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二学期

ニヴォーズ④・誕生会の双主役

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「ジャンヌ様、お誕生日おめでとうございます」
「ささやかながらこちらをお贈りさせていただきます。お気に召していただければ嬉しいですわ」

 誕生会当日。学園では意外な程多くの方がジャンヌの誕生日を祝福した。
 ジャンヌはこれまで人を遠ざけてきたものの決して不評を買っていたわけではなかったんだ。加えて最近シャルルやクレマンティーヌ様と親しくしていたのもある。結果としてジャンヌは徐々に貴族令嬢方から敬遠されなくなっていったみたいね。

 贈り物を贈る方も大勢いらっしゃった。段々とジャンヌ一人で抱えきれない量になってくると彼女は困り顔をさせた。するとクレマンティーヌ様が呆れ顔で馬車まで持って行くって申し出て他のご令嬢方も追従する。最後はシャルルが人を読んでオルレアン邸まで運ばせると提案したのだけれどジャンヌは自分で持ち帰るのが楽しいんだと断った。

「施しは貴族の義務。どうも今年ぐらいしか出来そうにありませんけれど」
「ジャンヌ様が貴女様をご自身と同列に接していますので私もそう致します」
「お返しでしたら来年にでも頂ければ構いませんわ」

 更にわたしにも誕生日を祝う言葉をかけてくださる貴族令嬢がいらっしゃった。何名かからは贈り物まで頂いてしまった。どうして、と驚きを露わにするわたしに貴族令嬢方は様々な理由を口にされた。
 お父様はまだ公の場でわたしをオルレアン家の娘だとは公言してはいない。ひょっとしたら外見だけでなく本当にジャンヌと双子の姉妹かもしれない、と実しやかに噂が流れている程度。とすれば社交界を立ち回るための打算からではない。
 となればわたし個人が祝われているんだ。本当に嬉しい限りだった。

「おめでとうございますカトリーヌさん」
「あの、これ、ささやかですけれど……」

 思わぬ所だと『双子座』でメインヒロインの友達になる子爵令嬢や王都市民の子、けれど今回はクレマンティーヌ様の派閥に入っていた女子がわたしに声をかけてきたのよね。多分クレマンティーヌ様がわたしにも気さくに接するようになったおかげでしょう。
 諦めていた人間関係がだいぶ遅れて構築されていくのは中々に興味深い。

「お帰りなさいジャンヌ。さ、準備は貴女の部屋で整えているから早く仕度なさい」
「はい、お母様」

 緊張のあまり対して身の入らない学園での授業を終えてオルレアン邸に戻ると、お母様はジャンヌにすぐに誕生祝賀会の準備に入るよう命じた。わたしは畏まって一礼したジャンヌの陰で視線を逸らしていたのだけれど、笑顔をさせたお母様に回り込まれてしまった。

「そうそう、カトリーヌの衣装も用意させているから。着飾っていらっしゃい」
「あの……やっぱりわたしも出ないと駄目ですか?」
「ええ、駄目です。皆様に向けて愛想よく微笑んで適当に合槌を打っていればいいのよ」

 お母様には慈愛に満ちた様子なのに有無を言わさない迫力もあった。結局わたしは何も言えずに押し切られる破目になったのである。
 ああ……やっぱりわたしも誕生日を祝われるわけね。

「お嬢様。それでは私は一旦お傍を離れます」
「クロードの準備はマダム・マヌエラにお願いしているから。オルレアン家が責任を持って化けさせてあげる。是非私を驚かせてもらえる?」
「そのご期待に沿えるかは分かりかねますが、お嬢様より直々に招待頂いたからには最善を尽くします」

 学園からの下校で御者を務めたクロードさんとは玄関付近で一旦別れる。恭しく一礼してから踵を返して去っていく彼女の後姿は格好良くて実に様になっている。まだ幼さと固さが残るわたし達と違ってクールな美女に仕上がる事間違いなしね。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」

 ジャンヌの部屋の中ではマダム・ドロテーやリュリュ達オルレアン家のメイドが並んでジャンヌの帰りを待っていた。……うん、職場の諸先輩方にこう恭しくされると半端ではない違和感を覚えるな。未だ戸惑うわたしを余所にジャンヌは平然と受け止めた辺り育ちの違いが鮮明だった。

 既に彼女達の傍にはジャンヌとわたしが祝賀会で身にする一式が揃っている。参加者の一人にすぎなかった宮廷舞踏会と違って今宵の祝賀会の主役はジャンヌとわたし。その分以前にも増して上質な服飾と装飾にわたしは目を奪われるどころか畏れ多さを感じずにはいられなかった。

「早速ですが私共の方でお嬢様の準備を進めさせていただきます」
「本当だったらクロードにしてもらいたかったのだけれど、この際贅沢は言えないわね」
「それならわたしが手伝おうか?」
「カトリーヌは大人しくリュリュ達の着せ替え人形を務めていなさい」

 そうして仕上がった自分を鏡の前で眺めても自分だと信じられなかった。
 身に纏うドレスは極上の布地、細かい刺繍、そして華美な仕立て。身に着ける宝飾品も今までオルレアン家から払われた賃金では決して払えない程高価そうな煌びやかさと細かい加工がされている。化粧も施されたし髪も丹念に手入れされているわたし自身すら全く違う出来栄えだ。

「……ねえジャンヌ。お母様から言われるがままに身にしたけれど、似合っているかな?」
「何を言っているのよカトリーヌ。今の私は似合っているかしら?」
「勿論。素晴らしいと誰だって絶賛すると思うよ」
「その私と同じように着飾っているんだから似合うに決まっているでしょうよ」

 いや確かに今のジャンヌとわたしは見た目がほぼ同じだ。違いと言えばジャンヌのドレスは純白でわたしのは深く濃い紫ってだけで他の外見は同一。けれどやっぱり雰囲気の違いは現れている。ジャンヌに相応しくたってそれがわたしに似合うかは違う問題よね。

 ……ちなみに、ジャンヌのお腹周りが心無しか少し出ているような気がする。新たな命は順調に育ってきているらしい、と邪推しておく。まあまだほとんど目立たないから今日の夜会では指摘されないでしょうけれどね。

「不満があるなら今からでも変えてくればどう? 今やこのオルレアン邸にはカトリーヌの個室に専用の服飾が何着もあるじゃないの」
「自分じゃあ使い分けられないよ。言われるがままに着るしかないって」
「ならお母様の仰るとおりにしていなさい」
「そうするしかないかぁ」

 いっそメイド服でも良かったんだけれどなあ。誕生日なんて身内や親しい人からささやかに祝われれば十分。別にそこまで親しくない人から祝福されたって何も面白くないのに。けれどオルレアン家の娘として扱うと言われた以上は大人しく従う他無いのよねえ。

 鏡で自分の確認が終わったら次はジャンヌと正面から向き合った。わたしと同じドレスと宝飾、同じ顔、そして同じ体躯をさせた双子の片割れが目の前にはいる。互いに歩んできた道は全く異なるけれど今はこんなにも近くにいる。
 多分今最も身近な存在は?って聞かれたら迷わずジャンヌだって答えるでしょう。

「不思議ね。貴女しか考えられないぐらい憎んだし恨んだ。けれど今こうしている方がはるかにカトリーヌを身近に感じるの」
「わたしもこうすぐ触れ合えるぐらいの距離になるなんて思いもよらなかったな」

 ジャンヌが愛おしそうにわたしの頬を撫でながら微笑む。わたしも自然と笑みをこぼしていた。互いの格好の確認だったのにいつの間にか身体が触れ合いそうなぐらい距離は縮まっていて、気が付いたらジャンヌとわたしは手と手を絡ませていた。

「ねえ。このまま私達が運命を乗り越えられたらなんだけれど、それでも私の傍にいてもらえる?」
「勿論。だって神様の脚本を書き換えたら終わりだなんて悲しいじゃない」
「ふふっ。ありがとうカトリーヌ」
「こちらこそありがとうジャンヌ。こんなわたしを誘ってくれて」

 死亡フラグ? いや、これは決意表明だ。創造主が定めた悪役令嬢の破滅に負けるものかって。もうここにいるのは悪役令嬢でもメインヒロインでもない。ジャンヌとカトリーヌ、今を生きている女の子なんだから。

「お嬢様、お迎えが参りました」
「……えっ?」

 ジャンヌの部屋の扉を叩いて入室してきたのは……もしかしてクロードさん? いつもメイド服な彼女しか見ていなかったものだから見違えてしまった。
 まとめ上げた髪にナチュラルメイク、それから落ち着きながらも上品なドレスを袖を通し、女性の包容力を示すように胸元は開かれている。しかし決して彼女を必要以上に大人びた印象には見せず、若さを生かした感じにまとまっていた。控えめに言っても美人だった。
 とは言え衝撃具合はわたしよりはるかに長く彼女と同じ時間を過ごしたジャンヌの方が強かったらしく、完全に目を奪われている。

「? カトリーヌお嬢様?」
「……え? あ、ええ、何かしら?」
「嗚呼、私の格好ですか。確かに社交界など私には縁の無いものと思っていましたので落ち着きませんね」
「……クロードも貴族でしょう。今日は敬称を付けて呼ばないと駄目かしら?」
「いつも通りにと申したいところですが、父も旦那様より招待を受けておりますので、ご随意に」
「そう、なら遠慮なく。……、ありがとうございますクロード様。すぐに参ります」

 ジャンヌは他の貴族令嬢方にさせるように慇懃な物腰でクロードさんに一礼する。クロードさんはすぐさま抗議しようと反応したものの思い留まったようだ。ご随意と言ったばかりに……。ただジャンヌもそんな普段見られないクロードさんの反応見たさだった感はありそうだ。

「あの、クロード様。お迎えですけれどどなたがいらっしゃったのですか?」
「カトリーヌお嬢様……さすがにお嬢様にそこまで付き合う必要はございませんよ」
「あう……でもそれはそれとして、どなたが迎えに?」
「言うまでも無いでしょうが……」

 クロードさんが口にしたのは現状を考えれば至極当然の、しかしここまで多く積み重ねてようやく勝ち取れた方の名だった。

「シャルル王太子殿下であらせられます」
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