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三学期

プリュヴィオーズ⑫・禁書を解読しよう

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「マダム・クロード、大丈夫ですか?」
「申し訳ございません、不覚を取ってしまいました……」

 魔法で転移した先はオルレアン邸の門前。さすがにアルテュールやダミアンさんら男性陣がいるのにジャンヌの部屋へ直接飛ぶ真似はしない。ダミアンさんに担がれたクロードさんはまだ壁に激突した背中が痛むのか苦悶の表情を浮かべている。
 わたしは奪還した光の禁書をダミアンさんの方へと差し出したけれど、彼は無言で突き返してくる。首を横に振るのと合わせて。

「一旦王立図書館で返却の手続きをしてから貸し出さないと駄目なんじゃあないです?」
「その辺りの事務処理は僕がやっておこう。特別対応とでも思ってくれていい」
「ありがとうございます。この後はどうします?」
「用事は済んだから僕は帰るよ。お休み」
「お待ちください」
「? 何だい?」

 ダミアンさんが会釈をしてから帰路に付こうとした時だった。リュリュに肩を抱えられたクロードさんが彼に声をかけたのは。彼がその場で振り向いたのを確認したクロードさんは、彼に向けて深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。貴方様のおかげで私はカトリーヌお嬢様の足手まといにならずに済みました」
「礼には及ばない。僕には体力がそれなりにあるだけで戦闘技術は無いからね。お役に立てて光栄だよ」
「いえ。貴方様の親切に甘える訳にはございません。このお礼は必ず」

 ……あれ? この展開どこかで覚えがあるな。

「なら今度君が休みを取れる日にでも一緒の時間を過ごしてほしい。何、単に劇場の催し物に同席して感想を語り合いたいだけだ」
「畏まりました。日時を指定いただければこちらが合わせます」

 あ、思い出した。『双子座』でのダミアンルートでのやりとりだ。何かメインヒロインが困っているのを彼が何となしで解決して、その礼をする為に彼と歩み出すんだった。まあ、アルテミシアと違うんだから単に偶然の一致でしょう。
 ダミアンさんはそのまま徒歩で帰ろうとしたので送っていくと提案してみたものの、丁重に断られてしまった。貴族ではない彼の家は間違いなく貴族のお屋敷が並ぶこの区画から遠いのに。しかもこの真夜中だと馬車も捕まえられないだろうし。

「アルテュールは大丈夫なの? アンリ様と激しく打ち合ったみたいだったけれど」
「噂に違わぬ強さでした。しかし決して倒せぬ相手ではなかったようです」
「学園内では屈指の強さなのに凄くない?」
「魔法で身体能力の強化をしていましたからね。純粋な技ではまだまだ及びません」

 私が綴った『双子座』ではアルテュールがアンリ様に並ぶ剣の腕前になる展開にはならない。ここでももう脚本から外れている明確な根拠と言える。凄いとか圧倒されるとかより真っ先に浮かんだのが格好いいだった辺り、わたしの心は結構アルテュールに持って行かれてしまったようだ。
 にしてもアンリ様が待ち伏せていたのはさすがに想定外だったな。『双子座』でも彼ルートではメインヒロインの騎士であらんと誓うけれど、まさかあそこまでやるなんて。万が一アルテミシアが彼に強硬手段をお願いした場合は何とかアルテュールに食い止めてもらうしかない。

「アルテュールはどうする?」
「私も今日は遅いので戻ります。また明日お会いしましょう」

 アルテュールもまた会釈をして踵を返した。彼はどうやら私が多用する影の中を移動する魔法を会得していないらしい。『双子座』と違ってイングリド様が亡くなられていない現状だとそこまで闇の魔法に傾倒する理由は無いってわけか。
 クロードさんは怪我の治療の為に一旦下がらせて、わたしとリュリュの二人でジャンヌの部屋に戻った。普段ならとっくに寝ている時間だからか彼女の目元は蕩けていた。意識していなかったら今にも寝落ちしそうだ。

「ただ今」
「おかえりカトリーヌ。首尾は?」
「上々。はいコレが例の禁書」
「へえ、これが……」

 ジャンヌはわたしから禁書を受け取るとテーブルの上に置く。そして分厚い背表紙、それから続く頁をその白く繊細な指で捲っていく。捲りやすいよう舌を少し出して指を舐める仕草が妙に可愛らしい。同じ顔なのにずるすぎる。
 ところが、そんな馬鹿げた発想が簡単に吹き飛ぶ衝撃を受けてしまった。

「は……白紙?」

 だってめくってもめくっても綺麗な頁が続くばかりだったんだもの……!
 まさかアルテミシアに一杯食わされて偽物を掴まされたんじゃあ、って猛烈な焦りがわたしに襲い掛かる。背筋が震えて急に不安になって呼吸も乱れ、どうしようと焦りばかりが募る。けれど何よりジャンヌへの申し訳なさが激しかった。

「結構難しいわね……」
「へ?」
「コレ今王国で使用されている言語とは大分違うわ。ほら」

 ところが、ジャンヌは眉間にしわを寄せながら何も記されていない綺麗な紙面を指差した。困惑するだけのわたしに首を傾げてきたジャンヌは合点がいったのか本を押さえていた方とは逆の手で軽く頭を押さえた。

「まさかこの書物、光の御子だけが読めるんじゃあ?」
「……もしかして、結構まずくない?」
「目星付けて読むにも解読が必要だから相当時間がかかりそうね……」

 文字こそ同じでも文法や単語一つ一つが異なり言い回しも古めかしい。学園で学んでいる古文、私世界で例えればラテン語に相当する言語よりも古い時代に記された書物なんだとか。
 禁書を手中にすれば解決すると思ったらとんでもなかった。まさかの難題にどう立ち向かう? アルテミシアがかけていた同じ期間、一ヶ月も要するとしたら到底間に合わない。

 だって王太子が悪役令嬢の婚約破棄に踏み切る断罪イベントまであと一ヶ月もないのだから。

 ■■■

 次の日、ジャンヌは禁書とオルレアン邸の本棚から取り出した分厚い本何冊かを学園にも持ち込み、休み時間の間中難しい顔をさせて本を睨んでいた。彼女が本の文字を追う速度はあまり早くないからあまり順調ではないらしい。

「ジャンヌ様、その何も記されていない書物は一体何ですの?」
「……」

 普段と違う様子が気になったのかクレマンティーヌ様が彼女の傍まで歩み寄る。ジャンヌは彼女に声をかけられても視線を本に落としたまま、代わりにある方向を指差した。クレマンティーヌ様が瞳を動かしてそちらを見やり、「ああ成程」と侮蔑を込めて呻った。
 そちらにはジャンヌの社交性に完敗して孤立しているアルテミシアの姿があった。昨日闇討ち同然に禁書を奪還したせいかこちらを睨んでいる。さすがに彼女を慰める役を負った攻略対象達もほんの少しの間の休み時間まで彼女に会いに来る酔狂な真似はしないみたい。

「光の魔法について記されているんですのね。読み手を選ぶ書物とは知りませんでしたわ」
「正直読破出来る気がしないわ……。焦りと苛立ちばかり増すばかりよ」
「ジャンヌ一人が訳していたら時間が無いよ。わたし達にも読めるようにならないの?」
「……試してみたい手段があるからちょっと待っていて」

 ジャンヌは徐に立ち上がって両手で開いた本を教室の壁へとかざした。そして力ある言葉を発すると、本から壁へ向けて光が放たれた。しかもただ指向性のある光ではなく開かれた頁が映像として壁に映されたではないか。
 これ、私世界の品で例えるなら映写機辺りか? 少し違うのは透明なシートに文字を書いてそこに光を当てる映写機の原理ではなく、文字だけを光らせて壁に投影されている反対の現象が起こっている所か。もはやここまで来ると魔法万能説を唱えたくなる。

「上手くいったようね。子供の頃はよくこうして絵本を大きく映し出していたものよ」
「……ジャンヌ。残念なお知らせがあるけれど、文字が逆」
「えっ? ……本当ね、困ったわ。鏡文字を読むのはあまり得意ではないのよ」
「こういう場合は一回鏡に反射させて映し出すんだったっけ。逆さの逆さは正常ってね」
「広げた本程度の大きさをした鏡はさすがに手持ちにはありませんわね」
「生徒会室に行って借りてきましょう。幸い現を抜かす殿方は全員後進にその席を譲られていますから」

 ジャンヌはわざとらしく少し大きめな声で言い放つ。陰険だなあ。まあアルテミシア当人を侮辱したわけではないから断罪イベントで責められる材料には出来ないけれど。アルテミシアは不愉快とばかりに唇を固く結びつつわたし達から視線を外した。

「成程、事情は分かった。生徒会室の備品を持って行こう」
「いえ、貸していただけるだけで十分です」
「数百頁もある禁書の中から目当ての魔法だけの目星を付ける作業は人海戦術で臨むべきだ。一刻も早く王太子殿下をあの輩の誘惑からお助けしなければ」
「分かりました。よろしくお願いします」

 次の休み時間、生徒会長のヴィクトワール様に事情を説明する。気前よく貸していただけるどころかヴィクトワール様ご自身が鏡を手にわたし達の教室までやってきた。下級生から慕われる生徒会長の突然の来訪には騒然となったわね。

「こんなものでどうだ?」
「会長様、そのままでお願いします。ジャンヌ、この映写魔法ってどれぐらい持続するの?」
「映写……成程、その表現いいわね。この魔法は今度からそう呼びましょう。あまり難しいものじゃないから結構長続きするわよ。ただし私が手を離すと効果を失うけれど。……と、こんなものね」

 ヴィクトワール様が両手で持つ大きさの鏡を動かして禁書から発せられる光を反射、今度は逆さ文字にならずに壁に上手く映し出せた。焦点のずれやぼやけはジャンヌが四苦八苦しながら微調整して鮮明になっていった。

「ではここからはわたくしの出番ですわね。ヴィクトワール様、頼んでいました大量の紙はございますの?」
「ああ、鏡と一緒に持ってきた。写本に使うと思って筆記具類も持ってきたが」
「いえ、紙だけで十分ですわ」

 そしていざ作業開始、の一歩手前でクレマンティーヌ様が絶対の自信を込めた笑みをこぼしつつヴィクトワール様より紙束を受け取った。羊皮紙が主流の王国では紙はまだ安価かつ大量には生産されていないのにこの枚数。さすがは貴族階級の子が集う学園、贅沢にも程がある。
 クレマンティーヌ様は紙束から一枚だけ取り出すと、力ある言葉と共に手の平を紙に滑らせた。するとほんのわずかに火花が舞い散って焦げ臭さが漂ってくる。「出来ましたわ」とクレマンティーヌ様が提示した紙はもう白紙ではなくなっていた。

「火属性魔法が燃やすだけしか能が無いとは大間違いですの。使い方次第でこんな芸当も出来ますわよ」
「や、焼き文字? 火属性魔法でそんな事も出来たの……?」
「五枚程度刷っておけば使い回しも出来ますわね」

 まさかの焼印加工!? しかもジャンヌが映し出している二頁分丸々写し取れている。少なくとも木版印刷や活版印刷どころか私世界のコンビニプリント並の早い仕上がりに驚きが隠せない。ジャンヌはジャンヌで目撃した魔法の技術力と制御力に驚いているみたいだ。
 そんなわたし達の様子にクレマンティーヌ様は大満足なご様子だった。

「さ、この調子で今日中に全ての頁を複写してしまいますわよ」
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