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二学期

ブリュメール④・メインヒロイン問答

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「どうしてどのルートでも必ずメインヒロインの傍にいてくれる王太子様が未だ悪役令嬢なんかと一緒にいるんですか?」

 そんなのアルテミシアに問われるまでもない。『双子座』では決して叶わなかった悪役令嬢のハッピーエンドを達成したいからだ。だからわたしは悪役令嬢が断罪に追い込まれないよう攻略対象者から距離を置いている。アルテュールについては不可抗力に過ぎないもの。

「その悪役令嬢って名詞が何を指すか分からないのですが、もしかしてジャンヌのことを言っているのですか?」
「そう、それもおかしいんですよ。どうしてメインヒロインが悪役令嬢なんかと仲良くしちゃってるんです? もしかして貴女の贔屓キャラがジャンヌだったりするんですか?」
「ブルゴーニュ伯爵令嬢。今の言葉は聞き捨てならない。オルレアン公爵令嬢に対してあまりに失礼ではありませんか?」

 わたしは怒気を強めて彼女に指摘した。
 彼女は分かっているのか? オルレアン家は王国を支える御三家の一つ。一代限りではなく存続を許された公爵家なのよ。いかに伯爵令嬢と言えど旦那様が吹けば簡単に飛んでいく程度に過ぎない。公爵家を貶める安易な失言はお家潰しに繋がりかねないのに。
 そもそもそれ抜きにしてジャンヌを下に見る彼女を許せなかった。推しだの萌えだの安易な言葉で括るな。わたしがこの約半年間どうジャンヌと付き合ったか知らないくせに。作中や設定集でしか語られていない上辺だけでジャンヌを語るな!

「あー、家柄とか爵位とかです? 確かに面倒ですよねー。迂闊な言動は出来ませんし?」

 しかしわたしの真意はアルテミシアには伝わらず、彼女は安穏と答えてきた。それは伯爵令嬢としても在り得ない程に己の身分と立場の自覚に欠けるもので、怒りや呆れ果てよりまず驚いてしまった。そして改めてわたしの勘違いに気付いてしまう。

 わたしは私を思い出してもわたしのままね。確かに私の知識と経験に引き寄せられる事も多々あるけれど、好みも考え方も私とは違うんだって自覚はある。だってわたしとして育てられて今まで歩んできた道のもっと前に私が歩んだ道があっただけだもの。
 アルテミシアは違うんだ。彼女は前世を思い出した際に人格と思想を次回作ヒロインに上書きしたんだ。確かにブルゴーニュ伯爵令嬢として生きた記憶も残っているんでしょうけれど、もはや知識でしかない。

 いわば、目の前の彼女はアルテミシアを乗っ取って今ここにいる――!

「で、話を戻しますけれどどうして王太子様が悪役令嬢と一緒にいるんです?」
「婚約者同士が仲睦まじくしていて何か不都合が?」
「質問を質問で返さないで! 在り得ません、王太子様がメインヒロインそっちのけで悪役令嬢と親しくするだなんて……!」

 この次回作ヒロイン、そのメインヒロイン役だったわたしの手引きとはまだ察していないらしい。いや貴女は次回作ヒロインなんだから関係無いでしょう、とか言った暁には火に油を注ぐ結果になりかねないわね。
 そもそも要点がぼやけている。わたしがシャルルにもっと取り入って『双子座』本来の流れに引き戻したいのか、それともシャルルの気を惹きたいけれどジャンヌしか見えていない現状の打破に協力しろなのか。わたしにどうしてほしいんだろう、前振りが長いな。

「それで、アルテミシア様はわたしに何を望むのですか?」
「王太子殿下とあの悪役令嬢を破局させるように動きなさい」
「お断りします」
「はぁ?」

 疑問は色々と湧いたけれどわたしの口から飛び出たのは明確な拒絶だった。わたしにだって譲れない意思はある。己の願望を果たそうとするのはお互い様。相容れないなら衝突するしかないでしょうよ。
 アルテミシアが顔を近づけて睨みつけてくる。わたしも負けじと静かな憤りを覚えながら見据え返す。

「話にならない。まさかわたしがそんな戯言に協力するとでも?」
「……つまり、カトリーヌさんはわたしの邪魔をするつもりなんですね」
「邪魔をしているのは貴女様の方でしょう。メインヒロインだか何だか知りませんが、王太子殿下を誑かそうなどと不敬も甚だしい――」

 その行為は突然だった。アルテミシアは壁ドンする方とは逆の手を振ってきたんだ。平手打ちだろうけれど暴力は受けたくなかったわたしは足を踏ん張ってそのままアルテミシアに体当たりをかました。距離の近さもあってわたしの方が早くアルテミシアに触れ、そのまま押し出した。
 いきなり何を、と批難しようとして言葉を失った。アルテミシアが振ってきた手は眩い光を放っていて、一目で何らかの魔法が施されているんだって分かった。彼女は怒りに任せたんじゃなくて明確に害を与えようと攻撃を仕掛けてきたんだ。

 しかもあの光の感じは見覚えがある。クレマンティーヌ様と決闘って名目のじゃれ合いをしていたジャンヌの魔法だ。まさかきららったらアルテミシアに光属性持ちの設定を付け加えたんじゃないでしょうね……!

「暴力に訴えてくるとは貴女様の程度が知れますね」
「何で避けるんですか!? カトリーヌはただ攻略対象者に守られるただの貧弱一般娘の筈なのに!」

 え? だってジャンヌの侍女をしている以上護身術の習得は必須。さすがにクロードさんやドロテーさん方には遠く及ばなくてもある程度の近接戦闘術は覚え込まされたもの。そんな設定知らないし私だって吃驚だよ。オルレアン家の侍女って本当何者なの?

 アルテミシアは顔を歪ませながら光らせた拳をこちらに突き出してくる。光は彼女の手の形に合わせて輝く刃と化してこちらに向けて放たれた。わたしもまた手を突き出して光の刃を受け止め、そのまま握り潰してやった。

「闇属性の魔法……!」
「貴女様がその気なのでしたらこちらも容赦致しません。お覚悟を」

 手の平程度の大きさの闇の盾を作り出してそれを折り畳む。今の現象のからくりはそんなものだ。アルテミシアはメインヒロインが闇属性持ちだって知識では知っていても実際目の当たりにしたら印象が違っていたのか、驚きの声を挙げる。

 わたしはアルテミシアが信じられないって顔をさせているうちに腕を交錯させ、構えを取ってタメに入る。アルテミシアが我に返った時にはもう遅い。わたしは彼女に腕を見せるような感じで腕を突き出し、そこから闇の奔流を発した。

「きゃ、ぁっ!?」

 漆黒の粒子の流れは何の抵抗も無くアルテミシアに浴びせられ、軽い火花が散ってアルテミシアを怯ませる。どうやら咄嗟に自分を覆う防御壁を張っていたらしく淡い光の幕を打ち壊す程度に留まったようだ。まあ、大きく吹っ飛ばされて怪我をされたらわたしが破滅しかねないので勿論加減したけれど。
 わたしは怒りを湛えるアルテミシアを見据えたまま追撃はしなかった。向こうが先に仕掛けたから反撃しただけで危害を加える気は無いもの。向こうもそれが分かっているのか、闇を浴びた胸元を押さえる仕草に留まった。

「アルテミシア様はジャンヌを破滅させて自分が王太子殿下の伴侶になりたい。そう解釈して問題ありませんね?」
「狂っています、シャルルをみすみす悪役令嬢なんかに渡すだなんて……! カトリーヌさんは『双子座』を冒涜しています!」
「だからわたしに代わってジャンヌを破滅させて王太子殿下を射止めるんですか?」
「愛しの王子様に口説かれたいって思うのは『双子座』ファンとして当然でしょう! 貴女が役目を放棄するならわたしがその座を頂きます!」

 私の生み出したキャラをそこまで言い切ってくれるのは確かに嬉しい。それに『双子座』の冒涜、か。原作もアニメ版も漫画版もドラマCD版もラノベ版も全部全部ジャンヌが救われずに断罪されているのだから、そう言われるのは仕方がない。

「ではアルテミシア様、貴女はわたしの敵です」

 だからって引き下がると思ったら大間違いだ。あえて『双子座』で語るならこの物語は最後の最後で悪役令嬢が幸せになるルート。たった一つ足りなかった要素、悪役が報われる展開、それを叶えるのが私の悲願なんだから……!
 わたしの決意表明を前にアルテミシアは怒り狂う……と思いきや、急に笑い声を挙げてきた。胸を押さえていた手を額に持ってくると彼女は髪をかき上げ、顎をやや上げつつ見下ろすようにわたしを見据えてきた。

「そう、成程ね。やっと分かりましたよ。カトリーヌさんはどうやらジャンヌをハッピーエンドにしたいんですね? 勘違いしていたようですから訂正しちゃいますけれど、貴女は自分の役目を放棄していない。今は言わば作品化されていない悪役令嬢ルートって所ですか」
「それに答える必要はありません」
「ならわたしがこうして乱入してくるのはわたしを悪役令嬢に仕立て上げるためですかぁ? そうはいきません。最後に幸せになるのはこのわたし、アルテミシア・ド・ブルゴーニュなんですから!」

 アルテミシアは万歳をさせながらわたしに向けて宣戦布告してくる。メインヒロインと悪役令嬢の双方を敵に回してもなおシャルルを攻略するんだって自信に満ちている。彼女は小悪魔的な笑いを浮かべながら堂々とした佇まいでわたしの傍を横切っていく。

「言っておきますけれどわたしほど『双子座』シリーズをやり込んだ人はいません。公式検定もぶっちぎりの一級でしたから。貴女にわたしのフラグ管理を上回れると?」
「検定一級凄いですね。ですがお手並みは拝見致しませんから」
「あはっ! すぐに分かりますよ。現に既に攻略対象キャラの半分以上が既にわたしの味方になっちゃってますからね」

 アルテミシアはそのまますぐ傍の階段を降りて姿を消していった。

 今更わたしは決意を新たにする必要なんて無い。次回作ヒロインだろうが『双子座』ファンの筆頭だろうが知った事か。ジャンヌのハッピーエンドの邪魔をするなら容赦しないだけだ。
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