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一学期

プレリアール⑨・朝食

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 感動?の再会もそこそこにオルレアン邸での朝食が始まった。まだ朝早い時間だからか、外からは小鳥の鳴き声や風で木の葉が揺れる音まで聞こえてくるぐらい静かだった。むしろナイフとフォークが皿と当たる僅かな音がうるさかったぐらいかな。

「そう、学園に入学して早々にカトリーヌさんと出会ったのね……」
「初めのうちは単に少し私と似ているって思った程度ですね。いつだったかもっと磨けば私に似るかもって思って実際にやってみました。まさか私と鏡合わせのようになるとまでは想像もしていませんでした。そうよね、カトリーヌ?」
「う、うん。ここまでわたしがジャンヌと瓜二つになるなんて……夢にも思わなかったかな」

 そんな中でジャンヌはわたしと出会ってからの学園生活をエルマントルド様に語って聞かせた。ジャンヌが語り、エルマントルド様が色々と質問をされて、わたしが答えていった。公爵令嬢と公爵夫人との食事とは思えないぐらい和気藹々とした時間がゆったりと流れていった。

 多分、話題の中心がわたしなのはジャンヌが今まで妄想のカトリーヌに束縛されていた母親を少しでも安心させたかったからかな。現実のカトリーヌは元気に毎日を過ごしてます。自分は双子の妹とはもうこんなにも仲良くしています。だからもう夢幻に囚われる必要はないんです、って。

「どうやらお父様もジゼル様もカトリーヌを他人の空似って思っているだけみたいですね。少しぐらいお母様の仰る私の双子の妹なんじゃないかって疑われるかって気にかけていたのだけれど、肩透かしでしたね」
「そう。でもあの人が勘付いていないのは幸いなのかもしれないわね……」

 ただ、わたしには未だにジャンヌがどんな未来像を思い描いているのか見通せないでいた。本当にメインヒロインと仲良くして乗り切るつもりなのか、それとも最後にはわたしを出し抜いて幸福になってみせるのか。
 捻くれているって思われても構わない。けれどジャンヌが笑顔で語る内容を鵜呑みにするにはまだ早い。さすがにジャンヌに幸せになって欲しいからって自分自身が代わりに破滅する気は私にも無い。様子見は継続すべきだって考えている。

「カトリーヌさん、いつも娘と仲良くしてくれてありがとう。今は楽しいかしら?」
「はい。楽しいです」

 それでも今みたいなジャンヌとの関係が続いていけばって思う。

 料理は簡素ながらもさすが公爵家の食事だけあって舌鼓を打ちたくなるぐらい美味しかった。テーブルマナー? ジャンヌを手本に見よう見まねで何とか乗り切ったわね。ちょっとぐらいのぎこちなさは見逃してほしい。
 エルマントルド様はジャンヌが日常を語っている間も時折何かを言いだそうとなさって口をつぐむ様子を見せた。その度にわたしに関して申し訳なさそうに顔を暗くさせていた。ジャンヌは中々切り出せずにいる母親にあえて気付かない素振りをさせていた。

「あの、カトリーヌ……さん。私の勘違いだったらごめんなさい。迷惑かもしれないんだけれど……」

 朝食も後はデザートで終わりってぐらいになると、エルマントルド様はテーブルの上に乗せた両手をぎゅっと握って力のこもった眼差しをわたしに送ってきた。わたしも答えるように手にしていたナイフとフォークをテーブルに置く。

「その、カトリーヌさんは貴女のお母様からご自分の事について何か聞いていないかしら?」

 この問いに「知りません、人違いです」って答えるのは簡単だ。けれど幻と長年過ごすぐらいに失った娘を想っていた目の前の貴婦人がどれほどわたしの意を尊重してくれるか? なら下手にはぐらかせるよりわたしも誠意をもって答えるべきと思った。

「……わたしには本当の事は分からないです。だからお母さんから伝えられた話だけそのまま明かします」

 わたしはジャンヌと一緒に聞いたお母さんの証言を繰り返した。お母さんの所感や感想、推察は省いて過去に起こったらしい事象のみに留めた。既にわたしが出生の秘密を把握している事実にエルマントルド様は大層驚きを見せていた。

「こうなった原因は、コレのせいなんですよね?」

 わたしはただ前の方に手をかざした。窓から差し込む朝日でテーブルにわたしの手の影が落ちる。その影が動き出して兎みたいな姿になった。勿論わたしが両手をかざしてそうなるように形作っているんじゃあない。影を操作する闇の魔法の一種だった。
 エルマントルド様は口元を抑えて涙をあふれさせた。そしてわたしに向けて深々と頭を下げてくる。止めてって言おうと思ったし身体を起こそうと立ち上がりたくもなったけれど、隣に座っていたジャンヌがわたしに向けて静かに首を横に振った。

「私にはカトリーヌを死んだ事にして手放す以外方法がなかったの……! 恨まれたっていい、憎まれても当然ね。でも、それでも私はカトリーヌに生きていて欲しかった……!」

 エルマントルド様の悲痛な告白はわたしの胸に深く突き刺さるものだったし、ジャンヌも唇をきゅっとさせて胸のあたりを手で押さえていた。エルマントルド様は俯かれたままで何度も何度もわたしへの謝罪の言葉を口にされる。
 手を伸ばしても届かないぐらい大きいテーブルがまるで今のわたし達の距離を表しているようで、けれどわたしは自制して公爵夫人を見つめるばかり。非情かもしれないけれど、一時の感情でわたしの選択を覆すわけにはいかないから。

「お母様、どうぞこちらをお使いください」
「ジャンヌ……ありがとう」

 代わりにジャンヌが席を離れてエルマントルド様に優しい口調の言葉と共にハンカチを差し出した。エルマントルド様は涙をそれでぬぐう。動揺される中での仕草一つ一つ取っても思わず見惚れるぐらい気品があり洗練されていた。
 ジャンヌと軽く話をされて少し時間を置き、落ち着きを取り戻す。まだわずかに涙の跡が残っていたけれど、注視しなければその穏やかなながらも強い面持ちからはとても先ほどの様子は想像できなかった。

「カトリーヌさん。私は今すぐにでも貴女に戻って来てほしいって思うの」

 来た。わたしの今後を左右する選択肢が。
 エルマントルド様のお気持ちは十分に伝わってくる。闇の申し子だからと泣く泣く手放した我が子が再び目の前に現れたんだから。もし再びわたしを切り捨てようとオルレアン公が考えても彼女は命を賭して守る覚悟も感じられる。

「ごめんなさい。わたしにはもう戻る場所があるんです」

 わたしが公爵令嬢として育てられたもしももあったかもしれない。その時は逆にジャンヌがメインヒロインに……ううん、二人してオルレアン家で一緒に育っていったのかな。今からでもそんな日常を取り戻せるかもしれない。

 それでも、わたしはエルマントルド様を拒絶する。だって今までずっと過ごしてきた家族は決して偽物なんかじゃない。エルマントルド様の胸に飛び込めばこれまで平民として生活を送ってきたわたし自身との別れを意味する。それはいくらなんでも嫌だ。

 自分勝手かもしれない。我儘なんだと思う。
 それでもわたしはカトリーヌ・ドルレアンでもメインヒロインでもない。
 ただのカトリーヌなんだ。

「凄く嬉しいです。感謝もしてます。けれど……わたしは今の家族を捨てたくありません」
「……そう、よね。今のカトリーヌの生活もあるものね」

 エルマントルド様は心を打つ寂しげな表情をさせて、それでも笑みを浮かべていた。食器を片づけていくメイド達も気が気でない思いを隠せない様子で彼女とわたしに交互に視線を移す。ジャンヌは静かに母親の傍らで彼女に手を添えている。
 わたしが固唾を飲んでいると、ジャンヌがエルマントルド様に何やら囁いた。すると彼女は顔を激しく振ってから自分の頬を勢い良く叩いた。軽快な音が食事の間に響くほどで、エルマントルド様の頬が紅色に染まるほどだった。

「私もバルバラとは会った事はあるの。ジャンヌは言ったそうね、バルバラがカトリーヌの母親なら自分の母親でもある、って」
「えっ? え、ええ、言っていましたね」

 バルバラ、わたしのお母さんとエルマントルド様が? わたしはそんなの今まで知らなかったし、私だってそんな設定にした覚えは無い。けれど確かにそんな絆を結べる余地は十分に残っていた。だからって意外すぎる繋がりだ。
 けれど、次のお言葉に比べたらとんだそよ風だった。

「なら逆に私がジャンヌの母親なんだから、私もカトリーヌの母親だっていいのよね?」

 エルマントルド様が嬉しそうにはしゃぐ。とんでも理論ではあるけれど確かに母親が一人じゃないといけないなんて決まりも教えも無い。何より、どうしようもないんだけれど、そう言われてまんざらでもない自分がいた。
 これ、絶対にエルマントルド様の傍らでこちらに微笑を浮かべるジャンヌの入れ知恵でしょう。汚いなさすが悪役令嬢きたない。

「そ、そうですね……」

 なもので、わたしはそう顔をひきつらせながら答えるしかなかった。
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