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夏季休暇
フリュクティドール⑥・好感度向上大作戦
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『双子座』においてどの攻略対象を選んでも必ず王太子殿下が先頭に立って悪役令嬢を糾弾する。その際メインヒロインが寄り添う相手がルートによって違うだけで。どの攻略対象とくっ付いても王太子殿下はメインヒロインを祝福するし、正に理想の王子様って言える。
逆を言うと婚約者だった悪役令嬢にとっては完全な敵に他ならない。悪意を振りまいた悪役令嬢に失望したからって言ってしまえばそれまでだけれど、その原因はそもそもメインヒロインを大切に扱う王太子殿下の浮気……もとい、優しさにある。
つまり、のべ七回もの断罪を経た今のジャンヌはどれほど尽くしたって王太子殿下は最後に自分を突き放すんだって確信がある。公爵令嬢としての義務から王太子殿下に嫁ぐし王室教育は受けるけれど、愛するつもりどころか心を開く気もさらさら無いらしい。
「陛下やお父様のご命令には従いますけれど、貴方様を愛するつもりはありません。愛されたいとも思っておりません。側室を娶って寵愛したければどうぞご随意に。婚約を破棄したいのでしたら喜んでお受けいたします。どうか、私めをお気になさらずにお過ごしください」
幼少の頃王太子殿下との婚約を言い渡されて殿下と対面した際、ジャンヌはそう言い切ったんだそうだ。って言うかジャンヌが武勇伝のように語ってくれた。正直それを聞いたわたしは苦笑いを浮かべるしかなかった。
まずいなんてものじゃあない。入学当初は押して駄目なら引いてみる作戦かとも思っていたのだけれど、今のジャンヌは王太子殿下から一切好かれようとしていない。宮廷舞踏会のように最低限の役割だけ果たしている状態でしかないなんて。
これで愛無き夫婦になるならまだいい。王太子殿下がジャンヌに愛想が尽きてメインヒロイン関係無しに断罪イベントに踏み切る可能性も無いとは言い切れない。そうならないよう王太子殿下の好感度を上げておく必要があるんだ。ジャンヌを守ってもらうように。
「どうせ何をやったって無駄よ。あの方は私を心のどこかで忌み嫌っている。ならこちらから願い下げをするのは当然でしょう?」
わたしが改善を強く推したらジャンヌからはそんな冷淡な意見が返ってきた。メインヒロインに現を抜かす婚約者に憤り、メインヒロインに嫉妬の炎を燃やす本来の悪役令嬢はもうどこにもいない。変質したジャンヌは、しかしなお孤高で気高いままだった。
「でもメインヒロインを懐柔したからってまだ油断は出来ないと思う。適当な理由をでっち上げてまたジャンヌを断罪してくるかもしれないでしょう?」
「……。その可能性は考えていなかったわね」
「不安なんだ。どんなに今を変えても結局ジャンヌの断罪に結びつくんじゃあないかって。神の定めた運命の強制力、とでも表現すればいいのかな?」
「強制力、運命! 忌々しい……っ!」
実は私には疑問が燻ぶっている。どうしてわたしは私の記憶を継承したのか、そして何でジャンヌは何度もやり直しては断罪されているのか、って。明らかに自然の成り行きと異なる現象、絶対に背後に黒幕が存在していると私は確信している。
じゃあ本当に黒幕がいたとして、一体何が目的なのかしらね? ジャンヌを既定路線に乗せたまま破滅させまくったり、八回目の今更になって私をメインヒロインに転生させたり。わたしの存在が運命が変わる兆候だといいのだけれど、単に断罪の種類を水増ししただけかもしれない。
「とにかく、極力断罪の時に敵に回る方を少なくしないと。わたしがジャンヌの味方になったからって安心してちゃあ駄目だと思う」
「……つまり、カトリーヌは私にあの方と良きお付き合いをしろと言っているのね?」
「もう一つ手があるけれど……あくまで腹案に留めておくべきかも?」
「いいから言ってみなさい。判断は私が下すから」
なら遠慮なく私はウルトラCを披露する。つまり、断罪イベントで悪役令嬢を糾弾するのが学園に所属する王太子殿下を始めとした攻略対象、即ち王国の将来を担う尊き方々なのを利用する。
そう、彼らが絶対の権力を持つのは未来の話で現在形じゃあない。国王陛下や司法府長官のアランソン公等を味方に付ければいくら王太子殿下の命であろうと覆せるんだ。今の調子なら旦那様も公爵家当主としてジャンヌを庇ってくれるだろうし、決して非現実的ではない。
「アランソン公閣下はアルテュール様を通じてどうにか説得して、旦那様にも事前の根回しをしていただくとするね。問題は王命をどうするかでしょう」
「司法府の判決も王命で覆される、か。困ったわ……陛下とはあまり親しくしていないから」
「? 王室教育は誰から受けているの?」
「王太后様と王妃様、それから宮中の女中からになるわね」
それを生かさない手は無いって! 王室教育を集中的に受ける夏季休暇中だからこそ、王妃様や王太后様と親密な関係を築き上げていざって時に味方になってもらわないと。ジャンヌは王太子妃に相応しい令嬢なのだから、婚約破棄するにしてもそれなりのやり方があるでしょう、って。
だからまずはお茶会での世間話から初めて、ちょっとした悩みを相談したり、少しずつ心を開いていけばいい。そうすれば向こうも自ずといつも頼ってきたジャンヌの危機に立ち上がる筈ね。初回は少なくとも貴族令嬢の模範だったのだから、人の気を惹くのは手慣れているでしょう?
「……言われてみたら立派になる事ばかり考えていて、人としてのあの方々に触れようとした記憶が無かったわね」
「ジャンヌだったら絶対に嫌われないから、何とか良好な関係を結んでよ」
「最善は尽くす、とだけ言っておくわ」
国王陛下の説得は王妃様や王太后様を通じてが限界だからこれでいいとする。ジャンヌを直接裁くようになる司法府の長であるアランソン公については……アルテュール様に話を持ちかけるとするか。あの方の想いを利用する事だけは絶対にやりたくないけれど……。
「で、決め手としてやっぱり断罪の際に先頭に立つ王太子殿下をどうにかした方がいいよ」
「……はあ。どうしてもあの方に色目を使わないといけないの?」
「色時掛けをしろとまでは言ってないって。ただこのまま婚約者を避け続けるのは状況を悪化させるだけだし、駄目だと思う」
「今更どんな顔をしてあの方を誘えって?」
うぐっ。痛い所を突く。前世の私を含めても恋愛経験なんてあまり無いのに。そもそも殿方をお誘いする肉食系令嬢が正義だなんてとても言えない。どうしても慈しむ女性を男性が守る、的な風潮があるから誘うのは大抵殿方だもの。
……仕方がない。わたしが一肌脱ぐとしよう。他ならぬジャンヌのために。
「わたしにいい考えがあります。ジャンヌはただ待っていればいいよ」
「ねえ、何だか物凄く不安になるのだけれど気のせい?」
あれ? 今の台詞が失敗フラグなのは私世界のとある作品が原因なのにどうしてジャンヌがそう感じるんだろう?
って冗談はさておき任せてもらいたい。宮廷舞踏会でジャンヌを誘いに来た王太子殿下の様子からすると脈はありそうだし、期待してていい。多分。上手くいくといいなぁ……、って段々気弱になっていってるじゃあないか。しっかりしないと、わたし。
「それよりカトリーヌ。あの方との時間が取れたとしてどう過ごせばいいの?」
「ジャンヌが心配する必要は無いんじゃあないかな? 王太子殿下が考えてくださるって」
「そうかしらね? 無駄に肩が凝る連れ回しなんて御免なんだけれど」
「第一、ジャンヌはもう王太子殿下がどう女性を連れ回すとか知っているんじゃあ?」
「何を言っているのよ。わたしはいつも王太子殿下からのお誘いを突っぱねてきたのに……」
とまで口にしてジャンヌも気づいたようだ。
そう、『双子座』の王太子殿下との夏季休暇中のイベントをメインヒロインに代わって悪役令嬢がこなせばいいんだから。
具体的に言うと王家は年三回ほど静養のために公務から離れて離宮に赴く。その間はよほどの重大事項が無い限りは政とは無縁で過ごす。『双子座』で王太子様ルートが確定しているとメインヒロインが王太子殿下の相方として誘われるんだ。……悪役令嬢を差し置いて。
だからそれを覆して本来あるべき形、婚約者を相方として連れて行ってもらう。そう王太子殿下に働きかけてその気にさせればいいんだ。その辺りの工作は私におっ任せー。メインシナリオライターの本領発揮だね。
「まずは王太子殿下の静養に同行しよっか」
「う、嘘ぉ……?」
にっこりと笑ったわたしに対してジャンヌは笑顔のまま顔をひきつらせた。
逆を言うと婚約者だった悪役令嬢にとっては完全な敵に他ならない。悪意を振りまいた悪役令嬢に失望したからって言ってしまえばそれまでだけれど、その原因はそもそもメインヒロインを大切に扱う王太子殿下の浮気……もとい、優しさにある。
つまり、のべ七回もの断罪を経た今のジャンヌはどれほど尽くしたって王太子殿下は最後に自分を突き放すんだって確信がある。公爵令嬢としての義務から王太子殿下に嫁ぐし王室教育は受けるけれど、愛するつもりどころか心を開く気もさらさら無いらしい。
「陛下やお父様のご命令には従いますけれど、貴方様を愛するつもりはありません。愛されたいとも思っておりません。側室を娶って寵愛したければどうぞご随意に。婚約を破棄したいのでしたら喜んでお受けいたします。どうか、私めをお気になさらずにお過ごしください」
幼少の頃王太子殿下との婚約を言い渡されて殿下と対面した際、ジャンヌはそう言い切ったんだそうだ。って言うかジャンヌが武勇伝のように語ってくれた。正直それを聞いたわたしは苦笑いを浮かべるしかなかった。
まずいなんてものじゃあない。入学当初は押して駄目なら引いてみる作戦かとも思っていたのだけれど、今のジャンヌは王太子殿下から一切好かれようとしていない。宮廷舞踏会のように最低限の役割だけ果たしている状態でしかないなんて。
これで愛無き夫婦になるならまだいい。王太子殿下がジャンヌに愛想が尽きてメインヒロイン関係無しに断罪イベントに踏み切る可能性も無いとは言い切れない。そうならないよう王太子殿下の好感度を上げておく必要があるんだ。ジャンヌを守ってもらうように。
「どうせ何をやったって無駄よ。あの方は私を心のどこかで忌み嫌っている。ならこちらから願い下げをするのは当然でしょう?」
わたしが改善を強く推したらジャンヌからはそんな冷淡な意見が返ってきた。メインヒロインに現を抜かす婚約者に憤り、メインヒロインに嫉妬の炎を燃やす本来の悪役令嬢はもうどこにもいない。変質したジャンヌは、しかしなお孤高で気高いままだった。
「でもメインヒロインを懐柔したからってまだ油断は出来ないと思う。適当な理由をでっち上げてまたジャンヌを断罪してくるかもしれないでしょう?」
「……。その可能性は考えていなかったわね」
「不安なんだ。どんなに今を変えても結局ジャンヌの断罪に結びつくんじゃあないかって。神の定めた運命の強制力、とでも表現すればいいのかな?」
「強制力、運命! 忌々しい……っ!」
実は私には疑問が燻ぶっている。どうしてわたしは私の記憶を継承したのか、そして何でジャンヌは何度もやり直しては断罪されているのか、って。明らかに自然の成り行きと異なる現象、絶対に背後に黒幕が存在していると私は確信している。
じゃあ本当に黒幕がいたとして、一体何が目的なのかしらね? ジャンヌを既定路線に乗せたまま破滅させまくったり、八回目の今更になって私をメインヒロインに転生させたり。わたしの存在が運命が変わる兆候だといいのだけれど、単に断罪の種類を水増ししただけかもしれない。
「とにかく、極力断罪の時に敵に回る方を少なくしないと。わたしがジャンヌの味方になったからって安心してちゃあ駄目だと思う」
「……つまり、カトリーヌは私にあの方と良きお付き合いをしろと言っているのね?」
「もう一つ手があるけれど……あくまで腹案に留めておくべきかも?」
「いいから言ってみなさい。判断は私が下すから」
なら遠慮なく私はウルトラCを披露する。つまり、断罪イベントで悪役令嬢を糾弾するのが学園に所属する王太子殿下を始めとした攻略対象、即ち王国の将来を担う尊き方々なのを利用する。
そう、彼らが絶対の権力を持つのは未来の話で現在形じゃあない。国王陛下や司法府長官のアランソン公等を味方に付ければいくら王太子殿下の命であろうと覆せるんだ。今の調子なら旦那様も公爵家当主としてジャンヌを庇ってくれるだろうし、決して非現実的ではない。
「アランソン公閣下はアルテュール様を通じてどうにか説得して、旦那様にも事前の根回しをしていただくとするね。問題は王命をどうするかでしょう」
「司法府の判決も王命で覆される、か。困ったわ……陛下とはあまり親しくしていないから」
「? 王室教育は誰から受けているの?」
「王太后様と王妃様、それから宮中の女中からになるわね」
それを生かさない手は無いって! 王室教育を集中的に受ける夏季休暇中だからこそ、王妃様や王太后様と親密な関係を築き上げていざって時に味方になってもらわないと。ジャンヌは王太子妃に相応しい令嬢なのだから、婚約破棄するにしてもそれなりのやり方があるでしょう、って。
だからまずはお茶会での世間話から初めて、ちょっとした悩みを相談したり、少しずつ心を開いていけばいい。そうすれば向こうも自ずといつも頼ってきたジャンヌの危機に立ち上がる筈ね。初回は少なくとも貴族令嬢の模範だったのだから、人の気を惹くのは手慣れているでしょう?
「……言われてみたら立派になる事ばかり考えていて、人としてのあの方々に触れようとした記憶が無かったわね」
「ジャンヌだったら絶対に嫌われないから、何とか良好な関係を結んでよ」
「最善は尽くす、とだけ言っておくわ」
国王陛下の説得は王妃様や王太后様を通じてが限界だからこれでいいとする。ジャンヌを直接裁くようになる司法府の長であるアランソン公については……アルテュール様に話を持ちかけるとするか。あの方の想いを利用する事だけは絶対にやりたくないけれど……。
「で、決め手としてやっぱり断罪の際に先頭に立つ王太子殿下をどうにかした方がいいよ」
「……はあ。どうしてもあの方に色目を使わないといけないの?」
「色時掛けをしろとまでは言ってないって。ただこのまま婚約者を避け続けるのは状況を悪化させるだけだし、駄目だと思う」
「今更どんな顔をしてあの方を誘えって?」
うぐっ。痛い所を突く。前世の私を含めても恋愛経験なんてあまり無いのに。そもそも殿方をお誘いする肉食系令嬢が正義だなんてとても言えない。どうしても慈しむ女性を男性が守る、的な風潮があるから誘うのは大抵殿方だもの。
……仕方がない。わたしが一肌脱ぐとしよう。他ならぬジャンヌのために。
「わたしにいい考えがあります。ジャンヌはただ待っていればいいよ」
「ねえ、何だか物凄く不安になるのだけれど気のせい?」
あれ? 今の台詞が失敗フラグなのは私世界のとある作品が原因なのにどうしてジャンヌがそう感じるんだろう?
って冗談はさておき任せてもらいたい。宮廷舞踏会でジャンヌを誘いに来た王太子殿下の様子からすると脈はありそうだし、期待してていい。多分。上手くいくといいなぁ……、って段々気弱になっていってるじゃあないか。しっかりしないと、わたし。
「それよりカトリーヌ。あの方との時間が取れたとしてどう過ごせばいいの?」
「ジャンヌが心配する必要は無いんじゃあないかな? 王太子殿下が考えてくださるって」
「そうかしらね? 無駄に肩が凝る連れ回しなんて御免なんだけれど」
「第一、ジャンヌはもう王太子殿下がどう女性を連れ回すとか知っているんじゃあ?」
「何を言っているのよ。わたしはいつも王太子殿下からのお誘いを突っぱねてきたのに……」
とまで口にしてジャンヌも気づいたようだ。
そう、『双子座』の王太子殿下との夏季休暇中のイベントをメインヒロインに代わって悪役令嬢がこなせばいいんだから。
具体的に言うと王家は年三回ほど静養のために公務から離れて離宮に赴く。その間はよほどの重大事項が無い限りは政とは無縁で過ごす。『双子座』で王太子様ルートが確定しているとメインヒロインが王太子殿下の相方として誘われるんだ。……悪役令嬢を差し置いて。
だからそれを覆して本来あるべき形、婚約者を相方として連れて行ってもらう。そう王太子殿下に働きかけてその気にさせればいいんだ。その辺りの工作は私におっ任せー。メインシナリオライターの本領発揮だね。
「まずは王太子殿下の静養に同行しよっか」
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