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マンション内とは限らない
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幽幻ゆうなが住むマンション、ヴィンテージヴューヴィレッジへやってきた神楽響太(仮名)は、オートロックに小細工して通過し、エレベーターに乗り込んだ。彼の目的は怪奇現状をカメラに捉え、スクープとして記事にすることだった。
若者の間ににわかに騒がれているマンション内で巻き起こる数々の異変。無論、衝撃映像としてネットで出回る動画はただのCGやフェイクも多いだろうが、おそらく何割かは本物。ただならぬ気配が漂っていることを記者としての長年の感が嗅ぎつけていた。
もっとも、そんなベテラン記者の感とやらのせいで、血気盛んになってしまい、危険予知が麻痺していることに当人は気付いていないのだが。
エレベーターの扉が開いた向こうは、何も無かった。
いや、正確には扉の面を境に壁のような何かがあるのだ。
そして、すぐにそれが水面が垂直になっていることに気づく。
感嘆の声を上げながら、神楽響太は垂直な水面に触れた。朝洗面台にはったお湯に手を当てた時の感覚に似ていた。今度は水面の表面を何度か軽く叩いた。手を中心に水面に波紋が広がっていった。
物理法則はどうなっているんだ、と不思議に思いながら、今度は水を掬おうと手を差し込んだ。そしてこれが彼の末路を決定づけるものとなった。
ざばぁ
「……!?」
突然水面から伸びてきた触手が神楽響太の手に絡まる。そして凄まじい勢いで彼を引きずり込んだのだった。とっさに踏ん張ろうとしても間に合わず、神楽響太の身体は垂直な水面の中に沈んでいった。
エレベーターの中に自動音声案内が流れ、ゆっくりと扉がしまっていく。無人となったかごの向こう、光のない水の中が真紅に染まった。
■■■
中村悠斗(仮名)はとにかくとんでもないお宝映像を撮って有名になろうとしていた。幽幻ゆうなのマンションにやってきたのも最近賑わっていて便乗するためと、他の配信者が体験してない未知の怪奇とやらを望んでのことだった。
彼もまた生気な手順は踏まずに正面玄関のオートロックを通り抜け、エレベーターに乗り込んだ。そして自分にはどんな怪奇が待ち受けているのかを想像し、胸を躍らせた。
無論、これまでのやんちゃ者達のような無謀な真似はしない。幽幻ゆうなや冥道めいの配信も予習済みだ。いわば危険信号さえ見逃さなければ良い。何ならエレベーターから降りずに外の異常な様子だけで充分な撮れ高はあるだろう。
中村悠斗は撮影と同時に状況説明を行う。とはいえUdolとしての知名度はさほど高くなく、視聴者数も百を超えていない。しかし無名というほどではない辺りに彼は誇りと向上心を懐き、このような場所にまで来てしまったのだが。
そして着いたフロアは……向こう側が一切の光のない暗黒の世界だった。スマホのライトをかざしても一切明るくなる様子がなく、しかし黒い霧などで光が吸収されているようでもない。さながら、光なき空間が延々と続いているようだった。
念のために、と中村悠斗はポケットから取り出した石を向こうへと放り投げる。その行為を愚かだと罵る者はいないだろう。そしてこれから彼に襲いかかる悲劇など誰が予想出来たか。単に、彼は運が無かったのだ。
石がエレベーターと向こう側の空間との境界を通り過ぎた瞬間だった。まるでその箇所を起点に風船が破裂したように、エレベーター内の何もかもが向こう側の空間へと吹き飛ばされたのだった。そう、中村悠斗も例外ではなく。
激しく回転する彼の身体は瞬く間にエレベーターから遠ざかっていく。そして急速に薄れていく意識の中で、彼はエレベーターの他に信じられないものを見た。
恒星、衛星、そして惑星。
エレベーターは宇宙空間と繋がっていて、石が向こう側と繋がったせいで真空だった向こうに空気ごと弾き出されたのか。そう理解した直後、彼の意識は失われた。命を落とすのも時間の問題だろう。
そして、彼の身体が地上に戻ることは二度と無い。
幽幻ゆうなが住むマンション、ヴィンテージヴューヴィレッジへやってきた神楽響太(仮名)は、オートロックに小細工して通過し、エレベーターに乗り込んだ。彼の目的は怪奇現状をカメラに捉え、スクープとして記事にすることだった。
若者の間ににわかに騒がれているマンション内で巻き起こる数々の異変。無論、衝撃映像としてネットで出回る動画はただのCGやフェイクも多いだろうが、おそらく何割かは本物。ただならぬ気配が漂っていることを記者としての長年の感が嗅ぎつけていた。
もっとも、そんなベテラン記者の感とやらのせいで、血気盛んになってしまい、危険予知が麻痺していることに当人は気付いていないのだが。
エレベーターの扉が開いた向こうは、何も無かった。
いや、正確には扉の面を境に壁のような何かがあるのだ。
そして、すぐにそれが水面が垂直になっていることに気づく。
感嘆の声を上げながら、神楽響太は垂直な水面に触れた。朝洗面台にはったお湯に手を当てた時の感覚に似ていた。今度は水面の表面を何度か軽く叩いた。手を中心に水面に波紋が広がっていった。
物理法則はどうなっているんだ、と不思議に思いながら、今度は水を掬おうと手を差し込んだ。そしてこれが彼の末路を決定づけるものとなった。
ざばぁ
「……!?」
突然水面から伸びてきた触手が神楽響太の手に絡まる。そして凄まじい勢いで彼を引きずり込んだのだった。とっさに踏ん張ろうとしても間に合わず、神楽響太の身体は垂直な水面の中に沈んでいった。
エレベーターの中に自動音声案内が流れ、ゆっくりと扉がしまっていく。無人となったかごの向こう、光のない水の中が真紅に染まった。
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中村悠斗(仮名)はとにかくとんでもないお宝映像を撮って有名になろうとしていた。幽幻ゆうなのマンションにやってきたのも最近賑わっていて便乗するためと、他の配信者が体験してない未知の怪奇とやらを望んでのことだった。
彼もまた生気な手順は踏まずに正面玄関のオートロックを通り抜け、エレベーターに乗り込んだ。そして自分にはどんな怪奇が待ち受けているのかを想像し、胸を躍らせた。
無論、これまでのやんちゃ者達のような無謀な真似はしない。幽幻ゆうなや冥道めいの配信も予習済みだ。いわば危険信号さえ見逃さなければ良い。何ならエレベーターから降りずに外の異常な様子だけで充分な撮れ高はあるだろう。
中村悠斗は撮影と同時に状況説明を行う。とはいえUdolとしての知名度はさほど高くなく、視聴者数も百を超えていない。しかし無名というほどではない辺りに彼は誇りと向上心を懐き、このような場所にまで来てしまったのだが。
そして着いたフロアは……向こう側が一切の光のない暗黒の世界だった。スマホのライトをかざしても一切明るくなる様子がなく、しかし黒い霧などで光が吸収されているようでもない。さながら、光なき空間が延々と続いているようだった。
念のために、と中村悠斗はポケットから取り出した石を向こうへと放り投げる。その行為を愚かだと罵る者はいないだろう。そしてこれから彼に襲いかかる悲劇など誰が予想出来たか。単に、彼は運が無かったのだ。
石がエレベーターと向こう側の空間との境界を通り過ぎた瞬間だった。まるでその箇所を起点に風船が破裂したように、エレベーター内の何もかもが向こう側の空間へと吹き飛ばされたのだった。そう、中村悠斗も例外ではなく。
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エレベーターは宇宙空間と繋がっていて、石が向こう側と繋がったせいで真空だった向こうに空気ごと弾き出されたのか。そう理解した直後、彼の意識は失われた。命を落とすのも時間の問題だろう。
そして、彼の身体が地上に戻ることは二度と無い。
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