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第四章 熾天魔王編

聖女魔王、錬金魔王から逃げる

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「お久しぶりですガブリエッラさん。それからミカエラとラファエラも聖都に戻ってこれて良かったよ」
「ヴィットーリオとニッコロも元気そうでなにより」

 ユニエラ先輩は同僚達に軽く会釈をし、人造勇者の方は俺とヴィットーリオに声がけ? はて、俺と彼は初対面のはずだがどうして気さくに接してくるんだ? ヴィットーリオの方を軽く見ても彼にも心当たりが無いようだ。

 人造勇者は「ああ、そう言えば」と言いながら腰元から布を取り出して口元を覆ってみせた。それでようやく気づいた。俺とヴィットーリオ、彼のことは良く知ってたわ。ユニエラ先輩よりもはるかに。

「「エルネスト先輩!?」」
「やほ。エルを忘れるなんて酷い」
「いや、だって先輩いつも口元と頭を手ぬぐいで隠してたじゃないですか」

 ユニエラ先輩もエルネスト先輩も俺達が学院に入った時にちょうど最高学年だった人たち。他の先輩方と比べても飛び抜けて優秀だったから聖女と聖騎士に任命されても当然の結果だと言われるばかりだったな。

 そんな二人は友人とか恋人同士とかを超越した、兄弟のような仲だった。ヴィットーリオとラファエラも息が合ってたけれど、エルネスト先輩達は目配せすらせずに以心伝心だった場面が多々あったっけ。

 その理由が今やっと分かった。エルネスト先輩はユニエラ先輩と瓜二つ。兄弟どころか同一人物と見間違うほどそっくりなら、確かに外見を意図して変えないと判別はつかないわな。そしてツーカーな間柄だったのも双子同然だからか。

「イブリース先生、もしかしてエルネスト先輩方は……」
「同一ロットのホムンクルスさ。外見が一緒なのは素材と製法が同じだからだね。ああ、ちなみにエルネストとユニエラはどちらも性を持たない無性だよ。その証拠に二次性徴してないだろう?」
「あー、エルネスト先輩がいつまでたっても華奢でユニエラ先輩が哀れなほど薄っぺらいのもそのせい……」
「そこ、聞こえてる。発言には注意」

 とまあ冗談でごまかしたが、それならエルネスト先輩は男に扮しててユニエラ先輩は女を演じてることになる。おそらくは片方が勇者に、もう片方が聖女になるために役目を与えられたんだ。

 それにイブリース先生は同一ロットと表現したが、もしかしてこの二人以外にも全く同じ外見をした存在がいたのか? 彼ないしは彼女達が今どうしているのかは怖くて聞けないな……。

「へえ、勇者の紋章も複製に成功したのね」

 外套の少女は先輩方二人をまじまじと見つめ、次に顔だけを先生へと向ける。ユニエラ先輩は大胆に近寄ってきた外套の少女に怯えてしまい、エルネスト先輩が自然に彼女を庇う。

「これで教会は聖女と勇者の量産体制に入れるってことね」
「さあ? 私は聖痕と紋章の再現までは実現化した。それをどう運用するかを考えるのはイスラフィーラの仕事だろう」
「じゃあ仕事を終えた貴女はめでたくお役御免で解雇になるのかしらね?」
「縁起でもないこと言わないでおくれ。もう少しだけやりたいことがあるんだ」
「やりたいこと?」
「ある仮説を証明したくてね。ま、それを喋るのはまたの機会にしよう」

 さて、と呟いて一区切り置いた先生は先輩方を従えるようにして堂々と俺達の前に立つ。これでは教会関係者同士で喋り合ってるというより、勇者一行と魔王一派が対峙しているような構図だな。

「私が今日君達に洗いざらい暴露したのはユニエラが魔王刻印を持つルシエラの遺体を持って帰ったからだ。おそらくイスラフィーラは近日中に大きく踏み込んでくると私は睨んでいる。聖戦終結を宣言したのもそのためだろう」
「イスラフィーラは先輩達の成功例を参考に量産型勇者と聖女を従えて魔物達を根絶するつもりでしょうか?」
「戦いは数だよ。一騎当千の英雄がいたとてそれは変わりない。軍長をほとんど失った元魔王軍で人類側の反転攻勢を阻むのは厳しいだろうね。ましてや単独行動を取る君達を守る余裕なんか無いだろう?」
「その主張への反論はひとまず置いておきましょう。それで錬金魔王イブリース。貴女は私達に何を要求するのですか?」
「人類圏から全魔王軍勢力を引き上げて、在位期間中再進行しないよう計らってくれたまえ。これが前任者から聖女魔王ミカエラへの要求だよ」
「「聖女……魔王!?」」

 イブリース先生の発言を受けてエルネスト先輩達が戦闘態勢に入る。それに対抗する形で俺達もまた構えた。武器は無くなって徒手空拳でも戦えるよう聖騎士候補は訓練されてるからな。

 それと、先生はミカエラが魔王だと知っていたのか。それとも後で知ったのか。どちらにせよ先生が見破ったなら既に教会側にもこの情報は行ってると見た方がいいだろう。すなわち、ミカエラが聖女として活動するのも限界ということか。

「飲んでくれたら人造勇者と人造聖女は抑止力に留めるよう私がイスラフィーラを説得する」
「つまり、先生は和平を臨むんですか? 天と地と魔の」
「争ってばかりなのは不毛だろう。勇者と聖女が陳腐化した現代、私達は新たな一歩を踏み出す段階だとは思わないか?」
「ちなみに嫌だと言ったら?」
「力付くで従わせるまでさ。そのための準備はもう済ませてある」

 イブリース先生が手を叩くと部屋と部屋を繋ぐ扉から入ってきたのは誰もが同じ顔をした少年少女達だった。半分が剣や槍などの武器を、もう半分が権杖を手にし、各々に服の隙間から見える肌に勇者紋章と聖女聖痕が刻まれているじゃないか。

 一触即発。どちらも相手の出方を窺う。誰かがほんの僅かでも動けばこの大聖堂は戦場と化すだろう。さすがにそれは避けたいのか、先輩を初めとする人造英雄達から動く気配は無い。

「せっかくですがお断りします!」

 そんな中、ミカエラだけはいつものままだった。それがまた彼女らしい。
 一方のイブリース先生は失望を顕にした後に不機嫌さを醸し出す。

「理由を聞いても?」
「そんなの決まってるじゃないですか」

 ミカエラは権杖を躊躇なく先生達に向けた。

「貴女達は余を怒らせた。ルシエラを攫ったのは悪手でしたね」

 そして、権杖から目が焼き付くのではと思わんばかりの閃光が発せられた。
 俺は嫌な予感がしたので予め目を細めておいて良かった。
 不意打ちの目くらましは効果抜群で、相手側はほぼ全員目を押さえている。

「さあ、今のうちに逃げますよ我が騎士!」
「ああ、言われなくてもすたこらさっさだぜ!」

 で、ミカエラと俺は全力疾走で大聖堂の出口へと逃げ出した。

「えっ!? あ、ちょっと待ってよお姉ちゃん!」
「はあ。やっぱ魔王でもミカエラはミカエラよね」
「ニッコロも変わらないなぁ。ミカエラとも相変わらず仲良さそうだ」
「あらあら。二人共随分と固い絆で結ばれているようね」

 慌てながらガブリエッラやヴィットーリオ達が付いてくる。先生が遠くで何か言ってるようだけれどもう遅い。俺もミカエラも何を隠そう逃げの名人なのだ。今の御時世、魔王だって逃げるのだよ。

「用事は済みましたし早く聖地へ行きましょう!」
「まったく、これだったら来なくても良かったな!」

 そのまま俺達は追走を振り切って教会総本山から脱出したのだった。
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