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優介:イレギュラー
しおりを挟む第一話 優介:イレギュラー
「………………っ」
自分の頬に、ざらざらとした、冷たい感触がして目が覚めた。
気がつくと俺は冷たい床に倒れていた。
ぼーとする頭で、のろのろと立ち上がり、周りを見まわす。
苔臭い匂いがする狭いトンネルのような作りの一本道。
薄暗い、レンガ作りのヒンヤリとした冷たい通路が遠くまで続いている。
ひどい頭痛と共に軽い目眩がした。
何か空を飛ぶ夢を見ていたような気がしたが思い出せなかった。
(あの、どこまでも落ちていく浮遊感は何だったんだろう?)
そんな事を考えながら、一本道の暗い通路をゆっくりと歩き始める。
足が重い。
もう、どの位を歩いただろうか。
薄暗い通路を進んで行った先に、赤い微かな明かりと共に階段が見えて来た。
通路の先の石畳の階段を登っていくと、光と共に急にゾッとする様な赤い空が広がった。
その空の赤は、夕焼けよりも遥かに赤く深い。
まるで鮮血の様な真紅だった。
真っ赤な空に、どこかで見た事があるような巨大な蒼い惑星が浮かんでいる。
頭がぼんやりとして状況がよく分からない。
ただ、この真っ赤に広がる空は、今まで見た事がない異様な風景だという事は分かった。
長い階段を登りきり鮮血の空が視界から無くなると、今度は赤い鳥居のトンネルが続いていた。
幾重にも連なる狭い赤い鳥居をくぐり抜けると突然、広い空間が広がった。
むせかえるような苔の匂いと、生暖かい空気が淀んでいる。
広間には、赤黒くくすんだレンガが敷き詰められていた。
床のレンガは、何か重いもので踏み荒らされたようにデコボコに歪んでいる。
広間を進むと、眩しい程の白い衣装に身を包まれた少女が一人立っていた。
『サヤカ』
一瞬、そんな名前が僕の脳裏を駆け抜けた。
だがよく見ると、彼女の背中には白い翼が生えていた。
『白翼の天使』
ファンタジーゲームでしか見た事がない可憐な天使がリアルで目の前に立っていた。
あまりの美しさに思わず見惚れていると、
突然、心臓に冷水をかけられたように鳥肌が立った。
殺意の様な不気味な気配を感じて振り返る。
気がつくと、俺の後ろには『黒翼の悪魔』が立っていた。
二メートル程もある背丈に異形の顔立ち。
今までやり込んだ、どのゲームの悪魔よりも邪悪で独特の異臭が漂っていた。
狩る者と狩られる者。
理屈では説明のつかない。
動物としての自分が生命の危機を感じていた。
そして、周りには無数の影……。
暗くて、よく見えないが得も言われぬ無数の蠢く気配と視線を感じた。
白翼の少女は、僕を一瞥すると、声高らかに宣言をした。
「古の理により、選別の儀を開始する。」
ウォォォー、
ガォッィー
その声と共に、周りの群衆が一斉に雄叫びを上げる。
それと同時に僕は、両脇から腕を荒々しく捕まれ、白翼の天使の前でひざまづかされた。
多くの赤い鳥居に囲まれたデコボコの床の上。
そこで僕は救いを求めるように少女の顔を見上げていた。
赤い空に浮かぶ、その白い影は眩しく、どこか美しささえ感じた。
「自ら世界を渡った、愚かな人間よ。
古の理により、選別の儀を開始する。」
白翼の少女は冷たくそう言うと、両手を広げ何かを唱え始めた。
周りの空気が冷たく重くなった事を感じた時、床に青白い魔法陣が現れた。
その青白い魔法陣は次第に浮き上がり、俺の体を包み込む。
ほわん、ほわん。
全身を包む青い光が、白へと変わっていく度に、段階的に意識が遠のいて行く。
高鳴る心臓とは裏腹に、まるで青と白の光が自分という存在を蝕んでいくようだった。
浸食される割合が増える度、自分が消えていくのを感じる。
次第に心臓の鼓動が弱まり瞳が妖しく蒼く光り出した。
そして、とうとう意識が途切れそうになった時、頭の中で自分の声が聞こえた。
「サヤカ、約束覚えてる?」
パァァァン
その瞬間、光は砕け散り闇の彼方へと消えて行った。
「おおっ、イレギュラーだっ。」
「イレギュラーだっ。」
周りの群衆が、一斉にざわめき出した。
白翼の天使が、綺麗な顔を歪めて戸惑っている。
奥から、こちらを伺っていた黒翼の悪魔が、ゆっくりと近づき言った。
「白翼の巫女よ、どうした?
魂が変化しないではないか。」
「カオス・・・」
白翼の天使は、顔を歪めて嫌悪感を丸出しにして呟いた。
「バカな、カオスなど、ただの伝説だろう?
再び、この世界に破滅が訪れるとでも言うのか。」
黒翼の悪魔も、顔をしかめたように見えた。
「そうだっ、破滅など起こる筈がない。
きっと、この者の魂は全て白だったのだ。」
何かを振り切るように白翼の天使は手を振った。
「いや、全て黒だったのだ。
だから、魂は変化しなかった。
この者は、こちらが貰って行く。」
慌てて黒翼の悪魔が拳を振り上げて訂正した。
「待て、この者は危険だ。
この者は、我ら天使が拘束する。」
そう言う天使に、悪魔が手をかざし言葉を遮る。
「そんな事を言って我ら悪魔だけ滅ぼすつもりだろ。
独占したければ、力ずくで連れて行ったらどうだっ。
出来るものならなっ。」
ウォォォー、
ガォッィー
その言葉と共に、周りの暗闇から物凄い雄叫びが響き渡った。
白翼の天使は黒翼の悪魔を睨みながら静かに手を上げた。
その刹那。
白い軍勢が現れ、一瞬にして黒翼の悪魔を取り囲んでいた。
黒翼の悪魔を、抜刀した天使の軍団が取り囲む。
それを囲むように、暗闇から雄たけびが上がっていた。
一触即発の張り詰めた空気の中、二人の間に小さな煙が弾けた。
ボンッ。
「まいどっ」
そこには漆黒の服に身を包んだ一つ目の小悪魔が、笑みを浮かべてふわふわと浮かんでいた。
その漆黒の服は、角度を変える度に、青白い色へと変わって見える。
その色の揺らめきは、どこか実態のないホログラムの様な危うさを醸し出していた。
「ガクフル」
白翼の天使は、小悪魔を見ると嫌悪感を剥き出しでそう呟いた。
「数百年ぶりか。
今まで姿を見せなかったお前が、いきなり何の用だ。」
黒翼の悪魔が顎に手を当てて懐かしそうに話しかけた。
「イレギュラー。
コイツの色は、カオスなんやろ。」
そうガクフルと呼ばれた小悪魔は黒翼の悪魔へ訊ねた。
「確かに、この者の色はカオスだが……そんな事はありえない。
それは、お前が一番知っているだろう。
カオスとは全ての色の者を討伐した者のみが、なれる色。
初めからカオスなど、ありえない。」
そう黒翼の悪魔は怯えるように強く否定した。
「けったいなコト言わはるなっ
でも実際に、コイツの色はカオスを示してる。
もしほんまなら、いきなりバベルタワーの開門が可能かもしれへんで。
だからどちらも、コイツを自分の種族へ取り込もうとしている。
ちゃうか?」
そう言うと、ガクフルは天使と悪魔を交互に睨みつけた。
「それは……」
天使と悪魔、共にバツが悪そうに目線を合わせない。
あれ程騒いでいた群衆も、今は水を打ったように静まり返っていた。
しばらくの沈黙の後。
「コイツは、ワイが連れて行く。」
そう、ガクフルが言った。
「お待ちなさいっ、それは許されません。
選別の儀は公平で神聖なもの。
こちらに渡った人間の魂を善と悪に判別。
善を天使が、悪を悪魔が引き取り、
色の王とする習わしです。」
そう、白翼の天使が言った。
「だが、コイツの色は『紫色』。
ステータス表示は『カオス』。
つまりは、善悪に選別できない魂や。」
そうガクフルは強く反論した。
「確かに、そうだ。
だが、だからと言って、お前が連れて行っていい事にはならないっ。」
黒翼の悪魔も強く言い張り引き下がらない。
「……連れていく、理由があればいいんやな。」
そう言うと、ガクフルは人間に近づき耳元で囁いた。
「おい。
助けてやるから、ワイの問いに対して
『我、汝と契約を結ぶ。』と叫べ。」
そう言うと、ガクフルは人間の前に恭しく膝まづき言った。
「誕生にしてカオスを持つ、偉大なる王よ。
何卒、私を従者とする事をお許しください。
この世界にて唯一、前カオス王の従者であった私なら、きっとお役に立つでしょう。」
そう言う一つ目の小悪魔を、人間は目をバチクリさせながら見つめていた。
周りの黒い雄たけびも、いつの間にかなくなり、辺りは静寂に包まれている。
一つ目の小悪魔は、本人にだけ聞こえる大きさで鋭く舌打ちをした。
(何しとるんやっ、
こいつホンマしんどいわ~
どついたろか?)
そして、今度は上目づかいに睨みつけながら、もう一度叫んだ。
「誕生にしてカオスを持つ、偉大なる王よ。
何卒、私を従者とする事をお許しください。
この世界にて、唯一、前カオス王の従者であった私なら、きっとお役に立つでしょう。」
優介は、突然の出来事に訳が分からなかった。
ただ、一つ目の小悪魔のあまりの圧に、声をうわずらせながら慌てて叫んだ。
「わっ、我、汝と契約を結ぶっ。」
その言葉に、一つ目の小悪魔は満足そうにニヤリと笑うと
「ここに契約は結ばれた。
これより、このお方は『バベル国のカオス王』である。」
そう声高らかに周囲に宣言した。
「おぃっ、カオスだって」
「伝説のバベル王なのか?」
「そんな訳がないだろ?」
「でもあのガクフルが言ってるんだぞっ」
その言葉に周囲の群衆がざわめいた。
そんな中ガクフルは無言で睨みつけている白翼の天使と黒翼の悪魔に軽く手を挙げる。
「ほなっ、さいなら」
ボン
煙と共に二人の姿は漆黒の闇へと姿を消した。
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