配信者幽幻ゆうなはかく怪奇を語りき

福留しゅん

文字の大きさ
上 下
49 / 72

マンション内とは限らない

しおりを挟む
 ■■■

 幽幻ゆうなが住むマンション、ヴィンテージヴューヴィレッジへやってきた神楽響太(仮名)は、オートロックに小細工して通過し、エレベーターに乗り込んだ。彼の目的は怪奇現状をカメラに捉え、スクープとして記事にすることだった。

 若者の間ににわかに騒がれているマンション内で巻き起こる数々の異変。無論、衝撃映像としてネットで出回る動画はただのCGやフェイクも多いだろうが、おそらく何割かは本物。ただならぬ気配が漂っていることを記者としての長年の感が嗅ぎつけていた。

 もっとも、そんなベテラン記者の感とやらのせいで、血気盛んになってしまい、危険予知が麻痺していることに当人は気付いていないのだが。

 エレベーターの扉が開いた向こうは、何も無かった。
 いや、正確には扉の面を境に壁のような何かがあるのだ。
 そして、すぐにそれが水面が垂直になっていることに気づく。

 感嘆の声を上げながら、神楽響太は垂直な水面に触れた。朝洗面台にはったお湯に手を当てた時の感覚に似ていた。今度は水面の表面を何度か軽く叩いた。手を中心に水面に波紋が広がっていった。

 物理法則はどうなっているんだ、と不思議に思いながら、今度は水を掬おうと手を差し込んだ。そしてこれが彼の末路を決定づけるものとなった。

 ざばぁ

「……!?」

 突然水面から伸びてきた触手が神楽響太の手に絡まる。そして凄まじい勢いで彼を引きずり込んだのだった。とっさに踏ん張ろうとしても間に合わず、神楽響太の身体は垂直な水面の中に沈んでいった。

 エレベーターの中に自動音声案内が流れ、ゆっくりと扉がしまっていく。無人となったかごの向こう、光のない水の中が真紅に染まった。

 ■■■

 中村悠斗(仮名)はとにかくとんでもないお宝映像を撮って有名になろうとしていた。幽幻ゆうなのマンションにやってきたのも最近賑わっていて便乗するためと、他の配信者が体験してない未知の怪奇とやらを望んでのことだった。

 彼もまた生気な手順は踏まずに正面玄関のオートロックを通り抜け、エレベーターに乗り込んだ。そして自分にはどんな怪奇が待ち受けているのかを想像し、胸を躍らせた。

 無論、これまでのやんちゃ者達のような無謀な真似はしない。幽幻ゆうなや冥道めいの配信も予習済みだ。いわば危険信号さえ見逃さなければ良い。何ならエレベーターから降りずに外の異常な様子だけで充分な撮れ高はあるだろう。

 中村悠斗は撮影と同時に状況説明を行う。とはいえUdolとしての知名度はさほど高くなく、視聴者数も百を超えていない。しかし無名というほどではない辺りに彼は誇りと向上心を懐き、このような場所にまで来てしまったのだが。

 そして着いたフロアは……向こう側が一切の光のない暗黒の世界だった。スマホのライトをかざしても一切明るくなる様子がなく、しかし黒い霧などで光が吸収されているようでもない。さながら、光なき空間が延々と続いているようだった。

 念のために、と中村悠斗はポケットから取り出した石を向こうへと放り投げる。その行為を愚かだと罵る者はいないだろう。そしてこれから彼に襲いかかる悲劇など誰が予想出来たか。単に、彼は運が無かったのだ。

 石がエレベーターと向こう側の空間との境界を通り過ぎた瞬間だった。まるでその箇所を起点に風船が破裂したように、エレベーター内の何もかもが向こう側の空間へと吹き飛ばされたのだった。そう、中村悠斗も例外ではなく。

 激しく回転する彼の身体は瞬く間にエレベーターから遠ざかっていく。そして急速に薄れていく意識の中で、彼はエレベーターの他に信じられないものを見た。

 恒星、衛星、そして惑星。

 エレベーターは宇宙空間と繋がっていて、石が向こう側と繋がったせいで真空だった向こうに空気ごと弾き出されたのか。そう理解した直後、彼の意識は失われた。命を落とすのも時間の問題だろう。

 そして、彼の身体が地上に戻ることは二度と無い。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...