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マンションは霊界行きとなった(後)
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沈黙が場を支配した。
リスナー達は大混乱に陥り、SNSは書き込みや考察で溢れかえった。そして反響は若者ばかりでなく、科学者や宗教家といった普段Vdolとは関係ない分野の者達からも注目を集め始めていた。それほど冥界という異界が特別だということだ。
「それで、宵闇よいち様の他に生存者は?」
「意外かもしれないけれど、それなりにはいたね。引きこもって備蓄で耐え凌いだ家族、室内家庭菜園で乗り切った夫婦、運良く一階フロントを引き当てて脱出できた子供とか」
とはいえ、グループチャットや館内放送はまっさきに怪奇に汚染された。その結果、マンション内でも使えるデリバリーサービス等の情報が共有出来なかったことで、外にでなくても餓死する家庭も続出したらしい。
「今なら怪奇の兆候を上手く避けれれば普段通りの生活を送れるはずだよ」
「普段通りに行き来できる。それはつまり、冥界に残るこのマンションと現世が繋がりっぱなし、ということですよね?」
「ああ、それがこのマンションの厄介なところさ。誰だろうと正面玄関から入れてしまい、逆に怪奇だろうと正面玄関から脱出出来てしまうわけだ」
「本来生死で隔てられた世界の境界が曖昧になってしまっているのですね」
冥道めいが宵闇よいちに案内された一室には膨大な量のモニターがあった。その全てが監視カメラの映像であり、共用区画においては死角はないのではないかという程だった。宵闇よいち曰く、これらは一階フロント裏にある管理室のと同じもので、本来は防犯用の設備なのだが、今は怪奇監視用も兼ねているのだそうだ。
もし現世の災厄になりかねない怪奇がエレベーターや階段から出ようとするなら、直ちに対処出来るように。具体策については宵闇よいちは固く口を閉ざしたので、あえて冥道めいも追求しなかった。
また、宵闇よいちの説明が正しいなら、電気・ガス・水道・インターネットは何故かこれまでどおり各部屋まで供給されているらしい。受変電設備や給水増圧ポンプ等の設備があるエリアはまだ怪奇の影響下に無いそうだ。尤も、彼女は設備室に行くまでの出来事を思い出したくもないと口にしたが。
「けれど、この対策も限度がある。あくまで大っぴらな出入り口がこのマンションに出来た、ってだけで、実際に現世への抜け道は他にも幾つかあるらしい。現世で怪奇の目撃事例があるのはそのせいでもあるみたいだね」
「なるほど。概ね分かりました。語っていただいた状況を踏まえて幾つか質問がございますが……」
「こんな物騒なマンションは封鎖しろ、かな? 少なくとも私には無理だ。やったことはあったさ。エレベーターを使えなくした上で一階に続く階段の扉に片っ端から鍵かけたりね。エレベーターの操作盤をゴルフクラブで滅多打ちにした後の出来事、語ってあげようか?」
「怪奇現象が起こって何事もなかったことになったのですね」
“それなら警察や行政機関に通報したら”との意見がコメントされた。確かにマンション一帯の区画を封鎖すればもう誰もマンションに出入り出来なくなるのだが、“ばーか、それ誰が信じるんだよ?”とのツッコミで一蹴された。
「いや、惜しい意見だ。こう言っちゃ何だが私は良いところのお嬢様なので、お父様にお願いして、警察の上層部を動かそうとも試みたのさ」
「結果は?」
「えっと、その偉い人の末路が語られたのは……幽幻ゆうなのいつの配信だったかな?」
「……!?」
宵闇よいちの衝撃の発言に一同は戦慄した。それが本当なら、あの独特の雰囲気で語られていた怪奇談は作り話ではなく、実際に起こっていた悲劇も混ざっていたことになるではないか。
「宵闇よいち様。その発言、幽幻ゆうな様の評判を貶めるための虚言では?」
「おいおい、幽幻ゆうな本人も語ってたじゃないか。もしかしたら犠牲者本人が霊界から投稿してきてるかも、ってね。現に無料Wi-Fiを完備した施設のあるマンション低層階も霊界入りしてるんだから、やろうと思えば出来てしまうんだよ」
「死者の投稿が、ですか……」
「ま、大半は創作だろうから、本物は数える程度だけどね」
リビングに戻った二人は再びソファーに腰掛ける。宵闇よいちは再びお茶をすすって喉を潤した。呆然としたまま何も語らないこと数分、深呼吸をした宵闇よいちは再び自分に活を入れ、冥道めいを見据える。
「悪意や邪な企みには怪奇が返ってくる。このマンションは今、そういう所なんだ」
「つまり、宵闇よいち様はこのマンションをこのまま放っておけ、とおっしゃられるつもりですか?」
「いや、実は二つほど解決手段がある。そこでだ、有名配信者の君には――」
「やはりそういうことね!」
突然だった。宵闇よいちとも冥道めいとも違った明るい声が室内に響き渡ったのだ。双方相手に意識が向いていて意表を突かれた形になり、驚いた様子で慌てて声の主へと顔を向けたのだった。
ところが当の本人は冥道めい達の方を向いていなかった。配信用の自撮り棒を付けたスマホは後方に、もう片手に作業用のタブレットを持ち、スマホへ視線を向けていたからだ。
冥道めいと宵闇よいちは同時に気づいた。今は午後十時丁度。つまり――。
「悪鬼彷徨う怪奇の世界からおこんばんは~。幽幻ゆうな、です! 今晩も徘徊者のみんなを霊界に引きずり込んじゃうぞ♪」
Vdol幽幻ゆうなの配信の時間だと。
リスナー達は大混乱に陥り、SNSは書き込みや考察で溢れかえった。そして反響は若者ばかりでなく、科学者や宗教家といった普段Vdolとは関係ない分野の者達からも注目を集め始めていた。それほど冥界という異界が特別だということだ。
「それで、宵闇よいち様の他に生存者は?」
「意外かもしれないけれど、それなりにはいたね。引きこもって備蓄で耐え凌いだ家族、室内家庭菜園で乗り切った夫婦、運良く一階フロントを引き当てて脱出できた子供とか」
とはいえ、グループチャットや館内放送はまっさきに怪奇に汚染された。その結果、マンション内でも使えるデリバリーサービス等の情報が共有出来なかったことで、外にでなくても餓死する家庭も続出したらしい。
「今なら怪奇の兆候を上手く避けれれば普段通りの生活を送れるはずだよ」
「普段通りに行き来できる。それはつまり、冥界に残るこのマンションと現世が繋がりっぱなし、ということですよね?」
「ああ、それがこのマンションの厄介なところさ。誰だろうと正面玄関から入れてしまい、逆に怪奇だろうと正面玄関から脱出出来てしまうわけだ」
「本来生死で隔てられた世界の境界が曖昧になってしまっているのですね」
冥道めいが宵闇よいちに案内された一室には膨大な量のモニターがあった。その全てが監視カメラの映像であり、共用区画においては死角はないのではないかという程だった。宵闇よいち曰く、これらは一階フロント裏にある管理室のと同じもので、本来は防犯用の設備なのだが、今は怪奇監視用も兼ねているのだそうだ。
もし現世の災厄になりかねない怪奇がエレベーターや階段から出ようとするなら、直ちに対処出来るように。具体策については宵闇よいちは固く口を閉ざしたので、あえて冥道めいも追求しなかった。
また、宵闇よいちの説明が正しいなら、電気・ガス・水道・インターネットは何故かこれまでどおり各部屋まで供給されているらしい。受変電設備や給水増圧ポンプ等の設備があるエリアはまだ怪奇の影響下に無いそうだ。尤も、彼女は設備室に行くまでの出来事を思い出したくもないと口にしたが。
「けれど、この対策も限度がある。あくまで大っぴらな出入り口がこのマンションに出来た、ってだけで、実際に現世への抜け道は他にも幾つかあるらしい。現世で怪奇の目撃事例があるのはそのせいでもあるみたいだね」
「なるほど。概ね分かりました。語っていただいた状況を踏まえて幾つか質問がございますが……」
「こんな物騒なマンションは封鎖しろ、かな? 少なくとも私には無理だ。やったことはあったさ。エレベーターを使えなくした上で一階に続く階段の扉に片っ端から鍵かけたりね。エレベーターの操作盤をゴルフクラブで滅多打ちにした後の出来事、語ってあげようか?」
「怪奇現象が起こって何事もなかったことになったのですね」
“それなら警察や行政機関に通報したら”との意見がコメントされた。確かにマンション一帯の区画を封鎖すればもう誰もマンションに出入り出来なくなるのだが、“ばーか、それ誰が信じるんだよ?”とのツッコミで一蹴された。
「いや、惜しい意見だ。こう言っちゃ何だが私は良いところのお嬢様なので、お父様にお願いして、警察の上層部を動かそうとも試みたのさ」
「結果は?」
「えっと、その偉い人の末路が語られたのは……幽幻ゆうなのいつの配信だったかな?」
「……!?」
宵闇よいちの衝撃の発言に一同は戦慄した。それが本当なら、あの独特の雰囲気で語られていた怪奇談は作り話ではなく、実際に起こっていた悲劇も混ざっていたことになるではないか。
「宵闇よいち様。その発言、幽幻ゆうな様の評判を貶めるための虚言では?」
「おいおい、幽幻ゆうな本人も語ってたじゃないか。もしかしたら犠牲者本人が霊界から投稿してきてるかも、ってね。現に無料Wi-Fiを完備した施設のあるマンション低層階も霊界入りしてるんだから、やろうと思えば出来てしまうんだよ」
「死者の投稿が、ですか……」
「ま、大半は創作だろうから、本物は数える程度だけどね」
リビングに戻った二人は再びソファーに腰掛ける。宵闇よいちは再びお茶をすすって喉を潤した。呆然としたまま何も語らないこと数分、深呼吸をした宵闇よいちは再び自分に活を入れ、冥道めいを見据える。
「悪意や邪な企みには怪奇が返ってくる。このマンションは今、そういう所なんだ」
「つまり、宵闇よいち様はこのマンションをこのまま放っておけ、とおっしゃられるつもりですか?」
「いや、実は二つほど解決手段がある。そこでだ、有名配信者の君には――」
「やはりそういうことね!」
突然だった。宵闇よいちとも冥道めいとも違った明るい声が室内に響き渡ったのだ。双方相手に意識が向いていて意表を突かれた形になり、驚いた様子で慌てて声の主へと顔を向けたのだった。
ところが当の本人は冥道めい達の方を向いていなかった。配信用の自撮り棒を付けたスマホは後方に、もう片手に作業用のタブレットを持ち、スマホへ視線を向けていたからだ。
冥道めいと宵闇よいちは同時に気づいた。今は午後十時丁度。つまり――。
「悪鬼彷徨う怪奇の世界からおこんばんは~。幽幻ゆうな、です! 今晩も徘徊者のみんなを霊界に引きずり込んじゃうぞ♪」
Vdol幽幻ゆうなの配信の時間だと。
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