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第二章 焦熱魔王編

焦熱魔王、トレントを焼き払う

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 三つ目のエルフの里を出発した俺達は大森林の中を更に奥へと進んでいく。この頃になると木々も幹が太い大樹が多くなってきていて、空を覆う生い茂る木の葉の層も厚みを増していく。晴れているのに大地まで届く日光は淡く細く、辺りはやや薄暗かった。

 もはや雑草刈りは必要なくなり、道なき道をかき分けるように歩んでいく。ティーナがいなかったらすぐに迷子になって脱出出来なくなっていただろう。土地勘を覚えてるのかと思いきや、風の肌触りと土の臭いで当たりをつけているらしい。

「それにしても臭うな。鼻が曲がっちゃいそうだぞ」
「俺はあまり鼻が良くないから気にならないが、臭いのか?」
「ああ。風も土も瘴気が混じった腐った感触で気持ちが悪いぞ」
「森の奥の方が邪精霊の侵食が激しいってことか」

 先導していたティーナが突然止まり、俺達を手で制した。そして俺達にしゃがむよう仕草をし、自分はうつ伏せに身を隠しながらじっくりと弓を引き、矢を放った。甲高い音を立てて風を切っていく矢は、遠くの木に命中する。

 すると、なんとその木がざわめき出し、激しく揺れるではないか。直後に矢を起点として木が炎に包まれる。乾いた音を立てて幹が裂け、口のように開いた穴から野太い音が轟く。それは断末魔、焼き尽くされる木の魔物が発した悲鳴なのだろう。

「トレント……初めて見たな」

 トレント。樹木の姿をした樹人とも言うべき種族。エルフの大森林の奥深くに生息すると言い伝えられている樹の牧人だ。その始まりは長い年月を経て知性を得たとか、土の精霊の加護を受けた、とか様々に語られている。

 大森林で共に生きるエルフとは友好関係を築いている。当たり前だけれど突然不意打ちで矢を射かけ、あまつさえ燃やし尽くすなんて言語道断である。となれば、奇襲攻撃で仕留めた理由は案の定……。

「邪精霊の影響を受けて堕ちた、所謂コラプテッドトレント、って言ったところか」
「トレントは普段は土に根を張って動かない。森の見回りとかエルフとの交流、若木の育成とか限られた時に立ち上がって、それ以外は日光浴してばっかだな。土から栄養を吸収するから、エルフ以上に土の邪精霊の瘴気を食らっちゃうんだ」
「見間違いかもしれないけれどさ、何か葉っぱがやけに派手で毒々しかったか?」
「ああ。緑じゃなくて紫や青、赤に染まってるぞ。あと顔つきも狂気に染まって歪んでるし。見た目で一発で分かるよな」

 顔つき……あの幹に空いた穴みたいなのか。あれは顔って言うのかなぁ?

 ティーナは次々と矢を放っては堕ちた木人を燃やし尽くしていく。不思議なことに、とてつもなく低く乾いた絶叫を発して炭と化していっても他のトレントは目覚めようとしない。例え直ぐ側でティーナの炎の餌食になっていようと、だ。

 ティーナ曰く、光合成のために日向ぼっこしてる間は寝たように鈍くなる傾向にあり、コラプテッド化するとその兆候が悪化するらしい。代わりに覚醒している間に攻撃を仕掛けると気性の激しさ故に猛反撃にあうんだとか。

「だから遠距離からこうしてちまちま射掛けるのが一番有効的なんだー」
「正直俺にはただの樹とトレントの区別がつかないんだが。エルフには違って見えてるのか?」
「人の顔だって一人ひとり全然違うだろ。うちから見れば一発だな。ま、トレントが本気になって擬態したら自信ないけれどな」
「そりゃ考えたくないな。樹のそばを通り過ぎたと思ったら実はトレントで、不意をつかれるんだろ」

 ティーナの視界に収まる範囲の脅威は一掃したため、俺達は先に進む。道すがらティーナは何度も矢を射てトレントを焼き払っていく。おかげでティーナは忙しなく辺りを伺いながら歩くのだが、速度は落ちなかった。彼女曰く、通行の邪魔になる個体だけを排除してるから、らしい。

 コラプテッドトレント共の群生地までやってくると、明らかに辺りの雰囲気が変わった。昼間なのに一面薄暗く、大地は濃く染まり、木はねじ曲がり、葉っぱは毒々しい色に変貌していた。何なら水たまりまで苔が生えたように緑に濁っている。

「邪精霊に侵食された森はこんな風になる。果物の山の中に腐った果物一個を入れたらみんな腐るみたいに、すぐに森全体が腐り果てちゃうんだぞ」
「じゃあティーナはこんな風になった森を火にかけたってわけか」
「ああ。再生をもたらすには一旦焼失させるしかない。それがうちらが下した結論だったさ」
「人間の俺にも分かるわ。こんなおどろおどろしいのを野放しには出来ないわな」

 こんな環境にいたんじゃあ森の牧人たるトレントも魔物化するわけだな。そして森の住人たるエルフも汚染されて異形へと変貌を遂げるのか。思った以上に飛散で深刻な状況なようだ。
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