの姿を見て絶句する。

 (なっ、なんだこれ?)

 その姿は何故か紺の『スクール水着』で髪は少し濡れていた。
 鎧姿の時には気がつかなかったが、こうして胸を押し当てられるとゼロはかなりの巨乳だった。
 ゼロは背こそ低かったがショートカットのボーイッシュタイプの顔立ち。
 大きな瞳に肉厚な唇をしていた。
『旦那様』と見上げる顔がっ、とても可愛く、顔が……かなり近かった。

(これは引きこもりの童貞男には少し刺激が強すぎるっ)

 突然の事に照れて思わず目線を外す俺へゼロが甘えた声で訊ねた。

「旦那様。
 この水着どうですか?」

「どっ、どうして、水着なんだっ。」

 動揺よりも男心が勝りゼロに気づかれないようにチラッと目線を戻して盗み見る。
 基本はスクール水着だが胸元はかなり開いていて、窮屈な水着から胸がこぼれ落ちそうだっ。
 アヒル口の唇の下にハッキリと見える谷間が反則的な色気を醸し出していた。

「お母様が、新婦の勝負服は『スクール水着』か『裸にエプロン』だって。
 旦那様は、エプロンの方がよかったですか?」

 ゼロが天然さを爆発させて訊いてくる。

「あの婆さん、
 世間知らずな娘に何を教えてるんだっ。」

 俺は笑顔にピースサインの婆さんの顔を思い浮かべながら、
 (婆さんっ、グッジョブ。)と心の中で称賛した。

「旦那様、
 私、指輪欲しいかもです。」

 そんな俺の気持ちをよそにゼロが左手を掲げ薬指を見つめながら甘えた声でおねだりした。
 姫はきっと今まで人に物をねだった事がないのだろう。
 顔を真っ赤にし、こちらを見上げながら恥ずかしそうに甘える瞳が(ダメ?)と訊いている。
 対戦の時に見せた凛々しい顔とのギャップ。
 俺は思わず吸い込まれる様にゼロを抱きしめていた。
 人生初めてかもしれない女性の温もりを感じながら

 (婆さん。グッジョブ。二回目)

 と心の中で称賛を繰り返す夜が優しく更けて行った。
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