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マンションは霊界行きとなった(前)

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 ◇◇◇

「あれは今から三年……いや、七年前だったか」
「そのネタ、もうだいぶ古いですからね?」
「まあいい。私にとってはつい昨日の出来事だが……」
「強引に押し切ろうとしないでください」
「いちいち茶々を入れるな。実際この名台詞が使える状況なんだからさぁ」

 初っ端から気の抜けるやり取りがある中で始まった宵闇よいちによる真相の告白。冥道めいだけでなく両者のリスナーも固唾を飲んで聞いている。視聴者数は増える一方で、トレンドにも乗るほどだった。

 幽幻ゆうなの住むマンションで巻き起こる怪奇現象。それは幽幻ゆうなの配信のみならず、冥道めいを筆頭に様々な形で公にされている。そして、中には無謀な突撃をした挙げ句に悲惨な結末を起こす例まで。

 リスナー達も知りたいのだ。真相を。

「結末から語ると、だ。このマンションは霊界に捕らわれてしまったんだ」
「はい?」
「魔界、異界、どうとでも表現してくれ。ああ、せっかく君が来ているんだ。君の言う冥界とでもこの場では呼称しておこうか」
「……もう少し詳細を」
「じゃあ少し長くなるから、気楽に聞いておくれ」

 宵闇よいちは語る。在りし頃のヴィンテージヴューヴィレッジを。

 Vdol宵闇よいちの魂は良いところのお嬢様で、高級タワーマンションのヴィンテージヴューヴィレッジは彼女のために建造された。聞こえを悪くするなら愛娘の不労所得のためではあるが、それを抜きにしてもお城のような素敵な住まいに、宵闇よいちはとても喜んだ。

 フロントや共用区画は一流ホテル並。低層階に深夜でも使用可能なあらゆる施設が備えられた。部屋の中も広々とした空間で洒落ていた。立地も駅に近く、高級店舗の並ぶ駅にも電車で十分弱の距離。完成前後ではバラエティ番組で紹介されるほどに羨望の対象になった。

 多くの住人が入居した。一流企業のサラリーマン、芸能人、プロスポーツ選手、カリスマ経営者、いわば人生の成功者達がこのマンションに集い、日々の生活を営んだのだった。

 そんな華々しい日常が一変する出来事があった。

「きっかけは新興宗教にのめり込んだセレブの奥様方が怪しげな儀式をしたことかな。どうも亡くなった家族とコミュニケーションを取りたかったらしいね」

 複数の住人が亡くなった家族との交信を試みるため、同時刻に儀式を執り行った。その結果、地獄の門を開くことになってしまったのだ。

「交霊術、ですか」
「幸か不幸か、奇跡的にも成功した。成功してしまった。結果としてセレブ達は失った家族と再会できたってわけさ。だが、どこもめでたくはなかった」
「その言いっぷりでは、まさか……」
「そう、死者が蘇ったんじゃない。自分達が冥界に引きずり込まれたのさ。このマンションごと、全住人を巻き添えにね」

 リスナーの反応は様々だった。絶句する者、理解が追いつかずに茶化す者、あまりの恐怖にコメントするのを忘れる者、など。だがそのどれもが実際に犠牲になったマンションの住人が味わった恐怖をかけらでも理解出来ただろうか。

「マンション自体が消失しなかったのは、位相がズレているだけだから、かな? 私も専門家じゃないから勝手な推測だけれどね」
「エレベーターが全く別の空間と繋がるのは何故ですか?」
「冥界で現実世界の常識が通じると思わないでくれ。上に動けば下に行ってるなんてザラさ。だが、エレベーターや階段で各階を行き来出来なくもないって一点だけで、このマンションはまだマンションという体裁を保てているんだ。でなければ、そこの窓を開いた先には針地獄でも広がっていたかもしれない」

 マンション内は阿鼻叫喚となった。突然自分達がこの世ならざる世界に引きずり込まれた挙げ句、怪奇現象にさらされる事となったのだから。不幸中の幸いは、自分達の住居まではそれほど深刻な現象が起きなかったため、生活空間が確保されていた点ぐらいか。

 冥界に引きずり込まれたからと住人達はすぐに死なかかった。彼らは何とかこの世ならざる空間から脱出しようとし、怪奇の犠牲になっていった。日常的と思われた空間、設備が怪奇となって牙を向き、容赦なく食らっていったのだ。

 そして冥界の住人となってもなおマンションに住み続ける成れの果て達もいれば、空室になった部屋に新たに住み着く怪奇も現れ始めた。徐々に、しかし着実に、マンションの内部は冥界に侵食されていった。

「私も必死だったさ。家賃収入もあったし基本インドア派な私は引きこもりがちなのもあって、二週間ほどの生活備蓄があった。だがたった二週間だ。それだけでこの冥界からの脱出を余儀なくされたのさ」

 宵闇よいちはマンションのオーナーとして必死に脱出方法を探った。エレベーターを幾度も操作して、階段の昇降を繰り返し、何度も異界のフロアに遭遇しては必死に逃げた。そして命の危機をくぐり抜けて試行錯誤すること数十日後、ついに彼女は現世に残っていた一階フロントまで戻ってこれたのだった。

「本物のお天道様を拝めた時は感涙したものだよ。そしてエレベーターの正規の操作手順を確立して今に至る、てわけさ」
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