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第三章 幻獣魔王編

幻■■■、騎竜勇者を侮辱されてキレる

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「まさかそんな! 俺がこんなチビガリなんかに負ける筈が……!」
「まさかも何もそれが真実でしょうよ。まだ認められないんですか?」

 ゴールを終えて着陸したのはいいんだが、表彰台では一悶着が起こっていた。
 どうも首長嫡男が愕然としながら非難の声を上げ、ダーリアが冷笑している。
 なんのこっちゃ、と思ったら、なんとダーリアが逆転優勝したんだそうだ。

 俺達が自爆特攻した際、シルヴェリオが溜め動作に入った段階で首長嫡男はビビって速度を落としたんだそうだ。間違っていたとは言わない。どんな方向にドラゴンブレスが放射されても回避出来るよう身構えるのは当然だ。

 しかしダーリアは逆にそこでラストスパートをかけた。ちょうど俺達のすぐ後ろに付くようにして。螺旋気流によるスリップストリームの応用だとか解説されても何のことかさっぱり分からん。

 結局、首長嫡男が必死に追い上げても最後まで差は積めきれず、ダーリアが最初にゴールを果たしたんだそうだ。なお、中央区のドワーフは呆然として地方区のドワーフはスタンディングオベーションしたんだとか何とか。

「ねえ、どんな気持ちですか? 見下してた小娘にしてやられてしまって」
「ぐ、ぐううっ……! お前なんかドワーフじゃないくせに!」
「何を言ってるのでしょう! 私と後継者様は血縁上は血を分けた兄妹! ご自分もドワーフではないと仰っていると受け止めますが」
「お前が本当の妹を食ってしまったんだ! 本当の妹を返せ!」
「どうやら後継者様はお疲れのようですね。私は生まれた時から何も変わっていませんよ。ドワーフの誇り、大地と渓谷の恵み、そして偉大なる勇者に誓ってね」
「嘘だそんなことー!」

 これは後でダーリアから聞いたんだが、この三つに誓うことは人間にとっては神に誓うのと同じ意味。つまり嘘偽りがないことの表明に他ならない。これがどれほど重大な意味を持つか分からない首長嫡男でもなかったが、理想と現実の乖離に苛まれて混乱してたんだろう、とはダーリア評。

 優勝者を表彰するのは大会開催者であり首長国連邦首長でもあるダーリアの実の父だった。彼は複雑な表情を浮かべながらもダーリアを称えて首にメダルをかけた。ただ「おめでとう」と「ありがとうございます」のやり取りはそこまで疎遠のような素っ気なさは感じなかったが。首長個人は何だかんだで娘を気にかけてるのかもな。

 国歌斉唱、閉幕の言葉、そうしてグランプリは無事終わりを迎えた……かと思われた。彼らの襲来が無ければ。

「見事だった……。我らの王が敗れたのも道理だったか」

 天よりそんな言葉をかけてきたのは俺達が仕留めたはずのシルヴェリオだった。なんと俺達が穿った腹が治ってるじゃないか。ただし自力で再生したらしくてあらわになる皮膚が歪んでいるし身体中が血に染まっている。何より飛ぶ姿はとても弱々しくてかろうじて生き長らえているように見えた。

 これも後にダーリアから説明された。サウザンドドラゴンほどの高位のドラゴンになると超再生能力を持つようになる。しかし体力と生命力を著しく消耗するので本当に緊急措置なんだとか。あと頭を潰されたらさすがに助からないらしい。

「我らの負けだ。潔く引き下がろう」
「ふぅん、そう。そうやっていつまで幻獣魔王の面影を追い続けるつもりなの?」
「……何とでも言え。我らには必要なのだ。偉大なる王がな」
「そう、勝手にしなさい。ドワーフの私たちには関係のない話だわ」

 シルヴェリオがゆっくりと飛び去ろうとした矢先だった。遠い空の向こうから飛来してくる影が一つ……いや、段々とその数を増やしていき、まるで空を覆わんばかりの大群がこちらに押し寄せてきているではないか。

 いち早く渓谷の上に轟音を立てて降り立ったのは巨大な五つ首の竜だった。まさかアレは何本もの首と頭を持つドラゴンの中でも強力な部類に入るヒドラか? しかし五本ある首のいずれも色が違うなんて文献でも見たことないんだが……。

「かーっかっか! ざまぁねえなぁ老いぼれぇ! なぁにがグランプリで勝利して誇りを取り戻すだぁ? 負けてんじゃねぇよボケが!」
「オズヴァルド……。我らは全力を尽くした。ドワーフ達の方が一枚上手だった。ただそれだけの話だ」
「ふざけんじゃねぇぞ! てめぇらに任せてこのザマだ! 初めからこんな餌共なんざ食い散らかすだけで良かったんだよ!」
「よさんか! なめてかかれば痛い目を見るのは先人達がその身を持って実証してきたではないか!」
「うるせえよ! 引っ込んでろジジイ!」

 五つ首のヒドラはいきなりシルヴェリオと言い争ったと思ったら赤い首の口から灼熱の熱線を放射させた。疲労したシルヴェリオでは対処出来る余力すらなかったのかまともに食らい、砂漠に落下する。

 オズヴァルトとかいうヒドラはそれぞれの首で俺達を見下してくる。その舐め腐った態度、明らかに俺達を格下に見ているようだった。それは四巨頭のうち三頭を仕留めた俺達やダーリアに対しても変わらない。

「さあて、お遊びは終いだ。ここからは俺様達の食事の時間だ。大人しく全員食われろや」
「そ、そんな真似をさせるわけないだろ!」
「あぁん? 餌の分際でやかましいぞ。真っ先に食ってやろうか?」
「ひっ……!」

 果敢にもオズヴァルトを非難した首長嫡男だったがすごまれた途端に悲鳴を発して尻餅をついた。彼が臆病だったわけではない。最強種のドラゴンに本気で睨まれて恐怖しない生命体なんて数えられる程度だろう。

 しかしオズヴァルトや奴が連れてきた無数のドラゴン共は選手や観客一同に襲いかからない。オズヴァルトがわずかながら興味を向ける先はどうやらグランプリの優勝者であるダーリアのようだ。

「何だよ。タルチージオの奴がやられた相手ってこんな食いでがなさそうなクソガキじゃねえか! 情けねぇなぁ」
「……」

 オズヴァルトはダーリアを完全になめてるようだが当の彼女は全く気にしていなかった。むしろオズヴァルトを無視して部下に手と指を動かして指示を送る。おそらくは油断してる間に迎撃準備を整えるつもりだろう。

「シルヴェルオやアントーニオのジジイ共も大口叩きながらやられちまいやがって。どいつもこいつも恥を上塗りしやがって! ああムカつくぜ!」
「……」
「どいつもこいつも幻獣魔王とかいう負け犬野郎のせいだ! だがそんなみっともねえ過去とも今日でおさらばだぜ。俺様がてめえ等を始末してよ!」
「……」

 言いたい放題なオズヴァルトをよそにダーリアは更に指示を送る。ドラゴンから見えない洞窟内がにわかに慌ただしくなっている様子から、せめてまだドラゴンに捕捉されてない観客の避難誘導が始まったようだ。

 更には渓谷側面の壁穴からちらほらと竜騎士の姿が見られる。出撃準備が整ったようでダーリアに合図を送り返してきた。ダーリアは指示があるまで待機と命じたようで、竜騎士達は機会を窺い続ける。

 しかし、結果としてドワーフ対超竜軍の決戦には至らなかった。
 ほかでもない、オズヴァルトの致命的な一言によって。
 おそらく記録にも記されることだろう。歴史の分岐点だった、と。

「勇者だとかいうドワーフの雑魚野郎にでもあの世で泣いて詫びとくんだな!」
「……あ?」

 途端、ダーリアの雰囲気が変わった。
 散々ドワーフや他の超竜達が貶されても全く心に荒波立たなかった彼女が。
 ドワーフの勇者を貶されて、怒りを露わにした。
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