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二学期

ニヴォーズ③・最後の攻略対象者

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 王立図書館司書ダミアンさん。立法府上司ラウールやアランソン公爵アルテュールと並ぶ『双子座』裏の攻略対象者。彼と接触したくないなら王立図書館に行かなければいいのだから実に簡単だった。まさか彼本人が来襲してくるなんて予想もしてなかったわよ。

「ダミアン様、それでわたしに一体――」
「呼び捨てでいい。確かに僕の方が一回り目上だけれど君の方が身分は上だからね」
「……ダミアンさん、わたしに何かご用でしょうか?」
「……まあいいか。君がそうしたいのなら」

 ダミアンさんはわたしがソファーに腰を下ろすと落ち着いた様子で座る。
 ソファーの後ろではリュリュがわたしの傍に控えてダミアンさんを見据えている。既にテーブルには紅茶一式と菓子が盛られた皿が置いてあるから、改めてもてなすつもりは無いようだ。と言うかわたしを敬おうとしないダミアンさんにリュリュは不愉快さを醸し出しているんだけれど。

 ダミアンさんはまず出だしとばかりに何故わたしを知っているかを語ってくれた。学園で学年上位の成績を収める特待生の平民、しかも王太子の婚約者であらせられる公爵令嬢と瓜二つの容姿を持つ。もしかしたら本当の双子かも……。そんな噂が耳に入っていたんだそうだ。

「前置きはこれぐらいにして本題に入ろうか。数週間前、君は厄介事に巻き込まれたそうだね」
「こんな外見をしていてオルレアン家に出入りしている身ですから」
「何でも君が闇に魅入られし者だって実しやかに囁かれているよ」

 直後、だんっ、と心臓が飛び跳ねるぐらい大きな音が部屋中に鳴り響いた。正体はメイドが履く屋敷用の靴がダミアンさんの顔をかすめて壁に激突した音で、それは壁紙に傷を付けて次には床に転がり落ちる。
 わたしの後ろからは白タイツを履いた脚が水平に伸びてきている。後ろを見なくても分かる。リュリュが履いていた靴をダミアンさんにかするように飛ばしたんだ。何故? 勿論彼の発言を受けてオルレアン家の敵だと判断した為でしょうね。

「次は顔面に直撃させますから。言葉には気を付けてください」
「成程。オルレアン家の女性の身の回りの世話をする侍女は護衛も兼ねると聞いていたけれど、実際に経験してみると印象が全然違うものだ」
「……」
「待って待ってリュリュ。ダミアンさんも早く用件を仰って下さい。回りくどいですよ」

 何か背中越しにも凄まじい重圧を感じたわたしは慌ててリュリュを止める。今度は靴どころかソファーとテーブルを飛び越えて顔面蹴りでも浴びせかねない。にしてもダミアンさん、勿体ぶった言い回しをさせるキャラに設定したのは私だけれど、実際自分で会話すると凄く疲れるわね。

「それは真実なのかい?」
「そうですけれどそれがどうかしました?」
「お嬢様!?」
「黙ってリュリュ。彼はその確認をしに来ただけじゃあない。そうですよね?」

 『双子座』でダミアンさんルートに入るには夏まで闇属性発覚イベントを起こさない事が条件の一つだ。彼は王立図書館で調べ物をするメインヒロインを観察し、闇の担い手だと看破して接触してくるようになる。そう、あくまで彼は己の知識欲を満たしたいだけなんだ。
 神の使い、神に愛されし者、聖者として崇め奉られる光の担い手と異なり神敵、忌み子として扱われる闇の担い手は生まれた直後に処断されてしまう。その貴重な存在が無防備でいるのだから手に入れたいって衝動が芽生えてしまう。まあ最後にはそれが人が持つ恋心に発展するんだけれど。

 とどのつまりオルレアン邸まで乗り込んできたダミアンさんは間違いなく確証を得ている。今更否定した所で意味が無いのよね。それよりダミアンさんが単に本人の口から真実を聞き出したかったとはとても思えない。その程度ならここに来る筈がない。非効率的だもの。

「噂以上に聡明だね。ところで話を進める前に……」
「人払いでしたらお断りいたします。こちらにいるリュリュはいわばわたしの影、わたしの分身。邪魔だと仰るのでしたらどうぞお引き取りを」
「お嬢様……」

 ダミアンさんがわたしの後方に視線を移したので先手を打って釘を刺す。リュリュはわたしの宣言に感動したらしく歓喜のこもった声を漏らしてきた。ダミアンさんは僅かに眉をひそめたものの、軽く息を吐いて肩を竦める。

「……分かった。ならこのまま進めさせてもらうよ。君はブルゴーニュ伯爵令嬢についてはご存じかな? 君と同じ学園に通っているらしいのだけれど」
「あの方がどうかなさいました?」
「彼女は頻繁に僕が君と接点が無いかを探ってきていてね」

 アルテミシア、か。きっと彼女はわたしがメインヒロイン役としてダミアンさんを攻略していないかを確認したかったのね。同じく学園に通ってシャルルと親しくするアンリ様やピエール様と違ってダミアンさんは王太子様攻略には関わらない。
 ……ただし、ダミアン攻略に本腰を入れない限りはって条件が付く。だからアルテミシアは探りを入れたんでしょうけれど、それが逆にダミアンさんにわたしについて興味を抱かせるきっかけになってしまったわけだ。ご愁傷様と言うか本末転倒と言うか。

 ったく、アルテミシアー。ゲーム上のフラグ管理だけじゃあなくてもっとキャラ本人の人物像への理解を深めなさいよ! 自分がこう接したらどうキャラが動くか、みたいなさ!

「それが君を調べるきっかけになったのだけれど、腑に落ちない点がある。君、どうして王立図書館に足を運んでこないんだい?」
「調べ物でしたら学園の図書館にある書物で事足りるからです」
「ごまかさなくてもいい。君は僕と接触したくなかったんだろう? ブルゴーニュ伯爵令嬢が危惧していたようにね」
「貴方の様な無駄に勘のいい人は嫌いです」

 話が見えてこないなあ。もしかしてこの攻略対象者、単に自分の憶測を確かめたかったらわたしに会いに来たわけじゃあないよね? これでわたしに何か有益な情報が入って来なかったらリュリュをけしかけて一発殴っても罰は当たらないよね?

「ところが妙な事に二週間ほど前からブルゴーニュ伯爵令嬢はそんな事を聞いてこなくなったんだ。それまで執拗に聞いてきていたのにね」
「唐突に、ですか」
「代わりに彼女は王立図書館秘蔵の禁書を借りて行った」
「禁書?」

 いや知らないしそんな設定……もとい、禁書なんて。二週間ほど前って言うと闇属性発覚イベント中辺りか。とするとアルテミシアがわたしに奥の手を使うと宣言してから攻略対象者のフラグを確認しなくなった? 代わりに禁書を手に……。

「王立図書館には建国からの光の御子と闇の忌み子を記録しているんだ。そしてその者達がどのような奇蹟を起こしてきたかもね。彼女が借りたのはその内の光の御子の方だね」
「その禁書とやらをどうしてアルテミシア様が借りれたんですか?」
「光を持つブルゴーニュ伯爵令嬢だからこそ貸し出せたと言い換えていい。王国でその権利を持つ存在はあとオルレアン公爵令嬢ぐらいか」
「今代の光の担い手に歴代の足跡を残すためですか……」

 成程。けれどアルテミシアはある程度光の奇蹟を自分のものにしていた。今更聖典を調べて何をするつもりなんだろう?

「僕も彼女に用途を聞いてみた。彼女が言うには経験値が足りなくて欲しい奇蹟がまだ使えないんだそうだ」
「しゅ……修行のためですか」
「勤勉なのは構わない。けれど彼女の学園生活模様は僕の耳にも入ってきている。そこから判断するに、彼女は間違いなく光の奇蹟を自分の欲望の為に行使するだろうね」
「……っ」

 まさか、牢獄での面会の時に言っていた切り札習得のために? とは言え光の奇蹟は神の権能の一端、人を癒したり不浄を払ったり世界に救いをもたらしたりと、決して悪用出来る代物ではないんだけれどなあ。現に悪役令嬢も決して光の魔法を悪意に利用しやしなかった。
 しかし『双子座2』はきららの作品。彼女だったら光を転用して害を成す手法を思いつくかもしれないし……。んー、実際にどんな奇蹟を起こせるのかその禁書とやらを一回は読破してみないと何とも言えないわね。まあ、多分制限期間中は借りっぱなしにするでしょうけれど。

「で、それをわざわざ知らせに来たんですか?」
「ブルゴーニュ伯爵令嬢を野放しにすればいずれは神の怒りを拝めるかもしれない。けれど同時に闇を抱える君に興味を抱いたのも否定しない。僕はどのようになるか興味があるだけだ」
「観劇者、ですか。いい趣味しているのですね」
「おかげでこの年になってもまだ伴侶が見つかっていなくてね。親から色々と言われてしまうよ」

 そんなの知るものですか。
 まあいい。少なくともアルテミシアが繰り出す最終手段の手がかりを掴めただけ良しとしよう。それとダミアンはアルテミシアの毒牙にかかっておらず中立。それが分かっただけでも僥倖だ。

「……リュリュ」
「はいお嬢様」
「アルテミシア様の動向、誰か見張っていてもらえないかな?」
「畏まりました。すぐに人を手配いたします」

 何にせよアルテミシアが何か仕掛けてくるのは確実。
 備えなければ。絶対に断罪は阻止してみせる。
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