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二学期

ヴァンデミエール④・昼食一緒にいかが?

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「で、カトリーヌはあのアルテミシアって女の正体は何だと思う?」
「彼女は作品としての『双子座』の物語を知っている、で間違いないと思う」

 風呂に入ったジャンヌの髪を櫛で梳かす間に次回作ヒロイン対策会議が開かれる。場所は脱衣所。髪は手入れしないとすぐに痛んだり潤いを無くしてしまうのよね。クロードさんに伝授してもらって自分の髪質も随分と艶やかになったし。そのクロードさんは風呂に浸かって緩んだジャンヌの身体を脚から揉んでいたりする。

「まさかと思うけれど……」
「いや、アルテミシアは読者だと思うよ。しかも相当読み込んでいるみたい」

 まず確信したのはアルテミシアが私と同じく私世界の知識を持っている事。でなければわたしを警戒したり既に運命が変わっているアルテュール様を信じられなかったりしないもの。しかもどうやら彼女は本気で『双子座』を攻略するつもりらしい。自らメインヒロイン役を降りたわたしに成り代わって。

 アルテミシアが関わりを持とうとした殿方はアルテュール様ばかりではない。ピエール様、オリヴィエール様、レオポルド先生、わたしがまだ会ってすらいない図書館司書など。
 そう。まだ二学期始まってから半月強しか経っていないのにアルテミシアはわたしが手を付けなかった攻略対象者の攻略にかかっているんだ。

「まさかの逆ハーレムルートとは恐れ入ったかな」
「ハレムって、はるか東の大国の権力者が妃や女奴隷を集めた女性の後宮だったかしら?」
「ソレが転じて多くの女性を侍らす事をハーレムだって私世界では比喩しているの。今回はそれの逆。まさか現実でやろうとする女子がいるとは思わなかったよ」

 逆ハーレムは『双子座』ファンディスク追加要素の一つで、全攻略対象者を攻略してしまうご都合主義万歳なルートだ。私は執筆を拒絶したのでサブシナリオライター著で私が監修なのよね。今思えば彼女には悪い事しちゃったな。いくら彼女が意気揚々と執筆していても、ね。

「女一人が複数の男を侍らす? 頭打ったんじゃあないの?」
「美男子からちやほやされるって一回でも憧れた事無い?」
「嫌悪感しか出ない考えね。私には理解出来ない概念とは理解出来たわ」

 本当、逆ハーレムだなんてどれだけ肉食なのよって感じ。いくら空想の産物だからってジャンヌと同じく私にも理解出来ないわね。愛は有限なんだし運命の相手一人に夢中になった方がより溺れられると思うんだけれどなあ。

 既に一学期や夏季休暇中のイベントは発生時期を過ぎている。普段の地道な好感度稼ぎだと到底専用ルートクリアには足りない。なのでアルテミシアは攻略対象者に深く関わるシナリオを最短でクリアする大玉狙いに絞っているようだ。
 そんなアルテミシアが避けている攻略対象者はアルテュール様と王太子殿下のお二人。前者はわたしが攻略中だって誤解しているのもあるようだけれど、初っ端の一発で嫌われたのが効いたようね。後者は未だ悪役令嬢と仲睦まじい現状を様子見しているらしい。

「あの女……その内シャルルにもちょっかいを出してくるつもりなのかしら?」
「お嬢様、次は腕をほぐしますのでまずは左側を」
「ん」

 ジャンヌは憎しみを込めて表情を歪ませたのだけれど、負の感情が込み上げる度に丁度良くクロードさんが身体を揉むものだからすぐに和らいでしまう。彼女がこの場にいなかったらきっとジャンヌは苛立ちを募らせていたに違いない。

「十中八九アルテミシアはシャルル殿下を攻略しにかかると思う。『双子座』だと殿下が一番王道で人気だったから」
「それと私が勝利を約束されたメインヒロインではないから、かしらね。敗北するしかない悪役令嬢が相手だものね。楽勝とでも思っているのかしら?」
「メインヒロインとしてそのまま王太子様ルートをなぞればいいだけだもの。悪役令嬢を断罪イベントで退場させて自分が代わりにシャルル殿下の相手になるつもりとか?」
「笑えないわね……」

 尤も逆ハーレム狙いはあくまで私の推測でしかない。アルテミシアの推しキャラはただ一人で、あくまで味方を多くしたいから他のキャラの好感度を上げているだけかもしれないし。本命の見極めはすべきだけれど、今は判断材料が足りない。

「ジャンヌはシャルル殿下を余所のご令嬢に取られるのは嫌?」
「自分の装飾品を取られる感覚ね。失くしても代えは効くけれど、あるモノが突然取られるような苛立ちを覚えるの」
「あー分かる。自分の筆記具が見当たらなかったりすると、買い替えられるんだけれど腹が立ってくるよね」
「シャルルは私の男よ。泥棒猫はお呼びなんかじゃないわ」

 って事にしておこう。素直じゃないなあもう。
 ジャンヌは認めたがらないだろうし必死に背を向けようとしていたけれど、七回もの破滅を迎えても未だジャンヌはシャルルが好きらしい。シャルルが敵のままなら諦めも付くようになったけれど今は相思相愛。決して離したくないでしょうね。

「そんなジャンヌには必勝法があるんだけれど、乗ってみない?」
「私がメインヒロインの位置に立てって言うんでしょう? 夏休みの時みたいに」

 おおっ、分かっているなら話は早い。
 とどのつまりわたしが空けたメインヒロインの席にアルテミシアに先駆けてジャンヌが座ればいい。既に婚約を結んでいる二人に関係を盛り上げる悪役令嬢役にはアルテミシア嬢を仕立て上げても面白そうね。いや、さすがにわたしが悪役令嬢役を肩代わりするのはもうお腹一杯よ。

「でも私がいくら動き回ったってシャルルが誘ってくれなかったら?」
「夏季休暇中みたいにシャルル殿下にも伝授すればいいでしょうよ。ジャンヌが自分をこう誘ってくださいって手紙を書けば一発で解決する気がするけれど?」
「さ、誘いを求める手紙を? はしたないって思われないかしら……?」
「……いや、それ今更心配する?」

 王太子様ルートを初回に経験済みなジャンヌは自分をメインヒロイン役に当てはめて想像してみたのか、面白いように頬を桃色に染めて慌てだした。普段は美人って感じのジャンヌが恋が絡むと初心で可愛いのはかなり反則でしょうよ。

「とにかく明日にはシャルル殿下にお出しするから今日中に書いてね」
「今日中!? いくらなんでもそんな急に……」
「アルテミシアが他の攻略対象者に気を向けている内に先手を打たないと駄目でしょう」
「あ、あの、カトリーヌ。どう書けばいいのか一緒に考えてもらえないかしら……?」

 えっと、ジャンヌ。貴女確か夏季休暇中にシャルルを襲いましたよね? 愛と恋は違うって言うけれど、敬愛や愛憎だけだったジャンヌは今回初めて恋心を抱いたって? しかも本来恋敵になっていた実の双子の妹に助けを求めるの?
 初々しくて微笑ましいけれど何だかなあとも感じてしまうなぁ。

 ■■■

 次の日、昼休みを利用してわたしは三学年の教室まで足を運んでいた。ジャンヌそのままの容姿になったわたしはやはり目立つらしく、行き交う先輩方の注目を否応なしに集めていた。けれどジャンヌを見習って堂々とした行進と努めて興じる。

 目的は勿論食堂に行く前のシャルルを捕まえてジャンヌからの手紙をお渡しする事。乙女ゲーなら下駄箱に入れる選択肢も有りだけれど、王太子殿下への手紙は公爵令嬢ジャンヌって婚約者がいても後を絶たないらしいから埋もれてしまう。その点手渡しなら確実だものね。

 ジャンヌったら自分で渡せばいいのに。その方が絶対にシャルルも喜んでくれると思うんだけれどなぁ。いっそわたしは裏方で二人の関係の進展を応援する方に回ろうかしらね? 悪役令嬢の幸福を考えればメインヒロインの出番は薄い方がいいし。

 と、言う次第で一つイベントを新造してしまいました。早速だけれどお二人には一歩前進していただくとしましょう。

「失礼いたします。シャルル殿下はまだ教室にいらっしゃいますでしょうか?」

 わたしはたった今教室から出てきた先輩の一人に声をかけた。どうやら貴族令嬢はわたしを公爵令嬢ジャンヌと間違えたらしく、後輩であっても委縮しつつ取り繕いながらまだいると答えてくれた。わたしは礼を述べつつ頭を下げ、教室の扉を開く。

 中はまだ多くの生徒が残っていて最後の授業の片づけをしていた。わたしが辺りを見渡していると先輩の一人がわたしに気付いたらしくてシャルルに声をかけた。シャルルは端正な面持ちに隠しきれない喜びを滲ませてわたしの方へと駆け寄ってきた。

「ジャンヌ! 君がこっちに来るなんて珍しい……」

 とまで言いつつ距離を縮めて、突如動きが鈍って言葉が止まった。どうやらわたしがジャンヌではないって気付いたみたいね。前は全く見分けが付いていなかっただけに凄まじい進歩だとちょっと感動してしまう。

「殿下。わたし、今日は昼食を用意しました。裏庭で如何ですか?」
「しかし……いや、きっと君の事だ。私を思っての誘いなんだろう?」
「お察しいただけて大変嬉しいです。殿下」

 傍から聞けば一緒に昼食どうですかって婚約者が殿下をお誘いしているようだろう。けれどその実わたしは食事は用意したから裏庭で取ってはどうですか、としか言っていない。誤解を生むけれど決して嘘ではない表現にした。
 シャルルもわたしの意図をある程度は分かったようで、快く頷いてくださった。彼はアンリ様方に今日は別々にと謝罪してからわたしの傍へ戻ってくる。さあ行こうかって促すシャルルの微笑みが眩しいぐらい輝いていた。

 後は裏庭にシャルルをお連れして、って時だった。

「ジャンヌ様……?」

 廊下でアルテミシアと遭遇したのは。
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