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第四章 熾天魔王編
戦鎚聖騎士、初代聖女の物語を観劇する
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修道女(仮)によるぬいぐるみ劇場は続く。
神の奇跡を体現した初代聖女は勇者と三聖の能力も兼ね備えていた。武芸百般かつ奇跡も魔法も極めていて、彼女一人いれば世界中のあらゆる問題が解決するとまで言わしめた傑物らしい。
一方の熾天魔王は元々は神に仕える大天使だったが離反した堕天使だそうだ。生と死を司る彼女にかかれば全ての生物の生死は意のまま。加えて光と闇が備わりまさに最強とも言える存在だった。
そんな彼女らを丸め込んだ救世者だが、実は奇跡はおろか戦闘能力は一切持っていなかった。彼の最大の武器は常人からはかけ離れた賢さと達者な弁論。しかしそれだけで人々を苦しみや悲しみから解放して回っていたのだ。
当たり前だがこんなのは教会の教えからはかけ離れている。教会に密告されたらものの数秒で異端審問官を派遣されて捕まってしまうに違いない。むしろ聞いている俺達まで巻き添えを食うかもしれない危険な代物だ。
「静かに。まだ劇は続いてますよ」
にわかにざわめき出した観衆一同にミカエラが注意する。さすがに聖女からたしなめられたら黙らざるを得ず、けれど一部の賢い者はそっと後ろに下がってそそくさとその場から姿を消していった。
そんな救済の旅を続ける救世者には多くの者が集った。人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、獣人、精霊、マーメイド、ドラゴン、悪魔、インキュバス、ゴーレム、フェンリル、そして堕天使。種族を問わずに彼の教えに感銘を受けて弟子入りしていった。
魔王は考えた。これで世界は苦しみから救われる、と。
聖女は考えた。これで世界は悲しみから解放される、と。
世界の夜明けはもうすぐそこまで近づいている。二人はそう確信していた。
そんな二人の願いは粉々に打ち砕かれてしまった。
救世者の処刑をもって。
古き神の教えの信仰者が疎んだんだろう。古き権力者が恐れたのだろう。
救世者は命を落としたのは複合的な要因による。
しかしたった一つに集約するなら、それは……、
「世界は救世者の教えを信じきれるほど成長していなかったのですよ」
修道女(仮)は悲しげに語った。
救世者の弟子達はそれから二度と集うことはなかった。彼・彼女達は世界中に散らばって主の教えを伝え回る旅に出たのだ。無論、聖女と魔王も例外ではない。どんな苦難の道が待ち受けていようと必ず世界が救われることを信じながら布教に取り組んだのだった。
こうして聖女はこの地にやってきたのだった。
当時この地域を治めていた国は異教を広める輩を許しはしなかった。それでも聖女は人々を救済しながら救世者の教えを広めていった。殉教すら覚悟のうえだったが、結果的に聖女自身が救われることはなかった。
聖女の敵は当時の体制ではなかった。異なる宗教でもなかった。
聖女は聖女を慕い崇める者達によって破滅に追いやられたのだ。
「世界の救済を目的とする救世者の教えが人類の、ひいては人間の救済に矮小化したことで魔の者達との対立が激化していきました。聖女は同志だった魔王との決戦を余儀なくされたのです」
やがて聖戦が勃発。単身で乗り込んできた魔王を聖女は決戦の地で迎え撃った。戦いは何日も続き、周囲一体は草木も生えぬ不毛の大地と化した。最終的に聖女が魔王を討ち果たしたことで終幕となった。
だが、そんな死闘を目の当たりにした大衆は思った。あれほど強力だった魔王を単身で討伐出来た聖女は果たして正しいのか、と。それこそ神の如き力がいずれ自分達に向けられるのではないか、と。
聖女は処刑された。
魔王との決戦で疲労困憊だったところを弟子に裏切られて差し出された。
表向きの理由は当時の主だった宗教に背いていたから。
しかしその実、聖女の死は皆から望まれたものだった。
なぜなら彼女自身がすでに世界の脅威に成り果てていたのだから。
教会は熾天魔王を歴史に闇に葬り去り、初代聖女を死に追いやった自分達の罪を隠した。
やがて聖女は時代を経るにつれて都合のいいように解釈されていった。
偉大なる神の僕であり忠実なる救世者の使徒として。
ぬいぐるみ達の演技はこちらの心を揺さぶった。聖女の苦悩や選択には言い得ぬ感情が込み上げてきたし、聖女の死には大勢が涙した。劇自体が異端だろうが関係なかった。
「これにて終劇となります。お粗末様でした」
修道女(仮)がぬいぐるみ達と共にお辞儀をすると万雷の喝采が起こった。それほどの衝撃だったし感動だった。俺もミカエラも一人で演じきった修道女(仮)を讃えて拍手を送った。
最後まで見てくれた子供たちに菓子を配った修道女(仮)は片付けに入る。観衆たちも散らばっていく。人が消えて開けてくるとミカエラが修道女(仮)へと歩み寄る。修道女(仮)も彼女の接近に気づいて軽く会釈した。
「お疲れ様でした! 素晴らしかったですよ」
「聖女様にそう褒めていただいて恐縮です」
「当時の出来事を細かく語ってくれましたが、余の仮説と概ね一致してました。どうやって調べたんですか?」
「貴女になら近い内に教えましょう。歓迎しますから是非余の元までいらっしゃい」
ぬいぐるみ一式をしまった鞄を背負った修道女(仮)はミカエラに背を向けてから指を縦方向に動かした。すると空間が波打って光り輝き出したではないか。修道女(仮)はミカエラと俺に微笑みかけ、光の中へと姿を消してしまう。
「今のは魔法か……? あんなの知らないぞ俺は」
「余も始めて見るので憶測でしか語れませんけど……アレは転移の理法セラフィックゲートですね」
「理法?」
「魔法とは似て非なる原理原則で世界に現象を起こす術です。地上で行使出来る存在は皆無です」
地上に派遣される天使を除いて。そうミカエラは付け加えた。
だとしたらあの修道女(仮)は何者だったのだろうか……?
その疑問を解消するすべを俺は持っていなかった。
神の奇跡を体現した初代聖女は勇者と三聖の能力も兼ね備えていた。武芸百般かつ奇跡も魔法も極めていて、彼女一人いれば世界中のあらゆる問題が解決するとまで言わしめた傑物らしい。
一方の熾天魔王は元々は神に仕える大天使だったが離反した堕天使だそうだ。生と死を司る彼女にかかれば全ての生物の生死は意のまま。加えて光と闇が備わりまさに最強とも言える存在だった。
そんな彼女らを丸め込んだ救世者だが、実は奇跡はおろか戦闘能力は一切持っていなかった。彼の最大の武器は常人からはかけ離れた賢さと達者な弁論。しかしそれだけで人々を苦しみや悲しみから解放して回っていたのだ。
当たり前だがこんなのは教会の教えからはかけ離れている。教会に密告されたらものの数秒で異端審問官を派遣されて捕まってしまうに違いない。むしろ聞いている俺達まで巻き添えを食うかもしれない危険な代物だ。
「静かに。まだ劇は続いてますよ」
にわかにざわめき出した観衆一同にミカエラが注意する。さすがに聖女からたしなめられたら黙らざるを得ず、けれど一部の賢い者はそっと後ろに下がってそそくさとその場から姿を消していった。
そんな救済の旅を続ける救世者には多くの者が集った。人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、獣人、精霊、マーメイド、ドラゴン、悪魔、インキュバス、ゴーレム、フェンリル、そして堕天使。種族を問わずに彼の教えに感銘を受けて弟子入りしていった。
魔王は考えた。これで世界は苦しみから救われる、と。
聖女は考えた。これで世界は悲しみから解放される、と。
世界の夜明けはもうすぐそこまで近づいている。二人はそう確信していた。
そんな二人の願いは粉々に打ち砕かれてしまった。
救世者の処刑をもって。
古き神の教えの信仰者が疎んだんだろう。古き権力者が恐れたのだろう。
救世者は命を落としたのは複合的な要因による。
しかしたった一つに集約するなら、それは……、
「世界は救世者の教えを信じきれるほど成長していなかったのですよ」
修道女(仮)は悲しげに語った。
救世者の弟子達はそれから二度と集うことはなかった。彼・彼女達は世界中に散らばって主の教えを伝え回る旅に出たのだ。無論、聖女と魔王も例外ではない。どんな苦難の道が待ち受けていようと必ず世界が救われることを信じながら布教に取り組んだのだった。
こうして聖女はこの地にやってきたのだった。
当時この地域を治めていた国は異教を広める輩を許しはしなかった。それでも聖女は人々を救済しながら救世者の教えを広めていった。殉教すら覚悟のうえだったが、結果的に聖女自身が救われることはなかった。
聖女の敵は当時の体制ではなかった。異なる宗教でもなかった。
聖女は聖女を慕い崇める者達によって破滅に追いやられたのだ。
「世界の救済を目的とする救世者の教えが人類の、ひいては人間の救済に矮小化したことで魔の者達との対立が激化していきました。聖女は同志だった魔王との決戦を余儀なくされたのです」
やがて聖戦が勃発。単身で乗り込んできた魔王を聖女は決戦の地で迎え撃った。戦いは何日も続き、周囲一体は草木も生えぬ不毛の大地と化した。最終的に聖女が魔王を討ち果たしたことで終幕となった。
だが、そんな死闘を目の当たりにした大衆は思った。あれほど強力だった魔王を単身で討伐出来た聖女は果たして正しいのか、と。それこそ神の如き力がいずれ自分達に向けられるのではないか、と。
聖女は処刑された。
魔王との決戦で疲労困憊だったところを弟子に裏切られて差し出された。
表向きの理由は当時の主だった宗教に背いていたから。
しかしその実、聖女の死は皆から望まれたものだった。
なぜなら彼女自身がすでに世界の脅威に成り果てていたのだから。
教会は熾天魔王を歴史に闇に葬り去り、初代聖女を死に追いやった自分達の罪を隠した。
やがて聖女は時代を経るにつれて都合のいいように解釈されていった。
偉大なる神の僕であり忠実なる救世者の使徒として。
ぬいぐるみ達の演技はこちらの心を揺さぶった。聖女の苦悩や選択には言い得ぬ感情が込み上げてきたし、聖女の死には大勢が涙した。劇自体が異端だろうが関係なかった。
「これにて終劇となります。お粗末様でした」
修道女(仮)がぬいぐるみ達と共にお辞儀をすると万雷の喝采が起こった。それほどの衝撃だったし感動だった。俺もミカエラも一人で演じきった修道女(仮)を讃えて拍手を送った。
最後まで見てくれた子供たちに菓子を配った修道女(仮)は片付けに入る。観衆たちも散らばっていく。人が消えて開けてくるとミカエラが修道女(仮)へと歩み寄る。修道女(仮)も彼女の接近に気づいて軽く会釈した。
「お疲れ様でした! 素晴らしかったですよ」
「聖女様にそう褒めていただいて恐縮です」
「当時の出来事を細かく語ってくれましたが、余の仮説と概ね一致してました。どうやって調べたんですか?」
「貴女になら近い内に教えましょう。歓迎しますから是非余の元までいらっしゃい」
ぬいぐるみ一式をしまった鞄を背負った修道女(仮)はミカエラに背を向けてから指を縦方向に動かした。すると空間が波打って光り輝き出したではないか。修道女(仮)はミカエラと俺に微笑みかけ、光の中へと姿を消してしまう。
「今のは魔法か……? あんなの知らないぞ俺は」
「余も始めて見るので憶測でしか語れませんけど……アレは転移の理法セラフィックゲートですね」
「理法?」
「魔法とは似て非なる原理原則で世界に現象を起こす術です。地上で行使出来る存在は皆無です」
地上に派遣される天使を除いて。そうミカエラは付け加えた。
だとしたらあの修道女(仮)は何者だったのだろうか……?
その疑問を解消するすべを俺は持っていなかった。
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