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第一章 「縛りプレイはデフォルトですか?」
第二十八話 「望まぬ来訪者」
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玉ねぎをフードプロセッサでみじん切りにしてから冷水にさらす。
これは後でザルにあけてからしっかりと水切りをする予定だ。水切りの処置は大事だ。不十分だと完成した時に水っぽさが残るからな。
ちなみにキッチンペーパーに平べったく薄く並べれば、さらに余計な水分を吸ってくれるので効果的だ。
(えっーと。あと他に用意しておくものはっと…)
冷蔵庫からピクルスの瓶を取り出す。近所のスーパーで買った輸入品だ。
原産国はインド。最近の食材は国際色豊かだね。
蓋を開けようと少し力を入れてみるが、これが固くてなかなか回らない。輸入食材ってこういうところが不便なんだよな。
仕方がないので、ゆで卵を作っている鍋の中に瓶ごと投入して湯煎しておく。
それにしても非力になったものだ。男だった時はこういったトラブルに遭遇することは、あまり無かったからな。
(さてと。これで下準備はだいたいオッケーかな)
そしてちなみに世の中はすでにサンタクロースの季節だ。
無論の事、独身で彼女も友人すらもいない俺には、人生で一切関係の無いイベントだ。無駄に精神的なダメージを受ける以外はな。
それで、なんでそんな俺がいそいそと料理をしてるかって?
――つまりは、まあなんだ。
悠翔との遊園地デートから二カ月経っているわけで。結局、俺はあの後の雰囲気にどっぷりと流されて今に至っているわけだ。
まぁ…あれだな――。
結論から言おう。つまり俺は、あのどうにもならないノドの渇きと空腹感を克服したという事だ。
ゴムを装着していてもちゃんと中で出せば、あれは軽減できる。それだけで死の恐怖から逃れられるし、快適な日常生活も送れる。
つまり毎日きちんとヤルことヤッてれば、何の問題も起こらないということだ。
背に腹は代えられないし、だからいまの状況はある意味仕方がない。
もちろん、思うところが無いわけでもない――。
簡潔に言えば悠翔をだましているわけだからな。だが、今のこの状況は別に俺がそうしようと言い出したことではない。
つまり言い出しっぺは悠翔だ。それですべての責任を逃れようとも思わないし、雰囲気に流された俺も悪いとは思う。
俺だって本気で悩んださ――。
正直、最初は悠翔から付き合ってくれと告白されて俺だって本気でへこんだ。
シミュレーションをした事はあったが予想以上だった。叶うことなら女の子に告白をして、彼氏よりも先に彼女が欲しかった。
だが落ち着いて考えてみて欲しい――。
これはそもそも後悔するような類の物ではないのだ。ある意味で究極的に合理的な結論なのだから。
男と女の関係に理想を求め過ぎだし、恋愛なんぞ所詮は生物学的な生存競争と戦略的な選択の積み重ねの成れの果てなのだ。
つまり誤解を恐れずに言えば、見える範囲の条件でお互いが納得していれば、それはそれで間違いではないのだ。
ダラダラと言い訳を先に並べてはみたが――。
クリスマスイブに、男の家のキッチンを借りて料理を作る女。つまり、今の俺の状況を端的に表せばそういう事だ。
たとえ偽物であっても、せめてちゃんと彼女しないと申し訳ないだろ? 俺はこう見えても義理堅いんだ。
せいぜい足搔いてみせるさ――。
さてと…もうすぐ悠翔が帰宅する時間なので準備は急がなくてはならない。
ピクルスの瓶の蓋、そろそろゆるくなったかな。
火傷しないように、湯煎していた瓶を冷水にさらしつつ蓋にグッと力を込める。
すると先ほどさんざん苦しめられたのが嘘のように、パカッという小気味よい音を立てて蓋が回る。
「あとは剥いた卵を潰して、玉ねぎとピクルスとマヨをたっぷり投入っと…」
俺はウキウキと独り言ちながら作業をする。何故なら俺がいま作っているのは、あのタルタルソースなのだ。
そしてこのタルタルソースの行き先はやっぱりチキンだよね。
そういえばクリスマスにチキンを食べるのは日本くらいで、本当は七面鳥らしいけどね。まあ、美味けりゃなんでもいいさ。
俺はソースをいそいそと仕上げ、クリスマス仕様にキャンドルやテーブルクロスがセッティングされたダイニングテーブルに運ぶ。
テーブルの上には鳥の空揚げが皿に盛りつけられ、その横にはポテトサラダや近所のパン屋で買ってきた焼きたてパンやらが用意してある。
あとは、いまは火を止めてあるポタージュスープを温めて出せば完成かな。
完璧だ。我ながら女子力が上がったと思う。数カ月前はゴミ屋敷に住んでいたとは思えない進歩だ。
軽く伸びをしてから椅子に腰かける。窓の外は薄暗くもうすっかり夜だ。
「なんで、こんな体になっちゃったんだろうな…」
と、ポツリと一人呟いてみる。
嘆いたからといって、思い悩んだからといって、何ら結論が出るわけでもない。
もう元に戻れないかなと、いまの時点に至り半分諦めてもいる。
だけど、もし犯人がいるのなら――。
俺をこんな体にした存在がいると仮定して、どんな奴が、何の目的があって、俺をこんな目に合わせているのかが知りたい。
「もし、犯人がいるのなら出て来いよなぁ…」
そもそもおっさんを美少女に変える意味が分からない。
大体、これって誰得なんだ?
もし犯人がいるのなら、そいつのせいでこうなったのなら、文句の一つでも言ってぶん殴ってやりたい気分でもある。
まぁいくら考えてみたところで、どうにかできることでもない。
だから俺はそんな非生産的な思考を振り払う。
そして大きく諦めのため息をついてから、何とはなしにクロゼットの方に視線をやる。
「…………!」
その瞬間、体が凍り付いたように硬直する。
少しだけ開いたクロゼットの隙間から得体のしれない真っ白な手がにゅっと伸びて、扉の淵を掴んでいたからだ。
一気に全身に鳥肌が立ち、恐怖のあまりにノドがカラカラに乾いていく。
理解も予測も不能な、突然の状況。
明らかに不気味な、その光景。
常識的には考えられない、不吉な予感。
信じられないくらいの速さで心臓が鼓動を始め、呼吸をすることすらも忘れてしまう。
頭の中は空っぽになって、その真っ白な手をただ凝視する以外にまったく思考がまわらない。
何だ? 誰だ? これは何の冗談だ!? ホラーなのか? 呪いか? 俺はこのまま死ぬのか?
限界を超えた恐怖に、ついに頭の中が錯乱状態になる。
ドアの鍵はしっかりかけてあったし、空き巣に部屋に侵入された形跡などはなかった。
それにもし空き巣なら、住人が返ってきたタイミングでドアから強引に走って逃げるだろうし、ストーカーなら初めから襲ってきただろう。
そもそもこちらは非力な女なわけで、クロゼットの中に隠れている意味が分からないし、それに恐らく中に隠れているのは……。
人・間・で・は・な・い。
パターン的にはあれだ。一般的に完全に駄目なパターンだ。バッドエンドルート確定のいわゆる死亡フラグだ。
そして俺は頭の中にエンドロールを流しながら、ただ凍り付いたようにその場から動けないでいた。
これは後でザルにあけてからしっかりと水切りをする予定だ。水切りの処置は大事だ。不十分だと完成した時に水っぽさが残るからな。
ちなみにキッチンペーパーに平べったく薄く並べれば、さらに余計な水分を吸ってくれるので効果的だ。
(えっーと。あと他に用意しておくものはっと…)
冷蔵庫からピクルスの瓶を取り出す。近所のスーパーで買った輸入品だ。
原産国はインド。最近の食材は国際色豊かだね。
蓋を開けようと少し力を入れてみるが、これが固くてなかなか回らない。輸入食材ってこういうところが不便なんだよな。
仕方がないので、ゆで卵を作っている鍋の中に瓶ごと投入して湯煎しておく。
それにしても非力になったものだ。男だった時はこういったトラブルに遭遇することは、あまり無かったからな。
(さてと。これで下準備はだいたいオッケーかな)
そしてちなみに世の中はすでにサンタクロースの季節だ。
無論の事、独身で彼女も友人すらもいない俺には、人生で一切関係の無いイベントだ。無駄に精神的なダメージを受ける以外はな。
それで、なんでそんな俺がいそいそと料理をしてるかって?
――つまりは、まあなんだ。
悠翔との遊園地デートから二カ月経っているわけで。結局、俺はあの後の雰囲気にどっぷりと流されて今に至っているわけだ。
まぁ…あれだな――。
結論から言おう。つまり俺は、あのどうにもならないノドの渇きと空腹感を克服したという事だ。
ゴムを装着していてもちゃんと中で出せば、あれは軽減できる。それだけで死の恐怖から逃れられるし、快適な日常生活も送れる。
つまり毎日きちんとヤルことヤッてれば、何の問題も起こらないということだ。
背に腹は代えられないし、だからいまの状況はある意味仕方がない。
もちろん、思うところが無いわけでもない――。
簡潔に言えば悠翔をだましているわけだからな。だが、今のこの状況は別に俺がそうしようと言い出したことではない。
つまり言い出しっぺは悠翔だ。それですべての責任を逃れようとも思わないし、雰囲気に流された俺も悪いとは思う。
俺だって本気で悩んださ――。
正直、最初は悠翔から付き合ってくれと告白されて俺だって本気でへこんだ。
シミュレーションをした事はあったが予想以上だった。叶うことなら女の子に告白をして、彼氏よりも先に彼女が欲しかった。
だが落ち着いて考えてみて欲しい――。
これはそもそも後悔するような類の物ではないのだ。ある意味で究極的に合理的な結論なのだから。
男と女の関係に理想を求め過ぎだし、恋愛なんぞ所詮は生物学的な生存競争と戦略的な選択の積み重ねの成れの果てなのだ。
つまり誤解を恐れずに言えば、見える範囲の条件でお互いが納得していれば、それはそれで間違いではないのだ。
ダラダラと言い訳を先に並べてはみたが――。
クリスマスイブに、男の家のキッチンを借りて料理を作る女。つまり、今の俺の状況を端的に表せばそういう事だ。
たとえ偽物であっても、せめてちゃんと彼女しないと申し訳ないだろ? 俺はこう見えても義理堅いんだ。
せいぜい足搔いてみせるさ――。
さてと…もうすぐ悠翔が帰宅する時間なので準備は急がなくてはならない。
ピクルスの瓶の蓋、そろそろゆるくなったかな。
火傷しないように、湯煎していた瓶を冷水にさらしつつ蓋にグッと力を込める。
すると先ほどさんざん苦しめられたのが嘘のように、パカッという小気味よい音を立てて蓋が回る。
「あとは剥いた卵を潰して、玉ねぎとピクルスとマヨをたっぷり投入っと…」
俺はウキウキと独り言ちながら作業をする。何故なら俺がいま作っているのは、あのタルタルソースなのだ。
そしてこのタルタルソースの行き先はやっぱりチキンだよね。
そういえばクリスマスにチキンを食べるのは日本くらいで、本当は七面鳥らしいけどね。まあ、美味けりゃなんでもいいさ。
俺はソースをいそいそと仕上げ、クリスマス仕様にキャンドルやテーブルクロスがセッティングされたダイニングテーブルに運ぶ。
テーブルの上には鳥の空揚げが皿に盛りつけられ、その横にはポテトサラダや近所のパン屋で買ってきた焼きたてパンやらが用意してある。
あとは、いまは火を止めてあるポタージュスープを温めて出せば完成かな。
完璧だ。我ながら女子力が上がったと思う。数カ月前はゴミ屋敷に住んでいたとは思えない進歩だ。
軽く伸びをしてから椅子に腰かける。窓の外は薄暗くもうすっかり夜だ。
「なんで、こんな体になっちゃったんだろうな…」
と、ポツリと一人呟いてみる。
嘆いたからといって、思い悩んだからといって、何ら結論が出るわけでもない。
もう元に戻れないかなと、いまの時点に至り半分諦めてもいる。
だけど、もし犯人がいるのなら――。
俺をこんな体にした存在がいると仮定して、どんな奴が、何の目的があって、俺をこんな目に合わせているのかが知りたい。
「もし、犯人がいるのなら出て来いよなぁ…」
そもそもおっさんを美少女に変える意味が分からない。
大体、これって誰得なんだ?
もし犯人がいるのなら、そいつのせいでこうなったのなら、文句の一つでも言ってぶん殴ってやりたい気分でもある。
まぁいくら考えてみたところで、どうにかできることでもない。
だから俺はそんな非生産的な思考を振り払う。
そして大きく諦めのため息をついてから、何とはなしにクロゼットの方に視線をやる。
「…………!」
その瞬間、体が凍り付いたように硬直する。
少しだけ開いたクロゼットの隙間から得体のしれない真っ白な手がにゅっと伸びて、扉の淵を掴んでいたからだ。
一気に全身に鳥肌が立ち、恐怖のあまりにノドがカラカラに乾いていく。
理解も予測も不能な、突然の状況。
明らかに不気味な、その光景。
常識的には考えられない、不吉な予感。
信じられないくらいの速さで心臓が鼓動を始め、呼吸をすることすらも忘れてしまう。
頭の中は空っぽになって、その真っ白な手をただ凝視する以外にまったく思考がまわらない。
何だ? 誰だ? これは何の冗談だ!? ホラーなのか? 呪いか? 俺はこのまま死ぬのか?
限界を超えた恐怖に、ついに頭の中が錯乱状態になる。
ドアの鍵はしっかりかけてあったし、空き巣に部屋に侵入された形跡などはなかった。
それにもし空き巣なら、住人が返ってきたタイミングでドアから強引に走って逃げるだろうし、ストーカーなら初めから襲ってきただろう。
そもそもこちらは非力な女なわけで、クロゼットの中に隠れている意味が分からないし、それに恐らく中に隠れているのは……。
人・間・で・は・な・い。
パターン的にはあれだ。一般的に完全に駄目なパターンだ。バッドエンドルート確定のいわゆる死亡フラグだ。
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