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優介:青の国

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 第五話 優介:青の国

 緩やかな風が頬に当たり微かに体温を奪って行く。
 カオスこと優介は、不慣れな飛行術でガクフルと海を渡っていた。

 『フライ』と呼ばれる飛行術の魔法は扱いが難しい。
 青の国へ向かう為に海を渡らなくてはならず、先程ガクフルから取得した。
 魔法を覚える方法は自分で開眼するか、使える者から教わるかの二つである。
 前者は転生時に修得しているユニークスキル。
 後者は使える者から教わるか、殺して奪う事で習得する。
 また魔法は三種類までしか覚えられず、一度覚えると取り消す事はできない。
 だがら選ぶ魔法は本来、慎重に選ばなければならなかった。
 俺がこの魔法の取得を選んだ理由は二つ。
 海を渡る為に必要だとガクフルから言われた事。
 そしてこの魔法がガクフルにしか使用できない『時空系魔法』だと聞いたからだった。

 『レアな時空系魔法』

 その言葉の響きに元ファンタジーゲームオタクとはしては心が騒いだ。

「天使など、翼を持つ種族も空を飛べるが、
 スマート差がまるで違うんやっ。」

 とガクフルは力説する。

「ワイに言わせれば天使なんて、翼の力に任せた飛び方で原始的や。
 ワイの浮遊術は、まず自分の体を時空のオーラで包み込むんや。
 そして、そのオーラを数センチ上へ移動させる事で、
 オーラに包まれた自分の体も浮き上がるっ。」

「その割には、いつもフラフラ浮いているじゃねぇか。」

 相変わらず蘊蓄が長いガクフルの話を切る様に
 俺は力説するガクフルへ、ちゃちゃを入れた。

「うっさい。
 他の事を考えてると位置イメージが固定しないんよ。
 やれば分かるが、無意識で位置イメージを固定し続けるのは意外と大変やで。」

 そう言われ実際にやってみるとこれが意外と難しい。
 魔法の取得は終わっているので自分を時空オーラで包み込むまでは簡単だった。
 そこからオーラのイメージを少しづつ上へずらして行くのが難しい。
 浮遊だけに意識を集中していれば何とか飛んでいられた。
 だがガクフルと会話をしていると気が抜けてオーラが解けスーと海へ落ちそうになる。
 やがて飛んでいる内に少しずつコツが解って来た。
 オーラのずらすイメージを十センチから、二十センチ、一メートルと増やしていく。
 すると徐々に飛行のスピードが上がって行った。

「なんやっ、
 やればできるやないか」

 ガクフルに褒められ俺は思わず頬が緩んだ。

 スー

 その瞬間に気か抜けて海へ落ちそうになる。

「アカンっ、
 さっきの言葉は撤回やっ
 コイツは直ぐに調子にのりよるっ」

 ガクフルはため息まじりに天を仰いだ。
 やがて海が終わり青の国の陸地が見える頃には俺は自由に空を駆けていた。
 なんだかんだ言ってこの短期間に飛行術をマスターするのだから才能があるのかもしれない。
 これも何でも装備できるスキル『ルールブレイカー』の副次的効果なのか。
 ガクフルに連れて来られた場所は古いヨーロッパ風の古城がそびえる城下町だった。
 古城へ近づくにつれて一部の城壁が壊れ草が生い茂っているのが見て取れる。

 『廃墟』

 そんな言葉が相応しい程に寂れている。
 何より住民が一人も居なかった。

「ガクフル。
 本当にここが青の国の首都なのか。」

 自分の描いていたイメージとはかなり違っている為、思わず訊ねた。

「アホっ、
 ここは旧首都のラブラドルや。
 先の大戦で荒廃し今は廃墟となっとるんや。
 現在の首都は別の場所にある。」

 ガクフルは飛びながら答えた。

「なんでわざわざ、こんな所に?」

 不思議に思い、更に訊ねる。

「お前はアホかっ。
 敵対している者が無断で他国の首都へ乗り込んだら大変な事になんぞ。」

 ガクフルは当たり前だと言わんばかりに呆れ顔で答える。

「俺達は、この国と敵対しているのか?」

 思わぬ敵対と言う言葉に、は眉間にしわ寄せた。

「それは、お前次第やでっ。」

 ガクフルは意味あり気に答えた。

 小さい頃から体が弱く幼くして兄を病気で亡くした俺は両親に怒られた事は一度もない。

 『一人っ子の引きこもり。』

 そう言ってしまえば身も蓋もないがファンタジーゲームには多少の知識と自信はあった。
 兄が生きていれば外で野球でもしたのだろうがスポーツに縁がない俺は筋肉とは無縁だった。
 そのくせスポーツ万能の兄への憧れは強く褒めには弱く責めには脆い性格である。
 そんな俺にとって頻繁にアホかっと言われる事は多少気づいた。
 そう言えばこちらの世界に来てからは体の調子が良く一度も心臓が止まらなかった。
 (それにしても、どうして悪魔が大阪弁なのだろう?)
 きっとこのエセ関西弁は転生者の誰かが教えたに違いなかった。
 それからしばらくは黙って飛行が続いた。
 突然静かになったガクフルを窺うと何か考え事をしているようだった。
 古城へ到着した二人は、正門を迂回し城の横へ回っていた。
 草が生い茂り長年誰も踏み入れていない事が分かる。
 廃墟と化していても近づくと古城の大きさに驚いた。
 かつてはかなり繁栄したのだろう。
 城壁の高さもさることながら隙間なく組まれた特殊な石垣へ刻まれた文字から力を感じる。
 その雰囲気から物理攻撃のみならず魔法攻撃にもかなりの耐性がありそうだった。
 大軍をもってしても容易くこの城を攻略するのは難しいだろう。

 脇の壁の一部をガクフルが触れると黒く光りを放ち隠し扉が開いた。
 漆黒のゲート状に開いた空間を抜けると広い廊下が続いていた。
 その廊下は横幅も広く天井も遥か上に存在していた。
 全体がガラスで覆われ光がよく差している。
 廊下全体が青空に包まれまるで雲の中に居るようだった。
 ここだけ見ると、とてもここが城の中だとは思えなかった。

「無限回廊」

 そうガクフルは呟いた。

「無限回廊?」

 俺が聞き返すとガクフルは説明を始めた。

「ここは侵入者を閉じ込める無限回廊と呼ばれる次元トラップ空間や。
 この廊下は無限に続いており一度ここへ侵入した者は二度と出る事はできないんや。」

「じゃあ、俺達はもう出られないのか。」

 そう訊ねるとガクフルは俺の顔を見て悪戯っぽく答えた。

「お前はな……。
 ふっ、嘘や。
 お前ももう、ここから出られる手段を持っとる。
 この国には昔から不思議な次元の歪みが存在していてな。
 特に六芒星の特異点に当たる、この場所はな。
 だからその次元の歪みを利用してワイが次元トラップを作ったった。」

「この無限回廊はガクフルが作ったのか。」

 そう驚いて訊くとガクフルは懐かしそうに頷いた。

「ここに来る前に飛行術を教えたやろ。
 要はそれと同じや。
 この無限回廊内にマーキングしている点のオーラを意識の力で広げて行くんや。」
 
 そう言うと目の前に白く光るゲート状に開いた空間が現れた。
 驚く俺に歩きながらガクフルは言った。

「回廊へ入るのが『黒い門』
 脱出するのが『白い門』
 お前も『次元マーキング』しておけよ。
 帰れなくなるで。」

「『フライ』の魔法って、空を飛ぶだけじゃないんだな。」

 感心してそう言うとガクフルの口調が突然真剣になった。

「いいか、よく覚えとけっ。
 魔法の神髄は『魔言』、仕組みを理解できるかで決まるんや。
 理を理解できずに、やり方だけを覚える術者にとって『フライ』は単なる飛行術でしかない。
 だがその仕組みを理解できる魔導士にとってはその先がある。
 魔導士になるか魔術師で終わるかはお前次第やっ。」

 正直ガクフルの言っている魔法の神髄はよく解らなかった。
 ただここへ来る途中にオーラのずらす意識を十センチから一メートルに変える事で、
 飛行スピードが上がった経験から仕組みを理解する事が大切なのはなんとなく解った。 

(フライはガクフルしか使えない魔法だと言っていた。
 つまりフライは『ユニークスキル』と言う事になる。 
 もしかしてガクフルは転生者なのか?)

 そう思い俺はガクフルへ訊こうとした。
 だが思い直して黙って教えられるままに次元マーキングを行った。

「分かったよ。師匠。」

 そう言うと俺は驚いて振り返るガクフルを追い抜き歩き始めた。

 無限回廊を抜けると青空が抜ける広い闘技場へ出た。
 目を凝らすと奥に数人の人影が見える。
 近づくと王冠をした老女が懐かしそうにこちらを見て話しかけた。

「久しぶりですね。
 ガクフル。」

「久しぶりやな。
 女王も変わらんな。」

 ガクフルも懐かしそうに答えた。

「私だけ、ずいぶん年をとってしまいました。」

 女王と呼ばれた老女は少女の顔になり少し恥ずかしそうにうつむいた。
 そして横に居るカオスに少し目をやると言った。

「先の選別の儀での騒ぎは聞き及んでいます。
 その者が、例のイレギュラーですか。
 魂が分割できなかった位で、カオス王を名乗るなど、やりすぎでは。」
 
 その言葉には少し怒りが込められているように感じられた。
 その言葉に何か馬鹿にされた気がした俺は思わず喧嘩を売っていた。

「おい婆さん。
 カオスを名乗る資格があるかどうか試してみるかい。
 俺は誰にも負ける気がしないがな。」

 女王は不快そうに少し眉を上げた後でガクフルを見つめた。
 ガクフルは困り顔で苦笑いを浮かべながらも黙って頷いた。
 女王はカオスへ視線を戻すと深いため息をついた後に言った。

「分かりました。
 元々あなたの実力を確かめるつもりでいました。
 我が国の騎士と試合をしなさい。
 あなたが勝てば、あなたをカオス王と認め青の国をあなたの好きにすればいい。
 でもこちらが勝てば言う事を一つ聞いてもらいます。
 いいですね?」

「ああっ、今日からこの国は俺のモノだ。」
 
 俺は、自信満々で答えた。

(ガクフルは言った。
 通常の召喚獣は『ボスモンスター級』でもレベル2。
 『色の召喚士の切り札級』でもレベル3。
 だが俺はレベル4の『レジェンド級』の召喚獣を持っている。
 しかもそれを初手で必ず召喚できるチートぶりだ。
 まるで負ける気がしねぇっ。
 そして何よりもこのリアルなレア召喚獣でバトルをしてみたかった。
 うぉぉぉ、
 ゲーマーの血が騒ぐぜっ)

「ゼロ。
 前に出なさい。」

 女王に言われ後ろに控えて話を聞いていた一人の騎士が前に出た。
 前に出た騎士は青い鎧、小ぶりの剣を携えていた。
 体格はとても華奢でお世辞にも強そうには見えなかったがどこか意志の強さが感じられた。
 一見すると鎧や武器は王国級だがそれを使う者の実力が見合っていないのが見て取れる。
 
 広い闘技場の中央に完全武装の騎士と旅人の服を身に纏った手ぶらのカオス。
 
 そんなシュールな風景の中、試合は始まろうとしていた。
 そんな二人の間に、ガクフルはふわふわと浮かび言った。

「ルールは無制限一本勝負。
 先に参ったと言った方が負けや。
 両者、異存はないな」

「分かりました。」

 華奢な騎士は王国風の礼をすると丁寧に言った。

「オーケー。
 ワンターンキルというのを教えてやるよ。」
 俺はガクフルへウインクして見せた。

 ガクフルは二人を交互に見て頷くと言った。

「では、始め。」

 その言葉と共に俺は勢いよく後ろへ下がりながら腰のカードホルダーをタッチする。

 カシャ

 そう音を立ててカードホルダーから一枚のカードが射出される。
 そのカードを引き抜くとカードが黒い霧に変わり空へ散っていった。
 黒い霧はやがて上空の一点へ集まり出し斧を持ったデーモンの上半身へと姿を変える。
 筋骨隆々の角が生えた悪魔、レジェンド級召喚獣デーモンソウルだ。
 それは圧倒的なオーラを放ち空へ浮かんでいた。

――デーモンソウル レベル4――

 表示されている名前の下へ体力と魔法力のゲージが表示されている。
 上空に浮かぶデーモンが手にした巨大な斧を構え、圧倒的な圧力で青の戦士を威嚇している。
 それを見た華奢な騎士の体に一瞬緊張が走った。
 小柄な女騎士など強大な斧の一振りを食らえば一溜まりもないだろう。

「きた、きた、きたぁぁぁぁ
 どうだっ、
 レジェンド級っ。」

 俺は嬉しそうに叫ぶとニヤリと笑った。

(さあ、近づいて来い。
 デーモンの一撃で試合終了だ。)

 召喚された召喚獣の圧倒的な気配に華奢な騎士は足がすくんだ。
 しかし青の国の代表として戦いに臨むプライドがあるのだろう。
 その恐怖を己の意志の力で何とかはねのけ、剣を構えながら慎重に間合いを詰め始めた。

「どうした。
 俺は、無防備。
 丸腰だぜっ。」

 チラッと地面に目線を送ってから両手を広げて挑発して見せる。

(あと一歩、前に来い。
 そうすればデーモンの一撃で試合終了だ。)

 じりじりと近づく砂利の音だけが響く静寂が過ぎ、ぎりぎりまで間合いが詰められていた。
 剣が届く範囲まで近づこうと騎士の右足が前に踏み出そうとした瞬間、
 俺は勝利を確信して勝ち誇ったように叫んだ。

「やれ、デーモン。
 これで試合終了だっ。」

「ダブルターン」

 どこかでそんな声が聞こえた瞬間、俺の喉元には剣が突きつけれらていた。
 上空には青い砂時計が浮いている。

「なっ。」

 状況が分からず絶句する俺の耳元で華奢な騎士が囁いた。

「確かに、これで試合終了ですね。
 参りましたと言って下さい。」

「ばかなっ。
 お前、何をしたっ。」

 訳が分からず俺の顔は驚きで青ざめていた。
 焦る俺へ今度は華奢な騎士が怒鳴る。

「さぁ、参りましたと言えっ。」

 威嚇と共に喉元に突きつけられた剣に力が入る。

「参りました。」

 そう俺が言うと華奢な騎士はため息をつき笑顔で言った。

「そうですか。
 では、しばらく動けないので……また後で。」

 上空の青い砂時計の砂が全て落ちきり、
 華奢な騎士は石のように固まり動かなくなった。
 俺の喉元に剣が突きつけられたまま、しばらくの時が過ぎた……。

「騙したなっ、
 この野郎。」

 俺は怒鳴った。 

「綺麗に引っかかりましたね。」

 ニヤニヤと女王は笑っていた。

「アホやっ、
 こいつ、ホンマのアホやっ」

 ゲラゲラとガクフルは大爆笑である。

 そんな中、俺は一人怒っていた。
 聞けば最後のあの瞬間、華奢な騎士ゼロは自身のスキル『ダブルターン』を発動していた。
『ダブルターン』とは時空系スキルで一瞬、相手の時間を止める事ができる。
 その代わりにその後、自身の時間が止まる。
 つまりは時間の前借りスキルである。
 だからあの時、俺は降参をする必要はなかった。
 上空の砂時計の砂が無くなるまで待ち。
 その後に動けなくなったゼロをデーモンで倒せば勝利出来ていたのだ。

「騙したな。
 ゼロ。」

 困り顔のゼロに向かって尚も俺は大人げなく食ってかかった。

 すると突然、子供にすねを蹴られた。

「いてっ。」

 うずくまる俺へ尚も蹴りを入れながら子供は言った。

「姫をいじめるなっ、
 このっ、ポンコツ カオス。」

「止めなさい。
 セブン。」

 ゼロはもっと困り顔になって言った。
 そんな光景を微笑ましく眺めながら女王は言った。

「騙されたと怒るが、カオス。
 これが戦争なら、あなたは死んでいる。
 レベル4の召喚獣『デーモンソウル』は確かに強い。
 私でさえ見た事がない『レジェンド級』です。
 まともに戦えばこの世界に勝てる者はいないでしょう。
 でも戦いとは力だけではありません。
 あなたは青の国王としてそれを自覚なさい。」

「ああ、分かった。
 反省するさ。
 ……んっ?
 青の国王?」

 そう不思議そうに言う俺へ女王は意地悪そうに微笑んだ。

「試合に負けたら何でも一つ言う事を聞く約束ですよ。」

「つまり俺に青の国王になれと言う事か。」

 女王の突然の言葉に驚き思わず俺は聞き返した。

「少し違いますね。
 カオスには私の娘ゼロと婚約してもらいます。」

 女王は少し楽しそうに答えた。

「えっ、俺がゼロと結婚?」

 ゼロを見ると華奢な騎士は兜を取った。
 そこには顔を赤らめた女性騎士の姿があった。
 どうりで体が華奢な訳だ。
 華奢に見えた体は女性だったかららしい。

「女だったのか?
 ちょっと待て、でもどうして突然そんな話になる。」

 意味が分からず俺が聞き返す。

「あなたがカオス王としてバベルタワーを開門する為には全国統一が必要。
 だが私は愛する娘が殺されるのを見たくない。
 だったら結婚してカオス王の妻になる他ありません。」

 女王が深刻そうなふりをし首を振りながら言う。

「バベルタワーの開門?
 全国統一って、なんだ。」

 俺はガクフルへ訊くが聞こえないかのようにガクフルは知らん顔をしている。
 それを見た女王は深いため息をついてガクフルへ尋ねた。

「ガクフル。
 何も話していないのですね。」
 
「カオス。
 それを説明するにはこの世界の成り立ちから話さなくてはなりません。」

 そう言って女王はこの世界に伝わる始まりの伝説を語り始めた。
 太古の昔、この世界ができる前。
 現世ではアトランティスという非常に文明が発達した島があった。
 最初の内は周りとの貿易も栄え周辺諸国とも上手くやっていたという。
 しかしやがてアトランティス文明のある秘密が周辺諸国へ漏れてしまった。
 アトランティスの高度な文明は全て一人の巫女によるものだと知れ渡ってしまったのだ。
 それは神の啓示でもなく天からの降臨でもなく突然一人の少女に現れた。
 その全能の巫女は島中央のバベルタワーへ幽閉されアトランティスが能力を独占していた。
 やがて全能の巫女の奪取を目論んだ周辺諸国は一斉にアトランティスへ攻め込んだ。
 奪取目前、アトランティスは大地震と洪水の為、一日一夜にして海底に没したと言われている。

 現世では……

 だがこの世界に伝わる伝説はここから始まる。
 ダムスの預言書によればアトランティスは海に沈んだのではなく、宇宙へ上がったのだと……
 アトランティスは月へとその名を変えしばらくの繁栄が続いた。
 しかしある時、月で内戦が起こった。
 規律を重んじる白の民と自由を重んじる黒の民の間で全能の巫女の奪い合いが始まったのだ。
 行き場を失った巫女は自身を四つの能力と二つの感情に分割し地上の胎児へ逃げ込んだ。
 やがて地上では四つの文明が栄え善と悪という二つの感情が生まれた。
 多くの月日が流れ人類の繁栄と共に人口の増加が始まった。
 その事により四つの指導者の力も薄まって行き能力も細分化されて行った。
 全能の力も回収不可能と思われた頃、月では奇妙な出来事が発生するようになったという。
 特別な能力を持った人間がこの世界へ転生して来るようになったのだ。
 『ユニークスキル』と言われるその特殊能力は古の全能の巫女を思わせた。

 月の民の末裔達……

 白の民は天使、
 黒の民は悪魔、と呼ばれていた。
 天使と悪魔は古の失敗を繰り返さない為にお互いの取り決めをした。
 古より存在する『鳥居の魔法陣』と呼ばれる遺跡にて『選別の儀』と呼ばれる儀式を行う。
 すると転生者の魂が変化した。
 その者の魂が白なら天使が黒なら悪魔が連れて帰る事とした。
 この世界には六芒星の形に六つの国が存在する。
 その中心には誰も立ち入る事が出来ない聖地『バベルタワー』が建っていた。
 黒の国、白の国、赤の国、緑の国、青の国、茶の国。
 それぞれの国には現在、ユニークスキルを持つ転生者が国を治め争っていた。
 その全ての国を統一した転生者だけがバベルタワーを開門する事ができる。
 そして開門した者は、どんな願いも叶うという。
 伝説上、過去に全国を制覇した者は一人のみ。
 青の国王だったその者は、全国を統一した瞬間、属性色が青から紫と表示が変わったと言う。
 その日から青の国王は『紫転王 カオス』と名乗った。
 属性色が紫の者だけがバベルタワーの門を開く事ができると伝承されている。
 だがバベルタワーへ挑んだカオスは戻ってくる事はなく、世界に変化も起こらなかった。
 女王よりここまで聴くと俺は質問した。

「婆さん。
 バベルタワーへ行くと何があるんだ。」

「どんな願いも叶える事ができると言われている。
 だからこの世界の種族達は自分達の願いを叶えて貰おうと転生者を奪い合う。」

 それまで知らん顔を決め込んでいたガクフルが遠くで補足した。

「バベルタワーへ入れるのは転生者のみ。
 しかも全ての色の転生者を倒した者のみが開門できると言われている。」

「六人の色の転生者を殺さなければ、門が開かないのか?」
 
 俺が訊くと女王が答えた。

「正確には六つのユニークスキルが必要だと言われている。
 だからこの世界では永遠と色の転生者達による戦争が繰り返されている。
 色の転生者が亡くなり、しばらくすると新しい魂が転生して来る。
 現在、色の国王がいないのはこの青の国のみ。
 だからカオスが転生して来たと思われる。」

「婆さんやゼロは転生者じゃないのか?」

「私達はこちらの世界の人間だ。
 全能の巫女の奪取を目論みアトランティスへ攻め込んだ周辺諸国の末裔と言われている。」

「ゼロは?
 『ダブルターン』ってユニークスキルなんだろ? 」

「ゼロは青の転生者と私の間に生まれたこちらの世界の人間だ。」
  
 俺は、ガクフルの方を向いて訊ねた。

「師匠。
 初めて会った時、前カオス王の従者だって言ってたよな。
 ここの無限回廊も師匠が作ったと言っていた。
 この廃墟の城って唯一全国を制覇したという青の転生者の城なのか?」

「そう。
 そして私のお父さんの城。」
 
 ゼロがガクフルに代わって答えた。

「師匠。
 バベルタワーには何があるんだ?」

 俺が訊ねてもガクフルは黙ったままだった。

「私も、聞きたいわ。
 ガクフル。
 あの人とあなたがバベルタワーへ向かってから何が起こったのか。
 どうして今まであなたは姿を消していたのか。」

 女王もガクフルへ駆け寄り訊ねた。

「ガクフルさん。
 お父さんは、生きているの?」

 ゼロも押し殺していた感情を抑えきれないように訊ねた。
 三人の思いを受けて長い沈黙の後ガクフルは俺の目を見て言った。

「今はまだお前はそれを知る立場ではない。
 説明した所で理解はできないだろう。
 色の転生者を倒すと三つの物が手に入る。

 ・ユニークスキル
 ・デッキカード
 ・失われた記憶

 五つの失われた記憶が揃う時、バベルタワーの秘密が明かされる。
 今言える事はそれだけだ。」

「五つの失われた記憶。」

 そう俺は呟いた。
 そう言えば自分は転生前の記憶がなかった。
 思い出せないが何か大切な事を忘れている気がした。
 女王達もそれ以上はガクフルへ何も聞かなかった。
 と言うよりは……聞けなかった。

「とりあえずこの古城の領土はカオス達の新居代わりに与えましょう。
 小さな町ですがカオス王の世界最小の独立国。
 それで名目上は他国の色の転生者と戦う事ができます。
 とは言えここは埃っぽ過ぎます。
 掃除と改修が整うまで私の城へ行きましょう。
 カオスとゼロの婚約パーティーもしなければっ。」

 女王が手を叩き、話題を変えるように明るく言った。

「さあ、行きましょう。
 行きましょう。」

 そう女王に背中を押されながら俺は気がついた。

「なあ、婆さん。
 ゼロが転生者じゃないんだったら、
 ゼロを殺す必要も結婚する必要もないのでは?」

「あれ。
 気がつきましたか。」

 女王は嬉しそうにとぼけて見せた。

「……私は別に結婚してもいいんですけど。」

 ゼロが顔を赤らめながらカオスを上目遣いで見ながら言った。

「こんなポンコツには姫は勿体ない。」

 そう言ってセブンは再びカオスの脛を蹴って走り出した。

「いてっ」

「止めなさい。セブン。」

 ゼロが恥ずかしそうに逃げるセブンを追いかけて行った。
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