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奇楽 ( kill-luck )

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第一章

授業後(ラン)

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 授業が終わると、「じゃあ」と言って、現代国語担当教諭は教材を抱えて逃げるように教室から退出していった。生徒の方も見向きもせず、生あるうちに教室を出なければならなかった。彼女たちに好かれる気はない、ただ一秒でも延長して、この世の罪悪人と思われることの方が恐ろしかったのだ。
 教師が退室したその瞬間、教室内は驚くほど賑やかになった。ついさきほどまで死んだ魚の目のようにしていた女子生徒たちが一斉に息を吹き返したのだ。箍が外れるとは、まさにこういう状況を表すのであろう。
 席を立つ者、両手を広げ「あーっ!」と背伸びをする者、鼻歌をしだす者、すぐさまイヤホンを耳にあて音楽を聞きだす者……。そして、教室中の各々にスイッチが入り、瞬く間にあちらこちらでお喋りのグループが自然発生した。
 女子ばかりの教室では恥も外聞もない。彼女たちにとっては、五十分の授業は潜水しながらの競泳のようなものである。そう、無駄な息継ぎを我慢する我慢比べと同じなのだ。
 授業が終わった瞬間、水面から顔を出し、思う存分呼吸ができるのだ。
 ライブ会場のような騒々しい中、一人の生徒が飛び跳ねるように、あるグループに近付いてきた。
「ねえ、ねえ。ラン! 昨日のドラマ観たー?」
 そう叫びながら、前の席の生徒とお喋りに夢中になっている如月ランの背中に後ろからしがみついた。
 しがみつかれたランは、その衝撃で机の上を平泳ぎするような格好でうつ伏せになった。そのはずみで、右手で机の上にあったシャープ・ペンシルと消しゴムを払ってしまった。
「キャッ!」
 数人の大袈裟な声が同時に発せられた。

 払われたシャープ・ペンシルと消しゴムが机から……、床に……落ちた。

 その光景が目に入ったランは、ほんのコンマ数秒、一瞬とも言えないほど短い瞬間に「あれ?」と違和感を覚えたが、その違和感の正体が何かは分からなかった。
 ラン以外の他の生徒はそんなこと気にも掛けていないようである。
 シャープ・ペンシルは床で数回跳ね、コロコロと転がった。消しゴムはその場に落ちたままだった。
「キャー、笑える! ランのシャーペンと消しゴムが落ちた!」
「チョー、受ける!」
「キャハハ!」
「もう、ヤダー」
 ランはさきほどの感じた違和感のことなどはもうすっかり忘れていた。
 何がそんなにおもしろいのか、笑いが笑いを誘い、場は爆笑の渦中になった。まさに、箸が転がるだけでも笑える年頃である。たったそれだけのことで彼女たちは休み時間中大笑いしていた。
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