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一学期

メシドール⑥・宮廷舞踏会の始まり

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 宮廷舞踏会の主役が誰になるかって問題に対する答えは、その年によって変わる、だ。大抵は王族だったり公爵家、侯爵家の者だったりするのだけれど。誰それが婚約したとかいよいよ結婚するとか、近日中のめでたい事柄の当事者が主演を務めるって言えばいいのかしらね?
 わたしは数年後にいよいよ結婚されるジャンヌと王太子様になるんじゃないかって考えていたし、『双子座』でも王太子様の好感度が一番高くない限りそうなる。ちなみに王太子様ルートを確定させているとメインヒロインが主演の一人になり、それがきっかけで悪役令嬢が悪意に堕ちる。

 ……まさか、わたし達が王太子様以上に目立つ破目になるなんて想像もしてなかった。けれど実際は誰々様のおなーりーみたいに言われて会場入りした途端にその場にいた多くの方々の注目を集めてしまった。

 冷静になって考えたらそうなるのは当然だった。だって長年療養中で姿を見せなかったお母様、オルレアン家の公爵夫人が社交界に復帰を果たしたんだから。しかも娘の公爵令嬢ジャンヌと瓜二つのわたしを付き従えて。目立たない方がおかしい。

「ジュリエッタ様。お久しゅうございます。またお会いできて嬉しく思います」
「エルマントルド様! お久しぶりです。以前よりいっそう美しくなられたのでは?」

 お母様はわたしを従えて私が見覚えの無い方々の方へと歩み寄った。そのご夫婦はどこかクレマンティーヌ様の面影があるから、きっとクレマンティーヌ様のご両親なんだろう。つまりは侯爵夫妻か。お母様は侯爵夫人と親しいようで、再会を喜び合っていた。

「風の噂で心の病にかかって静養中だと聞いていましたが、治られたんですか?」
「ええ、お陰様で。今まで迷惑ばかりかけていましたから、これから挽回しないと駄目ですよね」
「どうかくれぐれもご自愛を。また病んでしまったら身も蓋もありません」
「貴女様のその心遣い、とても嬉しく思いますわ」

 お母様はジュリエッタ様の隣にいらっしゃったポワティエ候とも語らい合った。彼もまたお母様の復帰を歓迎しているようだった。ジゼル奥様との関係を気にしておられる様子だったけれど、共に夫を支えますとお母様が断言したので安心したようだった。

「ああ、紹介が遅れましたね。こちらはオルレアン家に務めていますカトリーヌです。今日は王立学園で優秀な成績を収めた為に王家から招待を受けたそうです。カトリーヌ、お二人にご挨拶を」
「カトリーヌと申します。お会い出来て光栄です」
「カトリーヌ、こちらはオルレアン家と古くから交流のあるポワティエ家のご夫妻よ。学園で仲良くしているクレマンティーヌさんのご両親なの」
「初めまして、カトリーヌ嬢。娘が世話になっているようだね」

 お母様に促されたのでわたしは会釈をしてお二人に挨拶を送った。今日と言う日の為にお母様方に徹底的に仕込まれただけあってまあ見れなくもないぐらいには出来たと思う。わたしの予想通り侯爵夫婦はポワティエ侯爵、クレマンティーヌ様のご両親だったか。

「カトリーヌさんの噂は娘からかねがね伝えられています。市民階級の身で貴族社会に飛び込むのは難しいかと思いますが、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
「エルマントルド様、今度またお茶会を開きますので是非いらしてください。その際ジャンヌさんやそちらのお嬢さんと一緒に来ていただけたら娘も喜ぶでしょう」
「それは嬉しいお誘いです。是非よろしくお願いいたします」

 名残惜しいけれどと呟きながらもお母様は一礼してその場を離れる。何でも長い間社交界を離れていたから出来る限り多くの方々と挨拶を交わしたいんだそうだ。わたしは他に用が無かったら会場壁際で空気に徹する気だったのだけれど、お母様が同行して欲しいと言ってきたのでそうする。

 中には相手の方からお母様に声をおかけになる場合もあった。その間わたしはお母様に促されれば自己紹介を、相手に質問されれば当たり障りのない回答を。それ以外は口を開かないようにする。元々庶民のわたしが口を利いていい相手じゃないんだ。発言は許可された時だけでいい。

 こうして様々な方と挨拶をしているとこの宮廷舞踏会会場王国の縮図みたいだ。例えば復帰したてのお母様は例外として旦那様は挨拶をされる側な感じだし、王太子様の傍らにいるジャンヌもそんな感じだ。各々の貴族達の振る舞いが今の権力図なんだろう。

「じゃあ次はいよいよ彼女達に挨拶に行きましょうか」
「彼女達、ですか?」

 お母様が鼻歌混じりに意気揚々と向かわれる先にいたのは、多くの臣下の方々と雑談を交わされていた尊きお方だった。恐れも無く歩み寄るお母様に先方も気づかれたようで、男性は軽く微笑まれ、女性は軽く歓喜の声を挙げた。
 ……いや、その方々についてはいくら貧民街育ちのわたしだって分かる。一年に何度か王都市民に顔をお見せになる時があって、その際で王宮から歓声を沸かせる皆に向けて笑顔で手を振っていらっしゃった。

 王国最高の権威者、国王陛下と王妃陛下。
 わたしとは一切無縁の天上の方々が今目の前にいらっしゃった。

 冗談じゃあない、わたしが目指す平凡で平穏な生活と相反する方々なのに。いくらジャンヌが婚約している王太子様のご両親であってもわたしとは一切関係無いのに。私が例えるなら気分はゲーム初めて中ボス前なのに突然ラスボスが現れた、か。

 けれどお母様はそんな両陛下を前にも一切動じず、優雅に一礼した。ジャンヌが貴族令嬢の模範と讃えられるなら、お母様は正に貴族の淑女の鏡。そんな気品と自信に満ち溢れ、しかし君主への忠誠は見せる絶妙なバランス。わたしは陛下の御前なのに思わず感嘆の吐息を漏らしてしまった。

「国王陛下ならびに王妃陛下、ご挨拶申し上げます。エルマントルド・ドルレアン、久方ぶりに参りました」
「おお、エルマントルド、久しいな。息子の婚約者となったジャンヌを生んで以来か?」
「そうなります。両陛下にもご心配をおかけしまして大変申し訳ございませんでした。徐々にですが復帰しまして夫のジョルジュを支えていく所存です」
「そうか。先ほどオルレアン公とも話したが、君の復帰は満更でもなさそうだったな。彼は我が王国にとって重要な存在、どうか支えてやってくれ」
「畏まりました陛下、この身に代えても必ず」

 王妃様もお母様と会話を交わされる。どうやらお母様と王妃様は同い年らしく、先程お会いしたクレマンティーヌ様の母親であらせられるジュリエッタ様と三人仲がいい関係なんだそうだ。学園時代は誰が王太子妃になるかで争ったものねと笑い合った。

 そうして親睦を深められる両陛下は、やはりと言うかわたしへと視線を移してきた。しかし他の方々がジャンヌと瓜二つのわたしを実際目の当たりにして驚いていたのに対し、陛下の表情はどこか浮かない様子だった。

「エルマントルド、余や妻にもそちらの令嬢を紹介してくれないか?」
「ああ、自分の事ばかりでとんだ失礼を致しました。こちらはオルレアン家で召し抱えていますカトリーヌです。本日は学園の成績優秀者として招待を受けました」
「か、カトリーヌと言います。よろしくお願いいたします」
「カトリーヌ、カトリーヌか……。もしやと思うが、彼女は――」
「陛下、カトリーヌは貧民街で育ちながら優れた学業を修めていますからこそここにいます。決して私を長年惑わせていた夢幻に引きずり込んだわけではございません」
「ではジャンヌ嬢ともそなたとも関わりが無いと余に申すのか?」
「ご想像にお任せいたします」

 ……知っている。陛下はわたし、と言うより公爵令嬢カトリーヌ出生の秘密を。
 旦那様がお話になったのかお母様がオルレアンに隠居同然となった謎を独自に調べたのかは分からないけれど。その上で聞いたのか、幻に見ていたカトリーヌと再会できたのか、と。

 それに対してお母様は答えをはぐらかした。君主に嘘を付こうものなら本人どころか公爵家お取り潰しになっても文句は言えない。だからって闇属性を持つ赤子を生かしてました、なんて神に背いた真実は口が裂けたって言えっこない。だから沈黙かごまかす以外に取る手段は無い、か。

 未だ微笑んだまま動揺を見せないお母様に向けて国王陛下はふむ、と呻り声を挙げながら顎を触り、王妃様と目くばせをなさった。王妃様は静かに頷いて返事を示す。国王陛下はお母様に表を挙げるよう促した。

「オルレアン公も先程そう申していたな。ではそういう事なのだろう」
「聞けばいずれ私達の娘になるジャンヌさんとも仲が良いそうですね。これからも良縁が続くと良いですね」
「本当の姉妹のようだと息子が言っていたぞ。あまりに仲が良すぎて嫉妬すら覚えているようだ。たまには息子にも構うようジャンヌ嬢に伝えておいてくれ」
「ありがたき幸せです、両陛下」

 何だかわたしが実はジャンヌの双子の姉妹でした、って真実が公然の秘密になっているような気がしてならない。分かっているけれどあえて誰も言わない、みたいな。これ、もうわたしったらオルレアン家と無関係には戻れそうにないわね。今はそんな気無いけれど。
 ただ国王陛下と王妃様がわたし達を見つめる眼差しはとても温かいものだった。これからのお母様やわたしを祝福しているようで。『双子座』で王太子様ルートに入ったメインヒロインにもそんな顔させなかった筈なのに。よほどお母様が幸せそうなのが嬉しいんだろう。

「おおっ、国王陛下! こちらにいらっしゃいましたか!」
「む? その声はアランソン公か?」

 賑わう会場でも十分わたし達の耳に入ってくるぐらい特徴のある声を出してきた先で、無遠慮に二人組がこちらへと足を進めてきた。王妃様が無礼な態度に僅かに顔をしかめたものの、陛下は些事だと窘めた。

 アランソン家はジャンヌの家であるオルレアン家やピエール様のナバラ家と並ぶ王国御三家の一つ。例えば王家に男子が生まれなかったら御三家から男子を迎え入れて王女と婚約させ、子宝に恵まれなかったら御三家の男子を養子にする。そうして王家は長年続いてきた。
 現当主のアランソン公は旦那様や現宰相と比べてあまり名声は聞かない。好色家で多くの妻を侍らせていたり、豪華絢爛な私生活の代償に重税を課したりで、私から言わせれば権力を我が物顔で振るう典型的屑貴族の一人ね。それでいてそれなりに有能だから性質が悪い。

「いやはや、毎年足を運んできますが、相変わらず賑やかですな!」
「アランソン公、他の者に示しがつかぬ。公の場では余に敬うよう振舞えないか?」
「これは失礼を! 何せあまり王都へと参る機会に恵まれないものでして!」

 王妃様は頭痛の種が出来たとばかりに頭を押さえ、陛下も僅かに眉間にしわを寄せる。お母様は動じなかったものの不快感を抱いたみたいで、わたしの手を取ってその場を離れようと足を動かそうとした……のだけれど一足遅かった。

「おや陛下、そちらの見麗しい母娘はどちらの方で?」
「口を慎めアランソン公。オルレアン公夫人とそのむす……援助している学園優等生の市民カトリーヌだ」

 陛下、今娘って言おうとしましたよね? もうわたしの正体確信しちゃってますよね?

 アランソン公の目に留まってしまった不幸にお母様は他の人には確認出来ない程度にため息を漏らした。一方のわたしは問題のあるアランソン公との出会いじゃあなく、もっと重要な事態から逃れられなかった展開に内心舌打ちした。

「では私からも我が子を紹介いたしましょう。さ、ご挨拶をなさい」
「はい、お父様」

 その元凶、深窓の令嬢といった出で立ちの金髪碧眼の少女は、その場の誰もが見惚れる美貌だった。誰かが天使が舞い降りたと比喩した。誰かが聖母が再臨したと見惚れた。また誰かは手にしていたワインの入ったグラスを取り落としていた。

「アルテュール・ダランソンでございます。皆々様、どうぞよろしくお願いいたします」

 そのご令嬢は絶世の美少女ではない。もはや傾国の美女と言って良かった。
 しかし騙されてはいけない。というかわたしも前世の私の知識が無かったら絶対に何の疑いも持たなかったに違いない。

 彼女、いや、彼は女装しているだけだ。
 彼こそがこのイベントを経てしか攻略出来ない最後の攻略対象者なのだから――。
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