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第一章 勇者魔王編

戦鎚聖騎士、水源汚染の原因を討伐する

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 おかしい。野生の魔物は死んだら新鮮なうちに他の魔物共の餌になるのが自然の摂理。こうして瘴気の発生源になるまで放置されるなんて異常だろう。何かこのトカゲに近寄ってこない要因でもあるんだろうか?

「で、どうする? 水辺から引き剥がして弔うか?」
「面倒くさいですから、このまま汚物は消毒ですよ」

 ミカエラが権杖を一回転させ、その先をトカゲの死体に向ける。そして力ある言葉を発した。

「クリメイション!」

 火葬の奇跡。教会の教えでは終末の際に人々は蘇ることになっているので、基本的には土葬だ。よほどの大罪人とか疫病の犠牲者でもなきゃ死体は焼かれない。コレを習得してる酔狂な聖女はミカエラぐらいだろう。

 しかし、何も起こらなかった。

 しばしの沈黙が辺りを支配する。
 何をやってるんだ、と呆れたのも少しの間だけだった。

「火葬の奇跡って、魂の無い死骸にだけ効果があるんだったっけか?」
「ええ。生きているなら、もしくは魂が肉体に縛られていたら、不発になります」
「ってことは、あのトカゲの魂は天に召されてない、と」
「はい。出番ですよニッコロさん」

 ええい、なんてこったい。

 すると、なんと死んでいたはずの躯がうごめいたではないか。そして四本の足で立ち上がり、その白く濁った目で俺達を睨みつけてきやがる。明らかにこちらへ警戒心を抱いているようじゃないか。

 もちろん生きているわけがない。死んだまま奴は活動してる。
 つまり、奴はとっくの昔にゾンビ化していて、こうしてノコノコやってくる得物を待ち構えていたわけだ。

 俺が戦鎚を構えた直後、パイロレクスゾンビは何かを吐き出してきた。死ぬ前なら火炎放射してくる種なんだが、ゾンビ化したコイツはなんと瘴気のガスを吐いてきやがった。浴びたら最後、こっちまで生きる屍と化すだろう。

「セイントフィールド!」

 こっちに到達する前にミカエラが張った光の障壁が防ぐ。

「今です、我が騎士!」
「言われなくても!」

 放射ガスに勢いが無くなったと同時に俺は飛び上がり、水辺を挟んで向こうにいたトカゲの頭めがけて戦鎚を振り下ろした。さすがに反応され、しかし予想外にすばしっこく、トカゲは攻撃をかわしてきて、俺の戦鎚は水辺の砂利を砕くだけにおわる。

 だが、俺の攻撃はこれで終わらねえ。それぐらい想定済みだ。

 反動を利用して俺は今度は戦鎚を上方向に振り抜いた。回避行動を取ってたトカゲの後ろ足を少しかするだけに終わったが、それでも奴の体勢を崩すぐらいは出来たようだ。向こう岸に上手く着地できず、背中から身体を打ち付けた。

「セイクリッドエッジ!」

 すかさずミカエラが放った光の刃がトカゲに襲いかかる。着地地点を見極めた上での回避不能の攻撃。これでパイロレクスが生きた状態だったら空中で火を噴いて方向転換してたんだろうが、ゾンビになってそんな知性は残ってやしなかった。

 光の刃は容赦なくトカゲの胴体を両断する。痛みを感じないのかトカゲはそのまま前へ飛び退こうとして下半身を千切れ落とした。そして牙と爪を剥いてミカエラへと飛びかかった。

「させるわけねえだろ、ボケ」

 盾で腐れトカゲに顔面パンチをお見舞いしてやった。うへえ、腐った肉がこびりついた。こりゃあ町戻ったらきれいに洗わないと。臭いが移ったら大変だ。

 頭部の肉も大半が吹っ飛んで下半身を失ったトカゲはぶっ飛ばされた先で鈍重にうごめいたわけだが、再起する機会はもう無い。そこまで隙を見せたら後はもう聖女の独壇場だ。

「ターンアンデッド」

 聖なる光がパイロレクスゾンビを包み込み、浄化していく。
 やがて天に召されたトカゲの死体は骨だけになって、バラバラになって地面に転がった。

「ふう。何とかなったな」
「お疲れさまでした、我が騎士」
「別にお安い御用だ。大した敵じゃあななかったからな」

 これは虚勢なんかじゃない。アンデッド系の魔物の天敵とも言える聖女と一緒のパーティーだったら普通の冒険者にだって処理できる程度の強さだろう。戦闘が短時間で終わったのもその証だ。

「それより……」
「ええ。それより……」
「後始末が大変だな。気が重い」
「ですよねー。教会の正式な任務だったら女神官達と一緒に人海戦術でいけますけれど、それは出来ませんし」

 問題なのは、汚染源を処理したからって汚染された小川がすぐに浄化されるわけじゃないってことか。このまま自然に任せてたら何百年もかけることになる。浄化は下流にも施さなきゃいけないのだ。

 ただし、俺達が受けた依頼はあくまで小川の汚染の解決。事後処理までは含まれていない。最悪これで一件落着ってことで旅立ってもいいわけだ。さすがにそれだと目覚めが悪いので、こう気が滅入ってるんだがね。

「日が沈む前までに町に戻れればいいな……」
「言わないでくださいよ! げんなりしてきますからぁ」

 愚痴を言いながら俺達は下流へと向かう。道中の魔物処理は俺が、浄化はミカエラがこなし、太陽が山へと沈みかけた辺りでようやく町が見えてきた。何か、町人総出で俺達を出迎えててるように見えるんだが?

「聖女様が帰ってきたぞ!」
「聖女様ぁー! おかえりなさいませ!」
「おかげでわたし達は救われました! 本当にありがとうございます!」

 まだ遠くで浄化作業を続けていると分かったのか、声を張り上げて感謝を述べてくる。中には俺達の方へと駆けつける元気いい町人もいた。是非町でゆっくりしてください、という提案をミカエラは一旦固辞した。

「もう少し下流まで浄化します。残りは教会に依頼してください」
「そうしていただけると大変ありがたいです。聖女様、感謝いたします」
「礼には及びません。余は余のためにしたまでですから」

 神父なんて感涙の涙を流して祈りを捧げるほどだった。

 どうやらあのトカゲを退治した時点で汚染度合いが改善してきたらしく、聖女が解決してくれたとすぐに気づいたらしい。で、戻る頃合いに救いの主を出迎えようって話になって今に至る、と。

 何にせよ、こうして歓迎されるのは気持ちがいいものだなぁ。
 自分のためだと豪語するミカエラもまんざらではない様子だった。
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