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「と、いった次第で私はお役御免となりました。申し訳ございません」
「いや、クラウディアはよくやっていた。謝る必要など無い」

 王都の我が屋敷に戻って辺境伯であらせられるお父様にご報告したところ、意外にも私は怒られることはありませんでした。むしろこれまでで一番やさしく私をねぎらってくれたのです。頭を撫でられたのなんて何年ぶりだったでしょうか。

「公爵家のシンシア嬢が本当の聖女として覚醒なさった、という風の噂は聞いていた。それに伴い王太子殿下との婚約関係を一旦白紙にすべき、との声があがっていたことも把握していた」
「では何故今まで殿下との婚約が継続となっていたのでしょうか? ダグラス殿下は私を嫌っていましたし、王家が求めるのも本当は人造聖女ではなく本物だった筈です」

 我が王国の聖女信仰は異常です。下手をしたら神よりも崇拝されているかもしれません。何故なら奇跡を体現するのは聖女であって神ではないのですから。偽物は能力があろうと代役でしかありませんもの。

「それは、シンシア嬢が聖女としての腕が今一つだからだ」
「……はい?」
「元々病弱だったお方だ。浄化や回復の奇跡を起こせる対象も限られているし、修行に耐えうる体力も無い。能力だけで語るならクラウディアはおろか他の聖女候補者にも劣るだろう」
「何故? 神より奇跡を与えられた本当の聖女であったなら……」
「つまり、その神からの授かりものより我ら王国が培った技術の方が勝っていただけの話だ。無論、王国の誰もが認めたくない事実だろうがな」
「……!」

 言われてみれば、聖女であれば王国の全てを救わねばならない、との使命に全く疑問を抱いていませんでしたし、本当の聖女であればその程度の奇跡は難なくこなせるだろうと当然のように思っていました。

 王立学園に通いだしてからも教会での修行は継続していましたが、シンシア様に関しては全く聞き及んでいませんでした。本当の聖女が現れたならもっと騒がれても良かったでしょうに。思っていた以上に期待外れだったのでしょうか?

「ダグラス殿下が本当の聖女となったシンシア様をお選びになるのは分かりますが、果たして王家はそれをお認めになりますでしょうか?」
「認める他あるまい。このまま無理にクラウディアをダグラス殿下に嫁がせたら最後、次の代になった際にどの家も聖女候補者として娘を出さなくなる」
「本当の聖女が現れたら婚約も反故される、という前例を作ってしまった以上は今更な気もしますが……。それでも国王陛下が私をお求めになったら?」
「案ずるな。既に手は打ってある」

 お父様は私を連れて執務室から応接室に移動しました。そこで待ち受けていたのは私と同世代の殿方でして、私達がやってくると爽やかな笑顔を浮かべて礼儀正しく会釈してくださいました。

 端正な顔立ち。同級生のどなたよりも感じさせる気品。服飾の上質さからもやんごとなき家柄の方だと分かります。こんな素敵な殿方でしたら私も一度目にしていたら記憶に残っている筈ですが、心当たりがありません。

「お久しぶりです、クラウディア嬢。私を覚えていますか?」
「ええと、申し訳ございません。とんと記憶に……」

 とまで口にして、記憶を遡ってようやく一つの可能性に思い当たりました。

「もしかして……アーサー様ですか?」
「そうだよ。そのアーサーで合っている。覚えていてくれて嬉しいよ」

 はにかんで優しく語ってくれたアーサー様に私は胸をときめかせてしまいました。

 アーサー様は我らの王国の隣に位置する帝国の皇子殿下です。瘴気や魔物は時として周辺国家を蝕むこともございますので、その際は聖女や聖女候補者が派遣されることとなります。アーサー様とはその際に知り合いました。

 厳しい修行と優しくない婚約者、そして浄化作業のせいで疲れ果てていた私にとってアーサー様は救いでした。その優しさが染み渡るようでして、祖国に帰る際は悲しくて思わず泣いてしまったことを覚えています。

「お久しぶりです。またお会いできて私も嬉しいです。それで、この王国の王宮に用があってでこちらに?」
「ああ。この度私は臣籍降下して辺境伯に封ぜられた。領地がこちらの王国に接することになるから、そのご挨拶にね」
「そうだったのですね。ではこれからはもしかしたら今より少し頻繁にお会いできるようになるのでしょうか?」
「少しどころじゃないさ。私の領土はクラウディアのところの真向かいだ。その気になれば毎週通えるし、そんな手間すら要らなくなるからね」

 再会に喜んでいた私でしたが、アーサー様はそんな私の手を取ってその場で跪きました。混乱する私をよそにアーサー様はとても真剣な眼差しを私に向けてきます。それを格好いいと思ってしまうのは仕方がないでしょう。

「クラウディア嬢。どうかこの私と結婚してください」

 ……。
 え?
 今、なんておっしゃいましたか?
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