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第三章 幻獣魔王編

幻獣魔王、千年の旅路を自白する

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 五つ首竜ファイブヘッドヒドラに完勝したダーリアは唖然とする俺達を尻目に口笛を鳴らす。すると距離を置いていた彼女の飛竜が彼女の元へと舞い降りる。すかさずダーリアは飛竜に騎乗、空へと飛び立つ。

「超竜軍を統括してた四巨頭はこれで全滅したわ! 今こそ勝機! 私達の国からドラゴン共を一掃するわよ!」
「「「お、おおっ!!」」」

 ダーリアの呼応を受けて我に返った彼女の部下達が次々と発進する。竜騎士部隊を従えたダーリアはオズヴァルトが連れてきたドラゴンの大群に正面から突撃した。

 後は語るまでもない。
 統率を失った超竜軍がドワーフの竜騎士に勝てるわけがなかった。
 ましてや率いるのが複数の四巨頭を倒したダーリアだからな。

 結果、ドヴェルグ首長国連邦に侵入してたドラゴンは多くが討ち取られた。何割かが脱出して生き延びたものの、ドワーフに大敗を喫したドラゴン共の名誉は地に落ちた。これから数百年は大人しくすることだろう。

 □□□

「さて、ダーリアよ。今こそ全てを語ってもらう」
「は、はい……」
「あれだけの真似をしたんだ。今更隠し立ては要らんだろう?」
「はい……」

 そんな感じにドワーフの危機を救ったダーリアだったが、待っていたのは首長というか実の父による尋問だった。有無を言わさぬ迫力にさすがのダーリアも大人しく従い、今は首長の目の前で床に座らされている。

 俺達も四巨頭を二体仕留めた功労者として同席を認められている。ミカエラ達は人間やエルフを代表した立会人として。

 なお、既に魔王鎧は勇者イレーネに返した。魔王気分も悪くないがやっぱ実力と技術は自前じゃないとな。そう言うとふてくされたイレーネにすねを蹴られた。聖騎士鎧を着る前だったから超痛かった。

「ダーリアよ。そなたは我らが娘に違いないか?」
「違いありません」
「では先程ドラゴンを撃退した術は何だ?」
「前世で習得しました」
「前世?」
「転生の法。ドラゴンに伝わる秘技を使って死んで生まれ変わっても記憶と能力を継承できるようにしました」
「なんと……ではそなたは我が妃の腹を借りて生まれ変わったのか?」
「違います。生まれ変わっても人格や思想、信仰はそのままになりません。多分育ちが影響してるんだと思います。だから私はドワーフのダーリアです。もう幻獣魔王と呼ばれたドラゴンじゃありません」

 この辺りで首妃がたまらずに涙を流し始めたので一旦中断となった。
 娘のことが不安で仕方がなかったのだろう。それで今まで距離を置いていた。
 誤解だったのかやはり只者じゃなかったのに変わりはないかは受け取り方次第。けれど真実を知った首長一族が少しでも歩み寄れれば、とは思った。

 さて、ここからはダーリアについての真相を俺なりに整理させてもらおう。

 ドワーフの勇者に一騎打ちの末に敗れた幻獣魔王は成熟したドラゴンのままでは勇者に勝てないと悟った。かといって再び勇者と戦って今度こそ勝ちたいという欲求は日に日につのるばかり。そこで幻獣魔王はこの矛盾を解決することにした。

 それが転生の法。ドラゴンの自分では成し得なくても次の自分が歩んだ人生を上乗せすれば勝てるようになるかもしれない。そんな一抹の望みに託して幻獣魔王は自害。必ずドワーフの勇者に勝利することを固く誓いながら。

「ところが、よ。人生そううまくはいかなくて。そもそも知的生命体に転生出来るのも結構頻度が少なくて。虫だったり苔だったり、木になっちゃった時はどうやって進化しようか試行錯誤したものよ」

 波乱万丈な人生を送ってきた元幻獣魔王は時には悪魔元帥に、時には深海棲后になったらしい。つまりティーナとイレーネの発言は当たってたわけだ。なお、ティーナがメガフレアという幻獣魔王の技を伝授されたのはこの悪魔元帥からだそうだ。

 そうしてあらゆる種族としての生と死を全うし、今に至る。

「ではそなたにとってダーリアもまた通過点に過ぎんのか?」
「いえ、願いは叶いました。私が、ダーリアが幻獣魔王の長い旅の終着点です」
「どういうことだ? 幻獣魔王を退けた偉大なる勇者はとうの昔に亡くなっている。願いは今後果たされまい」
「明日、聖地を私に貸してください。それで全てにけりがつきます。それが幻獣魔王の悲願なんです」
「……分かった。そなたの望みを叶えよう」

 それなりの時間をかけたダーリアの尋問は終わった。

 しかしダーリアは彼女が千年もの年月をかけて転生を繰り返してまで何を成そうとしているか、そしてドラゴンでなくなった彼女がどうしてそこまで執念を燃やすのか。それは謎なままとなった。

 ダーリアは家族との語り合いを後回しにして席を立った。首長嫡男が苛立ちを露わにしながら彼女の後を追いかけ、俺達も悩んだ末に後を追う。行き交う使用人のドワーフ達は一族から蔑ろにされながらもグランプリ優勝と超竜軍撃破の功績を掴んで凱旋を果たしたダーリアに戸惑うばかりだった。

 ダーリアがやってきたのは聖地の片隅、渓谷を一望できる丘の上だった。飛竜に乗って飛び去られたので追うのが大変だったぞ。俺達はイレーネがまた召喚したアーマードワームに乗っかって、首長嫡男は自分の飛竜を連れてきて。

 そこは観光名所かつ聖地の中心とも言える、ドワーフの勇者イザイアの墓だった。

「ねえ兄さん。イザイアは幻獣魔王討伐の後どうしてたのかしらね?」
「……ダーリアから兄さんって呼ばれるなんて随分久々だな」
「ごまさかないで。今はそんな話はしたくないから」
「さあね。ただ残された手記を読むからに物足りない人生を歩んだのは間違いない。それぐらい勇者にとって幻獣魔王との一騎打ちは魂を焦がすほど鮮烈で衝撃的だったんだろうさ」
「あのバカ、勇者としての栄光に甘んじれば良かったのに……」
「生前はグランプリの優勝者とエキシビジョンマッチで一騎打ちをしてたらしいな。圧倒的な差で勝ってたらしいけれど」
「当然でしょうよ。あの幻獣魔王に勝ったんだもの。それぐらいしてもらわないと」
「勇者の作品は後年になればなるほど洗練されていったが、一方で情熱的な魂は抜け落ちていったな。小手先に頼ってたっていうか。少しずつ腐ってったのかもな」

 俺達はダーリアと首長嫡男の邪魔にならないよう遠くから様子を窺うに留まった。会話の内容はティーナが聞き取って俺達に語ってくれた。……ところで首長や首妃達ダーリアの家族も付いてきたのは意外だったぞ。

 ダーリアは持参した酒瓶に口をつけ、残りの酒を墓石にかける。ドワーフと酒は切っても切り離せない。こうして死者の好きだった銘柄を振る舞うのは手向けにもなるんだろう。

「で、これからどうするんだよ。お前の事情は分かったけどさ、勇者はとっくの昔に墓の中なんだぞ。グランプリ優勝を弔いにしていいんじゃないのか?」
「あいにく、千年もかけてようやくドワーフに転生出来たんだもの。イザイアに勝ち逃げされるなんて私の矜持が許さないわ」
「まさか死者を蘇らせるつもりか? 肉どころか骨だって大地に還ってるだろ」
「ふふん。そのための手段は既に編み出してるの。明日その目で見るといいわ」

 自信満々に微笑むダーリアにたじろぐ首長嫡男。
 彼女が一体何を企てているのか、長年の旅の結末は。
 明日、俺達は歴史の目撃者となる。
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