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転 その①

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 さて、そんなおめでたい空気を壊す要素があるとしたら二つほどございます。

 その筆頭である王太子殿下はイモ虫のようにのたうち回りながら何か呻きちらします。エリザベス様へ恨みを込めた眼差しを送っているので、婚約していながら浮気していたのか、辺りの恨みを言おうとしているのでしょう。

「国王陛下、準備が整いました」
「う、うむ。であるか」
「それでは最後の許可を」
「……許可する。二言は無い」

 公爵閣下に耳打ちされた国王陛下は思いつめた表情で重苦しく返事をしました。公爵閣下はそれを受けて手を挙げると、近衛兵達が王太子殿下を引きずりあげ、そのまま会場出口へと向かっていきます。

「元王太子殿下の新たな旅立ちだ。皆さん、盛大に見送って差し上げましょう」

 公爵閣下は厳格に、けれどどこか嬉しそうに言い放つと、皆様もそれに乗って王太子殿下の退場を見送りました。
 当然ですがこれは娘を弄ばれた公爵閣下の嫌がらせ以外の何物でもない。皆様も公爵閣下に乗って追放処分となった王太子殿下を嘲笑っているのですがね。

「さて、罪深き者はもう一人おったな」
「離してよ! あたし何も悪いことしてないじゃないの!」

 騒動の元凶が消え去って、もう一人の原因の断罪の時間がやってまいりました。 男爵令嬢が近衛兵に拘束された状態で国王陛下の前に引きずり出されたのです。
 騒がしく喚いて暴れる姿は先程まで自分が守らねばと殿方に思わせる気弱さはどこにもなく、放っておけばどこにでも生えてくる雑草のように思えるでしょう。

「ずる賢い女だ。国王陛下がご来場なさった直後に息を潜ませて王太子から距離を置こうとするとはな」

 そう王弟殿下が暴露するとおり、男爵令嬢は国王陛下がやってきてからすぐさま王太子殿下から離れ、殿下が滑稽な一人芝居をしている間に距離を起き、殿下が捕らえられて皆が注目する隙に会場をあとにしようとしたのです。

 けれどそんな逃走はお見通しだったらしくてすぐさま捕まりました。そして必死の抵抗も虚しく国王陛下の御前に連れてこられたのです。
 王太子殿下に対してとは打って変わり、陛下は男爵令嬢を憎悪を込めて睨みつけました。あまりに恐怖を覚えたため、男爵令嬢は軽く悲鳴をあげました。

「男爵令嬢パトリシア。貴様がヘンリーを籠絡してエリザベスを追い落とそうとしたことは既に調べがついている。これはヘンリーとエリザベスの婚約を決めた余の意に背く反逆行為と見なす。よってヘンリーと同じく国外追放を言い渡す」
「ちょ、ちょっと待ってください! わたしはただ親切にしていただいたヘンリー様への恩返しをしたかっただけで、エリザベス様を破滅させたかったわけじゃあ……!」
「黙れ! 貴様の発言を許した覚えは無い!」
「ひ、ぃっ!?」
「連れてゆけ。もう此奴の顔も見たくない」

 国王陛下が顎を動かして促すと、近衛兵は男爵令嬢を強く突き飛ばして歩かせようとします。けれど男爵令嬢はなおも食い下がって国王陛下の御前にやってきました。それがどれだけ無礼な行いだろうと、必死の命乞いに比べれば、でしょうか。

「でも、わたしのお腹の中にはヘンリー様との赤ちゃんがいるんです!」

 そして、とんでもない事実を暴露しちゃいました。

 騒がしかった会場内は一瞬にして静まり返ります。王妃様はあまりの衝撃から卒倒なさって公爵夫人に支えられました。国王陛下もまためまいを覚えたのか身体をふらつかせましたが、こちらも王弟殿下に支えられて事なきを得ました。

「エリザベスよ……今のこの娘の発言は、真か……?」
「王太子殿下とパトリシアさんが一夜を共にしたのは事実です。先程殿下もお認めになられました」
「ゴードンよ……この娘に赤子が宿っているとぬかした医師を問い質せ」
「既に取り調べましたが妊娠は本当のようですね。それと密偵に彼女の身辺調査もさせましたが、肉体関係にまで至ったのは王太子だけだったようです。処女受胎でもしない限りは王太子の子でしょう」
「なんということだ……」

 国王陛下の嘆きはこの国を治める君主のものとは思えないほど弱々しいものでした。ですが、だからと馬鹿にする者はこの場にはおりません。愚かな息子に育っててしまった憐れな父がそこにいるだけですから。

 しかし弱音を吐いたのはそれっきり。次に顔を上げた時にはその面持ちは既に国王のものへと戻っていました。そして一層厳しい眼差しを男爵令嬢へと送ります。口を開け、沙汰を下そうとして……一回顔を横に振りました。

「……既にヘンリーは廃嫡済みだ。ならば貴様が宿している子は王家とは何ら関わりのない存在。命令に変更は無い」
「そ、そんな……!」

 きっと後先考えていない王太子殿下に怒り狂い、殿下を誑かした娘を憎んだのでしょう。国王として命じたらどんなに恐ろしく惨たらしい罰すら下せたのに、陛下は国王であることを選んで感情を飲み込んだのです。

 しかし男爵令嬢はそんな温情などお構いなしとばかりにエリザベス様を睨みました。もはや健気で可愛かった少女の面影はどこにもありません。化けの皮が剥がれた、とはまさにこのことでしょう。

「アンタのせいよ! あたしはきちんと『フラグ立て』したのにアンタがちゃんと『悪役令嬢』を演じてなかったせいで全部狂ったのよ!」
「……!?」
「あたしが『ヒロイン』なのにどうして『バッドエンド』になってるのよ! 『悪役令嬢』の方が国外追放されないなんて『バグ』だわ! 『ざまぁ』なんて嫌よ!」

 などと供述していますが、『フラグ立て』も『悪役令嬢』もそのた諸々もこの国の人々には全く聞き覚えのない単語でした。とうとう頭がおかしくなったか、と思う方が大半でしたが、ごく一部の反応だけは異なりました。

 エリザベス様は顔を青ざめさせながら身体を震わせました。会場内は熱気に包まれてむしろ少し暑いぐらいでしたが、身も凍るほどの何かを男爵令嬢から感じたのでしょう。そんな怯えた彼女を王弟殿下が優しく抱き締めました。

「大丈夫。私が付いているから。あと少しだろう?」
「ゴードン様……」
「何をしている。早くこの小娘を連れて行け。もはや国王陛下やエリザベスの毒だ」

 王弟殿下が命じると近衛兵達は男爵令嬢を乱暴に押して連行していきます。会場を去っていく男爵令嬢は更に意味不明な戯言を口走りますが、もはや誰も聞こうとしていません。

「折角だから我が娘と王弟殿下との恋の成就を祝って乾杯といこう」

 公爵閣下が仕切り直しの発言をなさった直後、男爵令嬢は会場から締め出されたのでした。
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