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一学期
フロレアール①・邂逅
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私は神だ。
いや、そもそも神って何だって話になるけれど少なくとも全知全能じゃない。第一凡人でしかない私には奇跡なんて持ち合わせていないし恩恵を受けた試しもない。かと言って権能みたいな超が付くぐらい凄い能力だって持っていない。
じゃあどうしてわたしが神を自称するか? その答えは目の前にある。
「ジャンヌ・ドルレアンです。これからの三年間、どうぞよろしく」
今面と向かっているのは王太子様の婚約者であらせられる公爵令嬢。
彼女の顔を見て物心ついた頃から感じていたもやもやが一気に晴れた。
これ、大人気乙女ゲー『双子座より愛を込めて』のオープニングシーンじゃん!
通称『双子座』って呼ばれる乙女ゲーはテンプレなノベルゲーム。画期的なゲームシステムを採用しているわけでも充実したミニゲームがあるわけでもない。売りはキャラクター、シナリオ、絵、そして音楽って基本要素ばかり。今どき珍しい正統派だって評判だったっけ。
主人公は何の変哲もない平民カトリーヌ。
貧乏な家に育った彼女が女性文官を志して貴族令嬢の通う学園に狭き門の市民枠で入学した所からゲームスタート。初日からカトリーヌは攻略対象と出会いハプニング……もとい、イベントを発生させたりする。ちなみに今朝登校時にわたしが実際に遭遇したのがソレみたいね。
そして、『双子座』での敵とも言える悪役令嬢との遭遇、それが正に今だった。
彼女はジャンヌ・ドルレアン、メインヒロインのカトリーヌと同じ容姿の人。
この出会いがカトリーヌとジャンヌの歪な関係の始まりだった。
学園の非貴族階級は本当に少数派で肩の狭い思いをしているわ。そんな中でカトリーヌは貴族階級の令嬢や子息方に負けないよう気丈に振る舞い続けるの。そうした健気で真っ直ぐな姿勢がやがて攻略対象の心を掴んでいくのね。
攻略対象とは楽しい学園イベントだったり野外イベントだったりで親睦を深めていくわ。そうしていくうちに、攻略対象ルートに入れば、やがて身分差を超えた愛がメインヒロインと攻略対象との間に育まれていくの。
勿論、住む世界の違うカトリーヌが誰しも憧れる殿方に愛されるなんて貴族令嬢方が許容するわけもなく。やがてカトリーヌは陰湿ないじめを受け始めるわ。そんな困難を攻略対象方や友人と共に乗り越えていき、最後にはいじめの事実を糾弾して打ち勝つのね。
さて、ジャンヌが『双子座』通しての敵って表現したのは、メインヒロインがどのルートを選択しても必ずジャンヌがいじめに関わっているからなの。と言うのもジャンヌは公爵令嬢にして王太子様の婚約者、王太子様を除けば一番身分が高いもの。つまり彼女が貴族令嬢の代表ってわけ。
そんなんだから各攻略対象ルートで最後に断罪されるキャラは必ず何かしらの形でジャンヌから助言を受けている。ジャンヌも最後にはルート固有の敵に巻き込まれる形で悪意を暴かれてしまい、少なからず罰を受けてしまうのよね。
そんなジャンヌは彼女の婚約者である王太子様ルートに突入した際、彼女自らが悪女に成り果てる。貴族令嬢の鏡って讃えられた彼女の豹変はアニメでも迫真の演技のおかげで強烈な衝撃を与えられたわ。
そこで明かされる衝撃の真実。なんとカトリーヌは死亡扱いされていたジャンヌの双子の妹だったのよ。自分の半身とも言うべき存在に婚約者からの愛も、両親からの可愛がりも、周りからの称賛も取られていったジャンヌは本領発揮とばかりにカトリーヌを追い込んでいくわ。
まあ、何しろメインヒロインの破滅や死亡するバッドエンド分岐がこれでもかってぐらい準備されているぐらいだし。
けれどジャンヌは決して憎き悪女なんかじゃない。
王太子様ルート終盤、悪役令嬢ジャンヌを断罪するシーン。メインヒロインに何もかも奪われたジャンヌが今までひた隠しにしてきた心の内を悲痛に曝け出すシーンは多くのファンが涙したんだと聞いている。
何処かの漫画で演技力が上手い天才女優が悪役を演じたら悲劇のヒロインに様変わりしたって展開があったけれど、ジャンヌは正にそれ。おかげでプレイヤーの分身の筈のメインヒロインがヘイトを受ける場合もあるぐらいだし。人気投票だと主人公のカトリーヌを差し置いて結構上位になっちゃうのよね。
ところが、公式は頑なにジャンヌを悪役のままにし続けるのよ。アニメ版、漫画版、ドラマCD版、ノベライズ版。全部ジャンヌだけが例外無く悲惨な結末になっちゃうのよ。
国外追放中に野盗に襲われて行方不明とか、最果ての監獄で終身刑とか、王都の広場で処刑とか。一番マシなのが誰も攻略出来ないノーマルルートでの婚約破棄からの修道院送りだもの。人気に対してこの扱いはどう考えてもおかしいわよね。
だから私は何度も、何度も、な・ん・ど・も! ジャンヌが報われるルートを書きたいってチーフプロデューサーに提案してプロットまで提出したの! それなのに全部却下された! 挙句妄想シナリオを同人誌って形で公開しようとしたら公式からの通達って形で妨害されたし!
冒頭に戻ろう、私は神だ。
この場合の神の定義からしたら創造主って言い換えた方がいいかしら?
そう、何を隠そう、『双子座』のメインシナリオライターはこの私だった。
そんな私のイチオシは勿論悪役令嬢に仕立て上げられたジャンヌよ。多分キャラクターデザインの人に一番注文と文句を付けたのはジャンヌについてだったかしらね。何度もジャンヌ上げの描写を紛れ込ませる度に赤ペンを食らって涙ながら修正して。本当……辛かったわ。
『双子座』が絶賛されたのは素直に嬉しい。けれど人気が出れば出る程ジャンヌの悪役っぷりがクローズアップされて本当に悲しかったわ。私がもっと偉くなったら絶対にジャンヌ推しの追加ルートを書くんだって決心させるぐらいにね。
だからまさか私がメインヒロインのカトリーヌに生まれ変わったのは驚くしかない。けれど逆に絶好のチャンスなんだって心底歓喜したい。ゲームと現実とは違うから主人公補正は無いでしょう。それでも上手く立ち回ればジャンヌが報われる展開に持って行けるかもしれない。
私にとってジャンヌはもはや娘も同然。娘の幸せを願わない母が何処にいる?
メインヒロインによる悪役令嬢救済計画。
私の知識を総動員してでも絶対に成し遂げてみせる――!
……って、思い出した私だった記憶がわたしに強く語りかけてくる。
正直戸惑いしか無かったけれど、ジャンヌ様の前でそのような真似は出来ない。
わたしはカトリーヌ。私の記憶、前世なのかしら……、が正しければわたしはどうやら『双子座』でのメインヒロインらしい。そして目の前にいらっしゃる高貴なお方はこんな鈍くさいわたしのお姉様らしいけれど、全然信じられない。
だってジャンヌ様はわたしとは比べ物にならないぐらい凛としていて美人で皆さんから尊敬されていて、何より輝いておられて。何もかも平凡なわたしなんかと違うもの。前回の私が思い込んでいるだけで絶対に違うんだって言いたい。
雲の上の存在だった貴族ご令嬢方と学び舎を共にするだけでも恐れ多いのに。王太子様? 天才公爵嫡男様? 大商人子息様? どうしてただの平民でしかないわたしなんかに高貴な方々が興味を持たれるの?
しかも極めつけがわたしが実は公爵令嬢だった? 意味が分からない……。
わたしはただわたしの夢を叶えたいだけなのに。王宮仕えの文官になって少しでもわたしを育ててくれた家にお金を入れてお父さんお母さんに楽させたいのに。そんな将来の夢をお父さんとお母さんが後押ししてくれてこの学園に進学したのに。
なのにどうしてそんな恋愛沙汰なんかにに巻き込まれなきゃいけないの? 挙句に他のご令嬢の方々を不幸にしなきゃいけないの? 別に将来を共にする男の人目当てで学園に入ったわけじゃないのに!
「カトリーヌと申します。これからよろしくお願い致します」
この段階でわたしは一つ固く心に誓った。
これからの学園生活では決して目立たずに勉学にだけ励もうって。
貴族令嬢方の神経を逆なでさせず、男の人に無暗に関わろうとしないで。
ところが、そんなわたしに対してジャンヌ様は顔を耳元に近づかれて、こう囁かれた。
「――地獄の底から舞い戻ったわよ、カトリーヌ」
いや、そもそも神って何だって話になるけれど少なくとも全知全能じゃない。第一凡人でしかない私には奇跡なんて持ち合わせていないし恩恵を受けた試しもない。かと言って権能みたいな超が付くぐらい凄い能力だって持っていない。
じゃあどうしてわたしが神を自称するか? その答えは目の前にある。
「ジャンヌ・ドルレアンです。これからの三年間、どうぞよろしく」
今面と向かっているのは王太子様の婚約者であらせられる公爵令嬢。
彼女の顔を見て物心ついた頃から感じていたもやもやが一気に晴れた。
これ、大人気乙女ゲー『双子座より愛を込めて』のオープニングシーンじゃん!
通称『双子座』って呼ばれる乙女ゲーはテンプレなノベルゲーム。画期的なゲームシステムを採用しているわけでも充実したミニゲームがあるわけでもない。売りはキャラクター、シナリオ、絵、そして音楽って基本要素ばかり。今どき珍しい正統派だって評判だったっけ。
主人公は何の変哲もない平民カトリーヌ。
貧乏な家に育った彼女が女性文官を志して貴族令嬢の通う学園に狭き門の市民枠で入学した所からゲームスタート。初日からカトリーヌは攻略対象と出会いハプニング……もとい、イベントを発生させたりする。ちなみに今朝登校時にわたしが実際に遭遇したのがソレみたいね。
そして、『双子座』での敵とも言える悪役令嬢との遭遇、それが正に今だった。
彼女はジャンヌ・ドルレアン、メインヒロインのカトリーヌと同じ容姿の人。
この出会いがカトリーヌとジャンヌの歪な関係の始まりだった。
学園の非貴族階級は本当に少数派で肩の狭い思いをしているわ。そんな中でカトリーヌは貴族階級の令嬢や子息方に負けないよう気丈に振る舞い続けるの。そうした健気で真っ直ぐな姿勢がやがて攻略対象の心を掴んでいくのね。
攻略対象とは楽しい学園イベントだったり野外イベントだったりで親睦を深めていくわ。そうしていくうちに、攻略対象ルートに入れば、やがて身分差を超えた愛がメインヒロインと攻略対象との間に育まれていくの。
勿論、住む世界の違うカトリーヌが誰しも憧れる殿方に愛されるなんて貴族令嬢方が許容するわけもなく。やがてカトリーヌは陰湿ないじめを受け始めるわ。そんな困難を攻略対象方や友人と共に乗り越えていき、最後にはいじめの事実を糾弾して打ち勝つのね。
さて、ジャンヌが『双子座』通しての敵って表現したのは、メインヒロインがどのルートを選択しても必ずジャンヌがいじめに関わっているからなの。と言うのもジャンヌは公爵令嬢にして王太子様の婚約者、王太子様を除けば一番身分が高いもの。つまり彼女が貴族令嬢の代表ってわけ。
そんなんだから各攻略対象ルートで最後に断罪されるキャラは必ず何かしらの形でジャンヌから助言を受けている。ジャンヌも最後にはルート固有の敵に巻き込まれる形で悪意を暴かれてしまい、少なからず罰を受けてしまうのよね。
そんなジャンヌは彼女の婚約者である王太子様ルートに突入した際、彼女自らが悪女に成り果てる。貴族令嬢の鏡って讃えられた彼女の豹変はアニメでも迫真の演技のおかげで強烈な衝撃を与えられたわ。
そこで明かされる衝撃の真実。なんとカトリーヌは死亡扱いされていたジャンヌの双子の妹だったのよ。自分の半身とも言うべき存在に婚約者からの愛も、両親からの可愛がりも、周りからの称賛も取られていったジャンヌは本領発揮とばかりにカトリーヌを追い込んでいくわ。
まあ、何しろメインヒロインの破滅や死亡するバッドエンド分岐がこれでもかってぐらい準備されているぐらいだし。
けれどジャンヌは決して憎き悪女なんかじゃない。
王太子様ルート終盤、悪役令嬢ジャンヌを断罪するシーン。メインヒロインに何もかも奪われたジャンヌが今までひた隠しにしてきた心の内を悲痛に曝け出すシーンは多くのファンが涙したんだと聞いている。
何処かの漫画で演技力が上手い天才女優が悪役を演じたら悲劇のヒロインに様変わりしたって展開があったけれど、ジャンヌは正にそれ。おかげでプレイヤーの分身の筈のメインヒロインがヘイトを受ける場合もあるぐらいだし。人気投票だと主人公のカトリーヌを差し置いて結構上位になっちゃうのよね。
ところが、公式は頑なにジャンヌを悪役のままにし続けるのよ。アニメ版、漫画版、ドラマCD版、ノベライズ版。全部ジャンヌだけが例外無く悲惨な結末になっちゃうのよ。
国外追放中に野盗に襲われて行方不明とか、最果ての監獄で終身刑とか、王都の広場で処刑とか。一番マシなのが誰も攻略出来ないノーマルルートでの婚約破棄からの修道院送りだもの。人気に対してこの扱いはどう考えてもおかしいわよね。
だから私は何度も、何度も、な・ん・ど・も! ジャンヌが報われるルートを書きたいってチーフプロデューサーに提案してプロットまで提出したの! それなのに全部却下された! 挙句妄想シナリオを同人誌って形で公開しようとしたら公式からの通達って形で妨害されたし!
冒頭に戻ろう、私は神だ。
この場合の神の定義からしたら創造主って言い換えた方がいいかしら?
そう、何を隠そう、『双子座』のメインシナリオライターはこの私だった。
そんな私のイチオシは勿論悪役令嬢に仕立て上げられたジャンヌよ。多分キャラクターデザインの人に一番注文と文句を付けたのはジャンヌについてだったかしらね。何度もジャンヌ上げの描写を紛れ込ませる度に赤ペンを食らって涙ながら修正して。本当……辛かったわ。
『双子座』が絶賛されたのは素直に嬉しい。けれど人気が出れば出る程ジャンヌの悪役っぷりがクローズアップされて本当に悲しかったわ。私がもっと偉くなったら絶対にジャンヌ推しの追加ルートを書くんだって決心させるぐらいにね。
だからまさか私がメインヒロインのカトリーヌに生まれ変わったのは驚くしかない。けれど逆に絶好のチャンスなんだって心底歓喜したい。ゲームと現実とは違うから主人公補正は無いでしょう。それでも上手く立ち回ればジャンヌが報われる展開に持って行けるかもしれない。
私にとってジャンヌはもはや娘も同然。娘の幸せを願わない母が何処にいる?
メインヒロインによる悪役令嬢救済計画。
私の知識を総動員してでも絶対に成し遂げてみせる――!
……って、思い出した私だった記憶がわたしに強く語りかけてくる。
正直戸惑いしか無かったけれど、ジャンヌ様の前でそのような真似は出来ない。
わたしはカトリーヌ。私の記憶、前世なのかしら……、が正しければわたしはどうやら『双子座』でのメインヒロインらしい。そして目の前にいらっしゃる高貴なお方はこんな鈍くさいわたしのお姉様らしいけれど、全然信じられない。
だってジャンヌ様はわたしとは比べ物にならないぐらい凛としていて美人で皆さんから尊敬されていて、何より輝いておられて。何もかも平凡なわたしなんかと違うもの。前回の私が思い込んでいるだけで絶対に違うんだって言いたい。
雲の上の存在だった貴族ご令嬢方と学び舎を共にするだけでも恐れ多いのに。王太子様? 天才公爵嫡男様? 大商人子息様? どうしてただの平民でしかないわたしなんかに高貴な方々が興味を持たれるの?
しかも極めつけがわたしが実は公爵令嬢だった? 意味が分からない……。
わたしはただわたしの夢を叶えたいだけなのに。王宮仕えの文官になって少しでもわたしを育ててくれた家にお金を入れてお父さんお母さんに楽させたいのに。そんな将来の夢をお父さんとお母さんが後押ししてくれてこの学園に進学したのに。
なのにどうしてそんな恋愛沙汰なんかにに巻き込まれなきゃいけないの? 挙句に他のご令嬢の方々を不幸にしなきゃいけないの? 別に将来を共にする男の人目当てで学園に入ったわけじゃないのに!
「カトリーヌと申します。これからよろしくお願い致します」
この段階でわたしは一つ固く心に誓った。
これからの学園生活では決して目立たずに勉学にだけ励もうって。
貴族令嬢方の神経を逆なでさせず、男の人に無暗に関わろうとしないで。
ところが、そんなわたしに対してジャンヌ様は顔を耳元に近づかれて、こう囁かれた。
「――地獄の底から舞い戻ったわよ、カトリーヌ」
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