V3

奇楽 ( kill-luck )

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第八章

雪を降らせる

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「うそ! バカじゃないの? あなたたち! 小さいときの記憶だってちゃんとあるし、家族も友達も実際にいるのよ! 存在しないとか、家がないとか、もう少し納得すること言いなさいよ!」
 ランは、馬鹿にされていると思い……いや、正確には思いたかった。そして、二人が言っていることを否定するために、大声を張り上げた。ここ数日間の異常な体験で感じたストレスを発散するかのように久しぶりに怒鳴った。
「何、これ! 大がかりなドッキリか、なんかなの? ロンハーもびっくりするくらい、手の込んだドッキリでしょ?」
 ルークもジョン・タイターも口を挟まないで、ランが落ち着くのを真剣な表情で待っていた。
「ランさん、あなたの気持ちはよく分かります。こんなバカげたこと、認めたくないでしょうが、もう少しだけ、わたしの話しを聞いて下さい」
 ジョン・タイターはベンチから立ちあがって、ランの前に立った。
「今、あなたのデータを読ませてもらいました。あなたは七年ほど前に創られた初期型《V3》のアバターなのです」
「七年って! 私、もっと小さいころの記憶だってあるわよ。『ゾウ公園』なんて、毎日遊んでいたんだから!」
「それは、あなたの記憶ではありません。あなたのオーナーの記憶なのですよ。あなたのオーナーが幼かったころの記憶を、あなたのデータに入力しているのです。その証拠に小さい頃の、ご両親の顔を思い出すことはできないはずです」
 ランは息を口を大きく開け、荒く呼吸した。
「我々を創った現実界の人間をオーナーというのですが、ここでの我々アバターは放置自己育成型のAI知能を搭載しています。だから、設定さえすれば、我々を創ったオーナーと同じ時間軸で成長していくのです。そして、各アバターが存在する世界をフィールドといいます。そのフィールド一つ一つの主役がマスターです。あなたが今まで生活していた空間は、あなたがマスターだったのです」
 ランは顔をしかめた。今まで生きていた場所は、自分が主役の架空の世界……?
 ジョン・タイターの話しは続く。
「フィールドはオーナーの好みで自由に創れます。平凡な女子高生が主役のフィールドも、それこそ、若者だけのフェスティバルのようなフィールド、桃源郷やSF映画の世界も可能です」
 ジョン・タイターは両手を広げて見せた。
「ただし、あくまでも現実を模したバーチャルな世界だから、バグもあったりもします。まだ、まだ百パーセント完全に現実と同じというわけにはいかないのです」
 ジョン・タイターは、今度は両肩をすぼめてみせた。
「どういうことよ?」
 聞きたくないと思いながらも、ランはジョン・タイターの粗を探したかった。
「例えば……机から落ちた消しゴムが跳ねることなく、床で落ちたまま動かなかったりね……」
「あっ!」背中に電流が走り、鳥肌が立った。
 ランは数日前に、そして、あのおかしな古典の授業のとき、二度そんな光景を見たことを思い出した。その瞬間は、ほんの一瞬だけ違和感を覚えたのだが、その違和感の正体が分からないままだったのだ。二回ともなにがおかしいのか分からなかった。消しゴムが机から落ちても跳ねることのない光景。そうだ! よくよく考えてみれば、確かにおかしい。消しゴムが床に落ちた瞬間、その場で止まったのだ。
 ランは両手で顔を覆った。「認めたくない、認めたくない……ウソだ……実際は跳ねたけど、そう見えただけだ……」……そのときの光景を思い出したランは、心の中で呟き続けた。息がますます荒くなっていく。
 ジョン・タイターは間を空けた。ランは過呼吸気味の症状を示していた。
「いいですか? 続けますよ」
 ランは肯定も否定もしなかった。
「本来は、オーナーも、我々マスターとなるアバターも、自分たちのフィールドを共同で一緒になって創り上げて行くのです。二人三脚なのです。気になる他人のフィールドがあれば、勝手にそこに行くことも可能です。今こうやってルークのフィールドに僕や君がいるようにね。ここのフィールドのマスターはルークなのです」
 ランはまだ認めたくなかったが、首を横に振るしかできない。
「でも、わたしはこんなところに来たいなんて思っていないわ」
 その言葉を聞いて、ルークは肩をすぼめた。
「君はかなり初期段階に創られているのですが、ちゃんとバージョン・アップもされているようです。アバターとしては完璧なのです。だから、オーナーとの双方向でのコミュニケーションも可能なはずなのですが……」
「どういうこと?」
「双方向コミュニケーションというのは、君たちのように初期型は、まさに今の君のように自分をアバターと認識できずに、実在の人間だと誤解している者が多くて、悲劇を生むことが多かったのです。それを避けるため、オーナーとマスターとのコミュニケーションを可能にしたシステムなのです」
「これで信じられるかな?」
 ルークは立ち上がって、空に向かって叫んだ。
「ちょとさ、雪降らせてよ。多めにね!」
 ランはルークと同じように顔を空に向けた。雲一つない。相変わらずエンタープライズ号だけが浮いている空。雪が降る要素などは全くない。そう思っていると、ものの数秒で、空中から雪が降りだした。雪はどんどん降ってくる。ルークは自慢げに両手を広げて見せた。ランは開いた口が塞がらなかった。
ランは次々降ってくる雪を手に載せて、じっくりと見た。冷たくて、手の体温ですぐに溶けだしてしまう。あっという間に手は濡れてしまった。
「チャルマンの酒場の連中もびっくりしてるよ。雪なんて見たことないはずだからね!」
 街にいる不思議な、ロボットや異星人たちも、驚いて空を見上げている。中には喜んではしゃぐ者、初めての雪に怯える者など、その反応は様々だった。
「ありがとう! もうイイよ」
 すると雪はピタリと止んだ。
「これが双方向コミュニケーションさ」
 ランはやはり、開いた口がふさがらなかった。
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