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第一章 勇者魔王編

【過去話】戦鎚聖騎士、サイクロプスを討伐する(前)

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 村ではささやかながら夕食をごちそうになり、翌朝日が出る前に出発した。山間部への道を歩むのは俺達だけ。サイクロプスが出現する前は林業や狩猟でそれなりに往来があったそうな。

 天気は曇り。雲が白いから雨は降りそうにない。晴天だと暑くなるし雨だと最悪だから丁度いい。昨日かき集めた情報だと今日は天気が崩れる可能性は低いらしいので、魔物討伐に専念できる。

「そう言えば。ラファエラはどうして聖女になろうと思ったんだ?」

 俺は道中の退屈しのぎに質問を投げかけてみた。

 何せラファエラぐらい優秀だったらどこに行っても引く手数多だろうに。聖女としての名声や扱いと引き換えに過酷な奉仕や危険な場所への派遣などをこなさなければいけない。彼女ほどの能力があれば割に合わない、と考えていたからだ。

 俺の質問を聞いたヴィットーリオは僅かに表情を曇らせ、次には覚悟を決めた面持ちになる。爽やかな好青年って印象な彼にしては珍しい反応だった。どうやら重い事情があるらしい。

「最初に言ったでしょう。苦しむ人達を助けたいって」
「それは抱負であってきっかけじゃないな」
「ちなみにニッコロさんは格好いい聖騎士になりたいからなんですよ!」
「それ暴露する必要あるかぁ!? いや、まあ、俺のことは置いといて、将来の夢をはるかに超えて宿願にしてるように思えてね。何がラファエラを聖女に結びつけようとしてるのか、気になった」
「……そうね。丁度いい機会だからニッコロくんとミカエラさんには教えるわ」

 短くない沈黙の後、ラファエラは聖女見習いの祭服の袖を大胆にめくった。露出した腕は日々鍛えてる俺達より遥かに細く、華奢で白い。しかし、肉の付き具合とは肌の調子とかが全く気にならない要素が彼女の腕にはあった。

 ラファエラの腕には紋様が刻まれていた。幾何学的なそれは化粧ではなく傷跡に近い感じだろうか。それが手の平から腕を伝って肩、胴まで伸びていた。ぱっと見は魔法陣というより宗教画を思わせるそれは、まさか――。

「聖痕……」

 神により選ばれし、正真正銘の聖女の証だった。

 聖痕が現れた子供は聖者または聖女になる運命にある。教会は聖痕持ちの聖者や聖女が人々を救済する援助が目的で組織されたようなもの、と言い切ってもいいだろう。それぐらい人類にとっては重要な存在なのだ。

 奇跡を使える一般聖女はそれなりの数がいるが、聖痕持ちの聖女は一つの時代にただ一人。誕生したら必ずや人類に試練がもたらされる。例えば新たな魔王の出現、例えば天災級の邪竜の復活。聖痕持ちはそんな絶望と苦難から人々を救う希望となる。

 学院時代は魔王復活の兆候すらなく、先代の魔王が討伐されて久しかった。魔王軍に攻め滅ぼされた国も多くあったが、復興も進んで人々は平和に過ごしていた。新たな時代は再び転換期を迎えるってことか。

「こういうこと。私は聖女にならなきゃいけないし、みんなを救う使命があるのよ」

 ラファエラは決意が込められた引き締まった顔で述べた。己の宿命を受け入れ、それを果たそうとする覚悟に満ちていた。まだ聖女になっていなかったが、彼女からは既に並々ならぬ存在感と尊さを感じた。

 俺は思わずヴィットーリオに視線を移していた。彼は何も言わない代わりに強く頷くことで返事を示してきた。どうやら彼のラファエラ守る宣言はこの事情込みの話だったようだ。

「へぇ~成程ー。そうだったんですね!」

 ミカエラが憧れを表すようにはしゃぐ。自分こそが聖女にって日々足を引っ張り合う聖女候補者も聖痕持ちは敬う対象。ミカエラのこの反応は一介の聖女候補者としてはごく普通だったんだが、これには全く別の意味があったのだと今なら分かる。

 ミカエラにとってラファエラはこの時初めて興味を引く対象になったのだ。そして新たな聖痕持ち聖女の誕生を祝福した。決して仲間としてではない。ミカエラは、聖女が祓うべき魔王として彼女を歓迎していたのだ。

「水臭いですねー。なら余も聖女としてラファエラを支えますからね!」
「いいの? 私が聖痕を授かった意味、分かるでしょう?」
「関係ありませんねー。魔王だろうが邪神だろうがどんとこい!ですよ」
「ふふっ。頼もしいわね」

 見栄を張ったわけじゃないだろう。ミカエラだったら魔王や邪神が立ちはだかろうが跳ね除けるだろう、という謎の安心感があった。これはミカエラが魔王なのとは関係なく、不安を打ち払う彼女の気質によるものが大きい。
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