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Interlude1 アレクサンドラのその後

男爵令嬢ルシアの自白(前)

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 タラコネンシス王国でも一、二を争う厳しい戒律が定められた修道院。かつてヒロインとして攻略対象者達を尽く虜にした男爵令嬢ルシアは現在そこに収容されている。

 深い森を抜けた先の山の頂に築かれた修道院からの脱走はまず不可能。恋愛はご法度。家族との面会すら一年に一回許されれば御の字。そんな具合なので、とんでもない問題を起こした貴族令嬢流刑の場所、だなんて呼ばれていたりする。

 本来なら入ってから一年程度の修道女が外部との接触を許されるわけがない。なので王太子妃の権限でゴリ押しして今回の面会が実現した形ね。彼女の両親である男爵夫妻も申請したらしいのだけれど、当然ながら却下されたと聞いている。

 そうして久しぶりに再会した彼女は……早速私を驚かしてきた。
 なんと面会に応じたルシアは赤子を抱いていたのよ。

「お久しぶりです、アレクサンドラ様」
「久しぶりね、ルシア。一応聞いておくけれど、貴女が抱いているその子は?」
「勿論わたしとアルフォンソ様の子供ですよ。ダリアって名付けました。ほーらダリア、叔母様にご挨拶しましょうねー」
「お、おば……」

 確かに私も子供がいるからそう呼ばれるのは覚悟の上よ。でも実際に現実を突きつけられると結構ショックなんだけど。せめて大きなお姉さんとか呼んで頂戴って幼い頃から言い聞かせようかしら?

 いや、そんな事はどうでもいいわね。断罪劇以降ルシアはアルフォンソ様と触れ合っていないから、ダリアは例の初夜イベントを経て誕生した子ってことになる。まさか一晩で成し遂げるなんて、ここまで来ると尊敬に値するかも。

「まさかこの修道院で子育てするつもり? そんな真似が許される筈無いわ」
「はい。残念ですがそれは叶わないでしょう。ここが孤児院も兼任していたら良かったんですけど……」
「預けるあてはあるの? 言っておくけれど、貴女が誑かしたアルフォンソ殿下は聖戦惨敗の責任を取って謹慎処分を受けてるから」
「風の噂で聞きました。生きているだけで充分です。そうしたらダリアにお父さんの顔を見せられますから」

 ルシアはぐずってきたダリアを「おーよしよし」とあやしながら胸をはだけさせた。そして優しい笑みをこぼしながらダリアに乳を与える。その様子はまるで絵画の中の聖母のように慈悲深く、母性を感じさせる。

 ……とても数多の攻略対象者を惑わせた魔性の女とは思えない。

「アレクサンドラ様。どうかダリアを一旦預かってもらえませんか?」

 憮然としながら授乳を眺めていたら、何かルシアが落ち着いてきたダリアをこっちに差し出してきたんだけど。
 ……その可能性については一応考えてはいたけれど、まさか本当に切り出してくるなんて図太い神経してるじゃないの。

「はあ? 貴女の娘をどうして私が引き取らなきゃいけないわけ?」
「アルフォンソ様が王族から席を外されてませんから、ダリアも王族になっちゃいました。だから孤児院に預けるなんて出来ませんし、実家で男爵家の娘として育てるわけにもいきません。アレクサンドラ様だけが頼りなんです……!」

 ルシアは大粒の涙を流し始めた。拭わないものだから机へと滴り落ちていく。

 恐ろしいとはこのことか。この私ともあろう者が芋娘を哀れに思い、ぐらっと心が動きかけてしまった。こうやって言葉巧みに近寄り、揺さぶりをかけ、いつの間にか自分の大事な内側に入ってきている。

 そして何よりも愕然としたのが、そうと分かっていても彼女が気になって仕方がないって点ね。
 こうしてアルフォンソ様方を篭絡していったのかしら。少し攻略対象者達の気持ちが分かってしまった。良いように攻略されていた彼らにほんの少しだけ同情してしまうわ。

「お願いです! ダリアには何の罪も無いんです。せめてこの子にはアルフォンソ様の娘として立派になって欲しいんです……」

 私はうつむき加減だったルシアからダリアを受け取った。

 珠のように可愛い赤ちゃん。ふっくらした頬と小さなお手々。髪の毛はまだ産毛って程度ね。お母さんのお乳を飲んでお腹いっぱいなのか、すやすやと寝息を立てている。そっと指で頬をなでたらその指を握ってきた。

 ……アルフォンソ様。貴方とは将来を誓い合いましたね。共に王国を支え、共に暖かな家庭を築きたい、ってお話したこともありましたか。結果としてはあんな酷い終わり方をしましたけれど、私は貴方をお慕いしておりました。

(それに、この子に親の業を背負わせられないし)

「分かったわ。一旦預かるけれど、最終的な判断をするのは国王王妃両陛下とジェラールだから。ただ、私の誇りに誓って悪いようにはしないって約束する」
「本当ですか……!? ありがとうございます……!」
「ただし、条件が一つあるわ。質問に答えてもらいたいのだけれど」
「はい。わたしに答えられる範囲でしたら」

 ただしそれはそれ、これはこれ。

「貴女、一体何者なの?」

 私がぶつけた問いかけに対し、ルシアはきょとんとしてきた。
 実にルシアらしい仕草だけれど、これすら演技だとしたら大したものよ。

「えーと、男爵令嬢で、『どきエデ』のヒロイン。これで答えになってますか?」
「上辺だけの事実は結構よ。貴女が王妃陛下の恐怖心を煽ってジェラールを私にけしかけたこと、既に明らかになってるんだから」

 私はお義母様から預かってきた二つの手紙を取り出し、ルシアへと突きつける。すると彼女はあどけない様子はそのままにわずかに目を細める。
 ……雰囲気が変わったわね。いえ、適切に表現するなら、切り替えた、かしら?

「勘違いじゃないでしょうか。それとも誰かがわたしの筆跡を真似たんだと思います」
「バカ言わないで。こんな可愛らしさを強調する特徴的な丸文字を書くのは王国広しと言えど貴女ぐらいよ。それから、匿名の手紙で貴女の筆跡を真似る理由が無いでしょうよ」
「じゃあどうしてわたしがアレクサンドラ様とジェラール様の恋のキューピットにならなきゃいけないんですか?」
「そうね。逆ハーレムルート攻略と逆行するものね。だから私の知る芋女の仕業じゃないとは確信してる。だからこそ貴女が誰なのか聞いてるのよ」
「だから言ったじゃないですか。男爵令嬢で、『どきエデ』のヒロインですって」
「……そう、それが答えでいいのね」

 彼女の正体、ようやく確信したわ。
 もし私の推理が正しかったらそりゃあお義母様は真相にたどり着けないわね。
 だって、この現象は私達にしか理解できないもの。

「じゃあこれから便宜上貴女のことは真ルシア、とでも呼ぶわね」
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