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奇楽 ( kill-luck )

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第一章

帰宅(真弓)

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 真弓は駅構内から出て、家に帰る途中、近所の公園に寄ることにした。名前も知らない公園……幼いころの自分が勝手につけた『ゾウ公園』という名称。
 両親が帰宅する前に、しなければならないこともあるが、父親も母親も、さすがにまだこの時刻には帰ってくることはない。今はまだとても直接家に帰る気にはなれなかった。一度頭を整理したい……、そんな気分になったときは必ずこの公園に寄ることにしている。
 小さいころから利用してきた公園。そこには中央に大きな薄青いゾウの滑り台がポツンと立っている。それを眺めるように、公園内にはベンチが設置されているのだが、ある日突然地味な木目調のベンチから派手な黄色いベンチに変えられていたのだ。正直、この色合いは如何なものかと、真弓は内心思っていた。その黄色のベンチの一つに腰掛けたまま、小学生の低学年くらいの子供たちが遊んでいる姿をしばらく眺めていた。
 
 自分がこの子たちのころは、父親も母親も優しく、とてもかわいがってくれていた。あのころは幸せだった。小学校に上がる前は毎日のようにこの公園で遊んだものだ。平日の午前中はほぼ毎日のように父と来ていた。あのゾウの滑り台も何万回滑ったことか……。真弓はそんなことに思いを馳せる。
 しかし、中学受験を意識した五年生のころから、生活は一変した。生活が受験一辺倒になったのだ。『人生』=『受験』になってしまった……。おかげで名門中学、名門高校への進学は果たせた。ここまではエリート・コースを辿ってきたが、いつもプレッシャーに押し潰されそうでいた。
 しばらくしてから、真弓は深いため息をついて、黄色いベンチから立ち上がった。そして、再び歩き始める。公園を出たすぐ横にはコンビニもあったが、そこには目もくれずに歩いた。コンビニは本当に必要なときしか利用することはなかった。父親も、母親もコンビニを利用することを快く思っていないタイプだった。「ウチはコンビニなど利用しません」というのが、両親のステイタスなのだ。
 公園の角を曲がり、数分歩くと、自宅が見えてきた。レンガ模様の家壁と黒縁の窓枠が特徴的なヨーロッパ調の戸建の一軒家は品の良い家族の象徴のようだった。
 
 さらに母親のお気に入りの赤レンガ模様の門柱には、御影石に彫った『佐藤』の表札が貼られている。門柱に挟まれた銀色のアルミの門扉を開けて敷地内に入った。そして、艶消しの黒いスチールの玄関ドアの前に立ち、カバンからカギを取り出した。ドアには、赤い花と緑の葉がバランスよく配置されたリーフがきれいに飾ってある。
 
 真弓はドアを開け、重い足取りで、当然だれもいない家に無言で入った。そして、迷わず二階の自室へ向う。
 部屋に入ると、制服を着替えるよりも先に、学習机の天板に置いてあるノート・パソコンの電源を入れた。そして、引き出しから手のひらほどのサイズの薄いハードディスクを取り出す。パソコンが完全に立ち上がるまでの間に服を着替え終え、呼吸を整え直し、落ち着いてイスに座った。そして、パソコンとハードディスクをUSBで接続した。
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