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配信者冥道めいの来訪(前)
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◇◇◇
「皆さん、こんばんは。冥道めいと申します。皆寝静まったこの時間、同行者の方々とひとときを共有し、深い話題や興味深いことを共に探求していきましょう」
幽幻ゆうなの配信が始まった同時刻、Vdol冥道めいの配信もまた始まった。
冥道めいの今回の配信は現実世界からのお届けのようで、しかし冥道めいだけが全身アニメ調のモデルに変換されていた。深夜の時間帯でも都心部だけあって街頭で中々明るく、彼女の背後にそびえ立つマンションの全体像もはっきりと分かった……筈なのだが、全体にモザイクがかけられていた。
「今日はこのマンションに住む知人宅にお邪魔しようかと思っています」
彼女の口から出てきた今回の企画に、同行者と呼ばれたリスナー一同は特に困惑する様子もなかった。普段彼女が配信しているジャンルにそぐわないのだが、たまに雑談会やぐだぐだなぶらり旅も配信するため、今回もその一環だと思われたようだった。
「その知人は中々に酔狂でして、曰く付きの物件に住んでいるんですよね。なので怪奇現象が起こらないかも試そうかと思います。それでは参りましょう」
冒頭説明もそこそこに、冥道めいはマンションの正面玄関を入る。そこで待ち構えていたのはオートロックの自動ドア。操作パネル上のテンキーで住人を呼び出して開けてもらうか、センサーにトークンを当てることで開く仕組みになっている。
ところが冥道めいが手のひらをセンサーにかざした途端、自動ドアは彼女を招き入れるかのように開いたのだった。それに困惑するリスナーはビギナー扱いされ、同行者と呼ばれる冥道めいのファンからはいつものことだとスルーされた。
「どういう仕組で反応させているか? それは企業秘密です。何故知人宅を訪ねているのに正面玄関前インターホンで呼び出さないか? 実はこれ、サプライズ訪問ですので」
ヴィクトリアンメイドに身を包んだ冥道めいの姿は明らかに浮いていた。顔だけを三次元モデルに変換した際は大人しい衣服を着こなしているのだが、身体も三次元アニメモデル化する場合は何故かこの衣装だった。冥道めい曰く、本業での仕事服なんだとか。
エントランスホールはホテル並みに豪華で、深夜の時間帯にもかかわらずフロントには二人の受付が待機していた。冥道めいはそちらへと足を向け、彼らに「お勤めご苦労さまです」とばかりに頭を下げた。
「いらっしゃいませ。何かご入用でしょうか?」
「こちらに住んでいる知人を訪ねに来ました。入ってもよろしいでしょうか? それから動画を撮影しても構いませんね?」
「……承知しました。規約はこちらの紙に書かれていますので、ご一読ください」
「なるほど……確認しました」
「……それではごゆっくり」
エントランスホールを抜けてエレベータホールへやってきた冥道めいは、フロントの受付が自分から意識を外していることを確認し、カメラに向けて声を落として呟く。とても冷たく言い放つように。
「正規の来客の場合、あそこのフロントで何号室の誰々を訪問したい、と説明すればその階だけ行ける来客用カードキーを受け取れます。それを使わないと共同施設以外の居住区階へ行くことが出来ません。エレベータ、階段共に、ね」
リスナーから困惑の声が上がる。だったらフロントで説明すれば良かったじゃないか、との声があがったが、冥道めいは残念そうな様子で「そう出来たら良かったのですが」と呟いた。
「実はわたくし、その知人の本名と正確な住所を知らないのです」
この発言への反応は様々だった。しかしやがては落ち着いていった。冥道めいが常識外れな不思議な行動を取ることはそう珍しくないことを皆思い出したからだ。なので今回もわざとそうしているのだろう、と勝手に納得したのだった。
「様々な手がかりを元にここだろうと当たりをつけての突撃でしてね。ああ、もちろん自信はあります。きっとご期待に添えることでしょう」
四機あるエレベータのうち高層階用のエレベータを呼び出した冥道めいはかごに乗り、手のひらをセンサーにかざしてから操作盤のとある階の行き先ボタンを押した。明るく表示されたのを確認してドア閉ボタンを押す。
ゆっくりと動き出したエレベータの中で、突然冥道めいが顔をしかめた。「間違えましたか」という彼女の呟きは配信されなかった。何故なら、その間の数秒間、電波が届かず配信の画面が止まったからだ。
エレベータが止まった先で降りた冥道めいは周囲を確認する。一見すると普通のエレベータホールとその先の廊下、そして並ぶ居住部屋の玄関扉。ごく普通の居住区階の様子が彼女の瞳に映し出される。
「この階ではありませんね。やり直しです」
エレベータが行ってしまう前に冥道めいは再び乗り込んだ。そして扉が閉まる前にセンサーに手のひらをかざし、同じ階の行き先ボタンを押す。本来ならその階に到着しているので意味のない行為なのだが、エレベータは普通に閉まり、動き出したではないか。
困惑するリスナー一同をよそに冥道めいは浮遊の感覚や音からエレベータがどう動いているのかを解析、自分の現在位置を把握しようと努める。しかし途中でやめた。どうやら今回に関しては全くの無意味だと結論付けたから。
「皆さん、こんばんは。冥道めいと申します。皆寝静まったこの時間、同行者の方々とひとときを共有し、深い話題や興味深いことを共に探求していきましょう」
幽幻ゆうなの配信が始まった同時刻、Vdol冥道めいの配信もまた始まった。
冥道めいの今回の配信は現実世界からのお届けのようで、しかし冥道めいだけが全身アニメ調のモデルに変換されていた。深夜の時間帯でも都心部だけあって街頭で中々明るく、彼女の背後にそびえ立つマンションの全体像もはっきりと分かった……筈なのだが、全体にモザイクがかけられていた。
「今日はこのマンションに住む知人宅にお邪魔しようかと思っています」
彼女の口から出てきた今回の企画に、同行者と呼ばれたリスナー一同は特に困惑する様子もなかった。普段彼女が配信しているジャンルにそぐわないのだが、たまに雑談会やぐだぐだなぶらり旅も配信するため、今回もその一環だと思われたようだった。
「その知人は中々に酔狂でして、曰く付きの物件に住んでいるんですよね。なので怪奇現象が起こらないかも試そうかと思います。それでは参りましょう」
冒頭説明もそこそこに、冥道めいはマンションの正面玄関を入る。そこで待ち構えていたのはオートロックの自動ドア。操作パネル上のテンキーで住人を呼び出して開けてもらうか、センサーにトークンを当てることで開く仕組みになっている。
ところが冥道めいが手のひらをセンサーにかざした途端、自動ドアは彼女を招き入れるかのように開いたのだった。それに困惑するリスナーはビギナー扱いされ、同行者と呼ばれる冥道めいのファンからはいつものことだとスルーされた。
「どういう仕組で反応させているか? それは企業秘密です。何故知人宅を訪ねているのに正面玄関前インターホンで呼び出さないか? 実はこれ、サプライズ訪問ですので」
ヴィクトリアンメイドに身を包んだ冥道めいの姿は明らかに浮いていた。顔だけを三次元モデルに変換した際は大人しい衣服を着こなしているのだが、身体も三次元アニメモデル化する場合は何故かこの衣装だった。冥道めい曰く、本業での仕事服なんだとか。
エントランスホールはホテル並みに豪華で、深夜の時間帯にもかかわらずフロントには二人の受付が待機していた。冥道めいはそちらへと足を向け、彼らに「お勤めご苦労さまです」とばかりに頭を下げた。
「いらっしゃいませ。何かご入用でしょうか?」
「こちらに住んでいる知人を訪ねに来ました。入ってもよろしいでしょうか? それから動画を撮影しても構いませんね?」
「……承知しました。規約はこちらの紙に書かれていますので、ご一読ください」
「なるほど……確認しました」
「……それではごゆっくり」
エントランスホールを抜けてエレベータホールへやってきた冥道めいは、フロントの受付が自分から意識を外していることを確認し、カメラに向けて声を落として呟く。とても冷たく言い放つように。
「正規の来客の場合、あそこのフロントで何号室の誰々を訪問したい、と説明すればその階だけ行ける来客用カードキーを受け取れます。それを使わないと共同施設以外の居住区階へ行くことが出来ません。エレベータ、階段共に、ね」
リスナーから困惑の声が上がる。だったらフロントで説明すれば良かったじゃないか、との声があがったが、冥道めいは残念そうな様子で「そう出来たら良かったのですが」と呟いた。
「実はわたくし、その知人の本名と正確な住所を知らないのです」
この発言への反応は様々だった。しかしやがては落ち着いていった。冥道めいが常識外れな不思議な行動を取ることはそう珍しくないことを皆思い出したからだ。なので今回もわざとそうしているのだろう、と勝手に納得したのだった。
「様々な手がかりを元にここだろうと当たりをつけての突撃でしてね。ああ、もちろん自信はあります。きっとご期待に添えることでしょう」
四機あるエレベータのうち高層階用のエレベータを呼び出した冥道めいはかごに乗り、手のひらをセンサーにかざしてから操作盤のとある階の行き先ボタンを押した。明るく表示されたのを確認してドア閉ボタンを押す。
ゆっくりと動き出したエレベータの中で、突然冥道めいが顔をしかめた。「間違えましたか」という彼女の呟きは配信されなかった。何故なら、その間の数秒間、電波が届かず配信の画面が止まったからだ。
エレベータが止まった先で降りた冥道めいは周囲を確認する。一見すると普通のエレベータホールとその先の廊下、そして並ぶ居住部屋の玄関扉。ごく普通の居住区階の様子が彼女の瞳に映し出される。
「この階ではありませんね。やり直しです」
エレベータが行ってしまう前に冥道めいは再び乗り込んだ。そして扉が閉まる前にセンサーに手のひらをかざし、同じ階の行き先ボタンを押す。本来ならその階に到着しているので意味のない行為なのだが、エレベータは普通に閉まり、動き出したではないか。
困惑するリスナー一同をよそに冥道めいは浮遊の感覚や音からエレベータがどう動いているのかを解析、自分の現在位置を把握しようと努める。しかし途中でやめた。どうやら今回に関しては全くの無意味だと結論付けたから。
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