上 下
65 / 118
夏季休暇

レ・サン・キュロッティード⑤・創造神

しおりを挟む
 降臨した創造神はわたしの前に降り立つと跪いて頭を垂れた。わたしは全く状況を理解できずに疑問が浮かぶばかり。時を止めた人だかりに囲まれたわたしは姿勢を変える事も出来ずにただ神様を見つめるしかなかった。
 言いたい事は沢山あった。私にメインヒロインの役柄を与えたのは貴女か、ジャンヌに幾度となく断罪と破滅を味わわせるのはお前か。その目的は何だ、今姿を見せたのは何の為だ、ここはそもそも本当に『双子座』に準じて現実化された世界なのか、などなど。

 ようやく少し冷静になれたわたしが口を開こうとした直前、神様は面を上げた。どんな美女だって有象無象に貶めるぐらいの美貌は悲しみに満ち溢れていて、わたしに向ける眼差しは希望を求めて親に縋る子のように思えてならなかった。

「お母様……」

 神様は確かにわたしをそう呼んだ。
 お母様、お母様ですって……!? わたしが? 神様の?

 それでようやくわたしは色々と察した。彼女は別にわたしにもメインヒロインにも会いに来たわけじゃあない。彼女を生み出した私に救いを願っているんだ。そしてわたしが私の知識と経験を得ている事を知っているなら、もしかして神様が私をここに導いたのか?

「どうか私の子に救いを――」

 涙をこぼす神様の御身が光り輝く。あまりに眩いから手を自分の目の前に持ってくると、直後には光は収まった。すると今まで途切れていた周囲の音が映像機器を再生したみたいに鳴り始めた。手を退けた私の視界に移る祭壇にはもう誰の姿も無かった。

「姉さん、どうかしたの?」
「ちょっとカトリーヌ、何をぐずぐずしているのよ。早く行くわよ」
「え、ええ……そうですね……」

 わたしは今起こった出来事を現実だったって信じられず、ただ茫然としながらその場を後にするしかなかった。

 ■■■

 その後も妹達やサビーネ様方と建国節のお祭りを見て回ったのだけれど、脳裏からは神様との邂逅がどうしても離れなかった。ロクサーヌから心ここにあらずだよって指摘されても曖昧な返事しか返せなかったものだから、相当な衝撃だったみたいね。
 夕方になったのでさすがにサビーネ様方をこれ以上徘徊させるわけにいかないって判断したわたしはまずお二方をオルレアン邸まで送り届けると申し出た。ところがサビーネ様はむしろわたしの家を案内しなさいよって言って聞かなかった。

「へえ、中々良い所に住んでるじゃないの」
「最近引っ越ししましたので。全てはオルレアン家より受け取っている賃金のおかげです」
「あらそう、精々オルレアン家に感謝してこれからも一層奉仕に励む事に」
「畏まりました、お嬢様」

 さすがに公爵令嬢お二人を招いたらお父さんもお母さんも酷く驚いてしまった。普通はそうだよなあなんてどこか他人事のように思いながらも家を案内する。これで満足したと思いきや、サビーネ様は夕食もここで取っていくと仰ってきましたよ。

「サビーネ様、うちには公爵家のご令嬢に出せるような料理は作れません」
「そんなの気にしなくたっていいわよ。あたしが好奇心で食べたいって言っているんだから、普段通りになさい」
「……ではそのように」

 どの道客人を招く予定が全く無かったから食材が足りない。保存が効かない食品の買い出しをすべく家を出たわたしは、ふと思い至ってまだ人通りの多い街道の只中でとある手振りをさせた。すると通行人の中から二名ほど女性がこちらへと歩み寄ってくる。

「お疲れ様ですニコレットさん、ティファニーさん」

 二人ともわたしの同僚で、共にオルレアン公爵家に使える使用人だった。ニコレットさんはサビーネ様付きの侍女でティファニーさんはマリリン様付きの侍女。二人ともお忍びで街へ繰り出したご令嬢方を密かに護衛していたんだ。とは言えわたし自身は彼女達の姿を目撃したわけでも気配を感じたわけでもない。多分いるだろうなあと思ってオルレアン家メイド独自の合図を送ったら案の定姿を現したわけだ。
 わたしが一礼すると二人ともお辞儀をする。

「ご苦労様ですカトリーヌさん。お嬢様は?」
「それがわたしの家で夕食を取りたいと言い出しまして……」
「……お嬢様の気まぐれはいつもの事ですから今更驚きません。ティファニーさん、お屋敷に戻り旦那様と奥様にご報告を」
「分かった、そうする」

 ティファニーさんはカーテシーをさせるなり駆け出し、大通りを走っていた乗合馬車にその身体を滑らせた。ティファニーさんを見届けたニコレットさんは再びわたしへ向き直り、その目を鋭くさせる。ニコレットさんったら生真面目だから叱られないか内心戦々恐々だったりする。

「カトリーヌさん。言っておきますがお嬢様に粗末な料理をお出しするようでしたら……」
「失礼に当たらないよう最善を尽くします」
「では私めは引き続き遠くよりお嬢様を警護いたしますので、くれぐれも粗相の無いよう――」
「何でしたらニコレットさんも食べていきます?」
「お断り……もとい、遠慮いたします。私めとお嬢様は貴女とジャンヌお嬢様のような間柄ではございません。自分の身を弁えておりますもの」
「批難はジャンヌにお願いします。彼女が望むよう振舞うだけですので」

 互いに一礼してニコレットさんは持ち場に戻り、わたしは市場に駆けていく。
 さすがに祭りの最中でも日々の生活が変わるわけでもないので市場は賑わっていた。わたしは顔なじみのお店で適当に食材を買っていく。会話を交わすんだけれどみんなしてわたしを美人になったなあって褒めてくるのよね。ジャンヌに似てくればそりゃそうかと言わざるを得ない。
 家に戻るとサビーネ様とマリリン様はジスレーヌとロクサーヌと一緒に遊んでいた。わたしが休日中にジスレーヌ達に教えた私世界の盤上遊戯とかにはまっているみたい。余談だけれど最近教えたわたしがロクサーヌに勝てなくなっているのよねえ畜生。

「ねえカトリーヌ。これ遊び方広めちゃっていいかしら?」
「構いませんがあまり公にしていただかない方が助かります」
「どうして? いいじゃないの、きっと商品として売り出せば流行るわよ」
「少し事情があるんです。どうしてもと仰られるなら来年の春以降であれば」
「何よそれ。まあいいわ、広めるにもあたし自身がやれるようになっておきたいし」

 チェスやバックギャモン、マンカラ、ナイン・メンズ・モリスはまだいい。『双子座』世界でも広まっている筈だし。オセロは非常に困る。確か考案されてから五十年も経っていないから。ブロック積みは……どうだろう? アレの歴史知らないのよねえ。
 まあいい。わたしは夕飯の支度を手伝わないと。ただでさえ六人家族で大所帯なのに更に二人増えているんだから多量に作らないといけない。お母さんばかりに苦労は掛けられないし。わたしは姉妹の部屋を後にして台所に向かう。

「手伝うよお母さん」
「ああ、悪いね。じゃあその肉切ってもらえる?」
「うん分かった」

 大人数の場合は一品料理を沢山作るんじゃあなくて鍋料理に限る。ジャンヌがこの間行ったばかりのマッシリアならブイヤベースなんだろうけれど、王都はポトフの方が主流なのだ。コショウが超が付く高級品だから塩しか使えないのは痛いけれど。
 ぐつぐつ煮えたぎる鍋ごとテーブルに持っていき、個人個人の受け皿に分けていく。もうすぐ夕ご飯だって呼び寄せたサビーネ様とマリリン様が目を丸くされていた。はて、ポトフは一般的な家庭料理だからオルレアン邸でも出されている筈だけれど。

「どうかなさいましたか?」
「あ、ううん。何でもないわよ」

 あー、言いたい事は何となく分かる。貴族の方々が取る料理って味は元より芸術性や気品すら求められるから。晩餐は基本フルコースを想像すれば合っていると思う。オルレアン公爵家は財政面で裕福だからその辺り妥協しないだろうし。肉ないしは魚料理の前に出すスープの意味合いが強いポトフを肉野菜全部煮込んで主食にしていないのか。
 いや、これでも奮発したんですよ? 普段ならソーセージを入れてお終いな所を牛肉まで入れているし。一昔前だったら絶対にしなかった贅沢っぷりだ。まあ、サビーネ様にはかえって雑多に見えてしまうかもしれないのは否定できないわね。

 神に祈りを捧げてから食事を始める。マリリン様が大変驚いていたのはわたし達家族間で会話が全く途切れない事だった。今日の話題は建国節の祭りについて。どこそこに行ってどの演目が楽しかった、とかを各々が披露していくんだ。

「マリリン様、皿をこちらに。お注ぎします」
「あ……うん。お願い」

 最初は黙って聞いていたマリリン様もロクサーヌから話題を振られると徐々に口数も増えていった。サビーネ様は始めこそ庶民の食卓であってもテーブルマナーを厳守していた。でもマリリン様が楽しそうに会話に加わるのを見て我慢出来なくなったのか、次第に会話に加わっていった。
 和やかな、和気藹々とした食卓。サビーネ様はどこか羨望が滲む眼差しを送っていた。

「これが庶民の食事風景、か。まあ……悪くないわね」

 サビーネ様の独り言がどうしてか最大限の賛辞に聞こえてしまい、思わず顔がほころんだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

処理中です...