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第二章 焦熱魔王編
聖女魔王、起死回生の一手を打つ
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コラプテッドエルフの軍勢と戦いだしてからもうかなり経った。しかし敵側の勢いが衰える気配が無い。俺達がいくら斬り伏せて叩き潰しても暗闇の向こうから増援が次から次へと姿を見せるのだ。
中心地に住むエルフ全部を動員しているなら何ら不思議でもないんだが、物量で押し切るにしても大した実力のない雑兵共をけしかけてたところで、そこまで消耗はしないんだがなぁ。
「ニッコロ。下」
「下ぁ?」
いつの間にか俺の隣にまで下がったイレーネに指摘されて地面に視線を向ける。足元には気を配っていたつもりだったが、意識を向けることで俺はようやくその異常に気付けた。本来なら俺がぶちのめしたエルフの死体が転がってるはずだが……、
「土人形?」
なんと肉、骨、内蔵、血液で構成される人体が全部汚泥と化して崩れているではないか。慌てて辺りを窺うと最初の方に倒した連中以外は半分以上の躯が同じような泥人形となり原型を留めていなかった。
「最初からマッドゴーレムを紛れ込ませて頭数を増やしていたんだね、きっと。このままだと三日三晩どころじゃなく延々と戦わせられるんじゃないかな。僕達が力尽きるまでね」
「持久戦戦法かよ。せこいなぁ」
「けれど凄く有効だ。僕もニッコロも肉体を持ってる以上は限界がある。ティーナに味方する僕らが森林ごと薙ぎ払うような大規模攻撃は出来ないって計算した上かな」
「成程な。そう言われると結構痛いトコを突いてきてるな」
このまま目の前の敵にかかりきりだとまずいのは分かった。ではどうする?
この現象、十中八九は土の邪精霊の仕業だろう。ディアマンテに与せず正統派に鞍替えした個体がいてもおかしくない。問題なのはマッドゴーレムを生成する土の邪精霊がどこに何体いるのかってことか。
「土の邪精霊を取りまとめる敵側の師団長がこの森のどこかにいる筈だから、探し出して仕留めよう」
「その心は?」
「こっちには軍長のディアマンテがいる。敵側の頭をやっつければその他の連中は彼女の命令に従って投降してくれるかもしれない」
「希望的観測だなぁ。とは言え他に挽回策も無いか。とりあえず俺達はここを離脱すればいいんだよな?」
「いえ、その必要はありません!」
俺はミカエラへ視線だけを向けると彼女は意図を察してくれたようで、力強く頷いてくれた。そのうえでディアマンテの肩に手を置き、夏に咲く大華のごとき満面の笑顔を向ける。ディアマンテの狂気で歪んだ顔が引きつって見えたのは気のせいか。
「ディアマンテ。吸収した水の大精霊の術を使う時です。余に続きなさい」
「御意に」
ミカエラが天に権杖をかざすと、あれだけ美しく輝いていた星空に暗雲が立ち込めていく。段々と空気が湿っていき、やがてぽつりぽつりと水滴が降り掛かってきた。森に恵みをもたらす雨がやってきた。いや、正確にはミカエラが招き寄せた。
「ブレスドレイン!」
降雨の奇跡により雨が落ちる。俺達やコラプテッドエルフの連中が濡れていく。この前に水の神殿に非難した時のように結構な勢いで降り注ぐが、俺達の戦いが中断されたりはしない。あくまでこの雨量なら、だが。
ディアマンテが両手を天にかざす。すると汚泥で構成された彼女の身体が指先から段々と濾過されたみたいに透明度を増していく。やがては腕全体、上半身の一部、更には頭部までが浄化され、彼女が乗っ取っただろう美しい水の大精霊の容姿があらわになった。
「ブレスドレイン」
ディアマンテの力ある言葉と共に雨の勢いが激しくなった。同じ名称でもミカエラの行使した奇跡と原理が違い、今のは水の大精霊が可能とする自然操作なのだろう。しかし結果は同じ。二重掛けされた雨は豪雨になり、俺達や敵を容赦なく襲う。
先に異変が生じたのは敵の方だった。コラプテッドエルフ連中が多くの割合で身体を崩し始めたのだ。泥人形が雨で洗い流されて形を保てなくなっているのだろう。やがては自重にすら耐えられず、その場で潰れてしまう。
「成程、これで森をさほど傷つけずに泥人形を一網打尽に出来るってことか」
「ディアマンテ達は水の精霊を取り込んでますからへっちゃらですけど、正統派の者達はそうもいきません。この雨は結構広範囲に降らせてますからね。しかも魔法じゃなく聖女と精霊の奇跡ですから、効果は抜群ですよ」
「たまらなくなった土の邪精霊がこっちに飛び出てくるかもしれないわけか」
「頭を出してきたら容赦なく叩けばいいんです。こう、ね」
ミカエラは権杖を俺の戦鎚に見立てて振り回す。大雨でびしょ濡れになって祭服がミカエラの身体に貼り付いてる。厚手だから身体の線が出ることはないし、むしろせっかく昼間洗ったばかりなのに、と泣き言を言いたいぐらいだ。
大雨ですぐ先も見づらくなった状況でもイレーネの攻勢は止まらない。むしろ足元が泥濘んで動きづらくなる中でも機敏に動き回り、次々と敵を両断していく。やがて大幅に数を減らしたコラプテッドエルフは、恐怖で怯え始めた。堕ちても生存本能は働くのか。
一方的な戦いになってしばしの後、何やら地響きがこちらへと迫ってくるようだ。この激しい雨の中でも感じるほどとは相当巨大な何かが接近している証だろう。地響きの主はやがて木々をなぎ倒し、俺達の前に姿を現した。
「ディアマンテぇぇ! 貴様、よぐもやっでぐれだなぁぁ!」
それは巨木のトレントだった。
中心地に住むエルフ全部を動員しているなら何ら不思議でもないんだが、物量で押し切るにしても大した実力のない雑兵共をけしかけてたところで、そこまで消耗はしないんだがなぁ。
「ニッコロ。下」
「下ぁ?」
いつの間にか俺の隣にまで下がったイレーネに指摘されて地面に視線を向ける。足元には気を配っていたつもりだったが、意識を向けることで俺はようやくその異常に気付けた。本来なら俺がぶちのめしたエルフの死体が転がってるはずだが……、
「土人形?」
なんと肉、骨、内蔵、血液で構成される人体が全部汚泥と化して崩れているではないか。慌てて辺りを窺うと最初の方に倒した連中以外は半分以上の躯が同じような泥人形となり原型を留めていなかった。
「最初からマッドゴーレムを紛れ込ませて頭数を増やしていたんだね、きっと。このままだと三日三晩どころじゃなく延々と戦わせられるんじゃないかな。僕達が力尽きるまでね」
「持久戦戦法かよ。せこいなぁ」
「けれど凄く有効だ。僕もニッコロも肉体を持ってる以上は限界がある。ティーナに味方する僕らが森林ごと薙ぎ払うような大規模攻撃は出来ないって計算した上かな」
「成程な。そう言われると結構痛いトコを突いてきてるな」
このまま目の前の敵にかかりきりだとまずいのは分かった。ではどうする?
この現象、十中八九は土の邪精霊の仕業だろう。ディアマンテに与せず正統派に鞍替えした個体がいてもおかしくない。問題なのはマッドゴーレムを生成する土の邪精霊がどこに何体いるのかってことか。
「土の邪精霊を取りまとめる敵側の師団長がこの森のどこかにいる筈だから、探し出して仕留めよう」
「その心は?」
「こっちには軍長のディアマンテがいる。敵側の頭をやっつければその他の連中は彼女の命令に従って投降してくれるかもしれない」
「希望的観測だなぁ。とは言え他に挽回策も無いか。とりあえず俺達はここを離脱すればいいんだよな?」
「いえ、その必要はありません!」
俺はミカエラへ視線だけを向けると彼女は意図を察してくれたようで、力強く頷いてくれた。そのうえでディアマンテの肩に手を置き、夏に咲く大華のごとき満面の笑顔を向ける。ディアマンテの狂気で歪んだ顔が引きつって見えたのは気のせいか。
「ディアマンテ。吸収した水の大精霊の術を使う時です。余に続きなさい」
「御意に」
ミカエラが天に権杖をかざすと、あれだけ美しく輝いていた星空に暗雲が立ち込めていく。段々と空気が湿っていき、やがてぽつりぽつりと水滴が降り掛かってきた。森に恵みをもたらす雨がやってきた。いや、正確にはミカエラが招き寄せた。
「ブレスドレイン!」
降雨の奇跡により雨が落ちる。俺達やコラプテッドエルフの連中が濡れていく。この前に水の神殿に非難した時のように結構な勢いで降り注ぐが、俺達の戦いが中断されたりはしない。あくまでこの雨量なら、だが。
ディアマンテが両手を天にかざす。すると汚泥で構成された彼女の身体が指先から段々と濾過されたみたいに透明度を増していく。やがては腕全体、上半身の一部、更には頭部までが浄化され、彼女が乗っ取っただろう美しい水の大精霊の容姿があらわになった。
「ブレスドレイン」
ディアマンテの力ある言葉と共に雨の勢いが激しくなった。同じ名称でもミカエラの行使した奇跡と原理が違い、今のは水の大精霊が可能とする自然操作なのだろう。しかし結果は同じ。二重掛けされた雨は豪雨になり、俺達や敵を容赦なく襲う。
先に異変が生じたのは敵の方だった。コラプテッドエルフ連中が多くの割合で身体を崩し始めたのだ。泥人形が雨で洗い流されて形を保てなくなっているのだろう。やがては自重にすら耐えられず、その場で潰れてしまう。
「成程、これで森をさほど傷つけずに泥人形を一網打尽に出来るってことか」
「ディアマンテ達は水の精霊を取り込んでますからへっちゃらですけど、正統派の者達はそうもいきません。この雨は結構広範囲に降らせてますからね。しかも魔法じゃなく聖女と精霊の奇跡ですから、効果は抜群ですよ」
「たまらなくなった土の邪精霊がこっちに飛び出てくるかもしれないわけか」
「頭を出してきたら容赦なく叩けばいいんです。こう、ね」
ミカエラは権杖を俺の戦鎚に見立てて振り回す。大雨でびしょ濡れになって祭服がミカエラの身体に貼り付いてる。厚手だから身体の線が出ることはないし、むしろせっかく昼間洗ったばかりなのに、と泣き言を言いたいぐらいだ。
大雨ですぐ先も見づらくなった状況でもイレーネの攻勢は止まらない。むしろ足元が泥濘んで動きづらくなる中でも機敏に動き回り、次々と敵を両断していく。やがて大幅に数を減らしたコラプテッドエルフは、恐怖で怯え始めた。堕ちても生存本能は働くのか。
一方的な戦いになってしばしの後、何やら地響きがこちらへと迫ってくるようだ。この激しい雨の中でも感じるほどとは相当巨大な何かが接近している証だろう。地響きの主はやがて木々をなぎ倒し、俺達の前に姿を現した。
「ディアマンテぇぇ! 貴様、よぐもやっでぐれだなぁぁ!」
それは巨木のトレントだった。
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