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二学期

フリメール④・謁見の間の攻防

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 審判の日は意外なぐらい早かった。

 ジャンヌの言った通り東国から一週間も経たずにわたしは王宮を守護する近衛兵に囲まれながらとある場所へと連れて行かれた。てっきり裁判所のある司法府が行き先かと思っていたんだけれど、何か王宮に足が向いているんですがそれは。

 初めて王宮に足を踏み入れたわたしは正面口からどこにも曲がらずに一直線に抜けていく。そこは決して業務や執務の効率性を考えた機能的な造りではなく、訪れた諸外国の王族や使者に国力を見せつける為に空間は広く高く設計されていた。
 柱には王国や王家の旗が掲げられている。、床に敷かれた絨毯は靴越しにも触りが良い。並べられた儀礼用の全身鎧は煌びやか。燭台、花瓶、絵画。そして建造物そのもの。どれ一つ取ってもわたしを圧倒するばかり。華々しい別世界がわたしの目の前にあるようだった。

 そして突き当りにそびえ立った巨大な門が開かれ、わたしはその空間に通される。近衛兵から引き継いでわたしを引き連れるのはブルターニュ辺境伯。わたしは彼の言われるがままに前進していき、彼が指定した場所に跪いた。

「苦しゅうない。面を上げよ」

 目の前で鎮座する方の許しを得てわたしは顔を上げる。わたしの目の前には王国の君主たる国王陛下、そして王妃様がいらっしゃった。
 そう、わたしは王宮の中でも謁見の間に通されたんだ。

 わたしの左側に控えているのは旦那様とお母様、それからアランソン公閣下と……イングリド様? 右側に控えている方々は見覚えが無い。ただどこかピエール様の面影が見られるから、ナバラ公閣下と奥方様か。まさかの御三家勢揃い。緊張して吐き気が出てきそう。
 他にいるのはブルターニュ辺境伯や国王陛下をお守りする近衛兵、それからナバラ公らしき人物の傍に教会を代表してか神父が控えていた。後は……国王陛下から少し離れた位置にシャルルが起立していて、王妃様の傍にジャンヌが控えているぐらいかな。

「久しいなカトリーヌ。暑中の宮廷舞踏会以来か」

 沈黙を破ったのは国王陛下だった。と言うかこの方が許さない限りこの場の誰一人として発言出来やしないし。わたしは恭しく首を垂れる。

「覚えていてくださり有難き幸せございます」
「これは余個人の意見だが、今日この日を迎えてしまった事は誠に残念に思う」

 思い返せば陛下は明らかにわたしの出生の秘密を知っているご様子だった。けれど陛下は真実を暴かずにはぐらかしたお母様に同調した。陛下のお言葉はあの時から変わりない本音なんだろう。このまま発覚しないままであれば、って。

「……恐縮です」
「では早速この者について沙汰を言い渡す。司法府長よ、見解を述べよ」
「畏まりましたぞ国王陛下」

 陛下に促されてアランソン公が手に抱えていた書類を広げる。彼の調子は宮廷舞踏会やアランソン訪問の時と何ら変わりがない。無遠慮だった普段から態度を変えない事で相手から真意を読まれにくくする働きもありそうな感じがする。彼、私が思っていたより曲者かもしれない。
 
「結論から申しましてカトリーヌ嬢は無罪放免で問題ありませんな」
「アランソン公! 適当にぬかすな! 神に仇名す闇を持つ者に罪が無いだと?」

 意外、それはお咎めなし。闇を抱えて生を受けたわたしに罪は無いんですって。
 それにすかさず異議を唱えたのはナバラ公らしき貴族だった。声を張り上げたナバラ公の様子からするとは明らかにアランソン公の正気を疑ってかかっているようね。神様が創造したこの世界から闇の子を排除し続けていたこれまでとは真逆だもの。
 しかしそんなナバラ公の気迫にアランソン公は全く動じる気配が無かった。

「おや、異議を唱えるとは遺憾ですな。これは私の一存などではなく司法府が審議を重ねて出した結論ですぞ。ではその根拠を読み上げてまいりますぞ」

 アランソン公の並べた判決の根拠を掻い摘むと、性悪説を認める法律は定められていない。そして闇属性を罪とする法的根拠も無し。つまり、あくまで個々で価値観が違う人の罪を同じ尺度で測るための物差しに使われる法の下では闇の申し子は罰せられないんだとか。

「よって司法でカトリーヌ嬢は裁けない訳ですな。いやはや、こんな判決になると! 闇を抱える者を処断する法整備がされていなかったとは私も思いませんでしたぞ!」
「司法で裁けないのならそこの者は教会の管轄として異端審問にかける! 身柄の引き渡しを要求する!」

 それはわたしが最も恐れている展開だ。法治国家で過ごしていた私と違ってここでは宗教的価値観が根強い。政教分離が進んでいない王国では法で無実でも教会から罪深いと判断されたら処罰されてしまう。教会に委ねられたら最後、拷問の末火刑にされる事必至だ。
 しかしアランソン公の態度は崩れない。何だかとても頼もしく見えるわね。本当なら闇の申し子だからって監禁されたアルテュールにとっくに始末されているだなんてとても思えないわ。アルテュールったらこの日の為にどれだけ閣下を仕込んだのかしらね?

「おっとナバラ公、それは叶いませんな。罪を犯していない王国市民を教会が不当に裁けないよう保護する法が整っています故」
「何、だと……? そんな法案に署名した覚えは無いぞ!」
「法なら夏に立法府より提出し、建国節頃には行政府で承認されているな」

 信じられないとばかりに被りを切ったナバラ公へ今度は旦那様が口を開いた。
 旦那様が抱えていた箱から取り出したのは書面の束。遠目で細部までは良く分からなかったけれど、どうやら法案の原書みたいだった。表紙には七名の署名が成されていて、立法府と行政府、それから国王の印璽が押されている。つまり書面の法はもう正式に施行されているようだ。

「闇をもって生まれし者、しかし生を受けた後で罪を犯していない者は国王陛下の許しの下いずれかの公爵家の監視下に置くものとする。これは教会の理不尽な異端審問で神より授けられし命が不当に奪われないよう樹立されたものだな」
「在り得ない! 教会の意向を無視するような法案を私や行政府が通す筈が……!」
「ああ、もしかしたらナバラ公が不在の間だったかもしれぬ。そなたの署名が無いようであるしな」
「……っ! その書類を見せろオルレアン公!」

 ナバラ公は激昂しながら旦那様に詰め寄って法案を奪い取った。そして書面に記された文字列や署名を目にして、陛下の傍らに控えていたシャルルにその視線を向ける。傍目から見てもかなり必死な様子なのでどうも彼の理解を超えた事態になってきているようだ。

「王太子殿下! 行政府側の承認欄に貴方様のご署名がされているのは何故ですか!?」
「ナバラ公。私は学園が夏季休暇中の間、三権府それぞれで学んでいきました。その際王国の行く末を左右する決定をする責任を学ぶように、と三権府長官と同等の権限が与えられた筈です」
「む、確かにその通りではありますが……」
「よってその法案は私が行政府長官代理として承認しました。何か異議申し立てが?」
「~~っ!!」

 腕を振るわせたナバラ公は怒りの矛先をどこにも向けられないままで元の位置に戻っていく。この場の最高権力者が彼だったら間違いなく大声で喚きながら地団駄踏んだでしょうね。旦那様はナバラ公から取り返した法案を丁寧に箱にしまい込んでいく。
 しかしまさか旦那様がそんな法案を提出した上でシャルルが通すなんて。まさか旦那様……わたしの為に準備を? でなければわざわざ教会を敵に回すような大それた真似をしでかす理由なんて無かった筈よ。

「カトリーヌ嬢が法案適用者第一号になるとは面白いですな。して陛下、どうされます?」
「余からはこの者は罪に問わぬ」
「よろしい! 陛下の許可も頂いたところで彼女はどの家が監視しますかな?」
「ではオルレアン家が引き受けよう」
「決まりですな! これにて本法廷はめでたく終了!」
「ふざけるなフレデリック! 何だこの茶番劇は!?」

 淡々とわたしの処遇が決まる有様にとうとうナバラ公の堪忍袋の緒が切れたらしい。陛下の御前にも関わらず声を張り上げて激昂する。目が血走って口から泡が飛び散って酷いものだ。よほど神の意志とやらに背く展開が許せないらしい。

「もういい! ならこの小娘はナバラ公爵家の名の下に異端審問にかける!」
「――そんな暴挙は我がオルレアン家の名に懸けて許さん」

 げっ!? まさかの強硬手段に打って出るつもりか!? 冷や汗がぶわっとあふれ出そうになった直前、旦那様が底冷えした声をナバラ公に向ける。いつも厳格でいらっしゃった旦那様はわたしが今まで見た事が無いぐらい静かな怒りを燃え上がらせてナバラ公を睨みつけている。

「それはその娘がオルレアン家に仕える召使いだからか? いかにオルレアン公が庇い立てしようと平民風情が我がナバラ家から逃れられると……」
「平民? はっはっは、滑稽な事を申すのだなそなたも。それともその両の目はただの硝子玉か」
「……何?」

 ナバラ公は余裕気に笑い声を挙げる旦那様が気に障ったらしい。けれどナバラ公が何かする前に旦那様は箱から再び書類の束を取り出して……いや、アレはまた違う奴か。やはり七名の署名と三つの印璽がされているから施行された法案のようね。
 ……あれ、ちょっと待って。あの書類の筆跡は凄く見覚えがあるんですが。

「これは地方都市の上下水分離の公共工事実施に関する法案だが、行政府の承認はそなたがしているようだな」
「それが一体今回とどう関係すると言うのだ!」
「どうやら今日のナバラ公は些か錯乱しているようだな。立法府側の署名は覚えていないのか?」
「立法府側のだと……?」

 ナバラ公は再び旦那様へと詰め寄っていく。そして署名が確認出来る距離まで近寄った瞬間、眼球が飛び出るぐらいに目を見開いた。
 ええそうね。法案はともかく書類を作ったのは他でもないわたしだものね。立法府側の作成者の署名もこのわたしがしている。しかも、旦那様に言われるがままにこう記している。カトリーヌ・ドルレアン、と。

「カトリーヌはまごう事なきオルレアン家の娘である。我が娘に手出しはさせん」

 その一言は厳かに謁見の間に響いた。
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