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二学期

ブリュメール①・街中デート作戦会議

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 『双子座』にも所謂デートイベントが存在する。放課後にちょっと寄り道する程度だったり休みを一日中満喫したりと大小様々。プレイヤーの分身であるメインヒロインが積極的に誘う場合もあれば攻略対象者が誘う場合もある。好感度の調整や地道な稼ぎにはもってこいと言える。
 秋に入って専用ルートに突入していても油断してはいけない。たまに全攻略対象者の好感度が確認されて次に発生するイベントも変化するから。攻略中の殿方の好感度が下がっていたり他の殿方の好感度が異常に上がっていたりすると、悪役令嬢の悪意に晒されやすくなるんだよね。

「ジャンヌには次の休日にシャルル殿下と一緒に王都市街地の散策を楽しんでもらいます」

 ただしメインヒロイン役はジャンヌに演じてもらうけれど。
 ジャンヌはまただよって呆れともう好きになさいって諦めを滲ませたため息を漏らしてきた。何だか凄まじく扱いが悪いな。確かにここ最近ジャンヌには私の脚本で乙女ゲー独特の砂糖まみれ……もとい、甘い青春のひと時を謳歌してもらっているけれどさ。

「シャルルがお忍びでメインヒロインと一緒に買い物を楽しんだ日を再現するのね」
「いや、別にしなくていいよ」
「? 何よそれ、どういう意味?」
「今回のお誘いはシャルル殿下の発案だから」

 ここ最近ジャンヌとシャルルの関係は良好と言って良かった。初めはわたしの計画に乗っかる形だったシャルルは次第に臆する事無くジャンヌと接するようになってきた。これはジャンヌが今までのように彼を拒絶しなくなった、心を開いてきたのが大きい。
 そんなシャルルには今回驚かされてしまった。いつものようにジャンヌをこう誘ってここに連れて行って、とかを伝授しようとお伺いしたら、なんと彼は独自にデートプランを練っていたんだ。それも王太子様ルートでも順調に進んでいるパターンのをね。
 軌道に乗った! って思わず叫びそうになったわね。

「……じゃあもうカトリーヌが何をしなくてもシャルルは私を以前までのメインヒロインみたいに扱うって?」
「しばらく様子を見る必要はあるけれど、そう考えても問題ないと思うよ」
「現実感がなさ過ぎて信じられないわね……。持ち上げるだけ持ち上げて最後に落とす、なんてしてこないかしら?」
「疑心暗鬼にならないでとは言わないけれど、少しは今回の殿下を信用してあげてもいいと思うよ」

 まあ断罪の急先鋒だったシャルルを疑うのは無理もない。まだシャルルはジャンヌの不安を取り除ける安心を彼女に与え切れていないんだ。また捨てられるのでは、突き放されるのでは、って疑いが根強くて。
 ジャンヌの心を解きほぐすにはまだまだみたいですね、殿下。

 とは言うもののジャンヌはシャルルを以前みたいに怨敵とまでは思っていない。シャルルが誠実にジャンヌを愛するからで、数々の裏切りと破滅で引き裂かれた恋心が少しずつ燈ってきているみたいなんだ。恋をする女の子は可愛い、を地で行く感じって表現でいいかな?
 ただし、ジャンヌの方はどうも恋沙汰になると奥手なようで、彼女からシャルルをお誘いするまでには至っていない。しばらくはシャルルから積極的にジャンヌを誘ってもらわないと困る。今度から私のお膳立てが必要なくなったのは大きな一歩だと思う。

「あの時はメインヒロインが王太子殿下の手を取って色々な店を巡っていたけれど、私は王都の市街地なんてあまり散策したことないわよ」
「賑やかな所を歩き回って気になったお店に入って、お腹がすいたら適当に食べればいいんだよ。下調べを綿密にして時間を刻んで日程を立てるなんて窮屈じゃん」
「私はどちらかと言えばある程度目安になる区切りは付けておきたいのだけれど?」
「たまにはのんびりと過ごせばいいんじゃない?」

 確かにメインヒロインは庶民が生活を営む市街地を堪能してもらおうと王太子様を連れ回す。わたしが細かくジャンヌに教えてメインヒロインの通りに演じさせたってジャンヌの魅力は全く伝わらないでしょう。
 勝手知らない場所を二人きりで回っていく、それも風情あると思うんだ。

「で、カトリーヌはどんな邪魔立てをするつもりなの?」

 とか温かく見つめていたらジャンヌが微笑を浮かべながらそんな意地悪を聞いてきましたよ。いや確かにデートイベントではたまに悪役令嬢がけしかける貴族令嬢方が乱入してきたり不運な事故が起こったり、過激になると金で雇われた輩が迫ってくるけれどさ。

「いやしないから。そもそもソレ毎度悪意を振りまいてきた張本人が言う?」
「あら、意中の殿方がこっちに背を向けて守ってくれるのって憧れない?」
「そういった状況を作り出せるのはジャンヌだからこそで、わたしには到底出来ないから」
「そう言えばそうね。残念だこと」

 基本悪役令嬢の悪意は公爵令嬢ジャンヌがその人脈と奸智と権威をもって効果を発揮していた。辺境都市での静養から帰ってきた時は悪役令嬢の独壇場だったからわたしにも再現出来たけれど、他はただのカトリーヌには無理な芸当ね。

「第一わたしが悪役令嬢っぽく振舞ったって、殿下にはもう三流演技だって分かっちゃっているでしょう」
「一番最初に仕掛けた夏は上手く騙されたのだけれどねえ」
「ああやっぱり二人は仲が良いんだなあって思ってくださればいいよ? もしいつもいつもジャンヌの気を惹いて自分の邪魔ばかり、って感じでわたしを恨んできたらどうするの?」
「シャルルがカトリーヌに嫉妬を、ねえ。そうやってシャルルを焦らせるのも素敵ね」
「……冗談でしょう?」
「冗談よ」

 勘弁してほしい。わたしが恋路の邪魔だって判断されたら馬に蹴られるどころではなく断罪破滅一直線だ。前回ジャンヌはメインヒロインに対してこれまでの怨み憎しみ怒り妬みをぶちまけたらしいけれど、今回のわたしが対象にされるのはたまらない。

「なら殿下に執拗に近寄ろうとするあの女は?」
「? もしかしてアルテミシア?」

 このデートイベントを最大限利用しているのは何もジャンヌとわたしだけじゃあない。私世界の記憶持ちと思われるアルテミシアもまた各攻略対象者との会瀬に活用しているんだ。私も感心するぐらいの絶妙なフラグ管理で毎日やりくりしているのよね。ご苦労様。
 そんな彼女はとうとうシャルルにも接触してきたのよね。『双子座』を熟知すると思われるアルテミシアにとってシャルルの好感度もお手の物、とはいかなかった。むしろ彼女を警戒するシャルルには逆効果。どうして自分をそこまで把握しているんだ、ってね。

「何か彼女、メインヒロインに現を抜かしていた王太子殿下が悪役令嬢を扱う有様を髣髴とさせるんだけれど?」
「アルテミシアは良くも悪くも物語を把握しすぎているからね。それに沿った形でしか攻略対象者と接せられないんじゃあないかな?」
「伯爵令嬢風情が王太子殿下とひと時を過ごそうとするならそうするしかないのね」
「ジャンヌやわたしが極力関わらないアンリ様方ならまだ効果抜群なんだけれどね」

 どうもアルテミシアはこの現実世界を『双子座』の舞台上って捉えているっぽいのよね。ジャンヌとわたしがアドリブで散々引っ掻き回した後に颯爽と登場したって脚本通りに話は進まない。ゲーム上の王太子殿下とシャルルはもうかけ離れてしまっているもの。
 結果的にアルテミシアの立ち位置はジャンヌとシャルルの恋路を邪魔する悪役令嬢……いや、その取り巻き令嬢何号って状況に陥っていたりするのよね。悪役令嬢がメインヒロイン役で次回作メインヒロインが悪役って中々混沌としているわ。

「あの女がシャルルを邪魔してくる可能性は?」
「無きにしも非ずかな。向こうも時期を早めてシャルルとの会瀬を発生させているって分かっちゃっているだろうし、何らかの対策を講じてくる可能性は十分にね」

 ちなみに『双子座』で攻略対象者とのデートイベントを邪魔してくる悪役令嬢の悪意が発生する確率はある程度制御出来るけれどランダム要素は排除しきれない。それと同じでアルテミシアの介入は絶対に無い保証なんて何処にもないんだ。

「だから彼女に出くわしたとしてもジャンヌは毅然とした態度で臨めばいいと思うよ」
「……そうね。ここで不安がっていたって仕方がないものね」

 そうつぶやくジャンヌは胸の谷間を軽く押さえた。振れた手が淡く輝くと少し青ざめた顔と薄く白くなった唇がやや赤みを戻していく。どうやらジャンヌは自分自身に光の魔法をかけたみたいね。ジャンヌはふう、と深く息を吐いて落ち着きを取り戻す。
 食いすぎ胃もたれしたり重圧で胃が痛かったり、車酔いで胃が引っくり返るような吐き気が起こった時には回復や鎮静の魔法を胸元にかけるけれど……最近頻度が多くなっている気がする。精神的に参っているんじゃないって信じたいけれど……。

「ジャンヌ。最近よくその仕草をさせるけれど、具合が悪いの?」
「……。いえ、別にそんな事は無いわ。何でもないのよ」

 いつものように優雅な微笑を浮かべて彼女は取り繕った。それは無理を隠すために過剰に明るく振舞うかのようで。
 真っ先に浮かんだのはジャンヌは大丈夫なんだろうかって心配だった。隠し事とか企みとか色々と思い浮かびはするんだけれど、最初にジャンヌを身を按じたんだ。どうやら目の前の侯爵令嬢は思った以上にわたしの多くを占めるようになっていたみたいね。

 ジャンヌったら、無茶をしていないといいのだけれど……。
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