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亜空間プール(裏)
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■■■
町にある大型のレジャー施設、ウォーターパーク。夏の休暇に訪れる家族連れや友達同士で大いに賑わうここは、夜になると不気味な出来事が襲ってくるという都市伝説が囁かれていた。
ある晩、施設が閉館後、ウォーターパークのプールエリアでアルバイトをしていた青年、小林慎也(仮名)は友人たちと夜のプールで遊ぶことを決めた。仲間たちは冒険心をくすぐられ、昼は人だかりで溢れているのに誰もいない閉館後のプールで楽しい特別な時間を過ごすことに興奮していた。
友人たちの何人かがウォータースライダーを動かして滑ろうと言い出した。少し疲れていた小林慎也たち何人かはしばらく休むと彼らに告げた。そして流れるプールのプールサイドに座り込み、プールの水面に映る月明かりを眺めながら談笑していた。
しばらく経ったが、ウォータースライダーに向かった友人たちが下りてくる気配がなかった。パイプ型のウォータースライダーからはただ水が流れ落ちてくるだけ。中からは友人たちの声すら聞こえてこなかった。
アイツ等何をやっているんだ、と愚痴をこぼしながら小林慎也が上を見上げると、友人たちが待機フロアからこちらを見下ろしていた。彼らは言う。すでに一人が滑り降りていったはずだ、と。
途中で何らかのトラブルが起こって止まっていることも考えられたため、友人の一人が後を追うように滑り降りていった。もちろん接触事故が起こらないよう極力加速しないよう最善の注意を払って。
半透明のチューブの中を友人が滑り降りていくのが上にいる友人たちからも下にいる小林慎也たちからも分かったが、なんとその友人の影もこつ然と消えてしまい、下りてくることはなかった。
誰もが一度は考えただろう恐怖が脳裏によぎった。パイプ型スライダーに乗ると下に行くのではなく、異次元世界へと連れ込まれていく、というものだ。まさかそれが現実で起こったとでも言うのだろうか。
小林慎也は上にいる友人にパイプ型スライダーにビーチボールを投げ入れるように促した。単に友人二人が詰まっているだけならビーチボールも流れてこないはずだ。友人がパイプの中にビーチボールを放り込む。そして水の音だけが聞こえる待つこと数分、ビーチボールが下の出口から流れ出てきたのだった。
小林慎也たちは一瞬の沈黙の後、驚きと不安の表情を浮かべながら、その場から逃げ出すことを決めた。そしてスライダーの中で消えた友人二人はこの夜遊びに参加していないことにし、小林慎也たちは口裏を合わせたのだった。
消えた友人たちは一体どこにいなくなったのだろうか? それが判明したのは異変が起こってから三日後のことだった。なんと友人のうち一人がスライダーから滑り降りてきたのだ。彼が言うには普通に滑っていただけで体感時間は数分程度だった、とのこと。このタイムリープとも呼べる現象は、しかし公に報道されることはなかった。単に周囲を騒がせたいたずらだとして処理されたのだ。
そしてもう一人の友人は帰ってこなかった。警察沙汰になり解雇された小林慎也はこの異変を忘れかけていたが、しばらくたったある日、新聞を読んで悲鳴を上げてしまった。なんと、開演時間前の準備にかかっていたら、白骨化した死体がスライダー出口のプールに漂っていたらしいのだ。
□□□
「時間軸が歪んじゃったケースみたいだね。実は時の流れは一定じゃなくて、極端な話だとブラックホールの近くだととっても遅いんだって。ウラシマ効果って言うんだけどね。それに地球上でもエベレストの頂上と海溝の底だとちょっと違うみたいね」
さて、と呟いて幽幻ゆうなはタブレットを置いた。そしてプールサイドの飛び込み台に立つ中学生らしき男子を指差した。彼もまた遊び用のパンツ水着ではなく泳ぐ用のピッチリとしたスクール水着を穿いていた。
「実はさっきあの子に100m自由形の勝負を挑まれたので、けちょんけちょんにしてくるよ! そんなわけで怪奇談はここで終了、引き続き競泳の応援よろしく!」
突然言い放った幽幻ゆうなは彼の隣のレーンに立つ。そして同時に飛び込んで勝負が始まった。一体何を見せられているんだ、と困惑する声が大多数を占めたが、中には純粋に幽幻ゆうなを応援する者もいた。
中学男子と高校女子(というのが幽幻ゆうなの設定)の勝負だったが、数秒差で幽幻ゆうなが勝利した。彼女は水中で拳をたかだかと掲げて勝どきをあげる。一方の男子は無言でプールサイドに上がると、プールと幽幻ゆうなに向けて深々とお辞儀をし、配信画面から外れていった。
そんな不思議な勝負にリスナーの一人が昔の少年漫画をある話を思い出した。真夜中の学校のプールに幽霊が出るのだが、彼は生前全国大会で敵なしだった競泳選手で、なんやかんやあって主人公が最後に勝負を挑むというものだった。
では、今のは幽幻ゆうなによる除霊だったのか? それは誰にも分からない。
「黄金の鉄の塊でできたVdolが皮装備のガキンチョに遅れを取るはずがない! んじゃ、ばいび~♪」
幽幻ゆうなの配信がいつもの通りである。リスナーにとってはそれだけが真実なのだから。
町にある大型のレジャー施設、ウォーターパーク。夏の休暇に訪れる家族連れや友達同士で大いに賑わうここは、夜になると不気味な出来事が襲ってくるという都市伝説が囁かれていた。
ある晩、施設が閉館後、ウォーターパークのプールエリアでアルバイトをしていた青年、小林慎也(仮名)は友人たちと夜のプールで遊ぶことを決めた。仲間たちは冒険心をくすぐられ、昼は人だかりで溢れているのに誰もいない閉館後のプールで楽しい特別な時間を過ごすことに興奮していた。
友人たちの何人かがウォータースライダーを動かして滑ろうと言い出した。少し疲れていた小林慎也たち何人かはしばらく休むと彼らに告げた。そして流れるプールのプールサイドに座り込み、プールの水面に映る月明かりを眺めながら談笑していた。
しばらく経ったが、ウォータースライダーに向かった友人たちが下りてくる気配がなかった。パイプ型のウォータースライダーからはただ水が流れ落ちてくるだけ。中からは友人たちの声すら聞こえてこなかった。
アイツ等何をやっているんだ、と愚痴をこぼしながら小林慎也が上を見上げると、友人たちが待機フロアからこちらを見下ろしていた。彼らは言う。すでに一人が滑り降りていったはずだ、と。
途中で何らかのトラブルが起こって止まっていることも考えられたため、友人の一人が後を追うように滑り降りていった。もちろん接触事故が起こらないよう極力加速しないよう最善の注意を払って。
半透明のチューブの中を友人が滑り降りていくのが上にいる友人たちからも下にいる小林慎也たちからも分かったが、なんとその友人の影もこつ然と消えてしまい、下りてくることはなかった。
誰もが一度は考えただろう恐怖が脳裏によぎった。パイプ型スライダーに乗ると下に行くのではなく、異次元世界へと連れ込まれていく、というものだ。まさかそれが現実で起こったとでも言うのだろうか。
小林慎也は上にいる友人にパイプ型スライダーにビーチボールを投げ入れるように促した。単に友人二人が詰まっているだけならビーチボールも流れてこないはずだ。友人がパイプの中にビーチボールを放り込む。そして水の音だけが聞こえる待つこと数分、ビーチボールが下の出口から流れ出てきたのだった。
小林慎也たちは一瞬の沈黙の後、驚きと不安の表情を浮かべながら、その場から逃げ出すことを決めた。そしてスライダーの中で消えた友人二人はこの夜遊びに参加していないことにし、小林慎也たちは口裏を合わせたのだった。
消えた友人たちは一体どこにいなくなったのだろうか? それが判明したのは異変が起こってから三日後のことだった。なんと友人のうち一人がスライダーから滑り降りてきたのだ。彼が言うには普通に滑っていただけで体感時間は数分程度だった、とのこと。このタイムリープとも呼べる現象は、しかし公に報道されることはなかった。単に周囲を騒がせたいたずらだとして処理されたのだ。
そしてもう一人の友人は帰ってこなかった。警察沙汰になり解雇された小林慎也はこの異変を忘れかけていたが、しばらくたったある日、新聞を読んで悲鳴を上げてしまった。なんと、開演時間前の準備にかかっていたら、白骨化した死体がスライダー出口のプールに漂っていたらしいのだ。
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「時間軸が歪んじゃったケースみたいだね。実は時の流れは一定じゃなくて、極端な話だとブラックホールの近くだととっても遅いんだって。ウラシマ効果って言うんだけどね。それに地球上でもエベレストの頂上と海溝の底だとちょっと違うみたいね」
さて、と呟いて幽幻ゆうなはタブレットを置いた。そしてプールサイドの飛び込み台に立つ中学生らしき男子を指差した。彼もまた遊び用のパンツ水着ではなく泳ぐ用のピッチリとしたスクール水着を穿いていた。
「実はさっきあの子に100m自由形の勝負を挑まれたので、けちょんけちょんにしてくるよ! そんなわけで怪奇談はここで終了、引き続き競泳の応援よろしく!」
突然言い放った幽幻ゆうなは彼の隣のレーンに立つ。そして同時に飛び込んで勝負が始まった。一体何を見せられているんだ、と困惑する声が大多数を占めたが、中には純粋に幽幻ゆうなを応援する者もいた。
中学男子と高校女子(というのが幽幻ゆうなの設定)の勝負だったが、数秒差で幽幻ゆうなが勝利した。彼女は水中で拳をたかだかと掲げて勝どきをあげる。一方の男子は無言でプールサイドに上がると、プールと幽幻ゆうなに向けて深々とお辞儀をし、配信画面から外れていった。
そんな不思議な勝負にリスナーの一人が昔の少年漫画をある話を思い出した。真夜中の学校のプールに幽霊が出るのだが、彼は生前全国大会で敵なしだった競泳選手で、なんやかんやあって主人公が最後に勝負を挑むというものだった。
では、今のは幽幻ゆうなによる除霊だったのか? それは誰にも分からない。
「黄金の鉄の塊でできたVdolが皮装備のガキンチョに遅れを取るはずがない! んじゃ、ばいび~♪」
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