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第三章 幻獣魔王編

勇者魔王、肉体と鎧で想いをこじらせる

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「……とどのつまり、勇者イレーネは魔王鎧から解放されても完全に魔王イレーネのままになっちまった、ってことか?」
「と、言うより互いに混ざり合って離れられくなった、が正しいかな。僕は自分を聖女勇者じゃなく鎧の魔王だって認識してるけれど、言動や性格はもう『僕』に依存してしまってる。案外、乗っ取られたのは勇者じゃなく魔王の方かもね」

 魔王イレーネは自嘲気味に笑った。しかしそれは決して忌々しさからでも諦めからでもなく、それを受け入れて喜んでいるようだった。武具が装備者と一心同体になったことは

 俺と魔王イレーネが内緒話をしている間に勇者イレーネとダーリアは双方折り合いがついたようで、ダーリアは矛を収めた。一方の勇者イレーネは俺に向かって歩み寄り、突然聖王剣を振ってきた。

 間一髪。俺は魔王鎧と一緒に背負い込んだ魔王剣で聖王剣を受け止める。飛び込んできた勇者イレーネが間合いを詰め、鍔迫り合いの形になった。防御したので分かる。これは不意打ちでも力試しでもなく、単なるじゃれ合いだ。

「どうやら僕はニッコロを気に入ってるようだね。上手く僕を使わせてるじゃないか。けれど完全に解放して『僕』がこうしないとは思わなかったの?」
「思ったけれどそれはそれで面白いかな、とも思ったね。死闘に終止符を打つのに五百年はいい機会じゃないか」
「冗談。『僕』は僕で僕は『僕』。決着をつけるならニッコロは要らないよね。『僕』は自分と向き合いながら最後を迎えたいよ。だって五百年間ずっとそうだったでしょう?」
「違いない。僕と『僕』は一人の存在。死や滅びでも分かつことは出来ない」

 おいおい、何か俺の身体使って好き勝手されるぞ。イチャイチャするなら自分達だけでやってくれ。これ双子だって違う存在なのと似たようなもので、今は同じ人格同じ記憶同じ思想を持つイレーネが魔王と勇者で二人いる状況なのか?

 互いに聖王剣と魔王剣を鞘に収め、何もなかったかのように勇者イレーネは俺の腋を通り過ぎていった。

 この勇者イレーネは魔王に影響された結果なのか、それとも素でこんな感じだったのか、疑問は湧いたが今更推測したって現状が変わるわけでもないし、そもそも無粋だろう。二人のイレーネの関係は俺が軽々踏み込んでいいものじゃないからな。

 懸念も晴れたことで緊急出動したダーリアも撤収するかと思いきや、彼女は一向に動こうとしない。何事かと声をかけようとして、彼女の視線が俺達ではなく後方の上空に向いていることに気付いた。

「やれやれ、うちの御曹司殿はいつもながら重役出勤ですな!」
「きっと手洗いで極太を放り出してたんでしょう! あまり非難すると癇癪を起こすかもしれませんぞ!」
「あれで勇者の生まれ変わりを自称しとるんですから恥を知らんのでしょう!」
「止めなさいよ。一応出向いてきたんだし、挨拶ぐらいはしましょう」

 ダーリアが従えてた竜騎士達の散々な言いっぷりと咎めながらも、彼女は発言を撤回させなかった。ダーリアの表情からも話題にあがっている御曹司とやらを完全に下に見ていることが分かる。

 やがてダーリア達が来た方角とは反対方向からその一団はやってきた。ダーリア達竜騎士部隊とは違って立派な武具に身を包んだ竜騎士一行は上空を旋回した後、ミカエラやダーリアの姿を見て取ると次々と着陸していく。

「ダーリア! お前、何しにここに来た!?」
「これはこれは偉大なる後継者様。お勤めご苦労さまです」

 その中の一人、首長嫡男はいかにもドワーフが好みそうなごてごてした鎧兜に身を包んだ姿でダーリアへと詰め寄る。一方のダーリアはこれでもかと言うぐらいの微笑みで慇懃に頭を垂れた。それが首長嫡男の癇に障ったらしく、顔を憤怒で歪めて思わず背中の斧に手を伸ばす。

「見ての通り魔王軍の一派である魔影軍の者が現れたと通報を受けまして、いち早く参じた次第です」
「出しゃばるなよ。首都や渓谷はお前の管轄ではないだろ」
「ところで、後継者様はどのようなご要件でこちらに? 随分と物々しいご来訪のようですが、もしかして天気もいいことですし遠足ですか?」
「お前……!」

 皮肉たっぷりの舐め腐った物言いに首長嫡男は斧を取り出して構える。それを受けて双方の竜騎士部隊が各々の得物を手にし、一触即発な雰囲気が漂う。ダーリアは首長嫡男を嘲笑い、首長嫡男はダーリアに怒り心頭。歩み寄る気配は微塵も無し。

 先に退いたのはダーリアの方で、部下に武器を収めるよう命令。竜騎士達は彼女の指示ならばと渋々従った。そのうえでダーリアは部下達に撤収するように述べ、彼らは首長嫡男達そっちのけで準備を始めた。

「知っての通り私もグランプリに参加いたします。そこで偉大なる御曹司様をコテンパンに叩きのめしてみせましょう」
「いつもそうだ! お前は毎度毎度この俺をコケにして……! たかがドワーフのなり損ないの分際で!」
「別にどう言われようと私の心には何も響かないので思う存分してくださって結構ですが……」

 ダーリアもまた自分の飛竜にまたがり、離陸するように操作する。
 ダーリアが公爵嫡男を見下ろす視線、それは予想外にも呆れ果てや見下しの類は一切伴っていなかった。何故なら、憎悪一色に染まっていたから。

「二度と勇者の生まれ変わりだなんてふざけた事口に出来ないようにしてやるから、覚悟することね」

 ダーリアは公爵嫡男が何か言い出す前にさっさとこの場を後にした。
 博物館でのことといい、ダーリアはドワーフの勇者に対して何か思う所があるのだろうか?
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