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第二章 「魔法少女は報われない」
第五十六話 「暗殺者」
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都内の商業雑居ビルの一室。
トレードマークのゴスロリ衣装に身を包んだ少女が、秘匿通信用の特殊アプリの搭載されたスマートフォンの画面を眺めながら嘆息する。
「あの変態人形師……馬鹿なの?」
その語気には呆れと焦燥に加えて、やや棘のある怒りが混ざっていた。
少女は止むに止まれぬ事情があって、現在とある組織に所属しており、実験のため、人工的に異能を発現させられた被験者の一人でもある。
『本部からか?』
『そう』
『想定通りか?』
『ある意味そうね』
そして彼女のボディガード役として傍らにそびえるように佇む黒人の男。
その身体能力の高さは外見からの体つきだけでも、並みの男では敵わぬことは一目瞭然だ。
『証拠を消しにいくか?』
『ちょっと難しいかも…それにもう遅いわ。既に公安にもマークされてるし、逆にこっちが危険だわ』
言い聞かせるように、混乱気味の思考を落ち着かせながら少女は考える。
以前から非協力的だった【傀儡師】が消えたのは悪い事ではない。むしろ、最近は暴走気味で危険視していたくらいなのだから。
だからこそ表立って事態が悪くなる前に、もっと早く始末をしておくべきだったと後悔する。
『殺ったのは能力者か?』
『恐らくそうね……いくらなんでも、一般人が彼を殺せるとは思えない』
男の質問に大きくため息をつくと、眉間にしわを寄せながら少女はそれっきり黙りこくる。
そして事件の状況をもう一度見直しながら、少女は頭の中である仮説を立てる。
『いや……でも、まさかね』
『何か思い当たるのか?』
思わせぶりなセリフを呟くブロンド髪の少女に、男が訝しげな態度で訊く。
『本部からの情報では、事件現場には数人の少女がいたらしいわ』
『どうせ愉しんでたんだろ?』
ガタイの良い大ぶりな肩を竦め、男は自分の想像した状況を揶揄してみせる。
気の知れた同僚とはいえ、可憐な少女と会話するような内容の話ではないからだ。
『まぁ、ね……で、その状況で力を発揮する思い当たる能力者がいるのよ』
そこまで話を聞いて確かに一人、少女の姿かたちをした即死性の高い危険な、いわゆる「変異種」と呼ばれる能力の持ち主が一人いたと、黒人の男も思い至る。
『だが、そいつは【不死身】の報告では死んだはずだ』
少女の考えた仮説を杞憂だと否定する男。
【不死身】もかなり危険な存在ではあるが、こちらの裏をかいて嘘をついたりするような人間ではないということは知っていたからだ。
『もし、死んでなかったとしたら?』
『なぜそう言える?』
『直観よ…【収集家】にも念のため確認するわ』
周囲への影響を気にかけて、今まではなるべく事を荒立てることなく進めてきた。
だが、少し危険でも無理をしなければならないかもしれないと、少女は考えを改め始めていた。
車窓から流れる夜景を眺める。すっかり遅くなってしまった。
あの後、俺は杏たちと軽く昼食をとった後、悠翔と合流して初詣をしてきたわけだが、まさかこんなに遅くなるとは思わなかった。
まぁストーカー紛いの被害を受けた例の件を何となくぼかしながら話したら、心配した悠翔が車で送ってくれることになったのは幸いだったけどね。
「結衣ちゃん。時間ゴメンね」
「あ…大丈夫です」
綺麗に畳んでトートバックにしまった着物。
早く佑奈の家に戻って、この振袖を返却しなくては。
まぁ、遅くなったのは日課のハッスルな栄養補給をしてたからなんだが、それにしても振袖プレイってある程度予想してたけど、いやーエロいね。
レンタルだから、汚さないようにするのが大変だったよ。
「混んでるみたいだから、ちょっと裏道まわるね」
カーナビの渋滞情報を見ながら、悠翔が狭い路地へと車を滑らせる。こちらの事情を気遣って、手を尽くしてくれるのが有り難い。ホント気が利くよね。
「あのマンションかな?」
「あ、はい。そうです」
しばらくして佑奈のタワーマンションが見えてくる。時間は……まぁ許容範囲だな。ふう、やれやれだぜ。
「それ、返したら家まで送っていくけど。どうする?」
車を降りる間際に、悠翔から思いがけず提案がある。
……そうですよねぇ。普通、そういう流れになりますよねぇ。
まさか、秋彦の家に送ってもらうわけにもいかないしな…マズイな。非常にマズイ。な、何かアリバイを…。
いやまてよ、だが、これは浮気になるのか? そもそもが偽装カップルだし。
しかし、そうは言っても何だか悠翔を裏切っているようで、やはり気まずい。
「きょ、今日はこのまま友達の家に泊まるから、だ、大丈夫です」
「あ、女子会ってやつ? そっかー、楽しそうだね」
「そ、そうなんですよー。えへへー」
取りあえず無駄に愛想笑いをしておく。やっぱり笑顔って大事だよね。特に可愛い女の子は。若干引きつり気味の気配はあるけど……。
何とかその場を誤魔化して、佑奈の家までやっとのことでたどり着く。
「あれ? 結衣さん。服、着替えたんですか?」
「え、あ、まぁ…その、ちょっときつかったから…」
到着するや否や、かけられた佑奈の第一声に、思わずシドロモドロになる。
外で着替えるってのも変だし、第一、着替え持って出てないはずだし、当然の如く抱く疑問で、どうするんだよって感じですよねー。
悠翔の家に、お泊り用の服を数着置いてるってのが答えなんだけどね。
「…あ、ゴメンなさい!」
すると、すぐに耳まで真っ赤にしながら佑奈が謝罪してくる。
まぁ彼氏に会いに行くって言って、服を着替えて戻ってきたなら、その間に何があったかの大体予想はつくからね。いや。謝らなくていいからね。
なんだか、こっちも恥ずかしくなってきちゃったじゃないか!
「あ、べ、別に大丈夫だから。それじゃね!」
と、例えようのない気恥ずかしさの中、佑奈への挨拶もそこそこに退散する。
そのままマンションを出て、人の波を避けながら直結の地下鉄の駅へと急ぐ。
ホームに到着すると、ちょうど到着した電車に乗り込むことができた。
車内では年始早々、顔を赤くした酔っ払い集団が少し大きな声で会話をしていたが、人はまばらで座席にも余裕がある感じだった。
車内を適当にうろついてから、空いていた隅の座席に腰かける。
そして自分の現状を振り返り、軽くため息をつきつつ、これからの事を考える。
今までが一人だけで生きてきた人生だっただけに、こういう状況に慣れてなくって、流されるままに流されてしまって。
ハッキリ言ってこのままじゃダメだと思う。
――なぜかって?
今の人間関係は全て嘘だらけだ。こんなもの、いつまでも続けられるわけがない。
だから友人、知人関係を全部リセットして、また一人きりになる。今までだって一人だったんだ。
それに、その方が逆にやりやすいに決まってる。
実際、俺は命だって狙われている。この先だってどうなるか分からない。
豚だけならともかくも、自分に好意的に接してくれる女の子たちにまで被害者を出したくない。
だから適当な理由を付けて、俺はどこかのタイミングで姿を消すべきだ。
――それが大人の男の対応ってやつだろう。
最寄りの駅を駅を降りて人の気配の少ない住宅街を抜け、秋彦の家に向かう途中だった。
なんなら、どこか遠くに引っ越しもありだな。
そこまで考えて、視界が涙でぼやけるのが分かる。また一人か。辛いな。
やっぱり、自分に嘘はつけないなと。
そして俺のそんな不遇は、束の間の感傷に浸ることすらも許してはくれなかった。
そこには、近未来的なピカピカのフルメタルアーマーに身を包み、ゴテゴテの自動小銃らしき火器を装備した、明らかに場違いな奴がいた。
お前それ嘘だろ? ネタか?
フルフェイスヘルメットの目まで赤く光っちゃってるし…。何かシュコー、ガシャとかいってるよ。
うわー絶対殺されるだろ。少し思ったそばからこれか? そういえば秋彦、大丈夫かな? まさか、もう殺られちゃってないよな?
トレードマークのゴスロリ衣装に身を包んだ少女が、秘匿通信用の特殊アプリの搭載されたスマートフォンの画面を眺めながら嘆息する。
「あの変態人形師……馬鹿なの?」
その語気には呆れと焦燥に加えて、やや棘のある怒りが混ざっていた。
少女は止むに止まれぬ事情があって、現在とある組織に所属しており、実験のため、人工的に異能を発現させられた被験者の一人でもある。
『本部からか?』
『そう』
『想定通りか?』
『ある意味そうね』
そして彼女のボディガード役として傍らにそびえるように佇む黒人の男。
その身体能力の高さは外見からの体つきだけでも、並みの男では敵わぬことは一目瞭然だ。
『証拠を消しにいくか?』
『ちょっと難しいかも…それにもう遅いわ。既に公安にもマークされてるし、逆にこっちが危険だわ』
言い聞かせるように、混乱気味の思考を落ち着かせながら少女は考える。
以前から非協力的だった【傀儡師】が消えたのは悪い事ではない。むしろ、最近は暴走気味で危険視していたくらいなのだから。
だからこそ表立って事態が悪くなる前に、もっと早く始末をしておくべきだったと後悔する。
『殺ったのは能力者か?』
『恐らくそうね……いくらなんでも、一般人が彼を殺せるとは思えない』
男の質問に大きくため息をつくと、眉間にしわを寄せながら少女はそれっきり黙りこくる。
そして事件の状況をもう一度見直しながら、少女は頭の中である仮説を立てる。
『いや……でも、まさかね』
『何か思い当たるのか?』
思わせぶりなセリフを呟くブロンド髪の少女に、男が訝しげな態度で訊く。
『本部からの情報では、事件現場には数人の少女がいたらしいわ』
『どうせ愉しんでたんだろ?』
ガタイの良い大ぶりな肩を竦め、男は自分の想像した状況を揶揄してみせる。
気の知れた同僚とはいえ、可憐な少女と会話するような内容の話ではないからだ。
『まぁ、ね……で、その状況で力を発揮する思い当たる能力者がいるのよ』
そこまで話を聞いて確かに一人、少女の姿かたちをした即死性の高い危険な、いわゆる「変異種」と呼ばれる能力の持ち主が一人いたと、黒人の男も思い至る。
『だが、そいつは【不死身】の報告では死んだはずだ』
少女の考えた仮説を杞憂だと否定する男。
【不死身】もかなり危険な存在ではあるが、こちらの裏をかいて嘘をついたりするような人間ではないということは知っていたからだ。
『もし、死んでなかったとしたら?』
『なぜそう言える?』
『直観よ…【収集家】にも念のため確認するわ』
周囲への影響を気にかけて、今まではなるべく事を荒立てることなく進めてきた。
だが、少し危険でも無理をしなければならないかもしれないと、少女は考えを改め始めていた。
車窓から流れる夜景を眺める。すっかり遅くなってしまった。
あの後、俺は杏たちと軽く昼食をとった後、悠翔と合流して初詣をしてきたわけだが、まさかこんなに遅くなるとは思わなかった。
まぁストーカー紛いの被害を受けた例の件を何となくぼかしながら話したら、心配した悠翔が車で送ってくれることになったのは幸いだったけどね。
「結衣ちゃん。時間ゴメンね」
「あ…大丈夫です」
綺麗に畳んでトートバックにしまった着物。
早く佑奈の家に戻って、この振袖を返却しなくては。
まぁ、遅くなったのは日課のハッスルな栄養補給をしてたからなんだが、それにしても振袖プレイってある程度予想してたけど、いやーエロいね。
レンタルだから、汚さないようにするのが大変だったよ。
「混んでるみたいだから、ちょっと裏道まわるね」
カーナビの渋滞情報を見ながら、悠翔が狭い路地へと車を滑らせる。こちらの事情を気遣って、手を尽くしてくれるのが有り難い。ホント気が利くよね。
「あのマンションかな?」
「あ、はい。そうです」
しばらくして佑奈のタワーマンションが見えてくる。時間は……まぁ許容範囲だな。ふう、やれやれだぜ。
「それ、返したら家まで送っていくけど。どうする?」
車を降りる間際に、悠翔から思いがけず提案がある。
……そうですよねぇ。普通、そういう流れになりますよねぇ。
まさか、秋彦の家に送ってもらうわけにもいかないしな…マズイな。非常にマズイ。な、何かアリバイを…。
いやまてよ、だが、これは浮気になるのか? そもそもが偽装カップルだし。
しかし、そうは言っても何だか悠翔を裏切っているようで、やはり気まずい。
「きょ、今日はこのまま友達の家に泊まるから、だ、大丈夫です」
「あ、女子会ってやつ? そっかー、楽しそうだね」
「そ、そうなんですよー。えへへー」
取りあえず無駄に愛想笑いをしておく。やっぱり笑顔って大事だよね。特に可愛い女の子は。若干引きつり気味の気配はあるけど……。
何とかその場を誤魔化して、佑奈の家までやっとのことでたどり着く。
「あれ? 結衣さん。服、着替えたんですか?」
「え、あ、まぁ…その、ちょっときつかったから…」
到着するや否や、かけられた佑奈の第一声に、思わずシドロモドロになる。
外で着替えるってのも変だし、第一、着替え持って出てないはずだし、当然の如く抱く疑問で、どうするんだよって感じですよねー。
悠翔の家に、お泊り用の服を数着置いてるってのが答えなんだけどね。
「…あ、ゴメンなさい!」
すると、すぐに耳まで真っ赤にしながら佑奈が謝罪してくる。
まぁ彼氏に会いに行くって言って、服を着替えて戻ってきたなら、その間に何があったかの大体予想はつくからね。いや。謝らなくていいからね。
なんだか、こっちも恥ずかしくなってきちゃったじゃないか!
「あ、べ、別に大丈夫だから。それじゃね!」
と、例えようのない気恥ずかしさの中、佑奈への挨拶もそこそこに退散する。
そのままマンションを出て、人の波を避けながら直結の地下鉄の駅へと急ぐ。
ホームに到着すると、ちょうど到着した電車に乗り込むことができた。
車内では年始早々、顔を赤くした酔っ払い集団が少し大きな声で会話をしていたが、人はまばらで座席にも余裕がある感じだった。
車内を適当にうろついてから、空いていた隅の座席に腰かける。
そして自分の現状を振り返り、軽くため息をつきつつ、これからの事を考える。
今までが一人だけで生きてきた人生だっただけに、こういう状況に慣れてなくって、流されるままに流されてしまって。
ハッキリ言ってこのままじゃダメだと思う。
――なぜかって?
今の人間関係は全て嘘だらけだ。こんなもの、いつまでも続けられるわけがない。
だから友人、知人関係を全部リセットして、また一人きりになる。今までだって一人だったんだ。
それに、その方が逆にやりやすいに決まってる。
実際、俺は命だって狙われている。この先だってどうなるか分からない。
豚だけならともかくも、自分に好意的に接してくれる女の子たちにまで被害者を出したくない。
だから適当な理由を付けて、俺はどこかのタイミングで姿を消すべきだ。
――それが大人の男の対応ってやつだろう。
最寄りの駅を駅を降りて人の気配の少ない住宅街を抜け、秋彦の家に向かう途中だった。
なんなら、どこか遠くに引っ越しもありだな。
そこまで考えて、視界が涙でぼやけるのが分かる。また一人か。辛いな。
やっぱり、自分に嘘はつけないなと。
そして俺のそんな不遇は、束の間の感傷に浸ることすらも許してはくれなかった。
そこには、近未来的なピカピカのフルメタルアーマーに身を包み、ゴテゴテの自動小銃らしき火器を装備した、明らかに場違いな奴がいた。
お前それ嘘だろ? ネタか?
フルフェイスヘルメットの目まで赤く光っちゃってるし…。何かシュコー、ガシャとかいってるよ。
うわー絶対殺されるだろ。少し思ったそばからこれか? そういえば秋彦、大丈夫かな? まさか、もう殺られちゃってないよな?
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