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Interlude1 アレクサンドラのその後
元王太子アルフォンソとの別れ(後)
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「あら、ルシアとお楽しみした時にご自分も散々そうなさったのでは?」
「どうしてそれを……! まさか民衆に出回っているというあのいかがわしい本はアレクサンドラの仕業か……!?」
「さて? 昨年の婚約破棄騒動でアルフォンソ様がなお往生際悪かった際に晒し上げるつもりで情報を仕入れて使わずじまいだったのは認めますけれど」
「いや、もういい。王太子でなくなった私の評判が落ちようと王国は揺るがない」
落ち着いてきたダリアをあやす私を見つめるアルフォンソ様。それは王太子として、婚約者として私に接してきた頃とも、ルシアとの間に真実の愛とやらを育んだ頃とも違った、慈愛に満ちたものだった。
「本当にダリアの母親になるんだな、アレクサンドラは」
「ええ。頑張って育てますよ。我が子同然にね」
「そうか……すまない。任せる」
「少しぐらいは会ってやってくださいね。私じゃなくこの子のために」
ふと、もしかしたらを想像してしまう。
この世界が『どきエデ』と関係ないしルシアも普通だったら、私はアルフォンソ様と添い遂げて、こんな風に二人の間に出来た子供を愛おしく抱いていたのかしらね。そうしたら私達の間にも義務とかを超えた本物の愛情も……。
いえ、それはもう否定された可能性ね。アルフォンソ様は私を捨ててルシアを選んだし、私はアルフォンソ様を諦めてジェラールの愛に答えたんだから。この選択には胸を張りたいと思う。
「もう一件。先程アルフォンソ様も仰ってましたけど、私は第一子となるアルベルトを生みました」
「それに伴い私は正式に王位継承権を剥奪。正確には大きく順位を落とす、だったな」
「はい。万が一私達家族が不幸に見舞われた際は隣国の婿養子になられたグレゴリオ殿下が我が国の国王を兼務し、第二子をこちらに迎え入れるそうですよ」
「そして私は王家から追放される、と」
「誤解を招く仰っしゃり方をなさらないでくださいませ。正しくは臣籍降下です。王家の一員でなくなっても王族のままですからね」
これもまた聖戦で敗北したアルフォンソ様に下された罰の一つ。これから先、アルフォンソ様とルシアとの間にまた子が生まれても王子や王女としては扱われない。更にアルフォンソ様の代は公爵でも次の代は伯爵あたりに落ち着くことでしょう。
「王家の者ではなくなりますから、この幽閉生活も国王陛下より正式な辞令が下されるまでの残りわずかでしょう」
「……そうか」
「あら、折角自由を取り戻すのにあまり嬉しくなさそうですわね」
「私にだって痛む心ぐらいはある。私が聖戦で犠牲にした兵士を弔う思いもな」
けれどアルフォンソ様は真ルシアの企てに乗って生きながらえる道を選んだのでしょう? 他ならぬルシアのために。彼女にまた会いたくて、また声を聞きたくて、そしてまた愛し合いたいから。愛のために恥も誇りもかなぐり捨てたんでしょう?
「そうしてまでまだあのルシアを愛しているんですか? あの時あれだけ酷い捨てられ方をされたのに」
「あの時はお前の悪意に晒されてうろたえたせいだ……! その証拠に私は彼女の助言で蛮族共を出し抜いて今生き延びているのだからな」
「手紙は拝見しました。匿名で送られた予言、そして愛する殿方への恋文。遠く離れていても貴方様の心を掴み続けるルシアの手並み、私は感服する他ありませんわね」
「侮辱するのか、そうやって昔みたいに……私達の娘を取り上げておきながら!」
「本っ当に学習能力がありませんわね! そんなにダリアを泣かせたいんですか!?」
「……っ。すまない、だがアレクサンドラが私を挑発するのもいけないだろ……!」
そう、『どきエデ』が終わっても貴方はルシアの虜なのね。
そしてそれは永遠に私達の絆が失われた証でもあるわ。
「ねえアルフォンソ様。私、あの日まで貴方様と添い遂げる気でいましたのよ」
「それは私が王太子だったからだろう。ルシアは私という一人の人間を見てくれた」
「違います。私は王太子の地位を含めてアルフォンソという男性と共に生きようと誓っていましたよ」
「だから見向きもされなくなった途端に悪意を振りまいたのか? そんな醜い一面を見せられて幻滅するのは当然だろう」
「恋愛に浮かれたアルフォンソ様が聞く耳を持たなかったせいなのですが、今更過去を掘り起こしても仕方がありませんね」
もう彼に用は無い。さようなら私の青春。もう二度と惹かれる事はないでしょう。
心の中で呟いて立ち上がった私を、アルフォンソ様が呼び止めてきた。
まだ何かあるのか、と振り向くと、彼はなんと私に頭を下げていた。
「私が間違っていたとしたら、アレクサンドラと真摯に向き合わなかったことだ」
「……それを仰るのでしたら私も子供だったのです。嫉妬に振り回され、貴方様を失望させたんですもの」
「達者でな。そして……国と弟のジェラール、そして娘をよろしく頼む」
「勿論ですとも。お元気で、アルフォンソ様」
踵を返した私は面会室を後にした。
建物から出た私は気持ちのいいぐらい晴れ渡る空に輝く太陽の光を浴びる。その景色はまるで今の私の心を示しているようね。
「ダリア、貴女のお父様がまた立派に戻ってくれる日は近いかもよ」
私は寝息を立てるダリアのほっぺたをつつきながら笑みをこぼした。
「どうしてそれを……! まさか民衆に出回っているというあのいかがわしい本はアレクサンドラの仕業か……!?」
「さて? 昨年の婚約破棄騒動でアルフォンソ様がなお往生際悪かった際に晒し上げるつもりで情報を仕入れて使わずじまいだったのは認めますけれど」
「いや、もういい。王太子でなくなった私の評判が落ちようと王国は揺るがない」
落ち着いてきたダリアをあやす私を見つめるアルフォンソ様。それは王太子として、婚約者として私に接してきた頃とも、ルシアとの間に真実の愛とやらを育んだ頃とも違った、慈愛に満ちたものだった。
「本当にダリアの母親になるんだな、アレクサンドラは」
「ええ。頑張って育てますよ。我が子同然にね」
「そうか……すまない。任せる」
「少しぐらいは会ってやってくださいね。私じゃなくこの子のために」
ふと、もしかしたらを想像してしまう。
この世界が『どきエデ』と関係ないしルシアも普通だったら、私はアルフォンソ様と添い遂げて、こんな風に二人の間に出来た子供を愛おしく抱いていたのかしらね。そうしたら私達の間にも義務とかを超えた本物の愛情も……。
いえ、それはもう否定された可能性ね。アルフォンソ様は私を捨ててルシアを選んだし、私はアルフォンソ様を諦めてジェラールの愛に答えたんだから。この選択には胸を張りたいと思う。
「もう一件。先程アルフォンソ様も仰ってましたけど、私は第一子となるアルベルトを生みました」
「それに伴い私は正式に王位継承権を剥奪。正確には大きく順位を落とす、だったな」
「はい。万が一私達家族が不幸に見舞われた際は隣国の婿養子になられたグレゴリオ殿下が我が国の国王を兼務し、第二子をこちらに迎え入れるそうですよ」
「そして私は王家から追放される、と」
「誤解を招く仰っしゃり方をなさらないでくださいませ。正しくは臣籍降下です。王家の一員でなくなっても王族のままですからね」
これもまた聖戦で敗北したアルフォンソ様に下された罰の一つ。これから先、アルフォンソ様とルシアとの間にまた子が生まれても王子や王女としては扱われない。更にアルフォンソ様の代は公爵でも次の代は伯爵あたりに落ち着くことでしょう。
「王家の者ではなくなりますから、この幽閉生活も国王陛下より正式な辞令が下されるまでの残りわずかでしょう」
「……そうか」
「あら、折角自由を取り戻すのにあまり嬉しくなさそうですわね」
「私にだって痛む心ぐらいはある。私が聖戦で犠牲にした兵士を弔う思いもな」
けれどアルフォンソ様は真ルシアの企てに乗って生きながらえる道を選んだのでしょう? 他ならぬルシアのために。彼女にまた会いたくて、また声を聞きたくて、そしてまた愛し合いたいから。愛のために恥も誇りもかなぐり捨てたんでしょう?
「そうしてまでまだあのルシアを愛しているんですか? あの時あれだけ酷い捨てられ方をされたのに」
「あの時はお前の悪意に晒されてうろたえたせいだ……! その証拠に私は彼女の助言で蛮族共を出し抜いて今生き延びているのだからな」
「手紙は拝見しました。匿名で送られた予言、そして愛する殿方への恋文。遠く離れていても貴方様の心を掴み続けるルシアの手並み、私は感服する他ありませんわね」
「侮辱するのか、そうやって昔みたいに……私達の娘を取り上げておきながら!」
「本っ当に学習能力がありませんわね! そんなにダリアを泣かせたいんですか!?」
「……っ。すまない、だがアレクサンドラが私を挑発するのもいけないだろ……!」
そう、『どきエデ』が終わっても貴方はルシアの虜なのね。
そしてそれは永遠に私達の絆が失われた証でもあるわ。
「ねえアルフォンソ様。私、あの日まで貴方様と添い遂げる気でいましたのよ」
「それは私が王太子だったからだろう。ルシアは私という一人の人間を見てくれた」
「違います。私は王太子の地位を含めてアルフォンソという男性と共に生きようと誓っていましたよ」
「だから見向きもされなくなった途端に悪意を振りまいたのか? そんな醜い一面を見せられて幻滅するのは当然だろう」
「恋愛に浮かれたアルフォンソ様が聞く耳を持たなかったせいなのですが、今更過去を掘り起こしても仕方がありませんね」
もう彼に用は無い。さようなら私の青春。もう二度と惹かれる事はないでしょう。
心の中で呟いて立ち上がった私を、アルフォンソ様が呼び止めてきた。
まだ何かあるのか、と振り向くと、彼はなんと私に頭を下げていた。
「私が間違っていたとしたら、アレクサンドラと真摯に向き合わなかったことだ」
「……それを仰るのでしたら私も子供だったのです。嫉妬に振り回され、貴方様を失望させたんですもの」
「達者でな。そして……国と弟のジェラール、そして娘をよろしく頼む」
「勿論ですとも。お元気で、アルフォンソ様」
踵を返した私は面会室を後にした。
建物から出た私は気持ちのいいぐらい晴れ渡る空に輝く太陽の光を浴びる。その景色はまるで今の私の心を示しているようね。
「ダリア、貴女のお父様がまた立派に戻ってくれる日は近いかもよ」
私は寝息を立てるダリアのほっぺたをつつきながら笑みをこぼした。
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