85 / 88
Interlude1 アレクサンドラのその後
王妃アレクサンドラの茶会①
しおりを挟む今日はささやかなお茶会が開かれる日だ。
王妃という立場にあるなら国内外の有力者と良好な関係を築くことは義務だから、時間が開けば公爵から貧民まで立場を問わず国に貢献する者を王宮に招待し、おもてなしする。単なる雑談に留まらない意見の交換や支援、予算の話まで出るから重要だ。
けれど、今日に限っては王妃に……いえ、生まれてから一番私的な理由で催そうとしている、と言って過言じゃない。参加者の名だけを眺めればそうは思われないんでしょうけれど、政治だの文化だのの話をする気は一切無いもの。
ほんの少しだけ雲が漂うだけの良く晴れた空の下、王宮の庭に設けられた席で私は客人を待っている。先にお茶を飲み始めるとお花を積みに行きたくなっちゃうので、菓子を少しずつかじって暇を潰した。
「アレクサンドラ様。ごきげんよう」
一番最初に姿を見せたのはルシアだった。
乙女ゲームの『どきエデ』でヒロインだった彼女は、今や公爵夫人になっている。
恐ろしいことに子供が成人を迎えてもなお彼女の可愛らしさと笑顔の素敵さが損なわれる様子が無い。更には私の婚約者だった当時の王太子アルフォンソ様の心を掴み続ける愛とやらはもはや認める他無いでしょうね。
「ごきげんようルシア。貴女の席はこっちよ」
「んもう、アレクサンドラ様ったら。わたしのことはお姉ちゃんって呼んでくれていいんですよ?」
「誰が誰の姉ですって?」
「第一王子だったアルフォンソ様の妻になったわたしが、第三王子だったジェラール殿下の妃になったアレクサンドラの、です」
「死んでもごめんだわ……」
「えー。あのアレクサンドラにお姉ちゃんって言われるのほんのちょっとだけ期待したのに。残念」
ルシアが発する王妃に対して無遠慮な発言も今日だけは何も問題ない。だってこのお茶会はそういう趣旨だものね。アレクサンドラとして生きた私と、ルシアとして生きた彼女が、これまでを振り返って感想を述べ合うだけだもの。
「そういえば所感を聞いてなかったけれど、久しぶりのシャバの空気はどう?」
「娑婆って言ってもわたしにか通じませんよ。そうですね……『どきエデ』から大分離れちゃったなぁ、って」
「アルフォンソ様との夫婦生活は上手くやれているの?」
「意外です。まだアルフォンソ様に敬称を付けてるなんて」
アルフォンソ様についてはもう意地以外の何物でもないわ。人生最大の汚点だって吐き捨てるのは簡単だけれど、彼に抱いた想い、彼と共に夢見た大志は確かに本物だったもの。ルシアに横取りされたからって自分を否定したくはない。
「上手くやれていますよ。学生時代みたいないかにも情熱的な青春って雰囲気にはなりませんけれど、互いに想い合い、尊重して、側にいてくれると幸せを感じます」
「ルシアが第一でアルフォンソ様達家族は二の次だ、って断言してた昔とは違うじゃないの。他の連中を全て排除してルシアを独占した貴女がアルフォンソ様を受け入れるなんてね」
「もうそんな些事に拘る必要は無くなりましたから。今は愛する夫と愛おしい子供が一番です」
他の連中を排除してまでルシアを独占した真ルシアが長年の隔離生活で心境を変化させたとでも? あり得ないわ。けれど疑ったところで彼女からはごまかす様子が一切見られないし……。
ルシアは自分で注ぎ入れた紅茶に口をつけ、吐息を漏らす。この場には現在私とルシア以外の者は誰もいない。給仕も護衛も離れてもらっている。ここでの発言はこの場限りにする、って約束もしている。完全に立場も関係ない、私とルシア個人のお茶会だ。
「わたし、『どきエデ』の逆ハーレムエンドって結構好きだったんですよ。あの悪役令嬢アレクサンドラをついに攻略出来たか、みたいに思えて」
「は? 解釈違いなんだけど? あんなヒロインに陥落しちゃったアレクサンドラなんて見たくなかったわ。最後の最後まで悪役を貫いて散っていく彼女だからこそ素晴らしいのに、アレ書いた公式は何も分かっちゃいないわ」
「あーあ。あのままアレクサンドラ様が前世を思い出さなきゃわたし達は熱い友情で結ばれてたのになぁ」
「今日だって他の客人がいなかったら貴女なんて……ちょっと待ちなさい」
ルシアと喋っていてやはり違和感を覚えた。そう、確かルシアはこの世界に生を受けた本物のルシア、つまり真ルシアを乗っ取ってヒロインとして振る舞った。ざまぁされた後はルシアは真ルシアに攻略されてもう表に出ることはない筈よね。
「実際に『どきエデ』を遊んだのは転生者の方でしょうよ。どうしてあたかも自分が体験したような言い回ししてるのはおかしいんじゃない?」
「あぁ、そう言えばコレを誰かに話すのは初めてだったっけ」
ルシアは自分の胸と首の間ぐらいに手を添えた。
そして笑顔をこぼす。
それはヒロインのでも、転生者のでも、この世界のでもない、初めて見せるものだ。
「あたしとわたし、つまりルシアは今一人だけなの」
「……っ!」
合点がいったわ。
これまでルシアと真ルシアでバラバラだった前世と今がようやく結びついたのね。
同時にそれは前世との完全なお別れで、真ルシアが本懐を果たしたことでもある。
222
お気に入りに追加
14,866
あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。