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死しても働く廃工場(前)
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「悪鬼彷徨う怪奇の世界からおこんばんは~。幽幻ゆうな、です! 今晩も徘徊者のみんなを霊界に引きずり込んじゃうぞ♪」
いつものように幽幻ゆうなの深夜の配信が始まった。しかし、彼女の住むマンションを取り巻く怪奇現象により、リスナーの間には恐怖と不安が渦巻いていた。そしてそれはやがて負の感情となり、コメント欄の雰囲気を悪化させていく。
しかし幽幻ゆうなはそんな反応を気にもせず、居住階のエレベーターホールから配信を開始していた。エレベーターがやってくると、彼女は乗り込み、センサーにカードをかざして反応させ、とある階の行き先ボタン、そして扉閉ボタンを押す。
「このマンション、一流ホテル並のセキュルティでね。居住者用カードキーでも居住階と公共施設階しか行けないの。本当なら行き先ボタンを押しても反応しないんだけれど、マンションが霊界に飲み込まれてからは反応するようになったんだ」
こんな感じに、と呟いて幽幻ゆうなは適当な居住階の行き先ボタンを押す。するとそこが明るく光り、エレベーターはその階で止まったではないか。エレベーター内から眺める外側は普通の居住階のエントランスホールに見えるが……。
幽幻ゆうなはウエストポーチに入れていたポータブルテレビを取り出し、とあるチャンネルに合わせた。すると画面に表示されたのは砂のようなグリッジノイズ、スピーカーからはザーという雑音だけが流れる。
「ただし、行けるのはミミック階がほとんど。ほら、こんな感じに宵闇よいちさんの放送を受信しないもの」
ミミック階、本来マンションには属していないがマンションの内装を模す空間のこと。視聴数と高評価を目当てにやってくるUdol達がカードキー無しにエレベーターを操作し、そのほとんどがこのミミック階の犠牲になっていったのだ。
しかし、先日のコラボ配信により、マンションの居住区階も生きている住人がいなくなることで完全に霊界に属してしまうことが明らかになった。そして、幽幻ゆうなと宵闇よいちの調査によっておおよそ半々だとも分かっている。
「怪奇が祓われた階はもう霊界とは関わりが無くなるんだ。だからマンション内には普通の住人もまだいるんだよ。失踪者とか行方不明者扱いの人が多いから、事故物件扱いされて家賃も低いし、お勧めだから」
リスナーから全力で遠慮される中、幽幻ゆうなが目的とする階にやってきた。そこは公共施設階なので、幽幻ゆうななら所持している居住者用カードキーで来れる場所……の筈だった。
エレベーターの向こうに見えたのは工場だった。それととても広大で、とても古びていた。自動車工場ではない、鉄工所みたいだ、などとリスナーからは意見が挙がったが、幽幻ゆうなが示したポータブルテレビの様子に恐れ慄いた。
「やっぱり駄目だ。どうしても工場階に行けない。この階だからゆうななら行ける筈なんだけれどなぁ。それともよいちさんの放送を受信しないだけで、ここがそうなのかなぁ?」
ポータブルテレビの画面は依然としてノイズだらけ。これはすなわち、本来のマンション内施設でないことを意味する。正規の手順でエレベーターを操作してたどり着けない階層、それが工場階の調査が出来ない理由だった。
しかし、例えばドローンやネズミの類をエレベーターの外に出して階層の調査をすることも出来ない。何故ならエレベーターの外に出た途端に霊界に囚われ、帰ってこれなく可能性も充分にあるから。
「やっぱり、ちょっとよいちさんと相談かな。エレベーターの操作からロボットとかドローンでやれるようにしないと」
と、愚痴をこぼし、幽幻ゆうなは工場階を後にした。夜遅いこともあり、その後は普通の配信、すなわち怪奇体験の紹介になったのだった。
■■■
町工場の跡地には、昔ながらの木造の工場が立っていた。そこでは、地元の若者たちが働いており、夕方になると工場の周りにはにぎやかな声や笑い声が響いていたという。
ある日、工場で働いていた渡辺拓海(仮名)が突然姿を消した。仕事中に何か事件があったのか、それとも逃げたのか、誰も分からなかった。警察も捜査を行ったが、何もわからずに終わった。
その後も、何度か工場で働く従業員が不可解な失踪を遂げる事件が起きた。村人たちは工場に呪いがかかっているのではないかと囁き始めた。工場の周りでは、夜な夜な不気味な音が聞こえ、誰も近づかなくなった。
ある夜、勇気を出して工場に近づいた佐藤雅人(仮名)がいた。彼は工場の周りを歩き回りながら、窓から内部を覗き込んだ。すると、工場の中で人影が見えた。彼は驚きながらも近づき、その人影が誰なのか確かめようとした。
しかし、工場の中は暗くて何も見えない。佐藤雅人は懐中電灯を手にして、再び工場に入ろうとした瞬間、何者かに手を引かれるようにして中に引きずり込まれてしまった。
翌朝、佐藤雅人の友人たちが工場に捜索にやってきた。しかし、若者の姿はどこにも見当たらなかった。友人たちの一人である小林大輝(仮名)は佐藤雅人が夜に工場を調べてみると発言したことを思い出し、同じように工場に近づくことにした。
夜の工場にやってきた小林大輝は、工場の周りを回ってから工場の中を覗き込んだ。すると、佐藤雅人が見たように工場の中で人影が見え、小林大輝には複数人が働いているように見えた。
小林大輝は懐中電灯を手にして、工場の中に入ろうとしたのだが、その直後、何者かに手首を掴まれる感覚が襲った。そして引きずられるように夜の工場の中へと消えていったのだった。
そんな小林大輝の様子は、別の友人である加藤翔太(仮名)が目撃していた。彼は小林大輝が悲鳴を上げながら闇に飲み込まれていく様子と、そんな彼を捕まえる不気味な人影達をこの目で見た。そして、その人影の中に佐藤雅人がいたことも。
工場は再び不気味な存在となり、村人たちはその場所を忌み嫌うようになった。
それ以降、町工場は閉鎖され、跡地には誰も近づかなくなった。工場の中で何が起きているのか、誰も知る者はなかった。ただ、時折聞こえる不気味な音や、消えた若者たちの存在が、町に未練を残しているかのように感じられた。
加藤翔太は今でも夢に見る。佐藤雅人や小林大輝が自分も工場に引きずり込み、人でなくなってもなお働かされる悪夢を。
いつものように幽幻ゆうなの深夜の配信が始まった。しかし、彼女の住むマンションを取り巻く怪奇現象により、リスナーの間には恐怖と不安が渦巻いていた。そしてそれはやがて負の感情となり、コメント欄の雰囲気を悪化させていく。
しかし幽幻ゆうなはそんな反応を気にもせず、居住階のエレベーターホールから配信を開始していた。エレベーターがやってくると、彼女は乗り込み、センサーにカードをかざして反応させ、とある階の行き先ボタン、そして扉閉ボタンを押す。
「このマンション、一流ホテル並のセキュルティでね。居住者用カードキーでも居住階と公共施設階しか行けないの。本当なら行き先ボタンを押しても反応しないんだけれど、マンションが霊界に飲み込まれてからは反応するようになったんだ」
こんな感じに、と呟いて幽幻ゆうなは適当な居住階の行き先ボタンを押す。するとそこが明るく光り、エレベーターはその階で止まったではないか。エレベーター内から眺める外側は普通の居住階のエントランスホールに見えるが……。
幽幻ゆうなはウエストポーチに入れていたポータブルテレビを取り出し、とあるチャンネルに合わせた。すると画面に表示されたのは砂のようなグリッジノイズ、スピーカーからはザーという雑音だけが流れる。
「ただし、行けるのはミミック階がほとんど。ほら、こんな感じに宵闇よいちさんの放送を受信しないもの」
ミミック階、本来マンションには属していないがマンションの内装を模す空間のこと。視聴数と高評価を目当てにやってくるUdol達がカードキー無しにエレベーターを操作し、そのほとんどがこのミミック階の犠牲になっていったのだ。
しかし、先日のコラボ配信により、マンションの居住区階も生きている住人がいなくなることで完全に霊界に属してしまうことが明らかになった。そして、幽幻ゆうなと宵闇よいちの調査によっておおよそ半々だとも分かっている。
「怪奇が祓われた階はもう霊界とは関わりが無くなるんだ。だからマンション内には普通の住人もまだいるんだよ。失踪者とか行方不明者扱いの人が多いから、事故物件扱いされて家賃も低いし、お勧めだから」
リスナーから全力で遠慮される中、幽幻ゆうなが目的とする階にやってきた。そこは公共施設階なので、幽幻ゆうななら所持している居住者用カードキーで来れる場所……の筈だった。
エレベーターの向こうに見えたのは工場だった。それととても広大で、とても古びていた。自動車工場ではない、鉄工所みたいだ、などとリスナーからは意見が挙がったが、幽幻ゆうなが示したポータブルテレビの様子に恐れ慄いた。
「やっぱり駄目だ。どうしても工場階に行けない。この階だからゆうななら行ける筈なんだけれどなぁ。それともよいちさんの放送を受信しないだけで、ここがそうなのかなぁ?」
ポータブルテレビの画面は依然としてノイズだらけ。これはすなわち、本来のマンション内施設でないことを意味する。正規の手順でエレベーターを操作してたどり着けない階層、それが工場階の調査が出来ない理由だった。
しかし、例えばドローンやネズミの類をエレベーターの外に出して階層の調査をすることも出来ない。何故ならエレベーターの外に出た途端に霊界に囚われ、帰ってこれなく可能性も充分にあるから。
「やっぱり、ちょっとよいちさんと相談かな。エレベーターの操作からロボットとかドローンでやれるようにしないと」
と、愚痴をこぼし、幽幻ゆうなは工場階を後にした。夜遅いこともあり、その後は普通の配信、すなわち怪奇体験の紹介になったのだった。
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町工場の跡地には、昔ながらの木造の工場が立っていた。そこでは、地元の若者たちが働いており、夕方になると工場の周りにはにぎやかな声や笑い声が響いていたという。
ある日、工場で働いていた渡辺拓海(仮名)が突然姿を消した。仕事中に何か事件があったのか、それとも逃げたのか、誰も分からなかった。警察も捜査を行ったが、何もわからずに終わった。
その後も、何度か工場で働く従業員が不可解な失踪を遂げる事件が起きた。村人たちは工場に呪いがかかっているのではないかと囁き始めた。工場の周りでは、夜な夜な不気味な音が聞こえ、誰も近づかなくなった。
ある夜、勇気を出して工場に近づいた佐藤雅人(仮名)がいた。彼は工場の周りを歩き回りながら、窓から内部を覗き込んだ。すると、工場の中で人影が見えた。彼は驚きながらも近づき、その人影が誰なのか確かめようとした。
しかし、工場の中は暗くて何も見えない。佐藤雅人は懐中電灯を手にして、再び工場に入ろうとした瞬間、何者かに手を引かれるようにして中に引きずり込まれてしまった。
翌朝、佐藤雅人の友人たちが工場に捜索にやってきた。しかし、若者の姿はどこにも見当たらなかった。友人たちの一人である小林大輝(仮名)は佐藤雅人が夜に工場を調べてみると発言したことを思い出し、同じように工場に近づくことにした。
夜の工場にやってきた小林大輝は、工場の周りを回ってから工場の中を覗き込んだ。すると、佐藤雅人が見たように工場の中で人影が見え、小林大輝には複数人が働いているように見えた。
小林大輝は懐中電灯を手にして、工場の中に入ろうとしたのだが、その直後、何者かに手首を掴まれる感覚が襲った。そして引きずられるように夜の工場の中へと消えていったのだった。
そんな小林大輝の様子は、別の友人である加藤翔太(仮名)が目撃していた。彼は小林大輝が悲鳴を上げながら闇に飲み込まれていく様子と、そんな彼を捕まえる不気味な人影達をこの目で見た。そして、その人影の中に佐藤雅人がいたことも。
工場は再び不気味な存在となり、村人たちはその場所を忌み嫌うようになった。
それ以降、町工場は閉鎖され、跡地には誰も近づかなくなった。工場の中で何が起きているのか、誰も知る者はなかった。ただ、時折聞こえる不気味な音や、消えた若者たちの存在が、町に未練を残しているかのように感じられた。
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