新人聖騎士、新米聖女と救済の旅に出る~聖女の正体が魔王だなんて聞いてない~

福留しゅん

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第二章 焦熱魔王編

戦鎚聖騎士、焦熱魔王に強襲される(後)

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 真っ先に動いたのはイレーネ。彼女は汚泥へと飛び出していき、汚泥を地面のように踏みしめて疾走していった。

「はぁ!? どうして沼に沈んでかないんだ?」
「粘性が高い液体は強く叩けば固くなります。高い位置から水に飛び込んだら水面に叩きつけられるのと同じ理屈ですね。要は、右足が沈む前に左足を出すんです」
「んな阿呆な…‥」
「大丈夫! ニッコロさんにも出来ますから! 状況確認お願いしますね!」
「くっそ……! 分かったよ、ちょっと待ってろ!」

 男は度胸、とばかりに俺も汚泥へと飛び出した。右足で汚泥を踏みしめ、すぐさま左足で踏み込む。すると右足はほんの僅か沈んだだけで足を取られなかった。同じ要領で右、左、右、左……出来た。本当に汚泥の上を走れたよ。

 で、湖の岸までやってきて、イレーネと共に遠くの状況を目の当たりにした。

 燃えていた。町の方角が激しく。それこそ町全体を焼き払うかのように。
 更には町の方へと流れていた汚泥の川を伝って炎が迫ってくるではないか。

「一文字斬り!」

 イレーネが魔王剣を一閃させる。前方に大きな裂け目が発生し、炎はそれを境にして伝達が止まる。しかし裂け目の向こうの炎は一向に鎮火しようとしない。汚泥を焼き尽くし、乾燥させるどころか蒸発させていく。

 こんなのは決して自然現象ではない。あきらかに魔術的な要素によるものだ。しかも対象を灰に、塵に変えるまで消えない炎なんて、どれほどの熟練した魔法使いであっても難しいだろう。

「なあイレーネ。こんな真似出来る凄い魔法使い、冒険者達の中にいたっけ?」
「いなかったね。一見すると」
「その言いっぷりだと実はいました的なオチにしか聞こえないんだが?」
「多分そうだろうなぁ、とは思ってたけど、思ったより早く本性を現したみたいだ」

 本性。その単語を聞いて嫌な予感しかしなかった。
 顔がひきつっちまうのもしょうがないよなぁ。

「ニッコロさん! 魔王城へのタウンポータルを発動するまでの時間を稼いでください!」
「はぁ!? 何で俺が魔王軍の撤退に手を貸さなきゃいけないんだよ!」
「魔王軍のためじゃなくて余のためだと思って! 今度おやつあげますから!」
「っ……! さっき言ってた貸しはこれでチャラだからな!」

 汚泥の湖の上を進むディアマンテの肩に座ったミカエラがとんでもないこと言ってきたんだが。言いたいことは山程あったが、仕方なく引き受ける。ああもう、どうして俺はこうもミカエラに弱いんだろうなぁ。

 ミカエラは真剣な面持ちで湖の中央まで進み、権杖を天高く掲げると集中し始めた。おそらくはこの汚泥を丸ごと一気に魔王城へと帰還させるために特大の転送穴を作るつもりなんだろう。ミカエラであっても準備に時間がかかるのか。

「あーあ。やっぱりそういうことだったかー」

 この場には相応しくない少し間が抜けた声が聞こえてきた。
 それはこれまでも良く聞いたもので、今耳に入ってくる筈のないもの。

 声の主は炎が燃え盛る川岸を歩いてやってきた。金髪巨乳の大女エルフの射手、ティーナが真面目な面持ちでこちらを見据えてくる。その雰囲気、威圧感、共に町にいた時とは全く違い、少しでも気を緩めるとすくみ上がりそうだ。

「湖の真ん中にいる聖女が魔王か? 傘下の邪精霊共が勝手な真似した尻拭い中みたいだけど、いつの時代も魔王は大変だなー」
「!? ティーナ、お前……」
「そっちの剣士は黒鎧の魔王を倒した勇者イレーネだな。でも見た感じ、真実は逆っぽいな。聖女の勇者を鎧の魔王が乗っ取ったのか。さしずめ勇者魔王かなー」
「ッ……。君こそ何者だい? ただのエルフじゃあないみたいだね」

 イレーネが軽く息を吐いて魔王剣を一閃させると、先程大地に裂け目を発生させた斬撃がティーナへと襲いかかった。対するティーナは素早い動作で矢を弓につがえて射た。斬撃と矢は二人の中間地点ややティーナよりの位置で激突し……、

 瞬間、爆発した。
 激しい衝撃と熱風がこちらに襲いかかる。
 俺はすぐさま盾で自分の身を守り、イレーネは兜を被って己の防具で受け止めた。

 アレは確か魔法が使える弓兵が良くやる手口だ。矢にそれぞれの属性魔法を宿らせて火の矢や氷の矢として放つことが出来る。熟練した射手は風を付与して意のままに矢を動かして獲物を仕留められるらしい。

 それにしてもイレーネの斬撃を相殺する程の威力がこもった魔法とはな。それもこの感じ、明らかに火炎魔法の類だろう。当たった瞬間に爆発したことから、使ったのは火炎魔法のファイヤーボール辺りか。

 そう、火炎魔法をティーナは使った。
 森の住人が禁忌とする、炎を操ってきたのだ。

 燃え盛る炎を背にティーナは俺達の前に立ちはだかる。
 魔王と聖騎士を相手にしてもなおその自信は揺るいでいなかった。
 間違いない。彼女こそ人類史でも語り継がれる凶悪な魔王の一体だろう。

「焦熱魔王……生きていたのか」

 禁忌の炎に手を染めたブラッドエルフ、それがティーナの正体だ。
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