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Interlude1 アレクサンドラのその後

公爵嫡男セシリオの興味(後)

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「良いところのお坊っちゃまではその程度の発想力しかありませんものね」

 接点が無いとは言え仕える家の嫡男に向けての非礼な態度にセシリオは怒鳴りたい衝動が湧き上がるが、かろうじて飲み込んだ。自分は上位者であるとの誇りがそうした感情を大衆の前で顕にする行為を許さなかった。

「知ってますか? 入学試験に望む者は何も貴族や学園に通いたい庶民ばかりではないんですよ」
「何だって……?」
「中には小遣い稼ぎが目的の子だっています。そう、まさに門外不出の筈の試験問題を可能な限り頭の中に叩き込み、その情報を売り払うんです。貴族が客先ですから結構高く買い取ってくれるらしいですね」

 試験官に見つからないよう机の下で必死に問題を書き写す輩もたまに現れるらしいですが、とセナイダは付け加えた。その恩恵に預かった筈の彼女は自分が全く悪いことをしていないような口ぶりだった。

 まさかの事実に周囲は騒然となった。そんな不正行為が横行していたしていたなんて夢にも思っていなかった者が多かったから。尤も、同時にその何割かに挙動不審な傾向が見られたのだが。

「貴族が何のために過去問とやらを買うんだ?」
「それは勿論入学後に見栄を張るためでしょう。あの難問でこれだけ高得点を取れたわたしって凄い、と思われたい方は貴方様の想像より多いんですよ」
「その中に君も含まれている、ってわけか」
「別に。実家からも公爵家からも特に指示は受けていませんし、わたし個人も点数が高かろうが低かろうが気にしません。学んで知識とすることが重要なんであって試験はその確認に過ぎませんから」

 セナイダの主張は矛盾していた。それなら何故高額で取引されているらしい過去問を入手してまで高得点にこだわったのか。実家や奉公先の意思が働いていないなら、一体何のためにそこまでしたのか。

 疑問を抱くセシリオに向けて、セナイダは相手から視線を外さないままでわずかに顎を上げた。鼻で笑っているように見え、見下してくるようにも見えてならない。何にせよ悪意を込めての仕草だとはセシリオにも分かった。

「それで、どんな気分ですか?」
「……は?」
「見下していた使用人風情より劣っているとの現実を突きつけられて、ですよ。英才教育を施された次期公爵閣下のお坊ちゃま」
「なっ……!」

 今度こそセシリオは我慢ならずにセナイダの胸ぐらをつかみ上げた。周囲にいた誰かが悲鳴を上げたものの、セナイダを睨みつけていたセシリオは気づかない。当のセナイダはセシリオから決して目を離さない。澄まし顔の瞳に怒る自分が映るぐらいに。

「お嬢様の言いなりになるわたしを一瞥した際の貴方様のお顔を見てからいつか鼻を明かしてやると決心しました。真面目な貴方様でしたらきっと入学試験も正当に臨むと踏んだので、決行したわけです」
「俺を出し抜くのが目的だったのか?」
「ええ。わたし、結構根に持つ方なので」
「……そうか」

 セシリオはセナイダから手を離して踵を返す。
 大事になると予想していた周囲の者達は肩透かしを食らった形で、セナイダも意外だとばかりに目を見開いてセシリオの背中を見つめ続ける。
 さすがにそんな反応が気になったのか、セシリオは立ち止まって彼女に顔を向けた。

「これで終わったと思わないでね。むしろこれが始まりさ」
「……はい?」
「勝つために限られた中で最善を尽くす。成程、確かに見直した。俺もまだまだ人を見る目を養わなきゃな。だけど、君のことは気に入った」
「興味を抱かれるのは光栄ですが、一回溜飲が下がってしまったのでご期待に添えるとは限りませんよ」
「今そんな風に断言しない方がいい。じきに今回のように俺ばかりを見つめ続けるようになるかもしれないからね」
「なんて自意識過剰な……。ありえませんよ」

 退屈だと思っていた学生生活も楽しそうだ、とセシリオは思った。
 セシリオにも付き合わなきゃいけないのか、とセナイダはため息を漏らした。
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