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最初から間違えてたんだ
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「真実は違った……とでも言いやがるのか?」
「バイエルン公がギゼラさんを除籍したのは事実です。彼には公爵家を守る義務がありました。責任が波及しないよう即座に判断を下したのは見事、と褒めるべきでしょうね。ただ一方で娘であるギゼラさんの助命を嘆願したのもまた事実ですよ」
……嘘だ。
あのお父様がそんな真似をなさるはずがない。
皇太子になったラースローに逆らって一家お取り潰しになる危険を犯す筈が……。
「あいにくわたしに知らされたのはギゼラさんが灰になってからでしたが、面会も何度も希望されたと記録に残ってました」
「じゃあどうしてお父様もお母様も、娘の死に目に姿を見せなかったの!? あたしを案じるのもなど誰もいないって絶望しながら死ね、ってことでしょうよ!」
「『娘が地獄に落ちるならせめて私だけでも一緒に行きます』、って遺書を残して公爵夫人が死刑執行日に自害したせい、でしたっけね」
「お母様が……? 嘘、嘘よそんなの……」
あたしの信じていた、思いこんでいた絶望の結末が音を立てて崩れていく。
それからもマティルデは「公爵は嫡男が成人するとすぐさま引退なさって二人の死を弔った」「公爵になった嫡男は皇太子の罪を暴こうとする聖女マティルデに助力した」などと言うけれど、あたしの頭には全く残らなかった。
だって、マティルデの話が本当だったら、今回のあたしが選んだ道は前提から間違っていたことになるじゃないか。公爵家に愛が無いからあたしは未練無く家を出たんであって、愛があったならあたしがやった事は、あたしは……、
「そんなぁ……お父様、お母様ぁ……」
もう我慢出来なかった。周りの目を憚らずあたしは泣き崩れるしかなかった。
イストバーンが慌ててわたしに駆け寄って心配してくれたり、王太子が驚いてたり、マティルデが辛そうに目を逸らしたりしたけれど、あたしはただただ泣いて泣いて泣きまくった。まるで親とはぐれた子供みたいに。
あたしは……やっぱ最低の屑だ。
愛を知らず、愛を感じられず。
破滅するのは当然だったんだ。
■■■
「……お騒がせしました」
落ち着いたのはしばらくしてからだった。
さすがにあの場で泣き続けるわけにもいかなかったので、隣室で続行した。その間あたしの夫は黙ってそばにいてくれた。途中から彼の胸元で泣いたせいで濡らしちまったのは後で謝らないと。
「粗方の事情はマティルデから聞いた。その、色々とすれ違いがあったみたいだな」
「一方的な思い込みで悲しませんだもの。言い訳のしようがないわ」
「口調。もう素はそっちの方なんだな」
「……言われてみればそうかもしれない」
鼻をすすってあたしは部屋の中にあった鏡の向こうにいる自分自身を見つめてみる。……本当、酷い顔。前回のあたしだってここまで涙を流さなかったのに。そう考えると弱みを見せられる環境にいるんだな、とも思えてくる。
「丁度いい機会なんだ。向こうに行ったら一度きちんと話し合ってみるべきだろうな」
「……そうする」
「誤解だったら仲直りすればいいんだし、誤解じゃなかったらその家名だけ利用して今度こそおさらばすればいいさ」
「……今更仲直りなんて出来るのかな? 何も言わずに家を出たのに」
「子を心配しない親なんていない、って断言出来ればいいんだがなぁ」
「馬鹿。締まりがないじゃん」
あたしが立ち直るまでの間イストバーンはずっとあたしに寄り添ってくれて、少しでも気が紛れるように自分の家族事情について面白おかしく語ってくれた。初めのうちは黙って耳を傾けるだけだったあたしは、次第に一喜一憂するようになった。
ああ、イストバーンと一緒にいると安心する。
あたし、この人に出会えて本当に良かった。
あたしを大事に想ってくれて、あたしを気にかけてくれて、あたしを心配してくれる。
あたしはこの素晴らしい人と一緒に生きていきたい。
今ではそれがあたしの心からの願いになっていた。
「バイエルン公がギゼラさんを除籍したのは事実です。彼には公爵家を守る義務がありました。責任が波及しないよう即座に判断を下したのは見事、と褒めるべきでしょうね。ただ一方で娘であるギゼラさんの助命を嘆願したのもまた事実ですよ」
……嘘だ。
あのお父様がそんな真似をなさるはずがない。
皇太子になったラースローに逆らって一家お取り潰しになる危険を犯す筈が……。
「あいにくわたしに知らされたのはギゼラさんが灰になってからでしたが、面会も何度も希望されたと記録に残ってました」
「じゃあどうしてお父様もお母様も、娘の死に目に姿を見せなかったの!? あたしを案じるのもなど誰もいないって絶望しながら死ね、ってことでしょうよ!」
「『娘が地獄に落ちるならせめて私だけでも一緒に行きます』、って遺書を残して公爵夫人が死刑執行日に自害したせい、でしたっけね」
「お母様が……? 嘘、嘘よそんなの……」
あたしの信じていた、思いこんでいた絶望の結末が音を立てて崩れていく。
それからもマティルデは「公爵は嫡男が成人するとすぐさま引退なさって二人の死を弔った」「公爵になった嫡男は皇太子の罪を暴こうとする聖女マティルデに助力した」などと言うけれど、あたしの頭には全く残らなかった。
だって、マティルデの話が本当だったら、今回のあたしが選んだ道は前提から間違っていたことになるじゃないか。公爵家に愛が無いからあたしは未練無く家を出たんであって、愛があったならあたしがやった事は、あたしは……、
「そんなぁ……お父様、お母様ぁ……」
もう我慢出来なかった。周りの目を憚らずあたしは泣き崩れるしかなかった。
イストバーンが慌ててわたしに駆け寄って心配してくれたり、王太子が驚いてたり、マティルデが辛そうに目を逸らしたりしたけれど、あたしはただただ泣いて泣いて泣きまくった。まるで親とはぐれた子供みたいに。
あたしは……やっぱ最低の屑だ。
愛を知らず、愛を感じられず。
破滅するのは当然だったんだ。
■■■
「……お騒がせしました」
落ち着いたのはしばらくしてからだった。
さすがにあの場で泣き続けるわけにもいかなかったので、隣室で続行した。その間あたしの夫は黙ってそばにいてくれた。途中から彼の胸元で泣いたせいで濡らしちまったのは後で謝らないと。
「粗方の事情はマティルデから聞いた。その、色々とすれ違いがあったみたいだな」
「一方的な思い込みで悲しませんだもの。言い訳のしようがないわ」
「口調。もう素はそっちの方なんだな」
「……言われてみればそうかもしれない」
鼻をすすってあたしは部屋の中にあった鏡の向こうにいる自分自身を見つめてみる。……本当、酷い顔。前回のあたしだってここまで涙を流さなかったのに。そう考えると弱みを見せられる環境にいるんだな、とも思えてくる。
「丁度いい機会なんだ。向こうに行ったら一度きちんと話し合ってみるべきだろうな」
「……そうする」
「誤解だったら仲直りすればいいんだし、誤解じゃなかったらその家名だけ利用して今度こそおさらばすればいいさ」
「……今更仲直りなんて出来るのかな? 何も言わずに家を出たのに」
「子を心配しない親なんていない、って断言出来ればいいんだがなぁ」
「馬鹿。締まりがないじゃん」
あたしが立ち直るまでの間イストバーンはずっとあたしに寄り添ってくれて、少しでも気が紛れるように自分の家族事情について面白おかしく語ってくれた。初めのうちは黙って耳を傾けるだけだったあたしは、次第に一喜一憂するようになった。
ああ、イストバーンと一緒にいると安心する。
あたし、この人に出会えて本当に良かった。
あたしを大事に想ってくれて、あたしを気にかけてくれて、あたしを心配してくれる。
あたしはこの素晴らしい人と一緒に生きていきたい。
今ではそれがあたしの心からの願いになっていた。
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